20 / 45
第1章 異世界に転生しちゃいました?
第20話 初めての患者さん
しおりを挟む
パチパチ パチパチ
夕食の会場には町長以外にもたくさんの人がいて、拍手で迎えられた。
商店街組合長のマッシュさん、牧場組合長のフェルトさん、観光協会会長のパウルさんなどなど…私は入れ代わり立ち代わり、挨拶していった。
きっと「町の主要な人たちに紹介しておきましょう」というフリーダ町長の粋な計らいなのだろう。
私としても挨拶回りを省略できるのは有難い。
ここでもう一度自分の設定を確認しておこう。うっかりボロを出さないように…。
名前はユメ。この異世界で苗字を持っているのは貴族など一部の人達だけなので、前世の「立花」という苗字は封印している。
年齢は16歳と神様は言っていた。一応この国では成人の年齢。誕生日は…前世の私が5月27日生まれだから、それにあわせておこう。
そして最も大事なことだけれど、異世界転生者であることはどんな影響があるか分からないので秘密。だから過去の記憶は喪失しているということにしている。
オルデンブルク伯爵家で「神の落とし子かも?」と言われたけれど、私自身が「はいそうです」というわけにもいかないので、なんとなくはぐらかしている。
…よし、大丈夫。
「ユメさんはこちらに永住されるのかしら?」
そう訊ねてきたのは、ホテル組合長のマリーさん。やや恰幅の良い姿で、女将さんという言葉が似合いそうな女性だ。ミューレンの町は辺境の地だけれど、夏の避暑地として人気なので、ホテルやコテージが6件あるらしい。
「そのつもりです、マリーさん。」
「助かるわぁ。私、腰痛の持病があってね、酷いときは歩けなくなるのよ。」
「それはお辛いですね。今は大丈夫なんですか?」
「そうね、今は平気。痛みが出だしたら、診療所に行かせてもらうわね。」
「はい。痛みがひどくなる前にお越しくださいね。」
「ユメ先生の得意分野は何ですか?」
え?ちょっと、先生!?
いや、確かに前世でもお医者さんの事を先生と言ったりするけれど…
「あの…アメリさん、先生というのはちょっと恥ずかしいのですが。」
この人はアメリさん。農業組合長で、女性だけれどとてもがっしりした体つきをしている。
「あら、失礼。ではユメさんでいいのかしら?」
「はい。あ、それで治療の得意分野でしたね。」
得意分野を前もって説明できるのは有難い。
「私が得意としているのは、切り傷や擦り傷、骨折、打撲などの治療、それと病原菌などの感染症や中毒症の治療です。回復系の魔法は一切使えませんので、治療後の回復は患者さん任せになってしまいます。」
「そうだ、皆さん。」
私は出席している皆の方に向かって口を開いた。
「なぁに?ユメさん。」
フリーダ町長がにこやかに返事をする。
「あの、私は医者ですが回復系魔法が使えない、能力が偏った魔法使いなんです。もしよろしければ、そのことを喧伝していただけると、有難いんですが…。」
私は申し訳なさそうに皆に言った。
「それは構わないのだけれど、最初からそんな噂を立ててしまっていいの?」
フリーダ町長が少し戸惑ったように返した。
「はい。私としては出来ないことを隠しておきたくはありません。せっかく診療所に来られたのにがっかりさせてしまうことのほうが辛いです。」
「わかったわ。でも、いずれ習得出来たりするものではないの?」
私はこれに返事をしてよいものか迷った。でも、ここは隠し事をせずに話そう、そう思って切り出す。
「すみません、使えないというのは使い物にならない、ということなんです。私、魔力値が制御不能なほど高くて、回復魔法を使ったら患者さんを殺してしまいかねないほどなんです。」
――シーン
さすがに、皆ドン引きしちゃうよね。
数秒の沈黙ののち、商店街組合長のマッシュさんが
「はっはっは!さっすがアレクサンドラ先生のお弟子さんだ!素晴らしい!ということは骨折でも打撲でも一瞬で完治してしまえるということですかな?」
「は、はい…」
