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面倒ごとは金剛石の隣で【第2部完結】
*1* 10月12日土曜日、早朝
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十月十二日土曜日、早朝。
いつもとは異なる場所で眠ったからか、紅は早くに目が覚めた。ブラインドの隙間から陽射しがこぼれている。三連休の初日は行楽日和と言えそうだ。
――お出掛けしたいところだけど、テスト前じゃそうは言っていられないか……。
〝氷雪の精霊〟探しのために、ろくに勉強は進んでいない。ましてや、宝石知識テストを中間テスト前にこなさなければならないのだ。いろいろな命運がかかっているだけに、少しも手を抜けない。
紅は抜折羅が部屋にいない間に着替えを済ませる。習慣で確認したスマートフォンに新着通知はなく、あれから特に連絡が必要なことは起きていないようだ。時刻は七時半を回って、紅は抜折羅の様子を見に行くことにした。
事務所側に繋がる扉を軽くノックする。少し待つが応答はない。
――まだ寝ているのかな?
抜折羅の寝顔を想像すると、妙にわくわくした。
――ってか、あたしってば寝顔見られすぎじゃない?
気絶したところを抜折羅には何度も助けてもらっているし、蒼衣も同様だ。遊輝に至っては寝込みを二度も襲われている。
――無防備すぎる……気を付けよう。特に、白浪先輩には。
ため息をつきそうになるのを堪えて、もう一度扉を叩く。扉に耳を付けて中の様子を窺うが、とても静かだ。
「入るよー?」
鍵を回してそっと中に入る。薄暗い室内、三人掛けのソファーに抜折羅の姿があった。毛布にくるまるようにして、小さく丸まって眠っている。大型犬が寝ているみたいな印象だ。
――なんで丸まってるんだろ? 寝にくかったのか、寒かったのかしら?
物音を立てないように注意して、抜折羅の近くに寄る。しゃがんで、彼の顔を覗き込んだ。
――こうして見ると、子どもっぽい感じがするのよねぇ。起きているときは気が張っているのか、そういう感じが薄れるけど。
身長差のせいで見上げることが多いので、こうして同じ高さでまじまじと顔を見たことがないことに気付く。
――なんだか可愛いなぁ。藍染先輩ほどの童顔じゃないけど、ちょっと幼さが滲むくらいがぐっとくるかも。一年生の中で人気になっているのは、こういう部分もあるのかな。星章先輩や白浪先輩ともタイプが違うし。
寝顔を知っているというのは、僅かながら優越感を得られる。仕事で忙しくしていても、授業中にうとうとしているようなことがない彼だ。寝顔はかなり貴重のように思える。
――思っていたより睫毛長いんだなぁ。
あまりにも心地良さそうに眠っているので、そんな抜折羅に触れてみたい衝動を覚える。
――頭撫でたらさすがに怒るかしら……? いや、待ちなさい、あたし。
手を伸ばしかけて引っ込める。
――ここで悪戯したら、白浪先輩と同類になるわ。自重しないと。
ぐっと堪えると、抜折羅がもぞもぞっと動いた。唐突さに紅は身体をビクッとさせる。まもなく彼は目を開けた。
ぼんやりとした眼が紅に向けられている。焦点が合っていないようで虚ろだったが、急速に表情が変わった。
「……はぅっ!?」
瞬時に退いて、抜折羅はソファーの背に背中を強かに打ちつけた。
「イテテ……」
「ご、ごめん、抜折羅。驚かすつもりはなかったの。大丈夫?」
毛布を退かして背中をさすっている抜折羅に、紅は両手を合わせて謝る。こんな大袈裟な反応をされるとは思っていなかったのだ。悪いことをしたな、と紅は素直に反省する。
「あぁ、心配ない。――おはよう」
「うん、おはよう」
「ホープが妙にそわそわしてるから、何事かと思って目を開けたらこれか……何かあったか?」
