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第10話 ミリア王女
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「まったく! あの方はこの国の置かれている状況を少しも理解しておられない!」
「エレノア様とは大違いだ!」
「ミリア様が次女でまだよかったですよ。もしミリア様が王位を継がれていたらと考えると……」
ミリアの姿が見えなくなると、会場のあちらこそらで、心ない言葉が囁かれる。
しかし、あの態度ではこういう反応をされるのも仕方がないことだと言えた。
「申し訳ありません。ジョー様、シーナ様。お気を悪くされたことでしょう。お転婆な妹で……」
あれがお転婆で済む範囲かどうかは甚だ疑問だったが、椎名達にはそんなことはどうでもよかった。彼らの頭はひどく混乱していて、それでころではないのだから。
「あれがミリアかよ……。信じられないな」
「もう一度彼女と話してみるか」
「……そうだな」
二人はミリアの後を追って駆け出そうとした。
だが、椎名は問題なく進めたが、丈はルフィーニに腕を掴まれて動くことができなかった。
椎名も、丈が自分に続いてこないことに気づき、数歩進んだところで足を止める。
「お二人はこのパーティーの主役です。会場を離れられては皆が混乱します。どうか、この場に留まっていてください」
丈は、ルフィーニ、エレノア、そして取り巻く人々の顔を見て、自分達がここに残ることを望んでいることをひしと感じた。
このまま二人共がここを離れてしまっては、人々の信頼を欠くことになりかねない。自分達は戦果を上げたとはいえ、まだまだ新参者にすぎない。この世界でまともに生きていけるだけの立場を築くまでは、周りの者の総意に反することをするわけにはいかなかった。
「……わかった。ここにはオレが残ろう。だが、一人くらいなら少しの間抜けても構わないだろう。シーナ、お前は彼女を追ってくれ」
「いいのか?」
「こういう場は、お前よりはまだオレの方が得意だろ」
「わかった」
椎名は微塵のためらいもなく、ミリアが出て行った出口を目指して駆け出した。
「これなら構いませんでしょ?」
椎名が行ったのを確認してから、周りをぐるりと見渡す丈。彼が残ったことに安堵の表情を浮かべるルフィーニやエレノアらから不満の声など上がるはずもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
会場となった広間を出た椎名は程なくミリアを見つけることができた。彼女はそれほど離れていないところで、開けられた窓から夜空を虚ろげに見上げている。
「ミリア……王女」
呼びかけに気づいたミリアが我に返り、顔だけを椎名の方に向ける。
「……追いかけてきてくれたんだ」
彼女の表情と口調は最初に会った時の優しげなものだった。
「やっぱり、ミリアだったんだよな」
もしかしたら別人かも知れないという思いをそれでも持っていた椎名だったが、今のミリアの言葉で自分の知っているミリアと同一人物であると確信した。椎名の顔が自然と綻ぶ。
「なによそれ。私はミリアに決まってるじゃない。最初に会った時もミリアだって名乗ったでしょ」
子供のように頬を膨らませ、怒ったような顔をするミリア。だが、それが本気でないことはその嬉しげな瞳を見れば誰にでも容易にわかる。
「それはそうだけど……その、さっきはあまりにも……あんまりだっただろ」
その物言いに、ミリアは少しはにかんだ。
「けど、一体どういうことなんだ? さっきのあの態度はとても本心だとは思えないが」
「……まぁ、ね」
ミリアは後ろ手にして柱にもたれかかり、複雑な表情を浮かべる。触れられたくなさそうにも見え、それでいて聞いて欲しそうでもあり、強い意志があるにもかかわらずどこか不安げで哀しそう、そんな顔だった。
椎名はかける言葉を見つけられず、ミリアの次の言葉をじっと待った。
「一つの国に、二人の王はいらないのよ」
ミリアは顔を天井に向け、ぽつりともらす。
「…………?」
「複数の王位継承権を持つ者がいれば、かならず権力争いが起こるわ。たとえ、その者にその気がなくとも、周りの者がそれを利用しようとするし。……だから、王になれない者は愚鈍でなくてはならないの。ほかの者が利用する価値さえないと思うくらいに」
「だから、あんたはさっきのようなバカな王女を演じているっていうのか?」
「……もしも姉に民を率いるだけの器がなかったら、あるいはただの傀儡と化しているとしたら、私もこんなことはしていなかったでしょうね。でも、姉は女王としての魅力と能力を十分に持ち合わせているわ。だから、私の出る幕はないの……むしろ、この国のためには邪魔なくらい」
「そんな……。俺にはあんたはすごく賢い女の子に見えたし、あのジョーだってあんたのことは認めていたんだぞ」
「ありがと。あなた達には愚鈍な王女よりも先に、本当の私を知っていてもらいたくって、ああやって会いに行ったのよ。……だって、バカな王女じゃ、あなた達の世界のこととか、そういうおもしろい話を聞かせてくないでしょうしね」
そう言ってミリアは笑ってみせたが、その顔はあまりにも寂しげだった。
「けど、今のままじゃ、あんただけでなく、この国にとっても損失だぞ。あんたが影からサポートしてやれば──」
「だから、それは駄目なんだって。そんなことをしていれば、いつか私を利用して権力を手にしようとする人間が現れるもの」
「そんな奴がいたってあんたがうまく立ち回れば──」
「確かに、そんなセコイ奴の一人や二人をなんとかするくらいは、どうとでもなるわ」
逡巡もなくそう言い切る。それは、ミリアの傲慢に思えるほどの自分に対する自信の現れである。
「けどね、そうなると、そのことにより国の中の意思統一が乱れるのよ。信頼関係にもひびが入るし……。この国のような小国はそんなささいなことが命取りになるの」
「だけど──」
「それに、私が愚かな王女を演じることによるメリットもあるのよ。私がこんなだから、国民も官僚も、姉を中心にして心を一つにするしかないし、姉は姉で自分がしっかりしなきゃって思うようになるし」
哀しい言い訳だった。ミリアに笑顔を向けられたが、椎名の瞳にはそれは哀れなほどに悲しい笑顔に映った。
「……そんなことをして自分を犠牲にしても、誰も感謝してくれないんだぞ。それでもいいのか?」
「……民が不幸になるよりは、ね」
椎名を直視するミリアの瞳は、透き通るほどに澄みきっている。
「……そうか」
その瞳を前にしては、椎名も沈黙するよりほかはなかった。
「エレノア様とは大違いだ!」
「ミリア様が次女でまだよかったですよ。もしミリア様が王位を継がれていたらと考えると……」
ミリアの姿が見えなくなると、会場のあちらこそらで、心ない言葉が囁かれる。
しかし、あの態度ではこういう反応をされるのも仕方がないことだと言えた。
「申し訳ありません。ジョー様、シーナ様。お気を悪くされたことでしょう。お転婆な妹で……」
あれがお転婆で済む範囲かどうかは甚だ疑問だったが、椎名達にはそんなことはどうでもよかった。彼らの頭はひどく混乱していて、それでころではないのだから。
「あれがミリアかよ……。信じられないな」
「もう一度彼女と話してみるか」
「……そうだな」
二人はミリアの後を追って駆け出そうとした。
だが、椎名は問題なく進めたが、丈はルフィーニに腕を掴まれて動くことができなかった。
椎名も、丈が自分に続いてこないことに気づき、数歩進んだところで足を止める。
「お二人はこのパーティーの主役です。会場を離れられては皆が混乱します。どうか、この場に留まっていてください」
丈は、ルフィーニ、エレノア、そして取り巻く人々の顔を見て、自分達がここに残ることを望んでいることをひしと感じた。
このまま二人共がここを離れてしまっては、人々の信頼を欠くことになりかねない。自分達は戦果を上げたとはいえ、まだまだ新参者にすぎない。この世界でまともに生きていけるだけの立場を築くまでは、周りの者の総意に反することをするわけにはいかなかった。
「……わかった。ここにはオレが残ろう。だが、一人くらいなら少しの間抜けても構わないだろう。シーナ、お前は彼女を追ってくれ」
「いいのか?」
「こういう場は、お前よりはまだオレの方が得意だろ」
「わかった」
椎名は微塵のためらいもなく、ミリアが出て行った出口を目指して駆け出した。
「これなら構いませんでしょ?」
