54 / 309
その炎は血よりも紅く
*2* 9月6日金曜日、夕方
しおりを挟む
夕方、紅《こう》の部屋。陽が陰ってきたなと紅が思っていると、ドアがノックされた。
「紅、蒼衣《あおい》君が見舞いに来てくれたわよ」
母の声に、ムクリと上体を起こす。
「紅、入ってもいいですか?」
「……どうぞ」
元気よく返事などできない。絞り出すように出た声は、ドアの向こうにも届いたようだ。ドアがゆっくりと開き、蒼衣だけが中に入る。
「気分はどうですか?」
彼をチラッと見て、紅は顔を俯かせる。
「――私も怖いですか?」
蒼衣は近付いて来なかった。閉めたドアに背をつけるようにして立ち止まり、蒼衣が問う。その様子に、紅は彼が家族から話を聞いているのだろうと想像した。
「まぁ、私も一度、貴女《あなた》を押し倒していますから、避けられても仕方がないことだとは思いますが」
紅は蒼衣をそっと見上げる。あれはあれで怖かったのだが、今とは関係がない――そう話したかったが、台詞が出ない。
「条《じょう》さんや蓮《れん》君からも話は伺っています。男性が怖く見えるのも仕方はないことですよ。落ち着くまでゆっくり休んで下さい」
寂しげに笑む蒼衣。
「私は帰りますね。長月《ながつき》さんや海宝《かいほう》さんと話をしていたほうが、気も紛れるでしょう。でも、何か力になれることがあるなら、気兼ねなくお呼び下さい」
言って彼は背を向ける。
「……待って、蒼衣兄様」
紅のか細い声に、蒼衣は振り向く。
「白浪《しらなみ》先輩や抜折羅《ばさら》はどうしているの? 大丈夫なの?」
蒼衣が彼らの話題を振らなかったのは意図的なのだろう。そう思ったからこそ気になった。連絡しても返事がないのだ。
蒼衣は苦笑して口を開く。
「白浪は自宅謹慎中ですよ。文化祭が終わるまでは外に出られないみたいですね。怪我も大したことはないと聞いています。金剛《こんごう》は学校に来ていましたけど、少し元気がない様子でしたね。あのあと、何かありましたか?」
昨日、家までは蒼衣が送ってくれた。泣きっぱなしでどうにもできず、慰めてくれる蒼衣にずっとしがみついていたからだ。
だから、抜折羅と話はしていない。遊輝《ゆうき》とも会話はできなかった。
「電話、出てくれないの。白浪先輩も。あたし、謝りたいのに。お礼も言いたいのに」
思い出したせいか、たかぶった感情が視界を涙で歪ませる。
「あたしのせいでしょ? どうしたら彼らに報いることができるんだろう。申し訳なくて――でも、男の人が怖くてしかたなくて、頭の中がぐちゃぐちゃしちゃって、身動き取れない……。何でこんなことになってしまったのよ……」
「紅、貴女が責任を感じることはありませんよ。不幸な事件だっただけ。犯人たちを憎むのは自然な反応だとは思いますが、他の誰かまでが悪いわけじゃない。たまたま、運が悪くてこの事態に辿り着いてしまったのです。自分を責めないでください」
「責めずにはいられないわよっ!」
「それで何か変わるのですか!?」
ビクッとさせる。蒼衣は紅に顔を近付ける。覗き込む瞳にはサファイアの炎が揺れる。
「貴女が責めるべき相手は事件を起こした犯人たちであり、彼らを突き動かしてしまった私や白浪でしょう? 貴女は被害者だ。誰も貴女を非難しない。いたとしても、耳を貸す必要などない。彼らは外から面白半分で言っているだけの無関係で無責任な人間なんですから」
「蒼衣兄様……」
「そんな顔をしないで、紅。私には貴女の笑顔を取り戻すことができないのでしょうか?」
そっと頬に触れる指先。紅の身体が強張《こわば》る。流れる涙を細く長い指で拭う。
「これで失礼します。私もまだ、気持ちの整理が追いついていないようだ」
悲しげな顔をして蒼衣は離れる。
「二人には私からも連絡しておきますよ。紅が心配しているから、電話くらい出てやれと伝えましょう」
「うん……今日はわざわざありがとう」
「いえ。顔を見て話せて良かったです。無理をしないように」
「うん。大丈夫、蒼衣兄様」
うまく笑顔は作れただろうか。蒼衣は去っていった。
「紅、蒼衣《あおい》君が見舞いに来てくれたわよ」
母の声に、ムクリと上体を起こす。
「紅、入ってもいいですか?」
「……どうぞ」
元気よく返事などできない。絞り出すように出た声は、ドアの向こうにも届いたようだ。ドアがゆっくりと開き、蒼衣だけが中に入る。
「気分はどうですか?」
彼をチラッと見て、紅は顔を俯かせる。
「――私も怖いですか?」
蒼衣は近付いて来なかった。閉めたドアに背をつけるようにして立ち止まり、蒼衣が問う。その様子に、紅は彼が家族から話を聞いているのだろうと想像した。
「まぁ、私も一度、貴女《あなた》を押し倒していますから、避けられても仕方がないことだとは思いますが」
紅は蒼衣をそっと見上げる。あれはあれで怖かったのだが、今とは関係がない――そう話したかったが、台詞が出ない。
「条《じょう》さんや蓮《れん》君からも話は伺っています。男性が怖く見えるのも仕方はないことですよ。落ち着くまでゆっくり休んで下さい」
寂しげに笑む蒼衣。
「私は帰りますね。長月《ながつき》さんや海宝《かいほう》さんと話をしていたほうが、気も紛れるでしょう。でも、何か力になれることがあるなら、気兼ねなくお呼び下さい」
言って彼は背を向ける。
「……待って、蒼衣兄様」
紅のか細い声に、蒼衣は振り向く。
「白浪《しらなみ》先輩や抜折羅《ばさら》はどうしているの? 大丈夫なの?」
蒼衣が彼らの話題を振らなかったのは意図的なのだろう。そう思ったからこそ気になった。連絡しても返事がないのだ。
蒼衣は苦笑して口を開く。
「白浪は自宅謹慎中ですよ。文化祭が終わるまでは外に出られないみたいですね。怪我も大したことはないと聞いています。金剛《こんごう》は学校に来ていましたけど、少し元気がない様子でしたね。あのあと、何かありましたか?」
昨日、家までは蒼衣が送ってくれた。泣きっぱなしでどうにもできず、慰めてくれる蒼衣にずっとしがみついていたからだ。
だから、抜折羅と話はしていない。遊輝《ゆうき》とも会話はできなかった。
「電話、出てくれないの。白浪先輩も。あたし、謝りたいのに。お礼も言いたいのに」
思い出したせいか、たかぶった感情が視界を涙で歪ませる。
「あたしのせいでしょ? どうしたら彼らに報いることができるんだろう。申し訳なくて――でも、男の人が怖くてしかたなくて、頭の中がぐちゃぐちゃしちゃって、身動き取れない……。何でこんなことになってしまったのよ……」
「紅、貴女が責任を感じることはありませんよ。不幸な事件だっただけ。犯人たちを憎むのは自然な反応だとは思いますが、他の誰かまでが悪いわけじゃない。たまたま、運が悪くてこの事態に辿り着いてしまったのです。自分を責めないでください」
「責めずにはいられないわよっ!」
「それで何か変わるのですか!?」
ビクッとさせる。蒼衣は紅に顔を近付ける。覗き込む瞳にはサファイアの炎が揺れる。
「貴女が責めるべき相手は事件を起こした犯人たちであり、彼らを突き動かしてしまった私や白浪でしょう? 貴女は被害者だ。誰も貴女を非難しない。いたとしても、耳を貸す必要などない。彼らは外から面白半分で言っているだけの無関係で無責任な人間なんですから」
「蒼衣兄様……」
「そんな顔をしないで、紅。私には貴女の笑顔を取り戻すことができないのでしょうか?」
そっと頬に触れる指先。紅の身体が強張《こわば》る。流れる涙を細く長い指で拭う。
「これで失礼します。私もまだ、気持ちの整理が追いついていないようだ」
悲しげな顔をして蒼衣は離れる。
「二人には私からも連絡しておきますよ。紅が心配しているから、電話くらい出てやれと伝えましょう」
「うん……今日はわざわざありがとう」
「いえ。顔を見て話せて良かったです。無理をしないように」
「うん。大丈夫、蒼衣兄様」
うまく笑顔は作れただろうか。蒼衣は去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
男が少ない世界に転生して
美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです!
旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします!
交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』
月影 朔
歴史・時代
江戸の町外れ、鬼灯横丁で「玄庵診療所」を営むのは、人間離れした美貌を持つ謎の医師・玄庵。常人には視えぬ妖怪や穢れを視る力で、奇病に苦しむ人間や妖怪たちを癒やしています。ひょんなことから助手を務めることになった町娘のおみつは、妖怪の存在に戸惑いながらも、持ち前の行動力と共感力で玄庵の治療を手伝い、彼と共に成長していきます。
飄々とした情報屋の古狐妖怪・古尾や、言葉を解する化け猫・玉藻など、個性豊かな面々が診療所を彩ります。玄庵の過去にまつわる深い謎、人間と妖怪の間に立つ退魔師・竜胆との衝突、そして世界を混乱に陥れる「穢れ」の存在。様々な事件を通して、人間と妖怪の間に紡がれる絆と、未来への希望が描かれる、和風ファンタジー医療譚です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる