月と星と人間と

一花カナウ

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月と星と人間と

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 月と星と人間とを赤い糸で結びつけたのは、神様の悪戯ではなかろうか。


「――レティナ」

 褥で囁かれる自分の名に、レティナは組み敷かれたままの状態でわずかに身をよじった。

「ルヴォルフさま」

 部屋に呼ばれたときに警戒すべきだったとレティナは思う。




 王家主催の舞踏会に参加したのは、王子に見初められたかったわけではない。確かに今夜の舞踏会は花嫁選びを兼ねているとは聞いていた。だから、傾きかけた伯爵家生まれのレティナを、両親は藁にもすがる気持ちで送り出したのだろう。屋敷に残されていた華美なドレスや宝飾品でなんとか飾り立て、ひとりの立派なレディを作り上げた。
 でも、レティナはきちんとした淑女教育は受けていない。まわりに合わせるのが得意な方だったおかげでなんとかうまくかわしていたが、ぼろが出ないうちに退出してしまいたかった。
 挨拶をそこそこに済ませ、会場から抜け出したレティナは、お酒を片手に庭を散策していた。終了の時刻を知らせる鐘の音が鳴り響くまで、時間を潰そうと考えていたからだ。そもそも、親を納得させるために参加したのであって、王子たちの花嫁選びになど興味はない。偽りの宝石みたいな自分を選ぶことなどあり得ないと理解していたので、心底どうでも良かったのだ。

「ひとりで酒か?」

 先に声をかけてきたのは、こんな場所にいるはずのない人物だった。月の光に似た銀髪、昇り始めた月の赤い色に似た赤銅色の瞳を持つ野性的な雰囲気の青年はルヴォルフ王子だ。

「よろしければ、僕たちとお話しませんか?」

 次に話をかけてきたのも、ここにいてはいけないだろう人物だった。星の煌めきのようにきらきらとした金髪、光り輝く星たちのような金色の瞳を持つ理知的な顔立ちの青年はミディール王子だ。

「えっと……私では話し相手に相応しくないでしょうから、けっこうです」

 酔いは回っていない。丁重にお断りしておくべきと判断し、レティナはきっぱり答えた。
 すると二人は仲良く顔を見合わせる。外見はあまり似ていないが彼らは双子であり、どこか通じるところがあるのだろう。
 不敵な笑みを浮かべたのはルヴォルフだった。

「俺たちの誘いを断ったのはあんたが初めてだ」
「僕たちが誰なのかはわかっているのでしょう?」

 ミディールに問われて、レティナは頷く。そして、レティナは自分が挨拶すべきであることに気付いた。

「はい。ルヴォルフさまとミディールさまです。私はレティナ・ラファイエットと申します。こうしてお声をかけていただき、とても光栄ではあるのですが……その、あまりにも遠いお方でありますので、話し相手には不向きであると存じます。私なら一人でも問題ありませんので、どうか他をあたってくださいませ」

 さらさらと答えると、一礼を して立ち去ろうとした。彼らの時間を必要以上に奪うものではない。花嫁選びに精を出してもらった方が、この国の未来のためになる。

「待てよ」

 ルヴォルフがレティナの手を取った。その拍子に持っていたグラスが落ちて割れる。

「あの、まだ何か?」
「あんた、歳は?」
「先日十八になりました」

 そんなことをきいてどうするのだろうと思いながら、レティナは素直に答える。

「それは都合がいい」

 ルヴォルフとミディールが目配せするのが見えた。
 何の都合が良いのだろうか。レティナは彼らが何を考えているのかわからなかったが、一刻も早く立ち去らねばとは感じていた。だが、ルヴォルフは手を掴んだまま離してくれない。

「ルヴォルフの無礼、申し訳ありません。ドレスを汚してしまいましたね」
「この程度どうでも――」

 謝るミディールに、空いていた手を掴まれた。

「僕たちの部屋に案内します。処置をしましょう」

 拒否権はないらしく、レティナが答えるのを待たずに二人は王宮内の一室に導いた。
 そして、ルヴォルフに押し倒されたのである。




「ミディールさま、私は――」

 隣でシャツ姿になっているミディールにレティナは助けを求める。

「気にすることはありませんよ。ドレスを脱いでいただくだけです」

 にこやかに大それたことを告げられてしまった。

「脱ぐって……んっ!?」

 露出していた首筋に痛みが走る。ルヴォルフに噛まれたのかと思ったが、きつく吸われただけらしい。

「や、やめ……」

 動いている間にドレスが器用に脱がされていく。
 腕が抜かれたところでミディールに捕まり、彼が身に付けていたクラヴァットで腕を縛られた。

「嘘に紛れた宝石を見つけたのは俺たちだ」
「君が本物の宝石であることを、僕たちが証明して差し上げます。心配はいりませんよ」

 二人の手がレティナの身体をまさぐる。甘い声が漏れ出すのは時間の問題だ。



 ――囚われたのは私? それとも……。

 甘く痺れる感覚を引き出されながら、レティナは囚われたのは王子様たちであってほしいと願った。


《終わり》
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