偽りの僕を君は求めて

くれと

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彼の家へ

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俺の視界に入った人影が俺のすぐ右手で止まった。

少し右手を伸ばせば触れてしまう距離。それが彼だかはわからないが、俺に用もないのにこの距離に立たれるのは不自然だ。体もこちらを向いている。彼が来たのか、それとも俺に何か用がある別の人物なのかを確認すべく、スマホから顔を上げる。

「しゅんや?」

そこにはラフな服装の若い男性が立っていた。髪は短めで身長は俺よりも若干高い。170cmくらいだろうか。大柄というわけではないが肩幅が広く服の下には逞しい身体があることが窺える。その反面、顔はかっこいいというよりも少し可愛らしさが感じられる印象だ。

「あ、うん」
「はじめまして」
「は、はじめまして」
「行こっか」

そう言って彼は歩き始める。慌てて俺も後をついていく。

声は通話で聞くよりも低くはない。元々は怖い印象を感じていたが、思ったよりも愛嬌のある可愛い顔つきをしていて意外に思った。どちらかと言うと親しみやすい印象を感じさせる。

怖いという印象はそこで薄れたのだが、緊張は変わらずに続いている。心臓が胸を突き破って体の外に飛び出ていきそうだ。これからちゃんと話せるだろうか。見た目とか大丈夫かな。がっかりされたりしていないだろうか。

俯きがちで無言で彼の後を歩いていると彼が不意に振り返ってきた。

「大丈夫?」
「え、あ、うん・・・」
「緊張してる?」
「してる」

彼は俺の返事を聞いて、ははっと笑った。やはり彼は相当こういうことに慣れているようだ。余裕の面持ちである。

「店、ここね」

駅からはそんなに歩いていないが、もう夕飯を食べる店に着いたようだ。俺も彼の後に続く。そういえば、一緒に焼肉を食べると言っていたっけ。

中に入ると肉と煙の香りが漂う。まだ夕飯時には早いようで客足はまばらだ。席はどこもかしこも空いている。

席はテーブルとお座敷があるが、彼がお座敷にしようと言って靴を脱いで上がっていく。俺も靴を脱いで彼の後に続いた。

テーブルの中央にある焼肉網を挟んで向かい合って座る。お座敷といってもテーブルの下は足を下ろせるようになっているから楽だ。

席に着くと彼は慣れた様子でメニューを手に取って眺め始めた。

「ここよく来るの?」
「うん、たまにね」

俺も彼に倣ってメニューに目を通す。牛、豚、鶏それぞれが部位ごとに書かれているが、焼き肉屋にあまり行かない俺にとってはさっぱりだ。肉の他にもサラダやサイドメニュー、ドリンクも充実しているようだ。何を頼むべきだろうか・・・。

「何頼むか決めた?俺は決まったけど」
「え、あ、うん」

本当は決まっていなかったのだが、彼を待たせたくないと思いもう注文をすることにする。

彼が慣れた様子で手を上げて店員を呼び、すらすらと注文を口にした。俺も少し悩んで店員さんを待たせてしまったが、何とか注文を終えた。こういう時に自分の経験のなさが嫌になる。

注文を終えるとすることがなくなって空白の時間が生まれた。どうしよう・・・。彼は落ち着いた様子だが、俺は緊張して体が硬くなりやや挙動不審気味だ。気取られないように振舞っているつもりだが、バレてるんだろうな・・・。

「ここ来るまで疲れた?」
「うん、疲れた」
「結構時間かかるんやね」
「田舎だからね」

地方は本数も少ないし各所へのアクセスもあまり良いとは言えない。だから都内に出る時はどうしても時間がかかってしまう。都会暮らしの彼には珍しいことなのだろう。

そういえば彼の言葉遣いは関西弁だろうか。これまでも通話やTMでそれらしい方言のようなものが見受けられた。そんなに使用頻度が高いわけではなかったことであまり気に留めてはいなかった。俺はずっと関東で暮らしてきたから関西弁には疎いのだが、彼の言葉に見られるのはそれだと思う。これまで聞いたことがなかったが出身は関西なのだろうか。考えてみれば、そんな初歩的なことも聞いたことがなかった。

