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5:魔導師として宮廷入りしたので、襲撃されても怯みません!
過労にだってなりますよ※5章完結
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休憩を挟み国境を越えたあとも、アルフォンシーヌとメルヒオールは馬車に同乗していた。リシャールが乗っておけとしきりに勧めたからである。
ただ、あれからずっと無言だった。リシャールがからかってくることもなく、それぞれが視線を合わせることさえ避けるようにして過ごした。
気まずいけれど、護衛の仕事なんてそんなもんよね。
仕事を真面目にやりきるにはこのくらいがちょうど良いに違いない。
天頂を過ぎた太陽が、陽射しを馬車の奥に届けている。王宮が見えてくるだろう距離に入るのは早くても夕暮れどきになりそうだ。
「ねえ、アルちゃん」
不意に呼びかけられる。リシャールの声だ。
「どうされました?」
彼に顔を向けて問えば、手がアルフォンシーヌの隣を指している。素直に視線を隣に向けた。
寝てる……?
穏やかな顔をして眠っていたならばそのままでもよかった。メルヒオールだって人間なので疲れは出る。ここにはアルフォンシーヌもいるので、少しは寝かせてあげようと気をきかせるところだ。
だが。
「師匠?」
窓枠に寄りかかるメルヒオールの額には大粒の汗が浮かんでいる。呼吸が浅い。
なんで気づかなかったの!
アルフォンシーヌは立ち上がり、リシャールに目配せをする。リシャールは御者に指示を出し、すぐさま馬車を止めた。
「師匠」
一団が止まる。アルフォンシーヌはメルヒオールに声をかけるが、彼は目を開けなかった。
「どうしたの?」
馬車の扉を開けて顔を出したのはモニックで、その後ろには救命医療を専門とする宮廷魔導師師範の姿があった。
「師匠の具合が急に悪くなって」
こんなときにどうしたらいいのかがわからない。
場所を変わるようにと指示されて、メルヒオールを残してアルフォンシーヌとリシャールは馬車を降り、代わりにモニックたちが乗り込んだ。
「ど、どうしよう……」
なんで気づいてあげられなかったの? この時間からすると昼食で中ったとか? でも、師匠もあたしも同じものを食べていたはずだし……。
あの様子だときっと我慢していたのだ。不機嫌そうにして黙っていたのは、体調不良を隠すためだったのではないか。
師匠は秘密主義すぎるところもあるから、厄介なのよ! あたしが頼りなくても頼ってくれればいいのに!
オロオロするアルフォンシーヌは、隣に立って様子を窺っていたリシャールに腰を引き寄せられた。そして耳元で囁く。
「心配はいりませんよ」
「そ、そうですよね。宮廷内でも最高峰の魔導師がいるんですものね」
次期王を護衛する集団だ。彼らの腕を疑っているわけではない。
すると、リシャールが小さく首を横に振った。
「そういう意味ではなくて」
「はい?」
アルフォンシーヌは顔を上げて覗く。リシャールはいつになく真剣な表情だ。
「ほら、よく見て。君はあれと同じ状況になったことがあるでしょう?」
彼に指で示された先――そこには汗を流し、呻いているメルヒオールの姿がわずかな隙間から見えた。
リシャールは続ける。
「私が君を無理矢理組み敷いたとき、激しい頭痛に襲われて意識を飛ばしてしまいました――あのときと一緒です」
「え……ええ?」
リシャールに耳打ちされ、そのときのことが蘇る。
あのとき、気絶してしまったアルフォンシーヌは五日間も昏睡状態だった。モニックでさえ目覚めさせるのは困難だと匙を投げたのだと聞いている。
じゃあ、すぐには治らないの? このまま眠り続けることになるの?
困惑するアルフォンシーヌはリシャールから解放された。そのタイミングで馬車からモニックたちが出てくる。暗い面持ちの二人は二人ともリシャールを見るなり首を横に振った。
「仕方がない。休める場所を探すか、このまま城に戻るか、選択をしましょう」
指揮を執る宮廷魔導師師範の言葉に、リシャールは北西側に目を向けた。小高い丘と深い森が草原の奥に見える。
「王宮までの最短コースからは外れてしまいますが、ここから聖水の湖は近いですよね?」
リシャールが問うと、師範は広げた地図で現在地の位置関係を確認する。現在地が地図上に青い光として表示され、聖水の湖のあたりには黄色の光が表示された。その距離は地図上ではかなり近い。赤い光が灯っている王宮の場所と比べても一目瞭然だ。
「そうですね。南下してから北上する道しかありませんが、王宮よりは近いかと」
道を確認しながら師範が告げれば、リシャールはウンウンと頷いてニッコリと笑んだ。
「湖には別邸があります。一度そちらに向かうのはいかがでしょう?」
殿下の提案に一同頷く。軽い打ち合わせの後、一団はこの場所から北に向かい聖水の湖を目指すことになったのだった。
《第5章 完》
ただ、あれからずっと無言だった。リシャールがからかってくることもなく、それぞれが視線を合わせることさえ避けるようにして過ごした。
気まずいけれど、護衛の仕事なんてそんなもんよね。
仕事を真面目にやりきるにはこのくらいがちょうど良いに違いない。
天頂を過ぎた太陽が、陽射しを馬車の奥に届けている。王宮が見えてくるだろう距離に入るのは早くても夕暮れどきになりそうだ。
「ねえ、アルちゃん」
不意に呼びかけられる。リシャールの声だ。
「どうされました?」
彼に顔を向けて問えば、手がアルフォンシーヌの隣を指している。素直に視線を隣に向けた。
寝てる……?
穏やかな顔をして眠っていたならばそのままでもよかった。メルヒオールだって人間なので疲れは出る。ここにはアルフォンシーヌもいるので、少しは寝かせてあげようと気をきかせるところだ。
だが。
「師匠?」
窓枠に寄りかかるメルヒオールの額には大粒の汗が浮かんでいる。呼吸が浅い。
なんで気づかなかったの!
アルフォンシーヌは立ち上がり、リシャールに目配せをする。リシャールは御者に指示を出し、すぐさま馬車を止めた。
「師匠」
一団が止まる。アルフォンシーヌはメルヒオールに声をかけるが、彼は目を開けなかった。
「どうしたの?」
馬車の扉を開けて顔を出したのはモニックで、その後ろには救命医療を専門とする宮廷魔導師師範の姿があった。
「師匠の具合が急に悪くなって」
こんなときにどうしたらいいのかがわからない。
場所を変わるようにと指示されて、メルヒオールを残してアルフォンシーヌとリシャールは馬車を降り、代わりにモニックたちが乗り込んだ。
「ど、どうしよう……」
なんで気づいてあげられなかったの? この時間からすると昼食で中ったとか? でも、師匠もあたしも同じものを食べていたはずだし……。
あの様子だときっと我慢していたのだ。不機嫌そうにして黙っていたのは、体調不良を隠すためだったのではないか。
師匠は秘密主義すぎるところもあるから、厄介なのよ! あたしが頼りなくても頼ってくれればいいのに!
オロオロするアルフォンシーヌは、隣に立って様子を窺っていたリシャールに腰を引き寄せられた。そして耳元で囁く。
「心配はいりませんよ」
「そ、そうですよね。宮廷内でも最高峰の魔導師がいるんですものね」
次期王を護衛する集団だ。彼らの腕を疑っているわけではない。
すると、リシャールが小さく首を横に振った。
「そういう意味ではなくて」
「はい?」
アルフォンシーヌは顔を上げて覗く。リシャールはいつになく真剣な表情だ。
「ほら、よく見て。君はあれと同じ状況になったことがあるでしょう?」
彼に指で示された先――そこには汗を流し、呻いているメルヒオールの姿がわずかな隙間から見えた。
リシャールは続ける。
「私が君を無理矢理組み敷いたとき、激しい頭痛に襲われて意識を飛ばしてしまいました――あのときと一緒です」
「え……ええ?」
リシャールに耳打ちされ、そのときのことが蘇る。
あのとき、気絶してしまったアルフォンシーヌは五日間も昏睡状態だった。モニックでさえ目覚めさせるのは困難だと匙を投げたのだと聞いている。
じゃあ、すぐには治らないの? このまま眠り続けることになるの?
困惑するアルフォンシーヌはリシャールから解放された。そのタイミングで馬車からモニックたちが出てくる。暗い面持ちの二人は二人ともリシャールを見るなり首を横に振った。
「仕方がない。休める場所を探すか、このまま城に戻るか、選択をしましょう」
指揮を執る宮廷魔導師師範の言葉に、リシャールは北西側に目を向けた。小高い丘と深い森が草原の奥に見える。
「王宮までの最短コースからは外れてしまいますが、ここから聖水の湖は近いですよね?」
リシャールが問うと、師範は広げた地図で現在地の位置関係を確認する。現在地が地図上に青い光として表示され、聖水の湖のあたりには黄色の光が表示された。その距離は地図上ではかなり近い。赤い光が灯っている王宮の場所と比べても一目瞭然だ。
「そうですね。南下してから北上する道しかありませんが、王宮よりは近いかと」
道を確認しながら師範が告げれば、リシャールはウンウンと頷いてニッコリと笑んだ。
「湖には別邸があります。一度そちらに向かうのはいかがでしょう?」
殿下の提案に一同頷く。軽い打ち合わせの後、一団はこの場所から北に向かい聖水の湖を目指すことになったのだった。
《第5章 完》
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