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第1章
国王である兄
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私は、急遽国王に呼び出された。
私ーーセレナは一応「王女」という立場ではあるが、母はとうの昔に亡くなり、父は国王を引退している。
つまり、私は現在の国王の実の妹という立ち位置にいるのだ。
本来ならば、国王である兄のことを覚えておいて当然なのだが、私は7歳以前の記憶がないため、結果生まれて初めて彼に会いに行くということになる。
少しの緊張と不安を抱えながら、私は使用人に連れられて、王座の間を訪れることになった。
見覚えのある廊下を歩き、扉の前に立ち止まる。
「セレナ様、では扉をお開けいたします」
前で待機していた近衛兵に声をかけられ、私は同意を示すために頷いた。
ギギー。
油の差していない嫌な金属音で鼓膜が震える。
大きく重厚感のある扉を開けると、階段状の巨大な空間が広がっていた。
レッドカーペットの先に、一人の凛々しい男が玉座に鎮座しているのが見えた。
私は数歩前に進み、お辞儀をする。
「お久しぶりでございます。国王陛下」
「良い」
兄は私の言葉にそう被せた。
「セレナ、お前は記憶喪失だと聞いている。久しぶりなどという言葉を無理して吐く必要はない」
「陛下のお心遣い、感謝してもしきれません」
私はもう一度、頭を下げた。
「お前は覚えていないが、私はお前の兄だ、セレナ。そんなかしこまらなくても良いから、こちらに寄れ」
「はい」
私はマナーの講師に口が酸っぱくなるほど言われたのを思い出し、背筋をピンと伸ばしてゆっくりと兄に近づく。
「悪かったな、急に呼び出して」
兄は頭上から私に声をかける。私はその声を聞き、立ち止まった。
「いえ。私も兄上とお会いしたかったので」
「そうか」
その声には、少し喜びの感情が混ざっていた。
「父のことは聞いただろう――体調が芳しくない。ゆえに、お前を起こそうとした。まさかそのせいで記憶喪失になるとは思わなかったが」
「お父様のことは承知しております。それに、記憶喪失の件はお気になさらないでください」
私はそう言うしかなかった。
「で、呼び出した件についてだが」
「はい」
「来月、ここでパーティが開かれることになっている」
ああ。その話か。
私は思った。
やっぱりな。
「お前にはもちろん参加してほしい」
「承知いたしました」
兄の言葉に、私は即答した。
彼の言葉は「お願い」であったが、国王からの「お願い」は「命令」と同義なのだ。
従うしかあるまい。
「お前が凍結魔法で眠らされているときに、もう服の採寸は終えているから、ドレスに関しては気にしなくてもいい。それと、隣国の王子もそのパーティにやって来るから、記憶喪失ではあるものの、お前が彼らを案内してやってくれ」
「はい」
私は頷いた。
先日、マナー講師から聞かされていたこととほとんど同じだった。
「それと、他に何か不安や質問はあるか? 私が国王だからといって遠慮せず、好きに聞くがいい」
兄は穏やかな声でそう言う。
おそらく、それはパーティに関してなのだろう。
しかし、私は常に考え続けていたことを、この機会を利用して国王である兄に尋ねた。
「どうして、私に誰も何も教えてくれないのですか? ――パーティしかり私の立場しかり、誰も私に情報を与えてくれないのです」
私ーーセレナは一応「王女」という立場ではあるが、母はとうの昔に亡くなり、父は国王を引退している。
つまり、私は現在の国王の実の妹という立ち位置にいるのだ。
本来ならば、国王である兄のことを覚えておいて当然なのだが、私は7歳以前の記憶がないため、結果生まれて初めて彼に会いに行くということになる。
少しの緊張と不安を抱えながら、私は使用人に連れられて、王座の間を訪れることになった。
見覚えのある廊下を歩き、扉の前に立ち止まる。
「セレナ様、では扉をお開けいたします」
前で待機していた近衛兵に声をかけられ、私は同意を示すために頷いた。
ギギー。
油の差していない嫌な金属音で鼓膜が震える。
大きく重厚感のある扉を開けると、階段状の巨大な空間が広がっていた。
レッドカーペットの先に、一人の凛々しい男が玉座に鎮座しているのが見えた。
私は数歩前に進み、お辞儀をする。
「お久しぶりでございます。国王陛下」
「良い」
兄は私の言葉にそう被せた。
「セレナ、お前は記憶喪失だと聞いている。久しぶりなどという言葉を無理して吐く必要はない」
「陛下のお心遣い、感謝してもしきれません」
私はもう一度、頭を下げた。
「お前は覚えていないが、私はお前の兄だ、セレナ。そんなかしこまらなくても良いから、こちらに寄れ」
「はい」
私はマナーの講師に口が酸っぱくなるほど言われたのを思い出し、背筋をピンと伸ばしてゆっくりと兄に近づく。
「悪かったな、急に呼び出して」
兄は頭上から私に声をかける。私はその声を聞き、立ち止まった。
「いえ。私も兄上とお会いしたかったので」
「そうか」
その声には、少し喜びの感情が混ざっていた。
「父のことは聞いただろう――体調が芳しくない。ゆえに、お前を起こそうとした。まさかそのせいで記憶喪失になるとは思わなかったが」
「お父様のことは承知しております。それに、記憶喪失の件はお気になさらないでください」
私はそう言うしかなかった。
「で、呼び出した件についてだが」
「はい」
「来月、ここでパーティが開かれることになっている」
ああ。その話か。
私は思った。
やっぱりな。
「お前にはもちろん参加してほしい」
「承知いたしました」
兄の言葉に、私は即答した。
彼の言葉は「お願い」であったが、国王からの「お願い」は「命令」と同義なのだ。
従うしかあるまい。
「お前が凍結魔法で眠らされているときに、もう服の採寸は終えているから、ドレスに関しては気にしなくてもいい。それと、隣国の王子もそのパーティにやって来るから、記憶喪失ではあるものの、お前が彼らを案内してやってくれ」
「はい」
私は頷いた。
先日、マナー講師から聞かされていたこととほとんど同じだった。
「それと、他に何か不安や質問はあるか? 私が国王だからといって遠慮せず、好きに聞くがいい」
兄は穏やかな声でそう言う。
おそらく、それはパーティに関してなのだろう。
しかし、私は常に考え続けていたことを、この機会を利用して国王である兄に尋ねた。
「どうして、私に誰も何も教えてくれないのですか? ――パーティしかり私の立場しかり、誰も私に情報を与えてくれないのです」
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