5 / 5
祠を壊したら、美形の怪異に因縁つけられた話。
宿泊名簿に載っていない名前
しおりを挟む
◆◇◆◇◆
食事を終えて、俺はまず電話を試みる。
自分が持っていた登山用のリュックサックのそばに、携帯電話が置かれているのに気がついた。
確か、上着のポケットに入れていたはずだが……。濡れた服を干すときに転がり落ちたのを拾われたのだろうか。
俺は這うような調子で荷物のそばに近づき、携帯電話を手に取る。充電は残り半分を切っているが、通話するには足りるだろう。ディスプレイに表示されている電波状況を見ると、しっかり届いているらしかった。
彼が言っていたとおりだな。祠周辺は全然電波が入らなくて、依頼主にテレビ電話ができなかったんだよな……。
祠を壊したことを証明するために、こちら側を表示して通話するようにしている。が、そもそも通話できないことのほうが多い。結果的に、ほとんどの場合が証拠写真を撮影して、指定された場所に送信することで仕事を終える。
とりあえず、宿に連絡だな。依頼主にはそのあとでいいだろう、うっかり電波がなくなっても困るし。
彼も宿への連絡を勧めてくれたのだから、それはおそらく問題なくできるのだろう。そんな気がして、履歴から宿屋の電話番号を選んで通話ボタンをタップする。
「はい、民宿〇〇です」
「昨日からそちらに宿泊している倉持《くらもち》と申します。出先でトラブルがありまして、今夜は戻れそうにないのです」
「……倉持さん?」
宿泊名簿をめくっているような音が入る。
「えっと、二〇三号室に案内されていて、荷物もそのままになっていると思うんですが」
ガタっと受話器が落ちる音がする。
「あの、もしもし?」
「ああ、すみません」
通話の相手が変わった。
「もしかして、俺が宿泊していたのってもっと前だったりします?」
画面の日付は祠を壊した日と同じに見えたが、見間違いだっただろうか。
「ああ、いえ。そうじゃないんです」
「はい?」
「倉持《くらもち》貴秀《たかひで》さんは、お泊まりにならなかったんです」
「え?」
どういうことだろう。俺は携帯電話を持ち直す。
「いやいや、俺、昨夜遅くに素泊まりで宿泊して、翌朝の早い時間に出発しているんです。スタッフさん方には数人しかお会いしませんでしたけど、ちゃんと手続きしましたって」
スタッフだと思った人間が実はそうじゃなかったということだろうか。
だが、どうもそういう話ではなさそうだ。
「あのぉ、これって何かの調査だったりします?」
奇妙なことを聞かれた。
「それとも、昨夜の事故についてのインタビューとかでしたら、直接いらしていただけたほうが詳しくお話しできますんでぇ」
「事故?」
近所で事故でもあったのだろうか。俺は記憶にないのだが。
聞き返すと、なにやら雑音が混じる。
「とにかく、倉持さんはいらっしゃっておりませんでぇ、何かの間違いか、別の宿と間違われたのだと思います。では、失礼いたします」
「え、あ、ちょっ」
通話が切られてしまった。
俺は携帯電話の画面を見る。
日付に異変はない。祠を壊した時間から四時間が経過している。そろそろ日が暮れる頃合いだ。下山は雨がしっかりと止んで、明るくなってからがいいだろう。
気絶していたのが一時間くらい、か。しかし、なにが起こっている?
情報が少ない。俺は携帯電話で検索をしてみる。住所を入れて、直近二十四時間内で起こった事件や事故を表示させる。
「……まだニュースにはなっていないのかな?」
主要なSNSの情報もあたってみるが、検索の仕方が悪いのかヒットしない。
となると、掲示板か?
