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紅き炎は静かに揺らめく
*9* 9月30日月曜日、放課後【A】
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「え、あのっ、白浪先輩っ!?」
彼の手がしっかりと腰を押さえて密着する。身動きが取れない。
「しばらく会えないと思うと、抱き締めておきたくなって。――安心して。これ以上のことはここでするつもりはないから」
耳元で囁かれる声は穏やかで優しい。鼓動が早くなる。ドキドキしてしまっているのが、押し付けている豊かな胸を通して伝わってしまいそうだ。
「し、信用できませんっ」
「でも、そう言いながらも君は抵抗しないよね」
「いつだって抵抗させてくれないじゃないですか」
「どうだったかな。僕はそんなつもりはなかったのだけど」
左手を腰元に残し、彼の右手が紅の髪をすくって首筋をなぞる。
「ひゃっ、あのっ」
紅が見上げて睨むと、遊輝は薄く笑った。
「可愛い声で鳴いてくれるんだね」
彼の赤い瞳を見ていると、心を奪われてしまいそうな気がしてくる。抜折羅を好きだと自覚しているにも拘わらず、元々憧れがあって好みの外見である遊輝に迫られると抵抗するのに遅れてしまう。どうにも困ったものだ。
うっかりすると揺れて委ねてしまいそうになる心に渇を入れるべく、紅は告げる。
「からかうのも大概にして下さい。いつまで抱き締めているつもりなんですかっ!?」
「僕の気が済むまで、かな」
頭を撫でる手がくすぐったい。このまま彼のペースに巻き込まれてしまってはまずいと、紅は必死に台詞を考える。
「それってどのくらい掛かります?」
「君が僕を選んでくれるまで」
「それじゃあ、あたし、帰れないじゃないですか。困ります」
「ふふっ、それならそれで僕は嬉しいな。でも、このままの状態を続けるなら、僕は必ず君を落とせると思っているよ」
「そんなところに自信を持たないでくださいっ! 抜折羅がいなくなって、星章先輩が入試で手が回らないのを見計らってこういうことをしてくるなんて――」
非難してやると、頭を撫でていた彼の手が止まった。彼は愉快そうに笑む。
「卑怯だと言いたいのかい? だけど、僕もそれなりに必死なんだよ。抜折羅くんと君は気持ちが通じ合っているし、表向きは閣下の婚約者だ。僕と紅ちゃんはただの先輩と後輩でしかないんだよ。少しくらい狡をしないと、君に近付けないじゃない。僕はもっと君と親密になりたいんだ」
「……あたし、先輩のその台詞が本気で言っているのか、疑っているんですけど」
「非道いことを言うんだね。どうしたら本気だと思ってもらえるかな?」
「どうしたらって……」
彼の言動が演技じみて感じてしまうのはどうしてなのだろう。普段はただ誇張するためにそう振る舞っていて、本心なのだろうと受け取れるのに、彼の『好き』と告げられる想いはどうしても、少なくとも抜折羅が寄せてくれる想いや蒼衣が向けてくれる想いとは全く違うものとして捉えていた。
――あたしがおかしいのかしら。うまく表現できなくてもどかしいよ。
「――困っている紅ちゃんもそそられるね。これ以上のことはしないって宣言したのに、前言撤回したくなる」
いつの間にか遊輝の右手が紅の顎を持ち上げていた。
「え、ちょっ……」
ただでさえ近いのに、さらに顔が寄せられる。
「目、閉じて」
「お断りしますっ!」
「じゃあ、そのままでいいよ」
唇が触れる。軽く触れるだけの口付け。身体を捩るが逃げられず、そのまま彫刻にでもなってしまったかのように固まって、解放してもらえるのをただ待った。
ずいぶんと長いキスだった。唇に伝わる熱が去っていくのを感じて、いつの間にか閉じていた目蓋を持ち上げる。遊輝の不安そうな顔が目に入った。
彼の唇が動く。
「――紅ちゃん? 僕がいない間もいい子にしているんだよ。抜折羅くんや僕がいない間は星章先輩にちゃんと守ってもらってね。君を心配している気持ちくらいは、本気だと感じてくれるかな」
「……お気持ちは、ちゃんと受け取りました。心配しないでください」
「――ありがとう」
ありがとうと告げられた台詞だけは、演技ではなくて心からの言葉に思えた。
――何なのかしら、この違和感は……。
最後にぎゅっと強く抱き締められて、そして解放された。
「ふふっ。紅ちゃん、すっごくドキドキしていたね。寿命、縮めちゃったかな?」
「そう思うなら止めていただけませんか?」
「嫌いじゃないくせに」
「これでも嫌がっているつもりなんですけど」
「だったら、もっと真剣に抵抗しなくちゃ。伝わってこないよ?」
「ご忠告、どうもです」
返して、紅はスタスタと扉に向かう。鍵を開け、ドアノブに手をかけたところで一度深呼吸をした。心拍数は平常に戻りつつあるが、顔は火照ったままだろう。
――白浪先輩の馬鹿っ! あたしの馬鹿っ!
