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白水晶は未来を託す
*2* 9月13日金曜日
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「――紅ちゃん、いつまで寝ているつもりですか?」
親友の声に、紅はうっすらと目を開ける。まだ覚醒しきっていないらしく、頭がぼんやりとして重い。
「授業はとっくに終わってますのよ?」
見慣れた教室は喧騒に包まれている。席で突っ伏していた紅はゆっくりと上体を起こした。
「おはよう、光……」
やれやれといった表情を浮かべる光の顔が目に入る。それを見てしまうと、申し訳ない気持ちが広がっていく。
「おはようって……、六限の後半から寝て、帰りのホームルームまで熟睡されるなんて、どんな神経しているんですの?」
「華代子っちも起こすの諦めとったもんなぁ。大したもんや」
呆れ顔をしてけらけらと笑っているのは真珠だ。
紅は頬を膨らませた。
「しょうがないでしょ、いろいろ忙しかったんだから」
光も真珠も自分のスクールバッグを抱えている。帰りのホームルームが終わってしまったのは本当らしい。
机の上に置いてあった現代文の教科書や便覧を片して、筆記用具などを手際よくスクールバッグに詰め込む。予習に必要そうな教科書やノートを入れると、いつも結構な量になる。バッグはほとんど満杯だ。
帰りの支度が整うと、紅は立ち上がった。引いた椅子がどこにも当たらないので、紅は違和感を覚える。
「あれ……?」
後ろを確認する。そこには一人分の座席を用意するのに充分な空間があった。窓際の列は他の列と比べて、一つだけ座席が少なかったのだ。つまり、紅の座席は窓際の列の一番後ろということになる。
「ん? どうかしたん?」
「後ろって、誰かいなかったっけ?」
素朴な紅の問いに、光と真珠は顔を見合わせると、二人して笑い出した。
「何を言い出すのかと思いましたら、うふふ」
「寝ぼけるほど教室で熟睡って、どんだけやん」
二人に笑われると、自分の勘違いだったような気がしてくる。紅は恥ずかしさで頬に熱が宿るのを感じ、慌てて歩き出した。
「そんなに笑うことないじゃん。あたし、今日は美術部に寄って帰るからっ!」
言って、早足で進む。
「うふふ、今日こそは憧れの先輩に会えると良いですわね」
光の台詞に妙な引っ掛かりを覚える。
――今日こそは……?
彼女の言う〝憧れの先輩〟とは、二年生の中で一番モテる白浪遊輝のことを指しているのだということはわかる。
――あたし、毎日のように顔を合わせていたような……?
ぼんやりとそんなことを思い、紅は頭を小さく横に振る。まさか、そんなことはないと思い直した。彼とは部活でしか接点がない。ましてや、幽霊部員のような存在だ。紅が話し掛けられるような相手ではない。
――あはは、あたし、寝ぼけているにしても、もう少し現実的な妄想をしなさいよ。夢見すぎ。
否定されたり、笑われたりするのは勘弁なので、紅は特に反応することなく教室を出たのだった。
美術部が活動場所としている芸術棟を出たのは、十八時を過ぎたくらいだった。九月の最終下校時刻は十八時半なので、ギリギリまで作業をしていたことになる。
――白浪先輩にお目にかかれなかったのは残念だけど、宮古澤先輩とお話できたから良かったことにしよう。
春に出した絵画コンクールで一番下の賞をいただくことができたらしい。その知らせを、この九月から部長を引き継いだ宮古澤彩から聞いたのだ。絵を描いて初めてもらった賞だけに、ちょっぴり嬉しい。
弾む足取りで紅は駐輪場に向かう。歩きながらポーチの中を見て、自転車の鍵がないことに気が付いた。
――あれ? なんであたし、駐輪場に向かっているんだっけ?
いつもそうしていたような気がしていたが、よくよく考えてみれば妙な話だ。わざわざ自転車通学にする必要などないはずだからだ。
――まだ寝ぼけているのかな……。それとも、浮かれすぎているのかしら。
小さく笑うと、紅はくるりと方向を変える。最寄り駅まで歩くつもりだった。
校門を出て進めば、星章家のお屋敷が見えてくる。この屋敷の角を曲がれば、あとは駅までほぼ一本道だ。
――星章先輩の誕生日はもうすぐだったわね。大したものは贈れないけど、何か考えておかなきゃなぁ……。
スマートフォンをちらりと見やって日付を確認する。ディスプレイには〝九月十三日金曜日〟との表示。彼の誕生日まであと二週間とちょっとだ。家族ぐるみの付き合いがあるため、毎年誕生日パーティーに呼ばれている。今年も例年通りに招待状が来ていた。
角を曲がって立ち止まると、紅はふと屋敷を見上げる。この通りからは星章蒼衣の部屋が見えるのだ。レースのカーテンが引かれていて部屋から光が漏れている。中に彼がいるらしいことはわかるが、様子に変化はなかった。
――何を期待しちゃってるのよ、あたし……。図々しいにもほどがあるわ。
次の誕生日パーティーでは婚約者を紹介するらしいとの噂が流れている。幼い頃から親しくしていた相手ではあるが、こうなってしまえばやはり生きている世界が違うのだと納得できる。兄のように慕ってきた相手だ、婚約者がどんな女性であろうと祝福したい。
――やっぱり、お相手は白金先輩かなぁ……。
星章蒼衣のファンクラブ代表、白金ほのかは社長令嬢であり、真っ白いリボンと肩までつくくらいのソバージュがよく似合うかなりの美人だ。蒼衣とは同じクラスメートであり、彼のサポートも務めていると聞いている。お似合いのカップルという評判はそれなりに耳にしていた。
――落ち込んでちゃダメよね。幼なじみってだけなんだし。
こっそり苦笑して歩き出す。下校を始めた運動部の生徒たちに紛れて、紅は駅に向かったのだった。
親友の声に、紅はうっすらと目を開ける。まだ覚醒しきっていないらしく、頭がぼんやりとして重い。
「授業はとっくに終わってますのよ?」
見慣れた教室は喧騒に包まれている。席で突っ伏していた紅はゆっくりと上体を起こした。
「おはよう、光……」
やれやれといった表情を浮かべる光の顔が目に入る。それを見てしまうと、申し訳ない気持ちが広がっていく。
「おはようって……、六限の後半から寝て、帰りのホームルームまで熟睡されるなんて、どんな神経しているんですの?」
「華代子っちも起こすの諦めとったもんなぁ。大したもんや」
呆れ顔をしてけらけらと笑っているのは真珠だ。
紅は頬を膨らませた。
「しょうがないでしょ、いろいろ忙しかったんだから」
光も真珠も自分のスクールバッグを抱えている。帰りのホームルームが終わってしまったのは本当らしい。
机の上に置いてあった現代文の教科書や便覧を片して、筆記用具などを手際よくスクールバッグに詰め込む。予習に必要そうな教科書やノートを入れると、いつも結構な量になる。バッグはほとんど満杯だ。
帰りの支度が整うと、紅は立ち上がった。引いた椅子がどこにも当たらないので、紅は違和感を覚える。
「あれ……?」
後ろを確認する。そこには一人分の座席を用意するのに充分な空間があった。窓際の列は他の列と比べて、一つだけ座席が少なかったのだ。つまり、紅の座席は窓際の列の一番後ろということになる。
「ん? どうかしたん?」
「後ろって、誰かいなかったっけ?」
素朴な紅の問いに、光と真珠は顔を見合わせると、二人して笑い出した。
「何を言い出すのかと思いましたら、うふふ」
「寝ぼけるほど教室で熟睡って、どんだけやん」
二人に笑われると、自分の勘違いだったような気がしてくる。紅は恥ずかしさで頬に熱が宿るのを感じ、慌てて歩き出した。
「そんなに笑うことないじゃん。あたし、今日は美術部に寄って帰るからっ!」
言って、早足で進む。
「うふふ、今日こそは憧れの先輩に会えると良いですわね」
光の台詞に妙な引っ掛かりを覚える。
――今日こそは……?
彼女の言う〝憧れの先輩〟とは、二年生の中で一番モテる白浪遊輝のことを指しているのだということはわかる。
――あたし、毎日のように顔を合わせていたような……?
ぼんやりとそんなことを思い、紅は頭を小さく横に振る。まさか、そんなことはないと思い直した。彼とは部活でしか接点がない。ましてや、幽霊部員のような存在だ。紅が話し掛けられるような相手ではない。
――あはは、あたし、寝ぼけているにしても、もう少し現実的な妄想をしなさいよ。夢見すぎ。
否定されたり、笑われたりするのは勘弁なので、紅は特に反応することなく教室を出たのだった。
美術部が活動場所としている芸術棟を出たのは、十八時を過ぎたくらいだった。九月の最終下校時刻は十八時半なので、ギリギリまで作業をしていたことになる。
――白浪先輩にお目にかかれなかったのは残念だけど、宮古澤先輩とお話できたから良かったことにしよう。
春に出した絵画コンクールで一番下の賞をいただくことができたらしい。その知らせを、この九月から部長を引き継いだ宮古澤彩から聞いたのだ。絵を描いて初めてもらった賞だけに、ちょっぴり嬉しい。
弾む足取りで紅は駐輪場に向かう。歩きながらポーチの中を見て、自転車の鍵がないことに気が付いた。
――あれ? なんであたし、駐輪場に向かっているんだっけ?
いつもそうしていたような気がしていたが、よくよく考えてみれば妙な話だ。わざわざ自転車通学にする必要などないはずだからだ。
――まだ寝ぼけているのかな……。それとも、浮かれすぎているのかしら。
小さく笑うと、紅はくるりと方向を変える。最寄り駅まで歩くつもりだった。
校門を出て進めば、星章家のお屋敷が見えてくる。この屋敷の角を曲がれば、あとは駅までほぼ一本道だ。
――星章先輩の誕生日はもうすぐだったわね。大したものは贈れないけど、何か考えておかなきゃなぁ……。
スマートフォンをちらりと見やって日付を確認する。ディスプレイには〝九月十三日金曜日〟との表示。彼の誕生日まであと二週間とちょっとだ。家族ぐるみの付き合いがあるため、毎年誕生日パーティーに呼ばれている。今年も例年通りに招待状が来ていた。
角を曲がって立ち止まると、紅はふと屋敷を見上げる。この通りからは星章蒼衣の部屋が見えるのだ。レースのカーテンが引かれていて部屋から光が漏れている。中に彼がいるらしいことはわかるが、様子に変化はなかった。
――何を期待しちゃってるのよ、あたし……。図々しいにもほどがあるわ。
次の誕生日パーティーでは婚約者を紹介するらしいとの噂が流れている。幼い頃から親しくしていた相手ではあるが、こうなってしまえばやはり生きている世界が違うのだと納得できる。兄のように慕ってきた相手だ、婚約者がどんな女性であろうと祝福したい。
――やっぱり、お相手は白金先輩かなぁ……。
星章蒼衣のファンクラブ代表、白金ほのかは社長令嬢であり、真っ白いリボンと肩までつくくらいのソバージュがよく似合うかなりの美人だ。蒼衣とは同じクラスメートであり、彼のサポートも務めていると聞いている。お似合いのカップルという評判はそれなりに耳にしていた。
――落ち込んでちゃダメよね。幼なじみってだけなんだし。
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