使った公共機関の名称も入れて検索を試みるが、想像するような情報は出てこなかった。
「俺が泊まっていないって、どういうことなんだろうな……」
てっきり自分が事故に巻き込まれたことになっていて、宿泊の手続きがキャンセルされているんじゃないかと考えたが、自分が手に入れた情報からだと今ひとつ決定打に欠ける。
いつのまにかいなくなって戻らないまま数年経過くらいなら、伝承にありがちなんだよな、浦島太郎みたいな感じで。
俺は胡座をかいて唸る。無事に下山できたら、確認に行こう。
「――食事は終わったかい?」
障子戸がゆっくりと開いて、和装の彼が姿を見せた。
「ああ、とても美味しかった。食事を下げる前に連絡をしておこうと思ってさ」
俺は携帯電話を彼に見せた。
「宿泊手続きは問題なかったかい?」
「それが、俺は泊まってないって言い張るんだ」
「戻ってない、ではなくて?」
彼も違和感を覚えたらしかった。ふむと唸って、首を傾げる。
「あんたの仕業《しわざ》ではないのだろう?」
「過去に干渉するようなことはできなくはないが、ちと大掛かりすぎる」
「俺が到着する前にキャンセルになっていたようなんだが、だとしたら、俺はどうやって泊まったんだ? 部屋が空いていたから改めて宿泊手続きを取ったんだろうか」
「さあ。不思議なこともあるものだな」
そうはいうが、こういう奇妙なことに慣れているのか彼の反応は薄い。
「……管轄外、か」
「ああ、わかったよ。不貞腐れてくれるな。その調査も手伝おう。だが、その前に風呂だ」
「風呂?」
「風呂を沸かしてきた。体を温めて、思考をはっきりさせたほうがいい。体調はどうだ?」
「おかげさまで動けるようにはなった」
「なら、介助は不要だな」
アテが外れたみたいなニュアンスを込めないでほしい。
「自分で清められるよ。……そもそも、風呂は広いのか?」
成人男性二人が入れる風呂が一般家庭にあるのは珍しいだろうが、この屋敷はとても広いので風呂も広いのかもしれない。
「ああ。露天風呂もあるんだ。眺めはいいのだが、今日は雨が降っているからな。明日の朝にでも入るといいんじゃないかな」
「気が向いたら、覗いてみるよ」
「では、早速案内しようか」
彼に促されて、俺はこの部屋を出たのだった。
食事を終えて、俺はまず電話を試みる。
自分が持っていた登山用のリュックサックのそばに、携帯電話が置かれているのに気がついた。
確か、上着のポケットに入れていたはずだが……。濡れた服を干すときに転がり落ちたのを拾われたのだろうか。
俺は這うような調子で荷物のそばに近づき、携帯電話を手に取る。充電は残り半分を切っているが、通話するには足りるだろう。ディスプレイに表示されている電波状況を見ると、しっかり届いているらしかった。
彼が言っていたとおりだな。祠周辺は全然電波が入らなくて、依頼主にテレビ電話ができなかったんだよな……。
祠を壊したことを証明するために、こちら側を表示して通話するようにしている。が、そもそも通話できないことのほうが多い。結果的に、ほとんどの場合が証拠写真を撮影して、指定された場所に送信することで仕事を終える。
とりあえず、宿に連絡だな。依頼主にはそのあとでいいだろう、うっかり電波がなくなっても困るし。
彼も宿への連絡を勧めてくれたのだから、それはおそらく問題なくできるのだろう。そんな気がして、履歴から宿屋の電話番号を選んで通話ボタンをタップする。
「はい、民宿〇〇です」
「昨日からそちらに宿泊している倉持《くらもち》と申します。出先でトラブルがありまして、今夜は戻れそうにないのです」
「……倉持さん?」
宿泊名簿をめくっているような音が入る。
「えっと、二〇三号室に案内されていて、荷物もそのままになっていると思うんですが」
ガタっと受話器が落ちる音がする。
「あの、もしもし?」
「ああ、すみません」
通話の相手が変わった。
「もしかして、俺が宿泊していたのってもっと前だったりします?」
画面の日付は祠を壊した日と同じに見えたが、見間違いだっただろうか。
