宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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青玉の求婚は突然に

*1* 7月23日火曜日、朝

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 七月二十三日火曜日。
 世の中は夏休みであるが、宝杖ほうじょう学院には希望者に対して夏期講習を行っている。こうは予備校に通うよりも学校の夏期講習を選んだ。使い慣れた教室で見知った仲間とともに過ごせるならそちらの方が良いと思ったのだ。
 梅雨も明け、青空が広がる。天気が良いからと思い切って自転車通学に切り替えた紅だったが、宝杖学院が見晴らしの良い坂の上にあることはすっかり忘れていた。走っているときは気持ちが良いが、止まると汗が噴き出して適わない。ある程度想定して、学校指定の体操着とハーフパンツという運動部スタイルで臨んだが、制服だったら今頃酷い姿になっていただろう。

 ――このくらい、交通機関のトラブルに巻き込まれて遅刻するくらいなら安いもんよ。でも、日焼け対策は考えたほうが良さそうね。

 学校までの長い坂道を駆け上がり、大きな屋敷の脇を歩きながら進むと、スマートフォンが鳴る。スポーツバッグから引き抜くと、電話は星章せいしょう蒼衣あおいからだった。

「おはよう、紅。家に寄っていきませんか?」

 言われて、この通りが彼の部屋から見えることを紅は思い出す。屋敷を見上げると、蒼衣が部屋から手を振っている。
 腕時計で時間に余裕があるのを確認して、「寄っていく」と紅は答えた。




 屋敷に入ると使用人にまず挨拶。久し振りですね、などと言われながら食堂に案内される。朝食の席にお邪魔することになったようだ。

 ――変わってないなぁ……。

 広い庭園を眺められる大きな窓。その奥に広がるイングリッシュガーデンは鮮やかな緑の葉と色とりどりの花で彩られ、食堂を明るく華やかに飾る。視線を手前に向ければ、十数人は座れるだろうテーブルに真っ白なクロス。その中央の席に宝杖学院の制服を校則の規定通りに着た蒼衣の姿があった。

「ようこそ。何か飲みますか?」

 汗だくの姿を見て、蒼衣が微笑みながら問う。こんな風に優しく笑むのは二人きりのときだけだと紅は知っている。

「そうね……水をお願いできます?」

 こんな格好で申し訳ないなと思う。スポーツバッグに入れておいたハンドタオルで汗を拭うが、流れ落ちる雫はなかなか減らない。
 すると、お腹がぐぅと鳴った。

「ちょっ……!?」

 静かな食堂に響いた不躾ぶしつけな音に、紅は恥ずかしくて狼狽うろたえる。朝食は済ませてきたのだが、三十分を超えるサイクリングで消耗したらしい。
 それを見ていた蒼衣はくすくすと笑った。

「一緒に食べましょうか」

 言って、蒼衣は使用人を呼びつけ、朝食の準備を始めさせる。
 そんな蒼衣の日常的行動を見ながら、紅は彼の前の席に腰を下ろした。

「自転車通学にしたんですか?」

 厚めのトースト、スクランブルエッグとソーセージ、サラダにはレタスとキュウリ、ミニトマト。デザートにはオレンジが添えられている。皿が並び終わると蒼衣は尋ねてきた。
 手を合わせてありがたく食事を頂戴しながら、紅は答える。

「バスも電車もトラブル続きだったからね。思い切って」
「知りませんでした。迎えを出しましょうか?」

 スクランブルエッグのほどけるような食感に舌鼓したづつみを打ちつつ、紅は首を小さく横に振る。

「自転車で充分に通えるからご心配なく。そんなことされたら、噂が増えるわ」
白浪しらなみとの噂ですか?」
「うぐっ!?」

 そんな返しをされるとは思っておらず、むせてしまう。グラスに注がれた冷水を飲んで落ち着けたところで、蒼衣は続けて問う。

「あれ、どこまで本当なんです?」

 問い掛けてきた蒼衣の瞳は暗い。雑談として訊いてきたわけではなく、確認をしたいようだ。

「モデルを頼まれたのも、ホテル――ってかアトリエに連れ込まれたのも本当だけど、それだけよ。気になるの?」

 そんなことを気にかけてくれていたとは意外だった。校内では面倒ごとを寄せ付けないために距離を置いている。幼い頃のように互いを気にするようなこともないのだろうと、紅は思い込んでいたのだ。
 紅の問いに、蒼衣は小さく息を吐いた。

「気になりますよ。可愛い妹だと思っているんですから。よからぬ噂を聞けば心配します」
「ゴメン。――ところで、その左手の絆創膏ばんそうこうはどうしたの?」

 グラスを手にした彼の薬指には絆創膏が巻かれている。そんな場所を怪我する状況がわからない。

「ちょっとしたおまじないですよ。――そうそう、次の日曜日、空けておいて下さいね」
「良いけど、なに?」

 休日の誘いなど数年振りだ。星章家と火群ほむら家は家族ぐるみで付き合いがあるので、休日をともに過ごすようなこともあるが、これは二人きりでということだろう。
 首を小さく傾げて問うと、彼は満足げに笑んだ。

「それはそのときまでのお楽しみで」
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