1 / 22
水鏡の深淵
卒業したかっただけなのに 1
しおりを挟む
ずっと出水(いずみ)昇太(しょうた)に憧れていた。
少女マンガに出てくるヒーローそのままの彼に惹かれないわけがない。ルックスは王子様だし、賢いし運動もできるし。おおらかで天然なところがあるけれど、肝心なところはきっちりと押さえている。男女ともに人気がある人。
たまたま近所に住んでいて、たまたま同じ保育園に通っていて、小学校も中学校もずっと一緒で。彼が県内でも偏差値上位の高校に進学すると聞いて必死に勉強してついて行った。
ずっと……心の底から憧れていた。私じゃ昇太のカノジョの座が務まるわけがないことはわかっていた。だから憧れに留めておこうと思っていた。
でも、憧れていたからこそ、一つだけ叶えたいことがあった。
「……うん?」
大学の入学式が迫る春休み。美容院から帰宅する途中、昇太と出水家の前で出会った。実家がマンションの同じフロアだとはいえ、私とは進学先がわかれて昇太は独り暮らしを始めたと聞いていたから、しばらく顔を合わすことはないだろうと寂しく感じていたのに。
こんなタイミングで会うだなんて想定外で、よほど焦っていたんだと思う。
きょとんとして首を傾げる彼を見て、私は自分が失言したことにようやく気づいた。
「わわ! なし! 今のナシ! 独り言だから!」
慌ててその場を立ち去ろうとした私の腕は彼に掴まれていた。振り解けない。
「逃げないでよ」
「に、逃げたくもなるよ! 今の、忘れて!」
「どうしてさ?」
「どうしても何も、昇ちゃん困ってるじゃん」
昇太は私の腕を掴んだまま離そうとしない。離さないという意志を感じるものの、強く握られているはずの腕に痛みはないから不思議だ。
「びっくりしただけだよ。困ってない」
「へ?」
聞き間違いかと思った。考え込んでいたら抵抗していた力が削がれたらしい。昇太に引き寄せられると、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「ふふ。僕をからかいたかったわけではなさそうだね」
「じょ、冗談だったのっ」
真に受けないでほしい。
私が否定すれば、昇太は私の髪に触れて耳に掛ける。大学デビューしたくて初めて染めた長い髪に触られると、鼓動が跳ねた。
「ああ、耳まで真っ赤だ」
確認するようにそう告げると、私の耳を食む。
「ちょっ」
私は何をされているのだろう。確かにそういうことを連想させるような発言はしたけれど、今すぐにどうこうなるなんて考えていない。
「君が望むなら、僕が叶えてあげる。龍司(りゅうじ)がバイトから帰って来るまでは二人きりになれるし」
昇太の双子の弟である龍司はバイトに出ているらしかった。
「二人きりって」
「ん? 龍司もいてほしかった?」
なんてことを言うのだ。私は慌てて首を横に振る。
「父さんも母さんも仕事があるからね。新人歓迎会だの花見だので帰りは遅くなるってさ。せっかく僕が帰ってるのに、冷たいよねえ」
確かに我が家も似たような感じで、今夜の夕食は一人で適当に食べるようにと言われている。夕食を用意してくれなくなったのは受験生になってからで、気持ちに余裕が出てきた今は自分で料理をするようになっていた。
「じゃあ、ウチで夕食、食べてく? 私、作るよ。ウチも遅くなるって言ってたし」
「ふぅん?」
話題を変えてこの状況を乗り切ろうと思ったのに、昇太は許してくれないらしい。私の顔を見下ろしながらゆっくりと舌舐めずりをして、私の頬に手を添えた。
「食べるのは夕食だけ?」
その意味がわからないわけではない。そもそも、私が蒔いた種である。冷や汗を流しながら、私は視線をそらした。
「で、でも」
「こういう機会はもうないかもしれないよ?」
急展開すぎる。夢でも見ているんじゃないだろうか。
「しょ、昇ちゃんは嫌じゃないの?」
