58 / 309
その炎は血よりも紅く
*6* 9月7日土曜日、昼
しおりを挟む
九月七日土曜日。今日、明日は宝杖《ほうじょう》学院の学園祭――通称、青玉祭が開催される。天気は快晴。空はサファイアブルー一色で、さぞかし来場者は集まることだろう。
紅《こう》は学校に行かなかった。事件から日は浅く、せっかくの学園祭に混乱を招くようなことはしたくない。この日のために準備や調整をしてきた蒼衣《あおい》に悪いと思ったのもある。色々と残念だが仕方がない。
「――付き合わせてしまったみたいだな」
成田空港からの帰りの車中、隣に座る抜折羅《ばさら》が言う。モスクワに向かうという沙織《さおり》を見送ってきたところだ。
「あたしが行きたかったんだから、気にしないで。むしろ、車を出してくれてありがとう」
「……それはそうと、だな。手を繋いでいる必要性について、俺は議論したいのだが」
紅が握っている彼の左手が、居心地悪そうに動く。
「フレイムブラッドの力を渡すのに必要な行為でしょうが。星章《せいしょう》先輩からホープが弱っていることは聞いているんだからね。移動時間を利用してできることなんだから構わないでしょ?」
「それは、確かにそうなんだが……」
言いよどむ抜折羅に、紅はある可能性に気付いて睨《にら》む。
「それとも、何? あたしとキスしたいわけっ!?」
「何故喧嘩腰でそういうことを言うんだ? そんなに俺のことが嫌いか!?」
「嫌いだったら、触れたいとも思わないわよっ!」
「そりゃどうも。出会ったときより関係が好転しているようで何よりだな」
――くう~っ!
どうしてか、悔しい。抜折羅にとって自分の価値はエネルギータンクでしかないのだろうかと紅は悩む。守られてばかりの状況をどうにかしたくて、ならばと魔性石の力を渡すことを思いついたというのに。
しばらく黙っていたが、不意に抜折羅が口を開いた。
「このあと白浪《しらなみ》先輩の様子を見に行こうと思うんだが、紅も来るか?」
「本当にあんた達は仲が良いのね」
「そこはヤキモチを焼くところなのか?」
「知らないわよ。イラッとしただけ」
「ずいぶんとご機嫌斜めだな。無理して供給してくれる必要もないんだぞ?」
「……」
紅は台詞で返すことはせず、ただぎゅっと抜折羅の手を握った。
「……気が済むまで好きにしろよ。握手程度じゃ、全快まで半日以上かかるだろうしな」
面倒くさそうに言う。交渉を諦めたようだ。
「――で、さっきの質問だ。白浪先輩のところに行かないなら、火群《ほむら》の家まで送る。寄っていくかどうか答えろ」
「一緒に行くわ。見舞いの約束もしてるし。抜折羅がいてくれれば、先輩も行き過ぎたスキンシップは自重するでしょ」
「……紅は白浪先輩とどういう関係なんだ?」
抜折羅の目が点になっている。どちらかというと表情の変化が乏《とぼ》しい彼であるが、今は退《ひ》かれているのがありありとわかった。
「へ、変な聞き方しないでくれるっ!? むしろ、あたしも知りたいわよっ!!」
「じゃあ、どうなりたいんだ?」
真面目な顔だ。この質問は雑談ではなく、ちゃんと意図がある。
「どういう意味?」
「俺には、お前が先輩とじゃれあっているように映っている。正直、反応に困るのだが、どうして欲しい?」
「どうして欲しいかって……」
彼の問いを繰り返してみるが、よくわからない。
「変な質問であることは承知の上で訊くが、その……紅が白浪先輩のことが好きならば、俺は邪魔はしたくない。嫌いじゃないことはわかるんだが、どうなんだ?」
あまりにも真剣な顔で抜折羅が真っ直ぐ見つめてくるので、紅は適当な言い訳が浮かばない。逃げずに正直に答えようと思った。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだが、仕方がない。
「好みという意味なら、顔は好き。あたしの理想は間違いなく白浪先輩でしょう」
「お、おう」
そう答えると思っていなかったのだろうか。抜折羅は唸《うな》る。
「ただし、内面は別よ?」
「……」
――その沈黙は、あたし、どう解釈したらいい?
「……総合的にみて、どうなんだ?」
「抜折羅の判断に任せるわよ」
「む……紅のそういう面は理解し難い……他は概《おおむ》ね意思の疎通ができているように思っていたんだが……」
本気で頭を抱えているように見える。大真面目に考えて、でも答えが見えないから質問をしてきたのだろうか。彼の勇気の使いどころが紅には理解できない。
――ったく、どこに気を遣っているのかしらね?
