宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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青玉の求婚は突然に

*11* 7月27日土曜日、20時過ぎ【AB】

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 美味しい食事にこうはとても満足していた。時刻は二十時を回っている。
 皿を下げてもらって一息ついたところで、紅は立ち上がった。

「そろそろ帰らないと。家に着くのが二十一時を過ぎると流石さすがにまずいわ。――ところで、おじ様やおば様は?」
「今日はこの屋敷にいるのは私たちだけですよ」

 エスコートをするように紅の後ろに回った蒼衣あおいは、彼女の耳元に口を寄せるとささやく。

「……そうなんだ」

 紅は動かずにそれだけを告げた。ゴクリと唾を飲み込んで、次の反応を見る。

「えぇ、祖父らがいる離れの方に行ってもらいました」

 蒼衣の指先が紅のセミロングの髪をもてあそぶ。

「……星章せいしょう先輩? 何かよからぬことを考えていません?」

 紅だって学習はする。遊輝に言い寄られ続けてきたことが、こういうときの警戒ラインをシビアにしていた。

「よからぬこと?」

 背後を取られているせいで顔が見えない。紅は蒼衣の声色をうかがう。

「よからぬことというのは、こういうことでしょうか?」

 髪をいじっていた手が首筋に触れる。ビクッと身体が震え、でもされるがままではなく彼の手を捕まえた。

「つまらない冗談はやめて」
「私は本気ですよ?」

 ひんやりとした声に、紅は蒼衣の手を振り払って距離を取る。

「妹みたいに思ってくれていたんじゃなかったの?」

 その問いには冷たい微笑みで返される。

「今夜は帰しませんよ。火群ほむらの家には連絡済みです」
「何の冗談なのよ。あたしは――」

 そういう目であなたを見られない、そう続くはずの台詞が蒼衣の台詞で上書きされる。

「明日は私たちの婚約発表会です。聞いていなかったんですか?」
「婚約……先輩とあたしが?」

 現実感のない台詞に、紅は動揺せずにはいられない。

「それこそ冗談。無名のジュエリーデザイナーの娘が、あなたみたいな家の人との結婚を許される訳が――」
「貴女が千晶ちあきさんの孫だから、許されるんですよ」
「お祖母ばあちゃんの?」
「とにかく、貴女あなたを奪われるわけにはいかないのです。従ってもらいますよ」

 ぐいっと腕を強く引っ張られる。慌ててポシェットに手を伸ばすが、椅子に引っかかって落下してしまう。口が開いてスマートフォンが転がった。拾う間も与えてもらえないまま、上の階に連れて来られる。

