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第2章
2人の王子
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2人は少年だった。
「セレナ」よりも年上だということだが、それでもまだ子ども扱いされるくらいには幼げな雰囲気を醸し出している。
彼らが現れた途端、私の周りにいた人々は一斉に頭を下げた。
私も反射的にそうしようとしたが、自身が王女であるということを思い出し、頭を下げるのを辞めた。
2人の少年のうち、幼い方はおぼつかない足取りで、こちらに向かってくる。
年上の方は、年齢に見合わないほど落ち着いた仕草をしていた。
離れているせいで私は彼らの様子を良く観察することが出来なかったが、少なくともその少年たちが、兄やマナー講師たちの言っていた隣国の王子であることは、ほかの連中の行動から察せられた。
王子がこちら側に向かってくるのに、微妙な間があったが、それでも彼らはその深々とした礼を微動だにすることなく、保ち続けている。
私はその間、少々気まずい思いをしながら、王子たちをずっと見据えていた。
「ルーカス第一王子殿下、クリストファー第二王子殿下。本日は我が国にお越しくださり、誠にありがとうございます」
誰かが、急に声を張り上げた。
驚いて、私の肩は跳ね上がる。
「「「「ありがとうございます!」」」」
それに合わせて、私以外の人間が揃って大声を上げた。
まるで体育会系の部活みたいだな。
私はぼんやりと考えた。
2回目の人生のときに、学校で、後輩が先輩や顧問に向かって、必要以上にへりくだっていたのを思い出す。
私は運動系の部活に入っていたわけではなかったけど、校舎の廊下で、大きな声を出して挨拶していた坊主頭をよく見かけていた。
あれは先輩や顧問に対する本心からの尊敬というよりは、仕方なく行っているふうに、当時の私からはそう見えて言う多。
2人の王子も、彼らの体育会系挨拶に驚いたようで、びくっと身体を硬直させる。
「あ、あの……」
幼い方――クリストファー第二王子殿下が、おずおずといった感じで声を発した。
「頭をお上げください。お気になさらず」
「いえ、私どもは下賤の身。王子殿下のお目汚しとなってしまいます」
私の隣にいた男のうちの1人が、顔を上げずに返事をした。
「いえ、ですが。それは困ります――頭を上げてください」
「そのようなお言葉をいただけるだけでも、光栄に存じます」
話が膨らまない。
彼らが頭を上げて動き出さない限り、2人の王子を城へ案内することだって出来ないのだ。
戸惑った様子のクリストファー王子は、助けを求めるような視線を私に向けた。
正直、私だってどうすればいいのかわからないが、仕方なく大人たちに声をかける。
「せっかくの王子殿下のお申し出です。受けない方が、失礼になりますよ」
私がそう言うと、強張った笑みを浮かべながら、波のように次々と彼らは顔を上げていった。
私は1つ咳ばらいをし、もう一度口を開いた。
「失礼しました。お初にお目にかかります。私はセレナと申します。国王の妹に当たります」
マナー講師に叩き込まれた通りに、ドレスの裾を持って丁寧にお辞儀した。
「いえ、こちらこそ。私は第二王子のクリストファーです」
第二王子はそう言い、胸に手を押し当てて優雅に礼をした。
「そしてこちらは僕の――兄さん?」
クリストファーは、何も言葉を発さない兄に向かって、不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「?」
私はクリストファーにつられて、第一王子の顔を伺った。
「……」
彼は口を半開きにして、私を凝視していた。
「な……」
「兄さん?」
「り、璃々……?」
ルーカスは、ゆっくりと私に近づいていく。
私は近くにいた侍女の腕を掴み、その背中に回った。
侍女は首をかしげて私の表情を見つめる。
「セレナ様?」
「違う」
私はぼそりと呟いた。
「逃げないで、璃々」
「違う」
私は叫んだ。
まさか。
なんで?
なんでここへ来て?
なんで?