「わかり合えなくても当然でしょ? あたしたちは別の人間なんだから。――これは良い意味で取ってよ。今まで別の人生を歩んできたからこそ発見できたことなんだもの。楽しいことだわ」
「紅のその前向きさは見習いたいところだ」
抜折羅は笑う。他の人がするみたいな笑顔ではないのだけど、すごく楽しそうに紅の目には映った。
紅《こう》は学校に行かなかった。事件から日は浅く、せっかくの学園祭に混乱を招くようなことはしたくない。この日のために準備や調整をしてきた蒼衣《あおい》に悪いと思ったのもある。色々と残念だが仕方がない。
「――付き合わせてしまったみたいだな」
成田空港からの帰りの車中、隣に座る抜折羅《ばさら》が言う。モスクワに向かうという沙織《さおり》を見送ってきたところだ。
「あたしが行きたかったんだから、気にしないで。むしろ、車を出してくれてありがとう」
「……それはそうと、だな。手を繋いでいる必要性について、俺は議論したいのだが」
紅が握っている彼の左手が、居心地悪そうに動く。
「フレイムブラッドの力を渡すのに必要な行為でしょうが。星章《せいしょう》先輩からホープが弱っていることは聞いているんだからね。移動時間を利用してできることなんだから構わないでしょ?」
「それは、確かにそうなんだが……」
言いよどむ抜折羅に、紅はある可能性に気付いて睨《にら》む。
「それとも、何? あたしとキスしたいわけっ!?」
「何故喧嘩腰でそういうことを言うんだ? そんなに俺のことが嫌いか!?」
「嫌いだったら、触れたいとも思わないわよっ!」
「そりゃどうも。出会ったときより関係が好転しているようで何よりだな」
――くう~っ!
どうしてか、悔しい。抜折羅にとって自分の価値はエネルギータンクでしかないのだろうかと紅は悩む。守られてばかりの状況をどうにかしたくて、ならばと魔性石の力を渡すことを思いついたというのに。
しばらく黙っていたが、不意に抜折羅が口を開いた。
「このあと白浪《しらなみ》先輩の様子を見に行こうと思うんだが、紅も来るか?」
「本当にあんた達は仲が良いのね」
「そこはヤキモチを焼くところなのか?」
「知らないわよ。イラッとしただけ」
「ずいぶんとご機嫌斜めだな。無理して供給してくれる必要もないんだぞ?」
「……」
紅は台詞で返すことはせず、ただぎゅっと抜折羅の手を握った。
「……気が済むまで好きにしろよ。握手程度じゃ、全快まで半日以上かかるだろうしな」
面倒くさそうに言う。交渉を諦めたようだ。
「――で、さっきの質問だ。白浪先輩のところに行かないなら、火群《ほむら》の家まで送る。寄っていくかどうか答えろ」
「一緒に行くわ。見舞いの約束もしてるし。抜折羅がいてくれれば、先輩も行き過ぎたスキンシップは自重するでしょ」
「……紅は白浪先輩とどういう関係なんだ?」
抜折羅の目が点になっている。どちらかというと表情の変化が乏《とぼ》しい彼であるが、今は退《ひ》かれているのがありありとわかった。
「へ、変な聞き方しないでくれるっ!? むしろ、あたしも知りたいわよっ!!」
「じゃあ、どうなりたいんだ?」
真面目な顔だ。この質問は雑談ではなく、ちゃんと意図がある。
「どういう意味?」
「俺には、お前が先輩とじゃれあっているように映っている。正直、反応に困るのだが、どうして欲しい?」
「どうして欲しいかって……」
彼の問いを繰り返してみるが、よくわからない。
「変な質問であることは承知の上で訊くが、その……紅が白浪先輩のことが好きならば、俺は邪魔はしたくない。嫌いじゃないことはわかるんだが、どうなんだ?」
あまりにも真剣な顔で抜折羅が真っ直ぐ見つめてくるので、紅は適当な言い訳が浮かばない。逃げずに正直に答えようと思った。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだが、仕方がない。
「好みという意味なら、顔は好き。あたしの理想は間違いなく白浪先輩でしょう」
「お、おう」
そう答えると思っていなかったのだろうか。抜折羅は唸《うな》る。
「ただし、内面は別よ?」
「……」
――その沈黙は、あたし、どう解釈したらいい?
「……総合的にみて、どうなんだ?」
「抜折羅の判断に任せるわよ」
「む……紅のそういう面は理解し難い……他は概《おおむ》ね意思の疎通ができているように思っていたんだが……」
本気で頭を抱えているように見える。大真面目に考えて、でも答えが見えないから質問をしてきたのだろうか。彼の勇気の使いどころが紅には理解できない。
――ったく、どこに気を遣っているのかしらね?
「わかり合えなくても当然でしょ? あたしたちは別の人間なんだから。――これは良い意味で取ってよ。今まで別の人生を歩んできたからこそ発見できたことなんだもの。楽しいことだわ」
「紅のその前向きさは見習いたいところだ」
抜折羅は笑う。他の人がするみたいな笑顔ではないのだけど、すごく楽しそうに紅の目には映った。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
男が少ない世界に転生して
美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです!
旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします!
交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』
月影 朔
歴史・時代
江戸の町外れ、鬼灯横丁で「玄庵診療所」を営むのは、人間離れした美貌を持つ謎の医師・玄庵。常人には視えぬ妖怪や穢れを視る力で、奇病に苦しむ人間や妖怪たちを癒やしています。ひょんなことから助手を務めることになった町娘のおみつは、妖怪の存在に戸惑いながらも、持ち前の行動力と共感力で玄庵の治療を手伝い、彼と共に成長していきます。
飄々とした情報屋の古狐妖怪・古尾や、言葉を解する化け猫・玉藻など、個性豊かな面々が診療所を彩ります。玄庵の過去にまつわる深い謎、人間と妖怪の間に立つ退魔師・竜胆との衝突、そして世界を混乱に陥れる「穢れ」の存在。様々な事件を通して、人間と妖怪の間に紡がれる絆と、未来への希望が描かれる、和風ファンタジー医療譚です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる