不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】

不穏なラブレター

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「あの……店長。これ、読んでください」

 桃色の封筒を店長に押し付けて、常連の若い女性客は風のように去った。

「へえ、いまどき古風だな」

 カフェ百鬼夜行は会計は先に済ませるスタイルである。彼女が綺麗に食べた皿をさげながら、俺はカウンター席の向こう側にいる店長を冷やかす。

「果たし状かもしれないよ」
「だとしても古風だろうが」
「ふむ、それはそうだね」

 店長はとても興味深そうに封筒をながめている。俺も皿を片付けるなり封筒に意識を向ける。黒い靄のようななにかを察知した。

「……ラブレターにしては、奇妙な気配がくっついているな」
「想いを喰う怪異だね。さながらこれは呪いの手紙というわけだ」

 店長はカウンターに封筒を置く。そしてどこからともなくメモ帳と筆ペンを取り出してサラサラと書きつける。

「想いごと受け取ってもよかったが、それでは彼女が僕に囚われることになってしまうからね。悪く思わないでほしい」

 札を封筒に重ねるようにして置けば、冷たい炎が立つ。炎は封筒を巻き込むようにして燃え盛り消え去った。

「おい、読まなくてよかったのかよ?」

 カウンターテーブルが焦げていないこと、封筒の残骸も残留思念もないことを確認しながら俺は問う。

「彼女の気持ちに寄り添ってしまえば、もう普通の人間ではいられないよ。僕はそういう怪異だから」
「それって――」
「彼女はもうここには来られないだろう。でも、それでいい」
「む……」

 言い切られてしまっては反論できない。だが、納得はできないのだ。
 俺が黙って思案していると、店長の大きな手が頭に載せられた。雑に撫でられる。

「んだよ」
「僕には獅子野くんがいるからね。どちらにせよ、彼女の想いを受け取るわけにはいかないだろう?」
「……ずっと」
「うん?」

 店長の手を払いのけて、俺は店長を見上げた。

「あの客が店長をずっと気にしていたのを、俺は知っていた。俺のことをライバルだと感じていたらしい気配もあった」
「憧憬と嫉妬だね」
「もっとうまくかわす方法もあっただろう?」
「もてあそぶつもりはなかったんだ。怪異に憑かれてここを訪ねてきていたのだから、その原因を僕に向けるのが一番だろう?」
「ちっ」

 代案をすぐに出せなかった自分が腹立たしい。
 怪異に憑かれた時点でカウントダウンは始まっている。時間をかけている場合ではないのだ。普通の人間が普通の人生を送るために、俺たちのような怪異ができることは限られている。

「――彼女は初恋を拗らせていたようでね。彼女からは僕が、その初恋の相手に見えたようだ。いや、正確にはそう見えるように術をかけた」
「って、いつから気づいていたんだよ」

 術を掛けたらしい感じはあったからそこはわかる。だが、タイミングがいささか早過ぎではなかろうか。
 俺が問えば、店長は薄っすらと笑う。まるい眼鏡が妖しく光った。

「この店の存在に彼女が気づいた瞬間から、だね。彼女も彼女に憑いていた怪異も僕の獲物だった」

 僕の獲物。
 久々にその単語を聞いた気がする。
 一見穏やかに感じられる店長ではあるが、中身は苛烈な怪異なのだ。
 へえ、と感心しながら俺は口を開く。

「店長って、飢えていたのか?」

 唐突な問いに、店長は面食らったらしかった。目を瞬かせて、首をわずかに横に倒す。彼の長い前髪が揺れた。

「そうかもしれないね。獅子野くんからの供給を遠慮していたから」

 俺は別に供給しているつもりはなかった。だが、店長と一緒に過ごしているということは自動的に怪異としての力を吸われてしまうことになるらしい。
 ってか、遠慮とか、できんのかよ。
 俺は店長を誘惑するつもりで見つめた。

「言ってくれれば、少しくらい――」
「僕は忠告したよ」

 言葉を遮るように店長にピシャリと言われてしまって、俺は肩をビクッと震わせた。
 誘惑失敗。
 俺は店長が人間に害を与えることをよしとしない。そうするくらいなら、俺が犠牲になったほうがマシだ。それは俺の身勝手な願いなのだけど、その愚かさを見透かされたようで気まずい。
 店長は言葉を続ける。

「油断していると、僕に取り込まれてしまう。自我の崩壊がはじまれば、元には戻れない」
「それはそうだが」
「加えて、最近の君は自身の存在を強化し損ねているだろう? すっかり家猫ではないか」
「俺は猫じゃねえし」

 まさか、そっちも見抜かれていたとは。
 冷や汗が流れる。見えるところにはでないでほしいと、俺は密かに祈った。

「もう少し、自覚を持つべきだ」
「……店長が強すぎるから、振り回されちまうのは仕方ねえだろうがよ」

 吐き出すように告げると、店長は頷いた。

「僕は、君を失いたくないんだよ、獅子野くん」
「じゃあさ、店長」

 俺はあることを思いついた。
 俺がこの人間社会で人間の真似をして生きている理由。その話で俺自身を強化すればいい。
 カウンターに身を乗り出して店長を覗き込めば、彼は目を瞬かせた。

「なんだい、獅子野くん」
「俺の探し物を手伝ってくれねえか?」
「僕が手を出したら一瞬で終わってしまうかもしれないよ?」
「それはないから安心しろ」
「おや、詳しい話が聞きたいね」

 手ごたえがあったようだ。店長の目が輝きを増した。

「と。その前に、昼休みだ」
「おやおや。獅子野くんからおあずけされるとは」
「ちゃんと話すから、膨れんなよ」
「しかし、それが見つかったら、君はここを出て行ってしまうんじゃないかね?」

 鋭い意見だ。
 俺は気丈に笑う。

「どっちにしろ、俺はきっとここで長く勤めることはできねえんだろ? 初めて出会ったときから関係は変わってるし、だから延長期間を得られただけで」

 春までだと言われていたのに、もうすぐ梅雨だ。ひと月以上、契約が延びたことになる。

「獅子野くん……」
「勤務日数の調整をしても構わねえんだが、それもそれで困るんだろ?」

 前例があるから、勤務日数を減らすことで対応可能なはずだ。なのにそれを提案されないあたり、店長には店長の事情があるのだろう。
 店長は何かを隠すように笑った。

「ああ、すまないね」
「少し、足掻いてみてえんだ。できれば、店長の話ももっと踏み込みてえんだけどさ。取り込まれすぎたら」
「その通りだ。まずは昼休みだね」

 店長はいつも通りにコーヒーの準備を始める。俺はホールの片付けに戻った。
 うまく話を繋げることができたみたいだが……俺はうまく説明できるだろうか。
 探しているのがなになのか、どうして探しているのか――店長に伝えられるだろうか。店長が求める形で、提供できるかが問題なのだ。
 気を引けなかった場合、どうすればいいんだろうな。
 俺は不安な気持ちを抱えて昼食にするのだった。


《終わり》
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