「誰でもいいってわけじゃないさ。幸菜(ゆきな)なら抱きたいって思えたから」
「私なら……いいって?」
どんな顔をしてそんなことを言うのだろう。私が盗み見るように見上げると、昇太はふんわりと微笑んだ。
「恋人から始めなくていいのかい?」
「わ、私じゃ務まりそうにないのでっ」
「僕の体が目当て?」
「そういうつもりじゃなかったけど……そういうことでいいです……」
どう説明したらいいのかわからない。ただ、昇太のカノジョという肩書きは私には荷が重すぎるのだ。
私が答えると、昇太は小さく笑った。
「あはっ、幸菜は面白いねえ」
「笑わせたかったわけじゃないんだけど」
「龍司だったら、絶対に恋人にならないと手を出さないだろうからさ。てっきり幸菜もそういう系統だと思っていたのに。あはは。なるほどなるほど」
「もういいですーっ。ちょっとスケべな体験ができたし、私にはこれがお似合いですよーっだ」
あんまりにも笑うので、私は昇太を引き離そうと手を動かす。しかし脱出できない。強く拘束されているわけではないのに、昇太は器用だ。
「ん? 終わらせないよ?」
「無理しなくていいよ」
「そうじゃない」
ごそっと大きく動いたと思ったら、私は壁に追い詰められていた。逃げ道を探すが、彼の長い足が私のロングスカートを壁に押さえつけている。容易に動けない。
「昇太?」
「優しくするから、幸菜に触れたい」
そう告げて私の顔を覗き込む彼は雄の顔をしていて。
「……お願い、します」
ぎこちない口づけを交わして、私は昇太と一緒に自宅に入った。
少女マンガに出てくるヒーローそのままの彼に惹かれないわけがない。ルックスは王子様だし、賢いし運動もできるし。おおらかで天然なところがあるけれど、肝心なところはきっちりと押さえている。男女ともに人気がある人。
たまたま近所に住んでいて、たまたま同じ保育園に通っていて、小学校も中学校もずっと一緒で。彼が県内でも偏差値上位の高校に進学すると聞いて必死に勉強してついて行った。
ずっと……心の底から憧れていた。私じゃ昇太のカノジョの座が務まるわけがないことはわかっていた。だから憧れに留めておこうと思っていた。
でも、憧れていたからこそ、一つだけ叶えたいことがあった。
「……うん?」
大学の入学式が迫る春休み。美容院から帰宅する途中、昇太と出水家の前で出会った。実家がマンションの同じフロアだとはいえ、私とは進学先がわかれて昇太は独り暮らしを始めたと聞いていたから、しばらく顔を合わすことはないだろうと寂しく感じていたのに。
こんなタイミングで会うだなんて想定外で、よほど焦っていたんだと思う。
きょとんとして首を傾げる彼を見て、私は自分が失言したことにようやく気づいた。
「わわ! なし! 今のナシ! 独り言だから!」
慌ててその場を立ち去ろうとした私の腕は彼に掴まれていた。振り解けない。
「逃げないでよ」
「に、逃げたくもなるよ! 今の、忘れて!」
「どうしてさ?」
「どうしても何も、昇ちゃん困ってるじゃん」
昇太は私の腕を掴んだまま離そうとしない。離さないという意志を感じるものの、強く握られているはずの腕に痛みはないから不思議だ。
「びっくりしただけだよ。困ってない」
「へ?」
聞き間違いかと思った。考え込んでいたら抵抗していた力が削がれたらしい。昇太に引き寄せられると、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「ふふ。僕をからかいたかったわけではなさそうだね」
「じょ、冗談だったのっ」
真に受けないでほしい。
私が否定すれば、昇太は私の髪に触れて耳に掛ける。大学デビューしたくて初めて染めた長い髪に触られると、鼓動が跳ねた。
「ああ、耳まで真っ赤だ」
確認するようにそう告げると、私の耳を食む。
「ちょっ」
私は何をされているのだろう。確かにそういうことを連想させるような発言はしたけれど、今すぐにどうこうなるなんて考えていない。
