31 / 58
不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】
たまご料理の日
しおりを挟む
たまごたっぷりのバケットサンドに焼きプリン。今日はやけに卵が多い。
ランチタイムの混雑がやっと片付いて、スタッフルームに休憩に行く。そこに置かれていた本日の賄いがそれらである。
「なあ、店長?」
俺はスタッフルームの扉を開けて店長に呼びかける。
カウンター席の向こう側からまるい眼鏡の青年が顔を出した。
「呼んだかね?」
「さっきも思ったんだが、今日はたまごが多すぎじゃないか?」
「一日の摂取量は守っているはずだが」
「そういう心配じゃねえよ」
カフェ百鬼夜行のメニューは日替わりである。正確にはシェフを兼ねる店長の気まぐれで決まるため、日替わりというていで提供している。
「では、なにかな?」
「うっかり卵の発注量を間違えたか、割っちまって消費しねえとまずい展開になっている状態のどっちだ?」
俺が疑うと、店長はにこりと笑った。
「なるほど、君はそう考えたのか」
「なんだよ、俺、なにか試されているのか?」
「いやいや、そうではないから安心したまえ」
そう返して、店長はお気に入りのマグカップを持ってこちらに向かって歩いてくる。
「君の食事のBGMとして解説をしよう」
「……はあ」
どうも話は長くなる予定のようだ。俺は店長をスタッフルームに招くと、皿の位置を移動させて彼の場所を作る。
マグカップにいれられたコーヒーの芳ばしい香りが部屋に広がった。
「すまないね」
「で、たまご増量中の理由は?」
俺はバケットサンドを大きく頬張った。マヨネーズとカラシのあんばいがなかなか美味である。茹で卵のつぶし加減も程よく食感が残っていて、一緒に挟まれたリーフレタスとの相性もよかった。さすがは店長の手料理である。
「ふふ。君は本当に美味しそうに食べるね」
「美味しいのは事実だからな。少なくとも、俺の口に合う」
口の端についたたまごサラダを親指で拭っていると、店長は照れくさそうに笑った。
「褒めてもなにも出さないよ」
「今日はすでにプリン付きじゃねえか」
「そうだったね」
指で示す。プリンには生クリームとさくらんぼのシロップ漬けが載っていた。これはランチメニューにはなかったものだ。
「だいたい、賄いは昨日の残りが多いのに、今日は本日のランチメニューだろ。いつもと違う」
「それが君が不思議がる理由かい?」
「ああ」
素直に頷く。店長はコーヒーをひと口含んだ。
「今日はたまご料理の日なのだそうだ。それで、たまたま卵の入荷も多くてね。それでたまごサンドとプリンになったというわけだ」
「たまご料理の日……」
俺はバケットサンドにかぶりついて咀嚼する。
「たまご料理を食べたら運気が上がるとか、免疫力アップとかあるのか?」
「さあ。適量を摂取すると健康にすごせるというだけじゃないかな」
「……店長、メニューのレパートリーに困っているなら、相談に応じるぞ」
美味しかったこともあって、バケットサンドを食べ終えてしまった。俺はプリンをスプーンですくう。思ったよりもかためのプリンだ。
「獅子野くんにはとてもお世話になっているからね。今までどおりで構わない」
「そうか?」
プリンは甘さ控えめで、生クリームとの相性がよい。店長の料理のセンスが自分に合っていることに、俺は密かに感動をおぼえた。
「何かリクエストがあるなら、やぶさかではないが、ね?」
どうするかい、と彼の目が俺に問いかけてくる。
「そろそろ暑さが厳しくなってくるから、冷たいメニューが増えるとありがてえかな。作るのも暑いんだよ」
店長は暑さに強いようだが、俺はそうではない。キッチンは店長が担当ではあるが、調理を手伝うこともあれば、配膳で熱いものを運ぶこともある。そろそろひんやりとしたメニューが恋しい。
俺が提案すると、店長は腕を組んで小さく唸った。
「確かに、君に倒れられては困る。猫舌の君のためにも、メニューを切り替えていこうか」
「……おう」
猫舌の話題を出されて、俺は気がついた。
一般的にたまご料理といえば、たまごサンドよりもオムライスをイメージするんじゃなかろうか。店長がランチメニューにオムライスを選ばなかったのは、おそらく俺が熱いものを食べられないからだ。
別に、賄いはたまごサンド、ランチメニューはオムライスでよかったんじゃ?