予測するか慣れるかして遊輝に対処できるようにならないといけない。そうでないと、アメリカに戻ってしまった抜折羅に申し訳ない。
紅は心に誓って、美術準備室の扉を開けた。
彼の手がしっかりと腰を押さえて密着する。身動きが取れない。
「しばらく会えないと思うと、抱き締めておきたくなって。――安心して。これ以上のことはここでするつもりはないから」
耳元で囁かれる声は穏やかで優しい。鼓動が早くなる。ドキドキしてしまっているのが、押し付けている豊かな胸を通して伝わってしまいそうだ。
「し、信用できませんっ」
「でも、そう言いながらも君は抵抗しないよね」
「いつだって抵抗させてくれないじゃないですか」
「どうだったかな。僕はそんなつもりはなかったのだけど」
左手を腰元に残し、彼の右手が紅の髪をすくって首筋をなぞる。
「ひゃっ、あのっ」
紅が見上げて睨むと、遊輝は薄く笑った。
「可愛い声で鳴いてくれるんだね」
彼の赤い瞳を見ていると、心を奪われてしまいそうな気がしてくる。抜折羅を好きだと自覚しているにも拘わらず、元々憧れがあって好みの外見である遊輝に迫られると抵抗するのに遅れてしまう。どうにも困ったものだ。
うっかりすると揺れて委ねてしまいそうになる心に渇を入れるべく、紅は告げる。
「からかうのも大概にして下さい。いつまで抱き締めているつもりなんですかっ!?」
「僕の気が済むまで、かな」
頭を撫でる手がくすぐったい。このまま彼のペースに巻き込まれてしまってはまずいと、紅は必死に台詞を考える。
「それってどのくらい掛かります?」
「君が僕を選んでくれるまで」
「それじゃあ、あたし、帰れないじゃないですか。困ります」
「ふふっ、それならそれで僕は嬉しいな。でも、このままの状態を続けるなら、僕は必ず君を落とせると思っているよ」
「そんなところに自信を持たないでくださいっ! 抜折羅がいなくなって、星章先輩が入試で手が回らないのを見計らってこういうことをしてくるなんて――」
非難してやると、頭を撫でていた彼の手が止まった。彼は愉快そうに笑む。
「卑怯だと言いたいのかい? だけど、僕もそれなりに必死なんだよ。抜折羅くんと君は気持ちが通じ合っているし、表向きは閣下の婚約者だ。僕と紅ちゃんはただの先輩と後輩でしかないんだよ。少しくらい狡をしないと、君に近付けないじゃない。僕はもっと君と親密になりたいんだ」
「……あたし、先輩のその台詞が本気で言っているのか、疑っているんですけど」
「非道いことを言うんだね。どうしたら本気だと思ってもらえるかな?」
「どうしたらって……」
彼の言動が演技じみて感じてしまうのはどうしてなのだろう。普段はただ誇張するためにそう振る舞っていて、本心なのだろうと受け取れるのに、彼の『好き』と告げられる想いはどうしても、少なくとも抜折羅が寄せてくれる想いや蒼衣が向けてくれる想いとは全く違うものとして捉えていた。
――あたしがおかしいのかしら。うまく表現できなくてもどかしいよ。
「――困っている紅ちゃんもそそられるね。これ以上のことはしないって宣言したのに、前言撤回したくなる」
いつの間にか遊輝の右手が紅の顎を持ち上げていた。
「え、ちょっ……」
ただでさえ近いのに、さらに顔が寄せられる。
「目、閉じて」
「お断りしますっ!」
「じゃあ、そのままでいいよ」
唇が触れる。軽く触れるだけの口付け。身体を捩るが逃げられず、そのまま彫刻にでもなってしまったかのように固まって、解放してもらえるのをただ待った。
ずいぶんと長いキスだった。唇に伝わる熱が去っていくのを感じて、いつの間にか閉じていた目蓋を持ち上げる。遊輝の不安そうな顔が目に入った。
彼の唇が動く。
「――紅ちゃん? 僕がいない間もいい子にしているんだよ。抜折羅くんや僕がいない間は星章先輩にちゃんと守ってもらってね。君を心配している気持ちくらいは、本気だと感じてくれるかな」
「……お気持ちは、ちゃんと受け取りました。心配しないでください」
「――ありがとう」
ありがとうと告げられた台詞だけは、演技ではなくて心からの言葉に思えた。
――何なのかしら、この違和感は……。
最後にぎゅっと強く抱き締められて、そして解放された。
「ふふっ。紅ちゃん、すっごくドキドキしていたね。寿命、縮めちゃったかな?」
「そう思うなら止めていただけませんか?」
「嫌いじゃないくせに」
「これでも嫌がっているつもりなんですけど」
「だったら、もっと真剣に抵抗しなくちゃ。伝わってこないよ?」
「ご忠告、どうもです」
返して、紅はスタスタと扉に向かう。鍵を開け、ドアノブに手をかけたところで一度深呼吸をした。心拍数は平常に戻りつつあるが、顔は火照ったままだろう。
――白浪先輩の馬鹿っ! あたしの馬鹿っ!
予測するか慣れるかして遊輝に対処できるようにならないといけない。そうでないと、アメリカに戻ってしまった抜折羅に申し訳ない。
紅は心に誓って、美術準備室の扉を開けた。
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