もうすっかり覚醒しているようで、普段顔を合わせているときと同じ雰囲気になっていた。なんとなくそれが残念に感じられるのはどうしてだろうか。
抜折羅の問いに、紅は首を横に振る。
「早く目が覚めたから、様子を見に来ただけなの。起こすつもりもなかったんだけど……ごめんね。気持ちよさそうだったのに」
「気にするな。ぐーたらしている余裕もないしな」
テキパキと毛布を畳み、抜折羅は背伸びをしている。寝起きは良い方のようだ。
「顔を洗ったら朝ご飯にしよう。飲み物、インスタントコーヒーで構わないか?」
「うん」
紅は素直に頷く。お腹が空いた頃合だったので、抜折羅の提案は嬉しい。自然と顔が綻ぶ。
「紅はブラック派だよな、俺と同じで」
毛布を私室に持って行きながらの抜折羅の確認。紅は目を瞬かせた。
「あれ? 確かにブラック派だけど、好みの話ってしたことあったっけ?」
すぐに事務所側に戻ってきた抜折羅に紅は問う。
「んなの、見てりゃわかるさ」
「覚えるくらい見られていたってこと?」
しれっと返されたので、紅は不思議に感じる。好みを把握されているとは考えてもみなかった。
「ストーカーみたいに言うなよ。たんに記憶力が良いってだけだ」
そう答えて視線を外す抜折羅の頬は少し赤い。
「ふぅん、そっかぁ。変な言い方して悪かったわ。抜折羅が覚えてくれていたのは、嬉しかったのよ? あたしが告白するまで、あたし自身に興味がないのかと思ってたから」
カードキーを持って部屋を出て行く彼の後ろにつきながら、紅は告げる。
「別に、興味がなかったわけじゃない。意識し始めたのは、だいぶ前だと思っているし」
「…………」
そんな台詞を聞けるとは驚いた。照れくさくて、台詞に困る。
「……こんなふうに、紅を想うようになるとはな」
ぼそりと聞こえてきた独り言。抜折羅の視線がチラリとこちらに向けられたのが紅にはわかった。
――訂正する。今朝の抜折羅は学校で会う抜折羅とはちょっと違う。
ドキドキしてしまって、紅はぷいっと横を向く。その頭に抜折羅の手が載せられて、少し乱暴に撫でられた。
「ちょっ!?」
不意打ちだ。こんな調子で触れられるのは初めてで、くすぐったくて、吃驚して戸惑って、無性に恥ずかしくて、耐えられないとばかりにその手を払う。何をしてくれるんだとばかりに恨めしく睨むと、抜折羅は微かに笑っていた。
いつもとは異なる場所で眠ったからか、紅は早くに目が覚めた。ブラインドの隙間から陽射しがこぼれている。三連休の初日は行楽日和と言えそうだ。
――お出掛けしたいところだけど、テスト前じゃそうは言っていられないか……。
〝氷雪の精霊〟探しのために、ろくに勉強は進んでいない。ましてや、宝石知識テストを中間テスト前にこなさなければならないのだ。いろいろな命運がかかっているだけに、少しも手を抜けない。
紅は抜折羅が部屋にいない間に着替えを済ませる。習慣で確認したスマートフォンに新着通知はなく、あれから特に連絡が必要なことは起きていないようだ。時刻は七時半を回って、紅は抜折羅の様子を見に行くことにした。
事務所側に繋がる扉を軽くノックする。少し待つが応答はない。
――まだ寝ているのかな?
抜折羅の寝顔を想像すると、妙にわくわくした。
――ってか、あたしってば寝顔見られすぎじゃない?
気絶したところを抜折羅には何度も助けてもらっているし、蒼衣も同様だ。遊輝に至っては寝込みを二度も襲われている。
――無防備すぎる……気を付けよう。特に、白浪先輩には。
ため息をつきそうになるのを堪えて、もう一度扉を叩く。扉に耳を付けて中の様子を窺うが、とても静かだ。
「入るよー?」
鍵を回してそっと中に入る。薄暗い室内、三人掛けのソファーに抜折羅の姿があった。毛布にくるまるようにして、小さく丸まって眠っている。大型犬が寝ているみたいな印象だ。
――なんで丸まってるんだろ? 寝にくかったのか、寒かったのかしら?
物音を立てないように注意して、抜折羅の近くに寄る。しゃがんで、彼の顔を覗き込んだ。
――こうして見ると、子どもっぽい感じがするのよねぇ。起きているときは気が張っているのか、そういう感じが薄れるけど。
身長差のせいで見上げることが多いので、こうして同じ高さでまじまじと顔を見たことがないことに気付く。
――なんだか可愛いなぁ。藍染先輩ほどの童顔じゃないけど、ちょっと幼さが滲むくらいがぐっとくるかも。一年生の中で人気になっているのは、こういう部分もあるのかな。星章先輩や白浪先輩ともタイプが違うし。
寝顔を知っているというのは、僅かながら優越感を得られる。仕事で忙しくしていても、授業中にうとうとしているようなことがない彼だ。寝顔はかなり貴重のように思える。
――思っていたより睫毛長いんだなぁ。
あまりにも心地良さそうに眠っているので、そんな抜折羅に触れてみたい衝動を覚える。
――頭撫でたらさすがに怒るかしら……? いや、待ちなさい、あたし。
手を伸ばしかけて引っ込める。
――ここで悪戯したら、白浪先輩と同類になるわ。自重しないと。
ぐっと堪えると、抜折羅がもぞもぞっと動いた。唐突さに紅は身体をビクッとさせる。まもなく彼は目を開けた。
ぼんやりとした眼が紅に向けられている。焦点が合っていないようで虚ろだったが、急速に表情が変わった。
「……はぅっ!?」
瞬時に退いて、抜折羅はソファーの背に背中を強かに打ちつけた。
「イテテ……」
「ご、ごめん、抜折羅。驚かすつもりはなかったの。大丈夫?」
毛布を退かして背中をさすっている抜折羅に、紅は両手を合わせて謝る。こんな大袈裟な反応をされるとは思っていなかったのだ。悪いことをしたな、と紅は素直に反省する。
「あぁ、心配ない。――おはよう」
「うん、おはよう」
「ホープが妙にそわそわしてるから、何事かと思って目を開けたらこれか……何かあったか?」
もうすっかり覚醒しているようで、普段顔を合わせているときと同じ雰囲気になっていた。なんとなくそれが残念に感じられるのはどうしてだろうか。
抜折羅の問いに、紅は首を横に振る。
「早く目が覚めたから、様子を見に来ただけなの。起こすつもりもなかったんだけど……ごめんね。気持ちよさそうだったのに」
「気にするな。ぐーたらしている余裕もないしな」
テキパキと毛布を畳み、抜折羅は背伸びをしている。寝起きは良い方のようだ。
「顔を洗ったら朝ご飯にしよう。飲み物、インスタントコーヒーで構わないか?」
「うん」
紅は素直に頷く。お腹が空いた頃合だったので、抜折羅の提案は嬉しい。自然と顔が綻ぶ。
「紅はブラック派だよな、俺と同じで」
毛布を私室に持って行きながらの抜折羅の確認。紅は目を瞬かせた。
「あれ? 確かにブラック派だけど、好みの話ってしたことあったっけ?」
すぐに事務所側に戻ってきた抜折羅に紅は問う。
「んなの、見てりゃわかるさ」
「覚えるくらい見られていたってこと?」
しれっと返されたので、紅は不思議に感じる。好みを把握されているとは考えてもみなかった。
「ストーカーみたいに言うなよ。たんに記憶力が良いってだけだ」
そう答えて視線を外す抜折羅の頬は少し赤い。
「ふぅん、そっかぁ。変な言い方して悪かったわ。抜折羅が覚えてくれていたのは、嬉しかったのよ? あたしが告白するまで、あたし自身に興味がないのかと思ってたから」
カードキーを持って部屋を出て行く彼の後ろにつきながら、紅は告げる。
「別に、興味がなかったわけじゃない。意識し始めたのは、だいぶ前だと思っているし」
「…………」
そんな台詞を聞けるとは驚いた。照れくさくて、台詞に困る。
「……こんなふうに、紅を想うようになるとはな」
ぼそりと聞こえてきた独り言。抜折羅の視線がチラリとこちらに向けられたのが紅にはわかった。
――訂正する。今朝の抜折羅は学校で会う抜折羅とはちょっと違う。
ドキドキしてしまって、紅はぷいっと横を向く。その頭に抜折羅の手が載せられて、少し乱暴に撫でられた。
「ちょっ!?」
不意打ちだ。こんな調子で触れられるのは初めてで、くすぐったくて、吃驚して戸惑って、無性に恥ずかしくて、耐えられないとばかりにその手を払う。何をしてくれるんだとばかりに恨めしく睨むと、抜折羅は微かに笑っていた。
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