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終章

エピローグ

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 神様のいる場所から戻ったあたしはすぐさま眠りに落ちた。疲労が蓄積された結果だろう。ステラとの戦いのあとすぐに神様とやりあったのだ。身も心もずたぼろだったのは確かで、よくよく考えてみると気合いだけで動いていたような気がする。死なずに済んだのは、マイトとクロード先輩のおかげなのだろう。一生感謝しなくてはいけない、そう思う。




 目が覚めたときに真っ先に見えたのはマイトとクロード先輩の不安げな顔だった。

「――おはよう、マイト、クロード先輩」

 あたしが微笑みながら上半身を起こすと、マイトが抱き締めてきた。

「って、ちょっと、マイト?」
「心配掛けさせるなっ! どれだけ俺を不安にさせれば気が済むんだよっ!?」

 ここはステラとともにやってきた宿屋の一室のようだ。あたしが寝ている間、場所を移動しなかったようである。そんなことを冷静に考えながら、あたしはマイトの背中を優しくなでる。

「わ、悪かったわよ。一人で突っ走ったことも謝るわよ。それに、ありがとう」

 よしよしとマイトの頭を撫でながら、あたしは申し訳なさそうにクロード先輩に目を向ける。彼はほっとしたような、呆れたような顔をしていた。

「クロード先輩も、助けに来てくれてありがとうね」
「当然のことですよ。あなたを選んだのはオレですからね。一人で戦わせるような真似はしませんよ」

 言って優しく微笑み、あたしの頭を撫でてくれる。くすぐったい。

「まさかあそこで現れるなんて思ってなかったからすっごく驚いた」
「一発本番の転送魔法でしたけどね。うまくいったようで良かったです」

 ――一発本番って……かなり危険だったんじゃ……。

 でも、それだけ必死に追い駆けてきてくれたという事だろう。マイトも連れて。本当にありがたい。運が良かったことにも感謝だ。

「――ところで、神様は?」

 がしっとひっついたままのマイトをどう引き剥がそうかと考えている途中で、ふと思い出す。二人が邪魔で神様の姿が目に入らない。あの赤ん坊はどこにいったのだろうか。

「あぁ、あの子ならルークが面倒見てくれているぜ?」

 ようやく離れたマイトが、うっすらと目に溜まった涙を拭いながら答える。

「あいにく、子育て経験者は彼だけですからね。オレらでは勝手がわからなくて」
「ルークが?」

 クロード先輩の補足に、あたしはほっとすると同時に意外に感じた。

 ――ま、まぁ、前の神様を育てたのがルークであるなら、確かに当然の帰結なんだろうけど……。

 そこで扉が開いた。ルークのあやす声がやみ、彼の姿が目に入った。

「あぁ、気付いたか、ミマナ。丸三日も子守をさせられた代償は、どうやっていただこうかな?」

 笑顔が引きつっている。どういう経緯があってルークが面倒を見ることになったのかは想像しにくい。この三人がまともな会話をしている様子が今一つ思い浮かばないのだが、とにかく愉快な状況だったのだろうと妄想しておく。

 ――しかし、三日も眠っていたの?

「それは申し訳なかったわね。あなたをここに繋ぎとめたのは、別に子守をさせるためじゃなかったのに」
「正直、疑ったよ。いきなり育児放棄ときたからな」
「助かったわ。感謝してる。この礼はあなたの自由と引き換えでどうかしら?」

 おとなしくしている赤ん坊を抱いたまま、空いた寝台に腰を下ろすルーク。彼に提案すると、面白くなさそうな顔をした。

「僕は自由よりも、君が欲しい」
「う、あっ!?」

 すかさずマイトがあたしを引き寄せ、クロード先輩は敵対心を露わにルークを睨む。

「ミマナはやらんぞっ!」
「そうですよっ! マイト君に取られるならまだしも、あなたにはミマナ君を渡しません!」

 宣言する二人に、ルークは表情を崩した。そして声を立てて笑う。

「からかい甲斐があるね。予想通りで和むよ。ここで待っていて良かったとさえ思える」

 ――うーん……ルークが何考えているか、やっぱりわかりにくいわ。

 あたしはふぅっとため息をつく。

「――なにはともあれ、三人、いや、四人の顔を見られて良かったわ。あたしが寝ている間に勝手なことされたらどうしようかって思っていたから、安心したわ」

 マイトとクロード先輩の仲があまりよくないのはわかっているつもりだし、ルークがどう行動するのかは正直わかりにくい。マイトだけはあたしのそばにいるだろうと信じていたけど、クロード先輩が新しい神様を連れて姿を消すことは予想できたし、そもそもルークがあたしたちに付き合う理由はないはずだ。みんなばらばらになっている可能性は多分にあっただろう。
 あたしがみんなの顔を見て告げると、それぞれ複雑な顔をした。

「……な、なに? その反応」

 ――えっと……何かまずいことでも言ったかな?

