宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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闇に寄り添う白雪の花

*5* 10月12日土曜日、深夜

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 こうは妙な気配と物音に気付いて、目を覚ました。

 ――誰かいる?

 寝ぼけていて、一瞬ここがどこなのかわからなかったが、なんとかすぐに思い出せた。ここは抜折羅ばさらの私室で、その大きなソファーベッドを独り占めしているということ。抜折羅は事務所のソファーで寝ているはずである。零時を回る前まで勉強をして、それぞれの部屋で寝ることにした――そう記憶している。

「抜折羅……?」

 抜折羅が暗がりでも物を見る術を持っているのを知っている。何か必要なものでも探しに来たのだろうか――そう考えて、目をこすりながら上体を起こす。
 と。斜め後ろからいきなり口元を抑えられた。あっという間に手際良く腕を後ろに回されて、身動きを封じられる。

 ――ん? デジャヴを感じるんだけど……。

「――あれれ、もうちょっと抵抗されるかと思っていたんだけど、ひょっとして気付かれちゃってた?」

 聞き慣れた声に、紅は心の中でため息をつく。
 声の主は耳元で囁く。

「まさか紅ちゃんが抜折羅くんのところでお泊まりしているとは思わなかったよ。紅ちゃんのために絶賛独り暮らし中の僕の家には来てくれないのに、不公平じゃない?」

 言って、彼は紅の首筋に口付けを落とす。

「んんっ!?」

 さすがにされるがままにはなりたくない。紅が足をバタバタさせると、口元を覆っていた手が離れた。

「こんなところまで何しに来たんですかっ!? 白浪しらなみ先輩っ!!」

 そう、こんな悪戯いたずらをしてくるような知り合いは白浪しらなみ遊輝ゆうきしかいない。小声で抗議すると、彼は耳元でくすくすと小さく笑う。

「つれないなー、紅ちゃん。抜折羅くんが一緒に寝てくれなかったからって、僕に八つ当たりするのは良くないと思うよ?」

 さっきまで口元を塞いでいた右手が、紅の腰に回される。もぞもぞと動かれると寝間着代わりに着ている薄手のジャージの上からでもくすぐったくて、思わず身を捩る。

「や、やめっ……」
「少しくらい良いでしょ? ――抜折羅くんのことだから、試験問題は出来上がっているだろうって踏んで盗みに来たら紅ちゃんが寝ているんだもん。これはもう、棚から牡丹ぼたん餅ってやつだよね。それとも、鴨葱かもねぎってやつ? とにかく、味見くらいしていかないと」
「ひぃっ……そんな自分勝手なっ」

 力では適わないとわかっているのだから、ここはフレイムブラッドを頼って威嚇いかくしたいところだ。
 紅がフレイムブラッドに意識を向けたところで、唐突に解放された。
 事務所と私室を繋ぐドアが開く。顔を出した抜折羅は、すぐに事態を把握したようだ。つかつかと足音を立てながらベッドに向かってくる。

「何をしていたんですかっ白浪先輩っ!!」
「ふふっ、内緒。――抜折羅くんにもその台詞を返すよー」
「俺は中間テストの試験範囲を紅から習っていたんだ。悪いかっ!?」

 ベッドを挟んで、共有廊下側に遊輝が、窓際に抜折羅が立って睨み合っている。間に挟まれる形になった紅は二人を交互に見た。

「手取り足取り腰を取り――なかなか抜折羅くんも隅に置けないねぇ」
「からかってくれるなっ!! 俺は純粋に勉強目的で紅に来てもらったんだ。あわよくばなどと考えるのは白浪先輩だけで充分だっ!!」
「ふぅん、隠さなくてもいいのに――まぁ、いーや。僕は試験問題を盗みに来たんだ。紅ちゃんをさらわれたくなかったら、おとなしくちょうだい。今日のことも星章せいしょう先輩には黙っておいてあげるからさ」