「出身は関西なの?」
「言ってなかったっけ?大阪やで」
「やっぱりそうなんだ。なんか怖い感じすると思ったらそのせいなのかな?」
「怖くないやん。俺なんかまだマシだよ。殆ど標準語になってるし、他の地域の人の方が方言きついし」

あまり方言に馴染みがないからよくわからないが、同じ大阪府内でも地域によって変わるものなのだろうか。

そんなことを話している内に、少しだけ緊張も解けてきた。彼は会う前からこういうことに手慣れた印象だったが、実際の彼は優しそうで俺を見つめる目もとても温かだ。彼と話していると気持ちが解れていくようだ。

店員が注文した肉やサラダを持ってきたので俺と彼はさっそく食べ始めた。彼は大食いの部類に入るらしい。次々と肉の皿を空けていく。一緒に盛られている野菜には手を付けずに残しているのが可愛く思えてしまう。野菜は嫌いなのだろうか。野菜も食べなきゃダメだよと言ったら嫌がられた。可愛い。

彼はたまに来るだけあって何がおいしいとか、そういうことをよく知っているらしい。これおいしいよと肉やらサラダやらを俺に勧めてくる。そんな優しさもすごく嬉しかった。

入店から1時間もすると俺も彼も箸が止まってくる。そろそろ出ようかと言って、会計を済ませて店を後にした。

店員さんに貰った飴を舐めながら、彼の家への道を彼と並んで歩く。

「身長俺と同じくらいなんだね」

俺は身長がそこまで高くない方だ。170cmはない。彼も決して小柄ではないが俺とあまり変わらないように見える。話すことも尽きてきて話題を振ってみたつもりだ。

「全然違う。俺の方が高い」
「何cm?」
「169くらい」
「変わらないよ。俺、167くらいだから」
「いや、変わる。全然違う」

自分の方が身長が高いと言い張る彼がとても愛おしく感じられた。もともとは少し怖いくらいの印象を抱いていたというのに、実際に会ってからは彼のことをとても可愛いと感じてしまう。やはり顔が見えると伝わり方が違うのだろうか。

この頃になると、緊張も殆ど薄れてきて多少は自然に話せるようになってきた。

「そんなに違う?」
「違うよ。抱きやすいし」
「え・・・?」
「俺よりも身長が低いから抱きやすい」

彼は照れることもなくそんなことを言う。唐突な話題に俺は再び緊張を取り戻し始めていた。抱きやすい・・・?抱きやすいって、俺のことを抱きしめるということ・・・?

駅で会ってから夕飯を食べて今に至るまで他愛もないことを話したり美味しいものを食べたりして過ごしていた。色気のある話題もなく、それはそれで楽しく過ごせていた。ここにきて、いきなりそんな話題が出てくるとは。

夜の仄暗い人気のない道で雄の色香を出す彼に、俺の体は熱を感じ始めていた。

俺のことを抱きやすいと言うからには、俺をこれから抱きしめるということだろうか。そういえば、今日はこれから何をするのだろう。彼は泊まっていけと言っていたけれど・・・。

「そういえば、これから家行って何するの?」
「寝る」
「寝るって、その、寝るだけ・・・?」

彼の端的な返事に思わずそう返す。

「そうだよ。何を期待してるん?」
「いや、別にそんなんじゃ・・・」

期待してるなんて・・・。確かに、抱きしめられたら嬉しいけど。彼に抱きしめられる想像が浮かんで、ふと彼の体を見た。大柄というわけではないが、服の上からもわかる程に筋肉がしっかりとついている。肩幅も広く、とても男らしい。こんな体で甘く優しく抱きしめられたらと思うと、体の熱はさらに高まっていく一方だ。

このままだとまた緊張で上手く話せなくなりそうだ。俺は話題を変えようと試みる。

「泊まれるってことは、家割りと広いの?」
「どうかな?あんまり広くはないかも。あと、今散らかっててスペースそんなにない」
「え、そうなの?じゃあ、俺寝るとこあるの?」
「俺と同じベッドで一緒に寝る」
「・・・!?」

