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七つの色は心を乱す
*7* 6月20日木曜日、放課後
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紅は美術室にいた。美術部員たちが自分たちの課題にそれぞれ取り組んでいる。しんと静まり返り、適度な緊張感があるこの教室は紅には心地よい場所だ。
中間テストが終わったときから顔を出せないでいたので、ほとんどひと月振りである。埃を被りかけたクロッキー帳を取り出すと、紅はページを捲った。
紅が美術部に入部したのはジュエリーデザイナーに必要なデッサン力を磨くためだ。基礎がさっぱりできておらず、転科試験で落とされたのを機に真剣に取り組んでいるのである。
――色々なものを思った通りに描けるようにならなくちゃ。
新しいページを開くと木炭を握り、ミロのヴィーナスの石膏像に向かう。
と、そのときだ。副部長の宮古澤彩先輩が小さな声を上げた。沈黙が破られ、皆が顔を上げる。紅も例外なく彩に目を向けた。
「顔を出すなんて珍しいわね。少しは部活動をする気になったの?」
彩が声を掛けた相手は、音もなく美術室のドアを開けて教室を見渡している華奢な少年――白浪遊輝先輩だ。一応の美術部員である彼がくるのは非常に珍しく、教室がざわつく。
「部活をするつもりはないよ。今日はモデルのスカウト」
遊輝の回答に、彩は表情を引きつらせる。
「あなたのいうモデルって――」
「あ、やっぱりここだったんだ。探したよ、紅ちゃん」
彩の台詞を遮り、つかつかと遊輝は紅のそばにやってくる。紅は下の名前で親しげに呼ばれたせいで、すぐに反応できなかった。
「僕のモデルになってくれるよね?」
ニコニコと人懐っこい笑みを向けてくる遊輝に、紅は戸惑いを隠せない。
「て……丁重にお断りしたいんですけど……」
紅は席に座ったまま、遊輝を見上げて応える。笑顔を作ったつもりだが、苦笑いになってしまっている自覚はある。彼が得意とするのが裸婦の絵であり、それらにまつわる噂はろくなものがないのだ。
「えー、紅ちゃんはこの世に新しい芸術作品が生まれ落ちるこのチャンスを溝に捨てろっていうのかい?」
身振り手振りの大げさなアクションで遊輝は告げる。演劇部員でもないのに、舞台俳優みたいに様になる。動きに応じて、彼の長い銀髪と二年生を示す緑色のネクタイが弧を描いた。
「それに――」
彼は紅の耳元に唇を寄せて囁く。
「今日は脱がなくて大丈夫だよ」
全身に熱が走った。遊輝に考えを見透かされて恥じたのと、顔の近さによる照れだ。綺麗に整った顔が至近距離にあれば誰だって戸惑うはずだ。
「そ、そういう問題じゃ――」
反論しようとした紅の肩に手が載せられる。それは彩の手で、彼女は宝塚の男役が似合いそうな顔に苦悩の色を滲ませていた。
「火群さん。申し訳ないがスケープゴートになってくれ」
「助言をいただけるなら、協力してやってくれって台詞の方がありがたかったです……」
苦渋の選択なのだろう。このまま彼がここに居座れば、部活は中断したままになってしまう。中等部時代から遊輝と同じクラスである彩には、そうなることが身にしみてよくわかっているに違いない。
彩の声に押され、遊輝はにっこりと笑んだ。
「じゃあそういうことでっ! 紅ちゃんを連れていくね♪」
「え、ちょっ、あたし、まだっ」
遊輝は紅が片付けるのを待つことなく腕を取り、彼女の足元に置いてあったスポーツバッグを掴む。
「では皆さん、お邪魔しました、ごきげんよう」
告げるなり遊輝は紅を引っ張って美術室を後にしたのだった。
中間テストが終わったときから顔を出せないでいたので、ほとんどひと月振りである。埃を被りかけたクロッキー帳を取り出すと、紅はページを捲った。
紅が美術部に入部したのはジュエリーデザイナーに必要なデッサン力を磨くためだ。基礎がさっぱりできておらず、転科試験で落とされたのを機に真剣に取り組んでいるのである。
――色々なものを思った通りに描けるようにならなくちゃ。
新しいページを開くと木炭を握り、ミロのヴィーナスの石膏像に向かう。
と、そのときだ。副部長の宮古澤彩先輩が小さな声を上げた。沈黙が破られ、皆が顔を上げる。紅も例外なく彩に目を向けた。
「顔を出すなんて珍しいわね。少しは部活動をする気になったの?」
彩が声を掛けた相手は、音もなく美術室のドアを開けて教室を見渡している華奢な少年――白浪遊輝先輩だ。一応の美術部員である彼がくるのは非常に珍しく、教室がざわつく。
「部活をするつもりはないよ。今日はモデルのスカウト」
遊輝の回答に、彩は表情を引きつらせる。
「あなたのいうモデルって――」
「あ、やっぱりここだったんだ。探したよ、紅ちゃん」
彩の台詞を遮り、つかつかと遊輝は紅のそばにやってくる。紅は下の名前で親しげに呼ばれたせいで、すぐに反応できなかった。
「僕のモデルになってくれるよね?」
ニコニコと人懐っこい笑みを向けてくる遊輝に、紅は戸惑いを隠せない。
「て……丁重にお断りしたいんですけど……」
紅は席に座ったまま、遊輝を見上げて応える。笑顔を作ったつもりだが、苦笑いになってしまっている自覚はある。彼が得意とするのが裸婦の絵であり、それらにまつわる噂はろくなものがないのだ。
「えー、紅ちゃんはこの世に新しい芸術作品が生まれ落ちるこのチャンスを溝に捨てろっていうのかい?」
身振り手振りの大げさなアクションで遊輝は告げる。演劇部員でもないのに、舞台俳優みたいに様になる。動きに応じて、彼の長い銀髪と二年生を示す緑色のネクタイが弧を描いた。
「それに――」
彼は紅の耳元に唇を寄せて囁く。
「今日は脱がなくて大丈夫だよ」
全身に熱が走った。遊輝に考えを見透かされて恥じたのと、顔の近さによる照れだ。綺麗に整った顔が至近距離にあれば誰だって戸惑うはずだ。
「そ、そういう問題じゃ――」
反論しようとした紅の肩に手が載せられる。それは彩の手で、彼女は宝塚の男役が似合いそうな顔に苦悩の色を滲ませていた。
「火群さん。申し訳ないがスケープゴートになってくれ」
「助言をいただけるなら、協力してやってくれって台詞の方がありがたかったです……」
苦渋の選択なのだろう。このまま彼がここに居座れば、部活は中断したままになってしまう。中等部時代から遊輝と同じクラスである彩には、そうなることが身にしみてよくわかっているに違いない。
彩の声に押され、遊輝はにっこりと笑んだ。
「じゃあそういうことでっ! 紅ちゃんを連れていくね♪」
「え、ちょっ、あたし、まだっ」
遊輝は紅が片付けるのを待つことなく腕を取り、彼女の足元に置いてあったスポーツバッグを掴む。
「では皆さん、お邪魔しました、ごきげんよう」
告げるなり遊輝は紅を引っ張って美術室を後にしたのだった。
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