「ああ、いえ。そうじゃないんです」
「はい?」
「倉持《くらもち》貴秀《たかひで》さんは、お泊まりにならなかったんです」
「え?」
どういうことだろう。俺は携帯電話を持ち直す。
「いやいや、俺、昨夜遅くに素泊まりで宿泊して、翌朝の早い時間に出発しているんです。スタッフさん方には数人しかお会いしませんでしたけど、ちゃんと手続きしましたって」
スタッフだと思った人間が実はそうじゃなかったということだろうか。
だが、どうもそういう話ではなさそうだ。
「あのぉ、これって何かの調査だったりします?」
奇妙なことを聞かれた。
「それとも、昨夜の事故についてのインタビューとかでしたら、直接いらしていただけたほうが詳しくお話しできますんでぇ」
「事故?」
近所で事故でもあったのだろうか。俺は記憶にないのだが。
聞き返すと、なにやら雑音が混じる。
「とにかく、倉持さんはいらっしゃっておりませんでぇ、何かの間違いか、別の宿と間違われたのだと思います。では、失礼いたします」
「え、あ、ちょっ」
通話が切られてしまった。
俺は携帯電話の画面を見る。
日付に異変はない。祠を壊した時間から四時間が経過している。そろそろ日が暮れる頃合いだ。下山は雨がしっかりと止んで、明るくなってからがいいだろう。
気絶していたのが一時間くらい、か。しかし、なにが起こっている?
情報が少ない。俺は携帯電話で検索をしてみる。住所を入れて、直近二十四時間内で起こった事件や事故を表示させる。
「……まだニュースにはなっていないのかな?」
主要なSNSの情報もあたってみるが、検索の仕方が悪いのかヒットしない。
となると、掲示板か?
使った公共機関の名称も入れて検索を試みるが、想像するような情報は出てこなかった。
「俺が泊まっていないって、どういうことなんだろうな……」
てっきり自分が事故に巻き込まれたことになっていて、宿泊の手続きがキャンセルされているんじゃないかと考えたが、自分が手に入れた情報からだと今ひとつ決定打に欠ける。
いつのまにかいなくなって戻らないまま数年経過くらいなら、伝承にありがちなんだよな、浦島太郎みたいな感じで。
俺は胡座をかいて唸る。無事に下山できたら、確認に行こう。
「――食事は終わったかい?」
障子戸がゆっくりと開いて、和装の彼が姿を見せた。
「ああ、とても美味しかった。食事を下げる前に連絡をしておこうと思ってさ」
俺は携帯電話を彼に見せた。
「宿泊手続きは問題なかったかい?」
「それが、俺は泊まってないって言い張るんだ」
「戻ってない、ではなくて?」
彼も違和感を覚えたらしかった。ふむと唸って、首を傾げる。
「あんたの仕業《しわざ》ではないのだろう?」
「過去に干渉するようなことはできなくはないが、ちと大掛かりすぎる」
「俺が到着する前にキャンセルになっていたようなんだが、だとしたら、俺はどうやって泊まったんだ? 部屋が空いていたから改めて宿泊手続きを取ったんだろうか」
「さあ。不思議なこともあるものだな」
そうはいうが、こういう奇妙なことに慣れているのか彼の反応は薄い。
「……管轄外、か」
「ああ、わかったよ。不貞腐れてくれるな。その調査も手伝おう。だが、その前に風呂だ」
「風呂?」
「風呂を沸かしてきた。体を温めて、思考をはっきりさせたほうがいい。体調はどうだ?」
「おかげさまで動けるようにはなった」
「なら、介助は不要だな」
アテが外れたみたいなニュアンスを込めないでほしい。
「自分で清められるよ。……そもそも、風呂は広いのか?」
成人男性二人が入れる風呂が一般家庭にあるのは珍しいだろうが、この屋敷はとても広いので風呂も広いのかもしれない。
「ああ。露天風呂もあるんだ。眺めはいいのだが、今日は雨が降っているからな。明日の朝にでも入るといいんじゃないかな」
「気が向いたら、覗いてみるよ」
「では、早速案内しようか」
彼に促されて、俺はこの部屋を出たのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる