宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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白水晶は未来を託す

*5* 9月13日金曜日

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 こうは絹ヶ丘にある自宅に帰ってきた。制服から着替える前に、まっすぐ祖父母の居室に向かう。千晶ちあきに絵画コンクールの結果を報告するためだ。いつだって紅を励まし応援してくれる優しい祖母に、学校で起きたことは何でも話していた。

「ただいまっ!」

 ふすまを軽く叩いてから、紅は開ける。

「お帰りなさい、紅ちゃん」

 温かな声で迎えてくれたのは千晶だった。占い師としての仕事から帰ってきたばかりらしく、まだ外出用のお洒落なスーツに身を包んだままだ。和室には千晶だけで祖父の姿はなく、この時間ならおそらくリビングの方にいるのだろうと想像する。

「今日は良いことでもあったのかい?」

 着替えるのを中断して、千晶は紅に向き合った。穏やかな笑顔が向けられる。

「うん、あのね。美術部の活動で出した水彩画が一番下の賞を取ったのっ! 参加賞じゃなくて、その上なんだよっ!」

 美術の成績はお世辞にも良いとはいえない。普通科では中の上くらい、美術科が存在する宝杖ほうじょう学院全体のくくりなら真ん中あたりのはずである。美術部に入ったのが高等部に進級してからなので、絵やデザインの勉強を始めたのは遅い方だ。父のジュエリーデザイナーとしての仕事振りを紅は間近で見てはきたのだが、見ているのと自分でやってみるのとではかなり勝手が違う。デッサンが未だに苦手で、思うようにデザイン画を仕上げることができない。自分には才能がない――そう感じていただけに、今回の話はより嬉しい。
 千晶のそばに立って興奮気味に伝えると、彼女の手が頭を撫でた。紅はくすぐったくて目を細める。

「がんばったわね、紅ちゃん。おめでとう」
「ありがとう、お祖母ちゃん。もっともっと上手に描けるように努力して、ジュエリーデザイナーになるからね!」

 小柄な千晶をぎゅっと抱き締めると同時に玄関で物音がした。直後に声が響く。

「ただいまーっ! 誰かタオルと雑巾持ってきてっ!」

 弟のれんの声だ。部活か生徒会の仕事をしていてこの時間なのだろう。

 ――ってか、タオル?

 紅は疑問に感じながら、祖父母の居室を出て玄関まで見通せる廊下に出る。

「あ、姉ちゃん。また制服のままで祖母ちゃんに報告かよ。ってか、雨に降られてなくてずりぃな」

 頭から運動靴の先までずぶ濡れになった蓮が恨めしそうな目で紅を見ている。直後、稲光が玄関のガラス戸越しに見え、雷の音がとどろいた。夕立に遭ったようだ。

「ふっふー、日頃の行いの良さってヤツ? ――ちょっと待ってなさい、取ってきてあげるから」

 リビングに向かう途中の風呂場に寄って、紅は乾いたタオルと雑巾を出す。すぐに玄関に戻って蓮にタオルを投げてやった。

「サンキュー、姉ちゃん」

 受け取ったタオルで蓮は髪につく雫を拭っている。シャツも完全に水を吸っているらしい。肌にぴったりとまとわりついていて、動きにくそうだ。

「この天気じゃ、兄貴も降られてんだろうな」

 そんなことを蓮が呟くと、リビングの電話が鳴った。誰かが取ったらしく、すぐに音が止む。

「――紅、おつかいを頼まれてくれない?」

 電話の音から少し経ってリビングから出てきたのは母親だった。夕食の準備をしていたらしく、エプロン姿だ。

「ん? 兄さんから?」
「北野駅に着いた途端に雨に降られたんだって。傘持ってないから、迎えに来てって」
「えー、傘ぐらい買えばいいのに」

 さすがに財布くらいは持ち歩いているだろう。不満げに紅は返す。

「これ以上増やすなって言われたばかりだから、とも言ってたわ」

 ――あぁ、確かに……。

 紅の兄、じょうは出掛ける際に荷物を極力減らす癖がある。その上雨男で、出掛けては雨傘が増えるため、祖父から注意を受けていたはずだ。

「しょうがないなぁ。着替えたらすぐに行くから」

 玄関には蓮の姿がなかった。おつかいを頼まれたくなくて、さっさと風呂場にでも逃げ込んだのだろう。
 階段をすたすたと上がり、自分の部屋に入る。掃き出し窓の外は集中豪雨といった様子で、ベランダに打ち付ける雨が滝のようだ。
 ティーシャツにキュロットを合わせた格好になると、紅は再び階段に向かう。一階の廊下に出たところで、千晶と鉢合わせした。彼女も着替え終わったところらしい。

「おや、お出掛けかい?」
「条兄さんを迎えに北野駅までね」

 さっさとおつかいを済ませたくて、紅は真っ直ぐに玄関に進む。傘立てには家族の人数よりも明らかに多い数の傘が並んでいる。そこに入りきらずに靴箱に掛かっているものさえあるのだから、条を叱った祖父の気持ちを察するのは容易たやすい。

 ――あたしの傘は……あれ?

 すぐに見つかった赤いギンガムチェックの傘は紅のものであるが、もう一本あったはずだ。きらめくようなルビー色の大きな傘が。記憶に鮮明に残っているその雨傘が、傘立てに見当たらない。
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