不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・3【短編集】

今日は記念日

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 ランチタイムにデコレーションされたカップケーキがついてきた。俺は驚いてスタッフルームから飛び出した。

「おや、なにか出たかな?」

 いつもとは違う様子に、さすがの店長も首を傾げた。カウンターの向こうの、いつもの特等席で彼のまるい眼鏡が光る。

「怪異じゃねえよ。ケーキ、何でケーキが?」

 動揺しすぎかもしれない。ただ、どうしてケーキがあるのか思い至らなくて、困惑していたのだ。
 少なくとも、俺の誕生日ではない。

「ふむ。覚えていないとは」
「うん?」

 残念そうに告げられると、俺が何か大事なことを忘れているような気がして落ち着かない。
 何かの記念日? いや、クリスマスケーキの試作だと言われたほうがしっくり来るぐらいだが……。
 ケーキにはおめでとうの文字が書かれたチョコレートのプレートが載っているのだから、クリスマス用のそれではない。
 俺が思案していると、店長がカウンターの向こうから出てきた。

「おやおや。本当に忘れていたとは」
「店長の誕生日、とか?」
「自分で祝うほど大切にはしていないかな。そもそも、仮の誕生日も決めてはいないし」

 俺たちは怪異である。人間のように明確に生まれた日時がわかるわけではない。

「まあ……そうだな」

 なんの日なのかまったく心当たりがなくて俺が首を傾げると、店長の手が俺の顎に触れてそっと持ち上げられる。

「なんだよ?」
「今日はね、君と僕が出逢った日だ」

 真っ直ぐに見つめられた状態で、俺は目を瞬かせた。

「――あ」

 勤めていた不動産屋が消滅して路頭に迷っていた俺がこのカフェ百鬼夜行に転がり落ちたのが、一年前の今日なのだ。

「一年も一緒に働くことができるとは思っていなかったよ。だから、ケーキで祝うべきだと思ってね」

 彼の手が、その温もりがゆっくりと離れていく。名残惜しく感じられても、それを追うような無粋なことはできなかった。
 俺は意識を切り替える。

「それは……うっかりしていた。俺が働き始めたのはもう少し先だろ?」
「正式に契約した日は明後日になるね」
「そっか……あんたはそういうの、気にするタイプだったな。俺はなにも用意してねえぞ」
「獅子野くんが今日も元気に働いてくれている事実が、僕は喜ばしいよ」

 長期間近くにいると店長の瘴気にあてられて、正気を失うことになるのだと初期に説明されていた。もって半年ではないかという見立てに対し、俺は丸一年耐えたことになる。
 店長があまりにも嬉しそうに笑うので、俺は視線を外して頭を掻いた。

「――そうかよ」
「だから、祝わせてほしい」
「ん、わかった。だったら、こっちで飯、食わせろ」
「おや、いいのかい? 休憩時間はしっかりと休息をとるために設けているのだが」

 スタッフルームに引き返す俺を、店長は追いかけてくる。

「ケーキの感想、必要だろ? それに、クリスマスケーキの試作にも関係してるんじゃねえのかよ」
「カップケーキはクリスマスには出さないよ。今年はロールケーキを主体としたブッシュドノエル風のものを想定していてね」

 俺がスタッフルームから出るために店長はドアを支えてくれた。ありがたくカウンター席に昼食のローストビーフサンドとケーキを運ぶ。

「ん? そうなのか?」
「記念日用さ」
「そんなに祝うことがあるのか? 一人前の、なのに」

 カウンターテーブルに皿を並べる。デコレーションされたカップケーキはオヤツに食べるのにいいサイズである。いくつも食べるには不適だ。
 店長は残念そうに微笑んだ。

「つれないねえ」
「……俺と、いつまでも祝えるとは限らねえだろ」

 俺は手を合わせてローストビーフサンドを頬張った。甘めのソースが薄い牛肉にからんで美味しい。パリパリのバケットにシャキシャキのレタスもいい感じだ。
 なるほど、こっちがクリスマスメニューの試作だな。

「それでも、だよ。カフェ百鬼夜行としての物語も刻んでおきたくてね」
「俺はあんたの物語に食われてやるつもりはねえよ」
「僕も獅子野くんを物語の一部にはしないさ」
「それで、ケーキ、か」

 俺が話をまとめると、店長は頷く。いつのまにか店長はカウンターの向こう側にまわっていた。

「コーヒーを用意するが、温かいもので構わないかね?」
「ケーキを食べ終えるまでにはある程度冷めていると助かる」
「承知しているよ」

 上機嫌な声が返ってくる。
 俺は穏やかな気持ちでバケットサンドを食べ進めるのだった。


《終わり》
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