思わず、声も出なかった。

同じベッドってことは、一緒に寝るということだろうか・・・!?くっついて・・・?き、聞いてないよ、そんなの・・・。

「添い寝するからね」
「え・・・?」
「嫌?」
「そんなことないけど・・・」

嫌なんてことはない。むしろ、彼に求められるということ、彼に一緒に寝たいと言われることはすごく嬉しい。心から嬉しいと思う。嬉しすぎて、こんなことがあっていいのだろうかと夢心地だ。現実のことだとはとても思えない。

でも、これは現実で、一緒にくっついて寝るということだって彼の口から告げられている。夢なんかではないのだ。

緊張を取り払おうと話題を変えるつもりだったのに、まさかこんなことになるとは・・・。

俺の体の熱は更に高まりつつあった。顔もきっと赤くなってるんだろうな・・・。夜道だから、彼には気づかれていないだろうか。

そんなことを話していると、それまではまっすぐの一本道を進んでいたのだが彼がこっちだよと言って道の脇にある石段を登り始めた。彼の家は高台にあるのだろうか。俺もその後に続く。

気づけばもう駅から大分歩いているようだ。景色も全く変わっている。辺りは学生寮の看板のある敷地やアパートが立ち並んでいる。学生が多く住むエリアなのだろうか。

石段を登ってそこから続く道を進んで、彼はその道沿いにあるマンションへと歩いていく。

そこは白を基調とした小綺麗なマンションだった。入り口はオートロックで家賃も高いということを窺わせる。彼はまだ学生のはずなのに、こんなところに住んでいるのか。それとも、これが都会の普通なのだろうか。

彼は手慣れた様子で入り口のロックを解除し中に進んでいく。それから建物内の階段を何度か登り、そこから更に廊下を突き進む。少し入り組んだ構造のようで、俺は既に入り口がどの方向にあったのかわからなくなっていた。

彼が立ち並ぶドアの一つの前に立ち止まる。そこが彼の部屋なのだろう。

彼が鍵でドアのロックを開ける。

「どうぞ」
「お、おじゃまします・・・」

彼はドアを手で支えて脇に立ち俺を先に入らせてくれた。

中に入って靴を脱ぐと彼も中に入ってきた。その後は彼が中へと進んで電気をつけてくれる。

電気がつくと部屋の中が明らかになった。内装は外観の印象の通り、小綺麗な造りになっている。白を基調としていてとても清潔感がある印象だ。だが、彼が言っていたように部屋の中は散らかっていて、洗濯物やら本やらが床にぶちまけられている。足の踏み場もあまりない。ベッドとその手前に座れるスペースがあるくらいだ。その正面には大きなテレビがあり座ってテレビが見られるようにしているようだ。

「汚いやろ。ごめんね」
「いや、別に大丈夫だけど」

男子学生の部屋なんてこんなものだろうと思っていたから別に驚きはしない。むしろ、建物がきれいで驚いたくらいだ。

そんな彼の部屋の有様を眺めていると、部屋の隅にあるベッドに目が留まる。

シーツと布団が茶系で統一されていて、とても洒落た印象を受ける。ここで、今日は彼と寝るのか・・・。

どうしよう・・・。とうとう本格的に緊張してきた。体が強張っていくのを感じる。

彼に気取られないようにと平然を装うようにと務めたが、話題もなく取り繕う術がわからない。この後、俺は一体どうしていたらいいのだろうか。

どうしていいかわからず立ち尽くしていると、いつの間にか俺は別の方向を向いており視界も塞がれていた。

彼に抱きしめられていたのだ。





*********

一部に「密集・密閉・密接」の表現があります。
物語が現在世間を騒がせているウイルスが流行する前のものと考えて頂けますと幸いです。

ご不快な思いを与えてしまっているようでしたら、申し訳ございません。

事態の収束を心からお祈り申し上げます。

*********

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