「君が望むなら、僕が叶えてあげる。龍司(りゅうじ)がバイトから帰って来るまでは二人きりになれるし」
昇太の双子の弟である龍司はバイトに出ているらしかった。
「二人きりって」
「ん? 龍司もいてほしかった?」
なんてことを言うのだ。私は慌てて首を横に振る。
「父さんも母さんも仕事があるからね。新人歓迎会だの花見だので帰りは遅くなるってさ。せっかく僕が帰ってるのに、冷たいよねえ」
確かに我が家も似たような感じで、今夜の夕食は一人で適当に食べるようにと言われている。夕食を用意してくれなくなったのは受験生になってからで、気持ちに余裕が出てきた今は自分で料理をするようになっていた。
「じゃあ、ウチで夕食、食べてく? 私、作るよ。ウチも遅くなるって言ってたし」
「ふぅん?」
話題を変えてこの状況を乗り切ろうと思ったのに、昇太は許してくれないらしい。私の顔を見下ろしながらゆっくりと舌舐めずりをして、私の頬に手を添えた。
「食べるのは夕食だけ?」
その意味がわからないわけではない。そもそも、私が蒔いた種である。冷や汗を流しながら、私は視線をそらした。
「で、でも」
「こういう機会はもうないかもしれないよ?」
急展開すぎる。夢でも見ているんじゃないだろうか。
「しょ、昇ちゃんは嫌じゃないの?」
「誰でもいいってわけじゃないさ。幸菜(ゆきな)なら抱きたいって思えたから」
「私なら……いいって?」
どんな顔をしてそんなことを言うのだろう。私が盗み見るように見上げると、昇太はふんわりと微笑んだ。
「恋人から始めなくていいのかい?」
「わ、私じゃ務まりそうにないのでっ」
「僕の体が目当て?」
「そういうつもりじゃなかったけど……そういうことでいいです……」
どう説明したらいいのかわからない。ただ、昇太のカノジョという肩書きは私には荷が重すぎるのだ。
私が答えると、昇太は小さく笑った。
「あはっ、幸菜は面白いねえ」
「笑わせたかったわけじゃないんだけど」
「龍司だったら、絶対に恋人にならないと手を出さないだろうからさ。てっきり幸菜もそういう系統だと思っていたのに。あはは。なるほどなるほど」
「もういいですーっ。ちょっとスケべな体験ができたし、私にはこれがお似合いですよーっだ」
あんまりにも笑うので、私は昇太を引き離そうと手を動かす。しかし脱出できない。強く拘束されているわけではないのに、昇太は器用だ。
「ん? 終わらせないよ?」
「無理しなくていいよ」
「そうじゃない」
ごそっと大きく動いたと思ったら、私は壁に追い詰められていた。逃げ道を探すが、彼の長い足が私のロングスカートを壁に押さえつけている。容易に動けない。
「昇太?」
「優しくするから、幸菜に触れたい」
そう告げて私の顔を覗き込む彼は雄の顔をしていて。
「……お願い、します」
ぎこちない口づけを交わして、私は昇太と一緒に自宅に入った。
1
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
家政婦の代理派遣をしたら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
このご時世、いつ仕事がクビになるか分からない。社内の派遣社員が一斉にクビを告げられた。天音もそんな1人だった。同じ派遣社員として働くマリナが土日だけの派遣を掛け持ちしていたが、次の派遣先が土日出勤の為、代わりに働いてくれる子を探していると言う。次の仕事が決まっていなかったから天音はその派遣を引き受ける事にした。あの、家政婦って聞いたんですけど?それって、家政婦のお仕事ですか!?
強面の雇い主(京極 樹)に溺愛されていくお話しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる