宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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秘めたる炎で心燃やして【第1部完結】

*2* 9月8日日曜日、昼【A】

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 九月八日日曜日。学園祭二日目。
 紅《こう》は宝杖《ほうじょう》学院には行かなかった。金曜日のこともあるが、首の怪我の治りが今ひとつで、ならばと休むことにしてしまったのだ。

 ――フレイムブラッドが言うことには、〝浄化の炎〟で消費した分が大きくて、治癒にまで回す余裕がないとのことだったけど……。使い方に慣れれば割り振りも制御できるようになるのかしら。

 駅前のファミレス、そこの御手洗いで鏡を見ながら怪我の具合を確認。スカーフを巻いていれば気にならない程度まで落ち着いていたので、外出する気になれたのは幸いだ。
 しかし、問題はそこだけではない。ため息をつきたくなるところをぐっと堪《こら》えて、紅は御手洗いから出た。
 昼時であるためか、座席はすべて埋まり賑わっている。家族連れ、部活帰りらしい生徒のグループ、デート中らしきカップルなどなど、年齢と性別の組み合わせは幅広い。紅はさっきまで自分がいた座席を見やり、なんとも言えない心境で戻った。

「――あたし、思うんですけど、やっぱり自宅謹慎中の人間がこんな所にいるのはまずいと思うんですよ、先輩」

 紅はアイスティーを呑気《のんき》に啜《すす》っていた遊輝《ゆうき》に話し掛けた。御手洗いに立つ前に食べ終えていたランチプレートはすでに下げられている。
 この時点では、紅は遊輝と二人きりだ。蒼衣《あおい》は学校だし、抜折羅《ばさら》は後始末があるからと、この場にはいない。よくよく思えば、彼と二人だけで学校以外の場所にいるのはホテルに拉致《らち》されて以来だ。

「だって、紅ちゃん、僕の家に誘ったのに断るんだもん」

 拗《す》ねたような表情を作り、まだ立ったままでいる紅を上目遣いに見つめる。自分が他人からどう見られているかを熟知した仕草に、思わず心を掴まれそうになるものの、紅は辛うじて耐えた。

「身の危険を感じれば、断るに決まっているじゃないですかっ」
「そうしろって言ったのは僕だけど、ちょっと寂しいな。僕は君ともっと親密になりたいんだ」
 にっこりと笑顔を作る。

 遊輝は表情が豊かだなぁと紅は思う。それ故に、どこまでが本心なのかわからない。

 ――本能に正直で、子どもっぽいように見えるんだけど……そこも演技みたいに思えないこともないのよね……。

「あたしの都合を考えられるようになったら、譲歩しますよ」

 紅はいつまでも突っ立っているわけにもいかないので、渋々腰を下ろす。今日が学園祭なので、宝杖学院の生徒に出くわすこともないだろう。その点だけは救いだ。

「それが抜折羅くんを選んだ理由?」

 探るような瞳に射抜かれる。
 紅はアイスコーヒーを啜った。

「選んだつもりはないですけど? 一緒にいて安心できる相手のそばにいることは、自然じゃないですか?」
「ふうん。出逢った頃から随分と進展したわけだね」

 意味深長な台詞に、紅の手はぴたりと止まる。

「……白浪《しらなみ》先輩、あたしのことを調べたんですか?」
「好きな女の子の情報は念入りに調べてしまうものだよ。スリーサイズは見ればわかるけど、異性の好みは徹底して調べるね。――そうそう。女顔であることに劣等感を持っていた僕なんだけど、君の好みと一致してくれて嬉しいよ」

 ――まさか本人に知られていたとは……。って、本題から反れてる。

「あたしが言いたいことはそこじゃなくてですね……」
「うん。二人の馴れ初めも知ってるよ。ファーストキスの相手だってことも」
「うっ……」

 顔から火が出そうだ。紅は思わず視線をアイスコーヒーに移す。

「ふふっ。話題を変えようか」

 遊輝は楽しそうに笑って、しかし次には真面目な顔をした。

「ねぇ、紅ちゃん、僕と一緒にフランスに留学しない?」
「……はぁっ!?」

 コーヒーを口に含んでいなくて良かったと思う。唐突な申し出に、紅は遊輝を正面に見た。冗談を言っているようには見えない。

「君がジュエリーデザイナーを目指していることは、美術部に入ったときに聞いてる。フランスは有名なブランドも多いし、良い勉強になると思うんだ」
「ちょっ……待ってください。話が飛躍してますっ!! ――確かにフランスがそういう国であることは知ってますけど、どうしてあたしに声を掛けるんですか?」
「決まってるじゃん。僕が君と離れたくないから。――父さんの個展で僕にも声が掛かったんだ。父さんは海外進出にやる気を出してる。便乗するみたいな感じだけど、絵の勉強はちゃんとしておきたいんだ。お金をいただけるようになって、本当にそう思う」

 遊輝の説明に、紅は昨日の彼の台詞を思い出す。

「……攫《さら》うかも知れないって、そういうことだったんですか?」
「紅ちゃんさえ良ければ、だよ? 本気で攫ってしまいたいと思ったこともあるけど、今の僕はきっと君の人生の責任を取ることができないから。ただ機会があるなら、僕と紅ちゃんの仲だもの、そういう情報は共有しても良いんじゃないかなって。――夢に近付くチャンスを、君はどう使う?」

 デートの誘いの本題はこのことだったのだろう。表面的には笑顔であるが、微《かす》かに不安げな色が滲《にじ》む。

「あたしは……」

 夢を叶えたい気持ちはある。そのための努力は出来る限りしてきたつもりだ。

 ――だけど、あたしは。

 結論は意外と早かった。紅は唾を飲み込むと、言葉を続ける。

「せっかくのお誘いですけど、お断りいたします。ついて行ってしまったら、あたし、きっと先輩に甘えてしまう。だから、もしもフランスに行くなら、実力をもっと身に付けてからにしたい」

 きっぱりと言えた。紅は申し訳ないと思いつつも、にっこりと笑む。後悔はしない、いや、してはいけない――こんな半端な気持ちならば。
 紅の出した結論に、遊輝は一度目を瞬《しばたた》かせ、そして優しく微笑んだ。

「君は本当に僕好みの女の子だね。こんなにドキドキさせられたことはないよ。触れてもいないのに」
「どさくさに紛れて口説かないでいただけますか?」
「なんだか幸せな気分で。紅ちゃんと僕の意見が一致したからさ」

 どういうことだろうか。紅はきょとんとしてしまう。
 そんな紅の反応を見たからだろう。遊輝の表情に苦笑が混じった。

「ごめんね、紅ちゃん。試すようなことをして。――つまりはね、僕はフランス行き、断ったんだ」
「え?」
「高校教育が終わるまでは日本にいようって。芸術家ではありたいけど、絵を描く才能だけじゃ食べていけそうにないからね。潰しがきいた方がいいでしょ? 僕はリスクを負わない主義なんだ」
「じゃあ、卒業までは日本にいると……?」
「そういうこと。残り一年半をかけて、君の心と身体をいただこうかと、ね」

 そう告げると、遊輝はウインクをする。

「タイムリミットがあると燃えない?」
「燃えません。ってか、諦めないんですね」
「紅ちゃんが僕を駆り立てているんだよ。フレイムブラッドが僕を焚《た》き付けるのかな。人を好きになるって、素晴らしいことだね」
「あぁ、もうっ! 勝手にしてください。あたしは落とされませんからねっ!!」
「ふふっ。いつまでそう言っていられるのか、とても楽しみ」

 楽しんでいるように見える。言葉では彼に勝てそうにない。

 ――いっそうのこと、白浪先輩のことを憎いと思えるくらい嫌いになれたら良いのに。顔に騙《だま》されているのかしらね……。

 今後も遊輝による熱烈なアプローチを受けるのかと思うと憂鬱《ゆううつ》になる。対策を立てておく必要がありそうだ。
 アイスコーヒーを飲み干したところで、スマートフォンに着信が入った。画面には蒼衣《あおい》の名前。メールだ。紅は本文を表示する。

 〝文化祭のあと、火群《ほむら》の家に行っても良いですか?〟

「誰から? 抜折羅《ばさら》くん辺り?」
「星章《せいしょう》先輩からよ」

 返信を入力しながら遊輝の問いに答える。

「あれから閣下と話できた?」
「ううん。星章先輩自身も色々あったからね」

 蒼衣が嘘をついていたことには気付いていた。ダイヤモンドの魔性石に操られていたわけではないことくらい、幼い頃から彼を見てきただけに見通せる。そんな演技をしてまでも敵対することを選んだ本当の理由はまだ聞けていない。

「そっか。だったら、二人できちんと話し合うことを勧めるよ。ストレス発散にまで付き合う必要はないと思うけど、互いの気持ちはぶつけるべきだ。そうすれば、僕は心穏やかに学園生活を楽しめる」
「白浪先輩がどうであれ、向き合うつもりではいますよ。仲良くしていきたい人なんですから」

 〝了解です。うちに来る頃にまた連絡ください。〟

 本文を打ち終えて送信する。

「一生友だち宣言ねぇ……ん、違った、兄貴だったか。星章閣下よりは僕の方が有利だと思っておこう」
「そろそろお暇《いとま》しますね。星章先輩が家に来るみたいなんで」

 文化祭の片付けやら後夜祭などで遅くなるだろうが、長々と遊輝と二人でいる義理もない。学校の連中に見つかる前に退散しておきたかった。

「えー。もうちょっと一緒にいようよ。お昼食べてお茶するだけの、ものすごく健全なデートなんだからさ」
「ゴシップが増えないようにするための対策です」

 言って、紅は立ち上がる。そこで遊輝に腕を掴まれた。ぐいっと引かれて前屈みになったところで、唇が軽く触れる。
 紅は慌てて離れた。身体が熱い。

「何してっ……!?」
「ゴシップを増やそうかと思って。ディープキスがお望みだった?」

 悪戯《いたずら》に成功して満足しているのだろう。遊輝は自身の唇を指して問う。
 紅の身体に宿る熱が増して、言葉よりも如実《にょじつ》に肯定を示した。望んでいたわけではないが、身構えていたのは事実なのだ。

「あ、あたしは先輩のそういうところが苦手ですっ」
「すぐに慣れちゃったら僕が困るから、そのままでいてよ。可愛い」

 からかわれているとは理解できた。このまま玩具《おもちゃ》にされるのは癪《しゃく》なのだが、丁度良い報復が思いつかない。

「……帰りますっ!!」
「家まで送るね」

 先に歩き出した紅の後ろを、伝票を持って遊輝が追いかけた。
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