宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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黒き石に降り積もる雪

★1★ 10月10日木曜日、21時過ぎ

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 十月十日木曜日。既に二十一時を回っている。夜の空気はすっかり秋で、虫たちの求愛の音が静かな住宅街に響く。
 抜折羅ばさらはステーションワゴンの外に出ると、雨戸が閉められた二階の部屋を見上げながら電話を掛けた。十数秒待たされて、都合が悪いのだろうと判断する。

 ――俺の運のなさを思えば、そう簡単に逢わせてはくれないか。

 諦めて、スマートフォンを耳から離したところで声がした。

「――抜折羅、なの?」

 疑う声はこうのものだ。

「あぁ。今まで連絡もせず、すまない。日本に戻ってきた」

 スマートフォンを耳に当て直し、短く応える。

「……会いたいよ」

 はなを啜る音のあとにぼそりと呟かれる。はっきりと言わなかったのは、それが不意に漏れてしまった本音だからだろう。

 ――俺も、ずっと会いたかった。

 素直に言えたら良いのに、と思いつつ次の台詞を続ける。

「今、お前の家の前にいる」
「え?」

 喜びと驚き、戸惑いなどの感情がたったの一音に含まれている。

 ――さぁ、どうするかな?

 反応を待っていると、火群ほむらの家の中からバタバタと威勢の良い音がして、玄関の扉が大きく開いた。そこに立っていた紅は風呂上がりらしく肩にタオルを載せたパジャマ姿だ。抜折羅の姿を見つけるなり通話を切り、彼女は走ってくる。

「抜折羅っ!」

 飛びついてきた紅からはシャンプーの甘い香りがふわりと漂う。抱き止めた彼女の温もりと柔らかさがパジャマの薄い布地越しに伝わってきて、緊張と照れとその他諸々で抜折羅は対処に困った。

「喜んでくれるのは嬉しいんだが……その、離れてくれないか?」

 抱き付いている彼女がそのまま上目遣いに見つめてくる。どうして? とわずかに濡れた瞳が雄弁に語り掛けているのがわかる。

 ――あぁ、もう、紅は気を許しすぎだ……出逢った頃の警戒心はどこにいった?

 この角度から紅の顔を見ると、どうしてもパジャマの上着から覗く胸の谷間が気になってしまう。服が胸の大きさに大して窮屈そうであるのと、抱き締めた状態のために抜折羅に押し付ける形となり、より強調されているのだ。

「ムードぶち壊しの台詞で恐縮だが、その、お前の胸が、だな、俺には凶器に感じられるんだ」

 察してくれとばかりに告げると、紅は顔を真っ赤にしてさっと離れた。

「ご、ごめん。パジャマだってこと忘れてた」
「わかってくれたなら、それでいい」

 わずかばかり俯いて、恥ずかしさでもじもじとしている紅を見ていると、可愛さのあまりぎゅっとしてやりたい衝動に駆られる。今までに感じたことのない反応で、抜折羅は落ち着けと念じながら視線を外した。

「――ところで、どうして日本に?」

 話を振ってくれたのはありがたい。抜折羅は用意してきた答えをそのまま告げることにする。

「支部をきちんと立てろ、って。要は仕事の都合だ」
「あたしのためとは言ってくれないのね」

 ――理解しているくせに……。

 抜折羅はやれやれと思いながら、決まり文句のようになった台詞で返す。

「不慮の事故で死なせるわけにはいかないからな」
「そうね、あなたをわずらわせたくないわ」

 紅を見ると、彼女はにっこりと笑っていた。やはり抜折羅の都合を理解した上での台詞だったようだ。

「――俺がいない間に何があった?」

 表面上は元気そうだが、遊輝ゆうきがわざわざ電話を掛けてくるような事態にはなっているはずだ。少し様子をみたい。
 抜折羅の問いに紅はビクッと身体を震わせた。視線をさまよわせたあと、短く彼女は応える。

「〝氷雪の精霊〟争奪戦、みたいな感じかしら。まだ見つけられない上に、同じ物を将人まさとが――黒曜こくよう将人が探していて。約束の期日まで三日しかないのに……」

 途中で言い直した黒曜将人の名前。そこに一番の動揺を感じ取った。

 ――黒曜将人と言えば、紅と星章せいしょう先輩の幼なじみだったか。

 抜折羅は帰国する前に得ていた情報を思い返す。黒曜が帰ってくるから気を付けろ――そのように蒼衣あおいが言っていたことは記憶にある。あとで彼に事情を聞けばわかるだろうと、紅から聞き出すことはやめておくことにした。
 余計なことを訊いてしまった詫びを含めて、抜折羅は不安そうにしている紅の頭を優しく撫でる。初めは吃驚びっくりしたような顔をした紅だが、間もなくくすぐったそうに目を細めた。

「苦戦しているんだな。俺も協力しよう。明日は手続きのために宝杖学院には行かなきゃならんしな」

 彼女の目が喜びできらめいた。

「本当?」
「今まで手伝ってやれなくて悪かったと思っているんだ。だから、やれることはしてやる」
「……嬉しいよ」

 紅は幸せそうに笑む。抜折羅はそんな彼女をそっと引き寄せ、額に口付けを落とした。このくらいの愛情表現ならば、ばちは当たらないだろうと判断して。

「――じゃあ、俺はこれで。湯冷めさせると悪いしな。明日、学校で会おう」

 抜折羅は離れて、顔を真っ赤にした紅に告げる。

「うん。明日、学校で」

 頷くと、紅は跳ねるような足取りで火群の家の門まで戻る。そして振り返った。

「おやすみ、抜折羅。今日は会えて本当に嬉しかったよ。今夜はいい夢を見られそうだわ」
「空港から直にこっちにきた甲斐かいがあったようで何よりだ。――おやすみ、紅。良い夢を」

 告げて、ステーションワゴンに乗り込む。車が発進して姿が見えなくなるまで、互いに手を振り合ったのだった。
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