 あたしが探るように問うと、ルークが代表して告げる。

「この神様を僕が面倒見ることで、クロードは神をつれて引き下がることができない。それに、マイトだけでは本気になった僕を止めることができない。仕方なくクロードはここに残らざるを得なくなった――ただそういうことだ」

 言いながら、赤ん坊を見てその小さな頭を撫でる。

「僕としては、中途半端に神を育てられたんじゃ安心して自由を満喫できないし、できるならミマナを同伴させたい。ミマナと神を連れて旅ができれば一番の幸せなんだが、クロードとマイトの二人が邪魔で。消すのは簡単でも、そうなると君が悲しみ、僕を恨むことになる。それはとても不愉快だ」

 ――なんだ。ルークは案外と子煩悩なわけだ。……って、そうじゃない。

 さらさらとにこやかに話すわりには内容が恐い。あたしは彼の説明を受けて続ける。

「じゃあさ、ルークはこのあとどうするつもりなの? あたし、あなたについていくつもりはないわよ?」
「それはわかっている。だから、僕が君についていくよ。楽しそうだし」

 彼の言う楽しいが、果たしてあたしたちにとって幸せなことなのだろうか。

「それにこの神を僕のそばに置いておけば、君に会う口実にもなるからな。クロードも、神の側近としての役割を果たしたければ近くに居ざるを得ない。僕の希望としてはそれで充分だ」
「……って、ルーク、あなた、神様の面倒を見るつもりなの?」

 自分で子育てをするつもりだったのと、ルークはこの件には関わろうとしないと思っていたのとで、あたしは思わず問う。

「マイトとクロードとともに故郷に帰りたいと願う君の希望と僕の望みを突き詰めた結果さ。悪くないと思ったのだが、気に入らないのか?」
「あ、いや……もっと自分勝手な人だと思っていたから、意外で」

 あたしの返事に、ルークは眉をひそめる。

「心外だな。僕が二人をからかうためだけに言い寄っているとでもお思いか? そこの二人があなたを想っているのと同程度には、君のことを好いているつもりだったのに」
「……」

 ルークの返事に、あたしは頭を抱える。

「――もういいわ。ルークは黙っていてちょうだい」

 マイトとクロード先輩の敵を排除しようとする勢いで放たれる殺気を感じて、あたしはルークを黙らせる。彼は小さく肩を竦めたあと、赤ん坊をゆっくりと揺らし寝かしつけるような仕草をした。とても様になっているのが微笑ましくて笑える。あたしの知る世界を育てたのが彼なのだ。そう考えるととてもしっくりくるわけだけど、出会いからこれまでの彼の行動を考えると不釣合いだ。

「とにかく、よ。ルークがそう言うなら、みんなで町に帰るわよ。――で、そのあとのことなんだけど、あたし、旅に出ようと思うの」
「旅、ですか?」
「なんでまた急に?」

 あたしが変えた話題に、マイトとクロード先輩はこちらを見て不思議そうに問う。

「前の神様が見せてくれた景色とか、聞かせてくれた歌とか、感じさせてくれた味とか……あたしが知らないものがいっぱいあった。ちゃんと経験して、そこに居る神様に伝えたいなって思ったのよ」

 神様がくれた情報のほとんどは忘れてしまっていたけど、ぼんやりと記憶のどこかには残っている。それが完全に消えてしまう前に、自分のものにしておきたいのだ。そりゃ、寝込んでいるお母さんを放置することになるのは気が引けるけど、きっと理解してくれるはず。あたしはあたしの道を歩き出したいと、初めて思ったの。

「それでこの世界に神様を連れてきたんですか?」
「そう。――あ、もちろん、クロード先輩をこっちに繋ぎとめるためでもあるわよ?」

 あたしが問いに答えると、クロード先輩は困ったように微笑んだ。

「ついでで結構ですよ。――それはそれでいいとして、確かにあの情報がどこにあるのかは知りたいところですね。見たことのない魔術に関した情報も断片的ながらありましたし」
「あぁ、そうだな。知らない武術みたいなものもあったからな。直接学んでみたいもんだ」

 二人の中にも流れていった数々の情報。その中に気になるものがあったらしい。

「だったらさ、あたしと一緒に旅しない?」

 これが精一杯だ。あたしが二人にできる感謝の形。

「お前の誘いに乗らないわけがないだろう?」
「あなたが望むなら、オレは断りませんよ?」

 マイトとクロード先輩の返事は予想通り。

「――ミマナ、君は本当に育児放棄をするつもりのようだね」

 不満げなルークの台詞。

 ――こちらも想定どおり。

 あたしは続ける。

「ルーク、あたし、あなたも誘っているつもりだけど? 世界を見て回るべきだと、あたし、言ったわよね?」

 指摘してやると、ルークは口の端をわずかに上げた。

「そういうことなら喜んで。子育て要員扱いにされないことを祈るよ。――しかし、君は欲張りだな。結局、一人を選ぶことをしないんだから」

 言って、くすくすとルークは笑う。とても愉快そうだ。

「うるさいわね。あたしは誰かの幸福のために誰かが不幸になるのを見るのが嫌なだけよ。その所為で誰か一人が幸せになる機会が失われてみんなが不幸になることになっても、それはそれで仕方がないかな、って思っているだけ。誰か一人が恨まれるような世界にはなって欲しくないの」
「全部一人で背負って戦いを挑んだお前が言える台詞かよ?」

 マイトに小突かれて、あたしは頬を膨らませる。

「もうしないわよ。それにあたしは、自分が不幸になるとも思っていなかったわよ? あたしには幸運の女神様がついているんですもの」

 あたしは信じていた。誰もが幸せになれる結末が必ずあるはずだと。そして、それは叶えられるはずだと。

 ――あたしがマイトを選んじゃったら、クロード先輩、神様連れて引きこもっちゃうだろうし。あたしはもうちょっと、この関係を続けていきたいのよ。ルークが言うように、欲張りなだけなんだろうけど。

 我が儘な自分に心の中で苦笑する。このままでい続けることはできないだろうけど、もう少しだけ、結論を出さなきゃならないその日までは――どうか、お願い女神様。
 あたしはルークの腕の中で眠る神様をちらりと見たあとで、マイトとクロード先輩に微笑むのだった。

【了】
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