椎名が行ったのを確認してから、周りをぐるりと見渡す丈。彼が残ったことに安堵の表情を浮かべるルフィーニやエレノアらから不満の声など上がるはずもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
会場となった広間を出た椎名は程なくミリアを見つけることができた。彼女はそれほど離れていないところで、開けられた窓から夜空を虚ろげに見上げている。
「ミリア……王女」
呼びかけに気づいたミリアが我に返り、顔だけを椎名の方に向ける。
「……追いかけてきてくれたんだ」
彼女の表情と口調は最初に会った時の優しげなものだった。
「やっぱり、ミリアだったんだよな」
もしかしたら別人かも知れないという思いをそれでも持っていた椎名だったが、今のミリアの言葉で自分の知っているミリアと同一人物であると確信した。椎名の顔が自然と綻ぶ。
「なによそれ。私はミリアに決まってるじゃない。最初に会った時もミリアだって名乗ったでしょ」
子供のように頬を膨らませ、怒ったような顔をするミリア。だが、それが本気でないことはその嬉しげな瞳を見れば誰にでも容易にわかる。
「それはそうだけど……その、さっきはあまりにも……あんまりだっただろ」
その物言いに、ミリアは少しはにかんだ。
「けど、一体どういうことなんだ? さっきのあの態度はとても本心だとは思えないが」
「……まぁ、ね」
ミリアは後ろ手にして柱にもたれかかり、複雑な表情を浮かべる。触れられたくなさそうにも見え、それでいて聞いて欲しそうでもあり、強い意志があるにもかかわらずどこか不安げで哀しそう、そんな顔だった。
椎名はかける言葉を見つけられず、ミリアの次の言葉をじっと待った。
「一つの国に、二人の王はいらないのよ」
ミリアは顔を天井に向け、ぽつりともらす。
「…………?」
「複数の王位継承権を持つ者がいれば、かならず権力争いが起こるわ。たとえ、その者にその気がなくとも、周りの者がそれを利用しようとするし。……だから、王になれない者は愚鈍でなくてはならないの。ほかの者が利用する価値さえないと思うくらいに」
「だから、あんたはさっきのようなバカな王女を演じているっていうのか?」
「……もしも姉に民を率いるだけの器がなかったら、あるいはただの傀儡と化しているとしたら、私もこんなことはしていなかったでしょうね。でも、姉は女王としての魅力と能力を十分に持ち合わせているわ。だから、私の出る幕はないの……むしろ、この国のためには邪魔なくらい」
「そんな……。俺にはあんたはすごく賢い女の子に見えたし、あのジョーだってあんたのことは認めていたんだぞ」
「ありがと。あなた達には愚鈍な王女よりも先に、本当の私を知っていてもらいたくって、ああやって会いに行ったのよ。……だって、バカな王女じゃ、あなた達の世界のこととか、そういうおもしろい話を聞かせてくないでしょうしね」
そう言ってミリアは笑ってみせたが、その顔はあまりにも寂しげだった。
「けど、今のままじゃ、あんただけでなく、この国にとっても損失だぞ。あんたが影からサポートしてやれば──」
「だから、それは駄目なんだって。そんなことをしていれば、いつか私を利用して権力を手にしようとする人間が現れるもの」
「そんな奴がいたってあんたがうまく立ち回れば──」
「確かに、そんなセコイ奴の一人や二人をなんとかするくらいは、どうとでもなるわ」
逡巡もなくそう言い切る。それは、ミリアの傲慢に思えるほどの自分に対する自信の現れである。
「けどね、そうなると、そのことにより国の中の意思統一が乱れるのよ。信頼関係にもひびが入るし……。この国のような小国はそんなささいなことが命取りになるの」
「だけど──」
「それに、私が愚かな王女を演じることによるメリットもあるのよ。私がこんなだから、国民も官僚も、姉を中心にして心を一つにするしかないし、姉は姉で自分がしっかりしなきゃって思うようになるし」
哀しい言い訳だった。ミリアに笑顔を向けられたが、椎名の瞳にはそれは哀れなほどに悲しい笑顔に映った。
「……そんなことをして自分を犠牲にしても、誰も感謝してくれないんだぞ。それでもいいのか?」
「……民が不幸になるよりは、ね」
椎名を直視するミリアの瞳は、透き通るほどに澄みきっている。
「……そうか」
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