宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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ヒトの心を捉えし魔物は

*5* 9月7日土曜日、昼【♭】

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 抜折羅《ばさら》に声を掛けたとき、こちらを見た彼の瞳が虚《うつろ》ろだったのが気になっていた。だから紅は彼が飛びかかってきたときには割と冷静でいられたが、避けられるほどの身体技能は持ち合わせていなかった。

「やっ……」

 あっさりと押し倒される。受け身を取ることはなんとかできたようで、痛みは少ない。
 上に乗り掛かる抜折羅は虚ろな目のまま見下ろしてくる。

「抜折羅、じゃないみたいね……」

 〝フレイムブラッド〟を握り締める。覚悟を決めるときが来たのかも知れない。ゴクリと唾を飲み込む。

『死んでもらうぞ、娘。この少年に出逢ってしまったことを、死後の世界で恨むんだな』

 直接、頭に響く声。それは以前聞いたホープのものとは違う。

「あなた、誰?」
『死にゆく者に名乗る趣味はない』

 抜折羅の手が首に伸びる。すぐに力が込められた。

 ――苦しいっ……。

 緩まないかと彼の腕に爪を立ててみるが、変化はない。一方で、紅は自分の手に力が入りにくくなってきているのを実感した。時間がない。

 ――覚悟を決めるのよ、紅。抜折羅は悲しむかも知れないけど、ここであたしが死ぬわけにはいかない。〝フレイムブラッド〟があたしの命を求めたとしても、ここでおとなしく殺されるよりはマシだわ。

 手のひらから転がり落ちそうになるフレイムブラッドを、紅はやっとのことで自身の右肩に当てた。

 ――お願い、フレイムブラッド。あたしに力を貸してっ!!

『我が主、ホムラコウ。ワタシの力を求める者となる決意ができましたか?』

 ――あなたの〝使命〟を受け入れるわ。だから、力を貸してっ!! 彼を――抜折羅を助けたいのっ!!

『承知致しました。――ワタシは勝利へと導く石。必ずやあなたの力となりましょう。ワタシのもたらす〝使命〟は奉仕の心。あなたを求める者に惜しむことなく力を貸し与え、勝利へと導きなさい。ワタシとの盟約《めいやく》が破られたとき、力を貸し与えた者たちに災厄が訪れることを努々《ゆめゆめ》忘れぬよう』

 声が遠退いていくのに呼応するかのように、身体に力が漲《みなぎ》ってくるのがわかる。熱を帯びてだんだんと身体が温かくなっていく。

 ――ありがとう、フレイムブラッド。あたし、頑張るよ。

 息苦しさが少しだけ薄れ、紅は抜折羅の手首を掴む。そして祈りを捧げた。

 ――炎と戦いの神マルスよ、我が前に立ちふさがる邪なる心を燃やし滅せよ!

 燃え盛る炎のビジョン。掴んだ手首から炎は広がり、抜折羅を包み込む。

『くっ……無駄な抵抗をっ! 我は屈しない金剛石《ダイヤモンド》。この程度のことでは負けぬっ!!』

 手に込められた力は僅かに緩む。一呼吸するが、首を絞められた状態から脱したわけではない。

 ――あたしだけの力じゃ勝てないのっ……!?

 フレイムブラッドから力を送り込んでいる感覚はある。だが、相手のダメージになっているようには見えない。
 再び抜折羅の両手に力が入った。

「がぁっ!?」

 フレイムブラッドと契約をしたからか、脳への血の巡りが確保できていたようだが、それも限界を迎えたらしい。意識が徐々に薄れていく。

 ――諦めたくない……あたしは諦めたくないっ……。

 そのとき、かすかに声が聞こえてきた。聞き覚えのあるか細い声。

『〝フレイムブラッド〟の娘よ、貴様の諦めの悪さは評価に値するぞ』

 ――ホープ?

『私とて、小さいながらも青のダイヤモンド。そう簡単に主を奪われてなるものか。我が願いに賛同する、ようやっと見つけた主なのだからな』

 真っ赤だった炎のビジョンが青白い光に変わる。流れる力はフレイムブラッドだけのものではない。

『そんなバカなっ!! このボクがお前ごときに喰われるなどっ!?』

 狼狽《うろた》える声。
 その悲鳴のような台詞の後に抜折羅の瞳に青白い光が宿った。まもなく手が首から離れる。

「ダイヤモンドは他の石の力も引き出す。フレイムブラッドの力を目一杯引っ張り出したんだ。もう観念しろ」

 抜折羅は自身の左手薬指に右手の人差し指と中指をあてがう。そして指輪を一気に引き抜いた。勢いで飛んだ青い指輪は、廊下の中央に落下する。

「けほっけほっ」
「ぶ、無事か?」

 上体を起こして首をさする紅に、不安げな気持ちが全面的に表れた顔で抜折羅が訊ねる。

「なんとか、ね」

 締め付けられた箇所が痛い。痕になっているのかもと思うと、気が重い。

「紅のおかげで助かった。礼を言う」

 抜折羅は紅の上からどいて立ち上がると、手を差し出した。紅は彼の手を取る。

「どういたしまして。あなたを失わずに済んで良かったわ」

 安心してもらうために、紅は努めて笑顔を作ると立ち上がる。

「……しかし、俺はお前に酷いことをした」
「気にしないで、仕方のないことだもの。傷はすぐに癒《い》えると思うわ。ルビーの効果に治癒力もあっただろうし」
「違う。首の怪我のことじゃない。フレイムブラッドのことだ」

 申し訳なさと怒りが入り混じったような声で抜折羅は叫ぶ。

「心配いらないわよ。あたしの〝使命〟は命を取られるようなものじゃない。盟約を破れば災厄を撒き散らすとは言われたけど、それだけだから」

 深刻にならないように、紅は明るく振る舞う。抜折羅の所為《せい》ではない。自分で決めたことなのだ。彼が責任を感じる必要はないはずだ。

「解除条件はないのか?」
「まだ聞いてないけど……当分は外すつもりもないから大丈夫」
「そっか……だが、念のため聞いておけよ? 場合によっては、俺が取り外してやらなきゃいけないかも知れないし」
「うん、了解」

 もっと責められるんじゃないかと警戒していたが、杞憂《きゆう》だったようだ。紅はほっと胸を撫で下ろす。

「――となれば、撤収準備だな。あれだけ騒いでいたのに家の人が見に来ないとは、オパールの魔術効果はすごいな。白浪《しらなみ》先輩は敵に回したくない相手だ」

 独り言らしきことをぶつぶつ呟《つぶや》きながら、抜折羅は廊下に落ちた指輪を拾い上げた。ポケットから取り出したハンカチに丁寧に包むとそっとしまう。これでホープの回収が終わるのだ。

 ――終わり……か。仕事が片付いたのだから、抜折羅はアメリカに帰っちゃうのかな……?

 抜折羅を見つめていると、彼は紅に振り向いた。

「紅、石神ルイを運ぶのを手伝ってくれ」
「わかったわ」

 こうして撤収準備を始め、紅と抜折羅は石神邸を後にしたのだった。


(第6章 ヒトの心を捉えし魔物は 完)

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