昨日のメニューを思い返すと、バケットサンドもオムライスもどちらも作れたはずだ。賄いとランチメニューが違うのは毎度のことだったので、店長の手間は変わらないのだろう。
「おや、なにか言いたげだね?」
顔を覗くんじゃねえ。
俺は店長の顔が近づいてきたので横を向く。
「プリンもうめえってだけだ」
「甘さ控えめなのは君の好みを反映してのことだ。フルーツを添えることにも向いているからね」
「本音と建前、どっちなんだよ」
「君といると満たされるねえ」
「ぶっ」
噴き出すかと思った。
俺が少し咽せると、店長は愉快げに笑っている。わざとか、わざとなのか、この怪異タラシ。
恨めしい気持ちを込めて睨むと、店長はどこ吹く風で微笑んでいた。
「ふふ。そんなあからさまに好意をぶつけなくとも、僕には伝わっているよ?」
「店長、語弊のある言い方はやめろ……」
「素直じゃないねえ。……いや、君はそうやって自我を保っているのだから、あまり茶化すものでもないか」
なんか今、すごく聞き捨てならない不穏なことを言われた気がする。
店長はマグカップを持ってゆっくりと立ち上がる。俺は彼を見上げた。
「食後の飲み物は甘いものと苦いもののどちらがいいかね?」
「アイスコーヒー、ブラックで」
「ブラック、ね。承知したよ。ごゆっくり」
食事を終えたので、午睡の時間だと思われたのだろう。俺のオーダーをとって店長はカウンター席の向こう側にある特等席に帰ってしまった。
「……って、あんまり甘やかすなよ」
店長の物語に喰われてしまっても構わない――一瞬でもそう考えてしまったことに動揺してしまって、昼寝をしておきたくてもうまくできないのだった。
《5月22日 終わり》
ランチタイムの混雑がやっと片付いて、スタッフルームに休憩に行く。そこに置かれていた本日の賄いがそれらである。
「なあ、店長?」
俺はスタッフルームの扉を開けて店長に呼びかける。
カウンター席の向こう側からまるい眼鏡の青年が顔を出した。
「呼んだかね?」
「さっきも思ったんだが、今日はたまごが多すぎじゃないか?」
「一日の摂取量は守っているはずだが」
「そういう心配じゃねえよ」
カフェ百鬼夜行のメニューは日替わりである。正確にはシェフを兼ねる店長の気まぐれで決まるため、日替わりというていで提供している。
「では、なにかな?」
「うっかり卵の発注量を間違えたか、割っちまって消費しねえとまずい展開になっている状態のどっちだ?」
俺が疑うと、店長はにこりと笑った。
「なるほど、君はそう考えたのか」
「なんだよ、俺、なにか試されているのか?」
「いやいや、そうではないから安心したまえ」
そう返して、店長はお気に入りのマグカップを持ってこちらに向かって歩いてくる。
「君の食事のBGMとして解説をしよう」
「……はあ」
どうも話は長くなる予定のようだ。俺は店長をスタッフルームに招くと、皿の位置を移動させて彼の場所を作る。
マグカップにいれられたコーヒーの芳ばしい香りが部屋に広がった。
「すまないね」
「で、たまご増量中の理由は?」
俺はバケットサンドを大きく頬張った。マヨネーズとカラシのあんばいがなかなか美味である。茹で卵のつぶし加減も程よく食感が残っていて、一緒に挟まれたリーフレタスとの相性もよかった。さすがは店長の手料理である。
「ふふ。君は本当に美味しそうに食べるね」
「美味しいのは事実だからな。少なくとも、俺の口に合う」
口の端についたたまごサラダを親指で拭っていると、店長は照れくさそうに笑った。
「褒めてもなにも出さないよ」
「今日はすでにプリン付きじゃねえか」
「そうだったね」
指で示す。プリンには生クリームとさくらんぼのシロップ漬けが載っていた。これはランチメニューにはなかったものだ。
「だいたい、賄いは昨日の残りが多いのに、今日は本日のランチメニューだろ。いつもと違う」
「それが君が不思議がる理由かい?」
「ああ」
素直に頷く。店長はコーヒーをひと口含んだ。
「今日はたまご料理の日なのだそうだ。それで、たまたま卵の入荷も多くてね。それでたまごサンドとプリンになったというわけだ」
「たまご料理の日……」
俺はバケットサンドにかぶりついて咀嚼する。
「たまご料理を食べたら運気が上がるとか、免疫力アップとかあるのか?」
「さあ。適量を摂取すると健康にすごせるというだけじゃないかな」
「……店長、メニューのレパートリーに困っているなら、相談に応じるぞ」
美味しかったこともあって、バケットサンドを食べ終えてしまった。俺はプリンをスプーンですくう。思ったよりもかためのプリンだ。
「獅子野くんにはとてもお世話になっているからね。今までどおりで構わない」
「そうか?」
プリンは甘さ控えめで、生クリームとの相性がよい。店長の料理のセンスが自分に合っていることに、俺は密かに感動をおぼえた。
「何かリクエストがあるなら、やぶさかではないが、ね?」
どうするかい、と彼の目が俺に問いかけてくる。
「そろそろ暑さが厳しくなってくるから、冷たいメニューが増えるとありがてえかな。作るのも暑いんだよ」
店長は暑さに強いようだが、俺はそうではない。キッチンは店長が担当ではあるが、調理を手伝うこともあれば、配膳で熱いものを運ぶこともある。そろそろひんやりとしたメニューが恋しい。
俺が提案すると、店長は腕を組んで小さく唸った。
「確かに、君に倒れられては困る。猫舌の君のためにも、メニューを切り替えていこうか」
「……おう」
猫舌の話題を出されて、俺は気がついた。
一般的にたまご料理といえば、たまごサンドよりもオムライスをイメージするんじゃなかろうか。店長がランチメニューにオムライスを選ばなかったのは、おそらく俺が熱いものを食べられないからだ。
別に、賄いはたまごサンド、ランチメニューはオムライスでよかったんじゃ?
昨日のメニューを思い返すと、バケットサンドもオムライスもどちらも作れたはずだ。賄いとランチメニューが違うのは毎度のことだったので、店長の手間は変わらないのだろう。
「おや、なにか言いたげだね?」
顔を覗くんじゃねえ。
俺は店長の顔が近づいてきたので横を向く。
「プリンもうめえってだけだ」
「甘さ控えめなのは君の好みを反映してのことだ。フルーツを添えることにも向いているからね」
「本音と建前、どっちなんだよ」
「君といると満たされるねえ」
「ぶっ」
噴き出すかと思った。
俺が少し咽せると、店長は愉快げに笑っている。わざとか、わざとなのか、この怪異タラシ。
恨めしい気持ちを込めて睨むと、店長はどこ吹く風で微笑んでいた。
「ふふ。そんなあからさまに好意をぶつけなくとも、僕には伝わっているよ?」
「店長、語弊のある言い方はやめろ……」
「素直じゃないねえ。……いや、君はそうやって自我を保っているのだから、あまり茶化すものでもないか」
なんか今、すごく聞き捨てならない不穏なことを言われた気がする。
店長はマグカップを持ってゆっくりと立ち上がる。俺は彼を見上げた。
「食後の飲み物は甘いものと苦いもののどちらがいいかね?」
「アイスコーヒー、ブラックで」
「ブラック、ね。承知したよ。ごゆっくり」
食事を終えたので、午睡の時間だと思われたのだろう。俺のオーダーをとって店長はカウンター席の向こう側にある特等席に帰ってしまった。
「……って、あんまり甘やかすなよ」
店長の物語に喰われてしまっても構わない――一瞬でもそう考えてしまったことに動揺してしまって、昼寝をしておきたくてもうまくできないのだった。
《5月22日 終わり》
10
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】お供え喫茶で願いごと
餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。
ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。
先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。
高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。
なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。
◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。
◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる