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懐尽きて

資金が尽きました。

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「ま……まさかこんなに早くその日が来るとは……」

 あたしはその場に崩れ、広い椅子の開いている場所に両手を置いて項垂れた。

「限りあるものは、いつかは尽きちまうもんだもんな」

 落胆するあたしにかぶせてマイトがため息混じりに呟く。

「十年間の不幸の年でなければ、この財政難を乗り切ることも、あるいはできたのかもしれませんがね」

 財布を見て苦笑し、淡々と事実を述べたのはクロード先輩。
 そう。メアリの屋敷を抜け出してから三日後、ついにあたしたちの旅費は尽きてしまったのだ。

「あぁぁぁぁっ! もうっ、どうするのよ!? 野宿するのはまだ構わないけど、馬車を維持するにもお金が必要よ? 早急にどうにかしないと!」
「わかってますよ。だから少しずつお金を節約して、何とか凌いできたんじゃないですか」
「そうそう。俺たちだって、仕事を得るための努力はしてきただろう?」

 半狂乱になるあたしを、二人は口々に慰める。
 確かに彼らの言うとおりだ。
 狭い部屋で三人で泊まることになっても文句は言わなかったし、町に着けば着いたで伝説や伝承の調査と同時並行で護衛などの仕事を探した。
 しかし、だ。そううまく話が転がってくるわけがない。よりたくさんの資料が集まっているだろう首都を目指して動いていただけに物価はどんどん上がる一方。出費はかさむだけかさんで、その結果、三日目の昼食が済んだ時点で小銭しか残っていなかった。店を出て戻ってきた馬車の中、その事実を聞かされての反応がこれである。

「がぁぁっ! このままじゃ、他の選出者に襲われたり不慮の事故で資格を失ったりする前に、餓死しちゃうわよっ!」

 絶望のふちに立たされて頭を抱えるあたし。このままでは本当にまずい。何が何でもお金を手に入れなければならない。

「人間、そう簡単に餓死したりはしませんよ」

 よしよしと頭を撫でながらクロード先輩は落ち着かせようとしてくれるが、全く効果を感じない。

「だが、のんきに構えている場合でもないよな。どうにかして金策を練らないと」

 腕を組み、うーんと唸ったマイトだったが、すぐに困ったような顔をして固まってしまう。もともとそういう頭脳労働の向かない彼のことだ、そもそもあたしは期待していない。

 ――とはいえ。これは大変困った事態なのだ。このまま野垂れ死にするようなことになるのは嫌だ。絶対に避けねばならない。

「賭博に手を出すにしても、賭けるものがないですからね」

 ため息をついてクロード先輩が言う。

「大損する可能性もあるものね」
「そこは幸運の女神様がついているミマナ君の力でどうにかなるかと」
「そ……そういうもん?」
「俺は賭博は反対だぞ。公に認められているものでも好きじゃない」

 真面目な顔をしてマイトが反対する。

「オレだって勧めませんよ? そういう商売の裏には、好からぬ事件が隠れているものですから」

 クロード先輩は肩を小さく竦めて答える。

「えぇ。あたしだって嫌よ。あたしみたいな女の子が出入りするものでもないでしょ?」

 首都に近付いているからだろうか。繁華街には賭博を行っているらしい雰囲気の建物がちらほら見られるようになっていた。農村であるあたしの住む地域は仲間内でちょとした賭けを行うことはあっても、娯楽施設としては存在していない。珍しくて興味はあったが、その独特の空気が近くに行くだけでわかってそれ以上首を突っ込もうとは思えなかった。

「確かに、近付かない方が身のためだと思いますよ」
「で。賭け事はナシだとしてもよ。今夜から飲まず喰わずの生活でどこまでやっていくつもり? どうにもならないでしょ? 何ならこの馬車、売っちゃう?」
「き、気軽に言ってくれますね、ミマナ君。この馬車は我が家の馬車なんですからね?」

 あたしの発言に口元を引き攣らせ、クロード先輩が指摘する。

「えぇ。町長の馬車よね。慰謝料代わりにありがたくここまで使わせてもらったけど、維持費がかかるわ。歩いてでもここからなら大丈夫でしょ? 地図を見る限りでは町と町の間隔は短そうだし」

 町が栄えている証拠だろう。舗装された街道、そして要所要所に設けられた宿場町が続く。徒歩での移動も可能だと思えるくらいには互いの町は近い。

「いやいやいや。そういう問題じゃないですから!」

 大きく首を振って反論するクロード先輩。この馬車は彼の財産でもあるのだろう。簡単に手放せないに決まっている。

「――悪かったわ。冗談よ」
「全く冗談に聞こえませんでしたよ」

 あたしがふぅっと小さく息を吐いて言ってやると、眼鏡の位置を直しながらクロード先輩はほっと胸を撫で下ろしたように呟いた。

「だが、最終的にはそこもどうにかしないと、だよな」
「そこもって……」

 マイトもこの馬車の利用方法については思うところがあったようだ。クロード先輩の心配げな様子にそれ以上の台詞を続けはしなかったが、マイトは黙って馬車の天井に視線を向けていた。
 すると。
 トントン。
 何かが叩かれた音が聞こえてきた。

「ん?」

 窓の外を見るが、何の姿もない。

 ――気のせい?

 財布にお金がないという危機的状況により、幻聴でも聞こえるようになってしまったのだろうか。
 トントン。
 しかし、再び音がした。それも、あたしだけが聞いていたわけではないらしい。同時に窓の外を見やり、あたしたちは顔を見合わせた。

「何の音?」

 窓の外を見る限りでは人の姿はない。風もなく、むっとした暑い空気があたりに満ちているだけの場所だ。風に運ばれてきた何かが馬車を叩いているとは思えない。
 さらに馬車の壁を叩く音がして、そしてか細い声が聞こえた。
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