「私は璃々じゃない! 璃々じゃない!」
2回目の私の名前を呼ぶこの少年は。
この男は――。
間違いじゃない。
間違えるもんか。
何度も顔を合わせ、私を苦しめてきた。
――二度も殺した。
私を二度も殺した。
かつての婚約者だった。
「セレナ」よりも年上だということだが、それでもまだ子ども扱いされるくらいには幼げな雰囲気を醸し出している。
彼らが現れた途端、私の周りにいた人々は一斉に頭を下げた。
私も反射的にそうしようとしたが、自身が王女であるということを思い出し、頭を下げるのを辞めた。
2人の少年のうち、幼い方はおぼつかない足取りで、こちらに向かってくる。
年上の方は、年齢に見合わないほど落ち着いた仕草をしていた。
離れているせいで私は彼らの様子を良く観察することが出来なかったが、少なくともその少年たちが、兄やマナー講師たちの言っていた隣国の王子であることは、ほかの連中の行動から察せられた。
王子がこちら側に向かってくるのに、微妙な間があったが、それでも彼らはその深々とした礼を微動だにすることなく、保ち続けている。
私はその間、少々気まずい思いをしながら、王子たちをずっと見据えていた。
「ルーカス第一王子殿下、クリストファー第二王子殿下。本日は我が国にお越しくださり、誠にありがとうございます」
誰かが、急に声を張り上げた。
驚いて、私の肩は跳ね上がる。
「「「「ありがとうございます!」」」」
それに合わせて、私以外の人間が揃って大声を上げた。
まるで体育会系の部活みたいだな。
私はぼんやりと考えた。
2回目の人生のときに、学校で、後輩が先輩や顧問に向かって、必要以上にへりくだっていたのを思い出す。
私は運動系の部活に入っていたわけではなかったけど、校舎の廊下で、大きな声を出して挨拶していた坊主頭をよく見かけていた。
あれは先輩や顧問に対する本心からの尊敬というよりは、仕方なく行っているふうに、当時の私からはそう見えて言う多。
2人の王子も、彼らの体育会系挨拶に驚いたようで、びくっと身体を硬直させる。
「あ、あの……」
幼い方――クリストファー第二王子殿下が、おずおずといった感じで声を発した。
「頭をお上げください。お気になさらず」
「いえ、私どもは下賤の身。王子殿下のお目汚しとなってしまいます」
私の隣にいた男のうちの1人が、顔を上げずに返事をした。
「いえ、ですが。それは困ります――頭を上げてください」
「そのようなお言葉をいただけるだけでも、光栄に存じます」
話が膨らまない。
彼らが頭を上げて動き出さない限り、2人の王子を城へ案内することだって出来ないのだ。
戸惑った様子のクリストファー王子は、助けを求めるような視線を私に向けた。
正直、私だってどうすればいいのかわからないが、仕方なく大人たちに声をかける。
「せっかくの王子殿下のお申し出です。受けない方が、失礼になりますよ」
私がそう言うと、強張った笑みを浮かべながら、波のように次々と彼らは顔を上げていった。
私は1つ咳ばらいをし、もう一度口を開いた。
「失礼しました。お初にお目にかかります。私はセレナと申します。国王の妹に当たります」
マナー講師に叩き込まれた通りに、ドレスの裾を持って丁寧にお辞儀した。
「いえ、こちらこそ。私は第二王子のクリストファーです」
第二王子はそう言い、胸に手を押し当てて優雅に礼をした。
「そしてこちらは僕の――兄さん?」
クリストファーは、何も言葉を発さない兄に向かって、不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「?」
私はクリストファーにつられて、第一王子の顔を伺った。
「……」
彼は口を半開きにして、私を凝視していた。
「な……」
「兄さん?」
「り、璃々……?」
ルーカスは、ゆっくりと私に近づいていく。
私は近くにいた侍女の腕を掴み、その背中に回った。
侍女は首をかしげて私の表情を見つめる。
「セレナ様?」
「違う」
私はぼそりと呟いた。
「逃げないで、璃々」
「違う」
私は叫んだ。
まさか。
なんで?
なんでここへ来て?
なんで?
「私は璃々じゃない! 璃々じゃない!」
2回目の私の名前を呼ぶこの少年は。
この男は――。
間違いじゃない。
間違えるもんか。
何度も顔を合わせ、私を苦しめてきた。
――二度も殺した。
私を二度も殺した。
かつての婚約者だった。
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