 からかうのに飽きたのか、遊輝は堂々と目的を明かして片手を伸ばす。試験問題を寄越せというジェスチャー。
 対して抜折羅は、驚きの様子もなく落ち着いて返す。

「残念ですが、まだ試験問題は俺の頭の中ですよ。白浪先輩の対策のために」

 意外そうな顔をしたのは遊輝だった。目を瞬かせる。

「僕の?」
「えぇ。十中八九、盗みに来るだろうって思ってましたから。――俺が白浪先輩をタリスマンオーダー社に引き入れたがっているのを知っているのですから、俺にとってこの試験が何を意味しているのか、おおよそ察しているんじゃありませんか?」

 言って、抜折羅は不敵に笑む。
 遊輝は肩をすくめた。降参と言いたげだ。

「そんなにわかりやすいかな、僕の行動パターンって」
「カンニングしたことを理由に、試験を無効にしてもらう計画でしょう?」
「……どういうこと?」

 二人は通じているようなのだが、紅には今ひとつピンとこない。説明を求めると、抜折羅が続ける。

「今回の宝石学対決、タリスマンオーダー社日本支部の入社試験を兼ねている。と言っても、テスト結果は参考値だがな」
「試験問題を英文にするっていうの、海外生活をしていた黒曜こくようくん向けのハンデじゃなくて、タリスマンオーダー社の本社に通知しやすくするためだってことだよ」

 補足するように遊輝が続ける。抜折羅が反論してこないところをみると、どうも遊輝の説明は正しいようだ。

 ――いろいろな思惑が絡んでいるのね……。

「あぁ、ちょっと想定外だったけど、紅ちゃんに構ってもらえたからそれでよしとしよう」
「変な言い方しないでくださいっ!! あたしは一方的に悪戯いたずらされただけなんですからっ!!」

 紅の抗議にはどこ吹く風で、遊輝は腕時計に目をやる。そんな仕草をしている彼の顔は緊張の色が滲んでいて、瞳にタリスマントーカーとして能力を使用しているときに現れる魔性石の色が宿っていた。

「そろそろ、次のイベントの時間かな」
「次のイベント?」

 ぼそりと呟かれた台詞に首を傾げたのは紅だけではなかった。
 遊輝の説明を待つ間もなく、全身に悪寒が走る。

「何っ!?」

 不気味な気配は建物の外からだ。だが、近くではないらしい。

「紅ちゃん、抜折羅くん、ちょっと来て」

 返事をする前に、紅は遊輝に抱きかかえられてしまった。いわゆるお姫様抱っこの状態だ。

「えっ!? あのっ!?」
「ルビーには身体能力を強化する力はないから、僕に掴まっていて。抜折羅くんは潜在能力を引き出す力を使って、脚力強化を。時間がないから、走って行くよっ!」

 遊輝が指示を出している間に、既に共有廊下に運ばれていた。紅は振り落とされないように遊輝の首に腕を回す。
 なんのことだかさっぱりわからないが、緊急事態のようだ。身体にくっついてくる嫌な気配を感じれば感じるほど、今すぐ動き出さねば手遅れになるような気さえしてくる。

「行くってどこに?」

 抜折羅はいつも仕事のときに身に着けているウエストポーチを腰に巻きながら訊ねる。瞳にホープと同じ青い光を宿しているのを見ると、遊輝に従うつもりなのだろう。

宝杖ほうじょう学院だよ。守護結界を破ろうっていう不届き者がいるってことさ」

 答えて、遊輝は階段を飛び降りる。紅を抱えているのに、そんなのは関係ないといいたげに身軽だ。

「予期していたなら、先回りすることもできたろうに」

 遊輝の後ろを抜折羅も同じように階段を飛び降りてついてくる。二人とも生身の人間のはずなのにすごい。

「そのときになってみないとわからなかったんだから、そこは見逃して」

 七階から階段をぴょんぴょんと飛び降りて、あっという間にエキセシオルビルの外に出る。ここに着く前に見えていた上弦の月が沈んでしまったためか、夜の闇は想像よりも濃い。

「宝杖学院まで、飛ばしていくよっ!」

 遊輝が声を掛けると、彼は夜の街を大きく跳躍したのだった。

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