「待って、先輩。あたしの話を聞いてよっ!」

 紅は訴えるが、蒼衣は止まらない。ついに客室に押し込められてしまった。

「あたしが千晶お祖母ちゃんの孫だからって、星章先輩はそれでいいの? おかしいわよ」

 ドアは開けられたまま。しかしふさぐように蒼衣が立っている。掴まれたままの左腕には痛みが走る。

「私はずっと、紅を好いていましたよ」
「それは妹として――」
「ずっとそばにいたいと思っていました。愛している」

 紅の後ろにはベッドがある。迫られて逃げ場を失い、紅はベッドに背中から倒れ込んだ。仰向けに転がった紅の手を蒼衣の手が拘束する。

「ちょっ、待って。あたし、まだ整理できてない。落ち着いて情報を整理しましょう、星章先輩」
「ずっとこうしたかったんです」

 切なげな表情を浮かべた蒼衣の顔が近付いて、紅の赤い唇に彼の唇が重なる。

「んっ……」

 逃れたくて足掻あがくと、蒼衣の舌が強引に中に入ってくる。探るように歯列をなぞると、それ以上の侵入はせずに帰っていく。

「んんっ……ぁっ」

 唇が離れても安心できない。彼はキスをやめてくれたが、上に乗ったままで拘束は解かれないのだ。紅の息は上がっている。

「先輩だなんて、そんな距離を感じさせる言葉で呼んで欲しくありません」

 再び唇をふさがれる。ついばむように唇を唇で挟んだかと思うと緩み、息を継ぐつもりで薄く開いた唇の間から舌が入り込んでくる。

「んんっ……んっ……」

 口の中を探られると、どうしたらいいのかわからなくなる。冷静に考える余裕があれば、舌を噛んでやってそれまでになるはず。しかし、刺激が強すぎて痺れたみたいになるために身体の制御がきかないのだ。
 唇に飽きたのか、蒼衣は紅の耳に口元を近付けると熱い息を吹きかける。髪が揺れてくすぐったく、反射的に身じろぎすると、耳朶みみたぶを優しく噛まれた。

「やぁっ……」

 今まで感じたことのない刺激に、高い声が漏れる。
 つやめいた声に満足したのか、蒼衣は紅と顔を合わせた。冷たい笑顔が浮かんでいる。

「蒼衣兄様、やめて……」

 もう耐えられない。涙で視界が歪んでいても紅は蒼衣を真っ直ぐ見つめて、彼が一番動揺しそうな言葉で呼ぶ。
 紅には血の繋がった兄がいるが、彼を兄様と呼んだことは一度もない。蒼衣の持つ雰囲気から、紅は幼い頃そう呼んでいたのだ。

「兄様、これ以上のことをされたら、あたしはあなたをしたえなくなる」
白浪しらなみとはするのに、私とはできないのですか?」

 蒼衣の苛立ちが声から透けて見える。
 紅は蒼衣と遊輝ゆうきの関係を誤って認識していたことに、このタイミングになってようやくわかった。二人は協力しているわけではない。単に張り合っているのだ。それなら、遊輝が自分に固執する理由にも説明がつく。
 紅は首を横に振った。

「誤解よ」
「学校での貴女はいつも私を避ける。屋敷に呼べば来てくれるのに」

 彼の苛立ちが、焦る気持ちが、どうしようもなく怖い。どこでぼたんを掛け損ねてしまったのかがわからない。

「それは学校でのあなたが遠い存在だったから」
「ならば――この寂しさは、どう埋めたら良かったんですか?」

 満月をいくらか過ぎた月が照らす室内。蒼衣の頬を濡らす涙が優しく光を照り返した。
 その瞬間、廊下の明かりがぱっと消える。突然の出来事に蒼衣は眼鏡を外して涙を拭い、窓の外に目をやる。

「まだ時間には早いと思うのですが、どうやら来たようですね」

 紅の額に口付けを落としながら、彼は腕に手を伸ばす。カチャリという音が二回。紅の手首には金属の冷たい感触が伝わる。

「貴女はしばらく静かにしていて下さい。ねずみを始末してきます」

 音が気になってよく見ると、手錠がベッドの柱に繋がっている。両手がそれぞれ、別の柱に留められていた。
 腕を動かしてみるが外れる気配はない。仰向けのまま、ベッドに縫い付けられたみたいな状態になっていた。

「始末って……狙いは紺青こんじょうの王でしょ? 今行っても手遅れよ」

 鍵を開けてもらわないと身動きが取れない。引き留めるために声をかけると、部屋の外に向かおうとしていた蒼衣はふんと鼻を鳴らした。

「紺青の王なら、ここにあります」

 左手の薬指の絆創膏ばんそうこうを外す。下に現れたのは青いリング。澄んだ青い光はサファイアの色。

「私もタリスマントーカーです。怪盗オパールもタリスマントーカーのはず。ハグレモノに目に物見せてやりますよ」

 言って立ち去る蒼衣。暗い廊下に吸い込まれるようにいなくなる。

 ――どうしよう……。星章せいしょう先輩の力がどんなものか知らないけど、止めなくちゃいけない気がする。

 紅は手錠のついた腕を動かすがカチャカチャ音を立てるだけで外れない。
 連絡手段を探すが、紅は自分のポシェットが食堂に置き去りになっているのを思い出す。

 ――お願い、フレイムブラッド。あたしの気持ちを届けて。

 手の打ちようがない。紅は右手首に輝くフレイムブラッドに祈りを込める。思いが届きますように、と。
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