おおおー、というどよめきが起こる。
マッシュさんは私の方を向いてニコっと笑ってくれた。ややオーバーアクションで話されたなと思ったが、きっと場の空気を和ませるためだったのだろう。
ああ、この町の人たちはなんていい人ばかりなのだろうか。
その後も終始和やかな雰囲気でホームパーティーは続いた。
翌日、目を覚まして診療所開業の準備をしていると、坂道を登ってくる小柄な男性が目に入った。
朝の散歩かとも思ったが、男性はまっすぐに私の方を目指してきた。
「おはようございます。貴方がユメさんですかのぉ?」
「おはようございます。はい、私がユメです。あの、診療所はまだ開業準備中なのですが…」
男性の身長は私の半分くらい。とても背が低いが、体躯はがっしりとしている。
立派な髭を蓄えているし、語尾からしておじいちゃんかと思ったのだが、声は若々しかった。いったいいくつの人なのだろう。
「申し遅れましたわい。私の名前はベンと申します。ドワーフ族の鍛冶師でして…商店街組合長のマッシュの旦那に頼まれてこちらに来やした。」
ああ、そうだ…思い出した。昨日のホームパーティーでお開きになる間際に、私はマッシュさんに「診療所の看板を造ってくれる方を紹介してほしい」とお願いしていたんだった。
「それはそれは、朝早くからありがとうございます。」
早速ベンさんと看板のデザインについて話し合ったが、私自身はそういうことにとんと疎いので、ほぼ全部ベンさんにお任せすることになった。
「それで納期はいつごろになりますか?」
看板がなくても診療所は始められるのだが、あるにこしたことはない。
「そうじゃなぁ。昼まで待ってくれるかのぅ?」
「えええー!!そんなに早く作れるものなのですか!?」
この時の私は知らなかったのだが、ドワーフ族は鍛冶師を生業とする人が多い部族で、魔法と組み合わせてあっという間に金属を加工するのだ。
ただ「同じものを大量に生産する」ことや「複雑な意匠をこらす」ことは長年の経験や高い魔力値を要するらしい。
店の看板は、他の商店街のお店の看板に倣ったシンプルなデザインなので、工房に戻ればすぐに作れるというわけだった。
ちなみにベンさんは貴族の邸宅に飾るような、精緻な加工や美術品のようなデザインはできないものの、鍛冶師としての技術は高い方らしい。
「ユメさーん、いるかーい?」
約束通り昼過ぎに、ベンさんが看板をも持ってきてくれた。
「はいはーい。」
取り付け作業のためだろうか、ベンさんのほかに梯子や工具を抱えた徒弟さんっぽい人もいる。
「ベンさん、ありがとうございます…って!その手!どうしちゃったんですか!?」
ベンさんは左手を包帯でぐるぐる巻きにしていた。私の記憶では朝は包帯はしていなかったはずだ。
「いやぁ、お恥ずかしい。うっかり火の粉を被っただけですわ。」
「親方ぁ、あれはちょっとなんて量じゃないですよ!」
徒弟さんが口をはさむ。
「やかましいわ!これくらいはなぁ、鍛冶職人を目指す者にゃぁ日常茶飯事、勲章みたいなもんよ!」
「でも腫れちゃって金槌も持てないじゃないですか。やせ我慢はダメっすよ!」
わー…ベンさん、職人気質だぁ…。
ここは親方さんには申し訳ないけれども、徒弟さんの方が正論だ。
医者としても見過ごすことはできない。
でもこの手の職人気質の人は、単に治そう治そうと言っても「唾をつけていれば治る」とかなんとか言って、言うことを聴いてもらえないのは前世の経験で知っている。
そこで私は一計を案じた。
「ベンさん、よろしかったら私の診療所の最初の患者さんになっていただけませんか?私、初めての開業に不安で、ベンさんが協力していただけると嬉しいのですが…」
と、この手の人には、こちらの弱みを見せて協力をお願いするのが効果的。
案の定、ベンさんは「仕方ねぇなぁ。ユメさんがそこまで言うなら…」とブツブツ言いながらも治療を受けてくれることになった。
私はベンさんに気付かれないよう、目配せで徒弟さんに合図を送った。
徒弟さんも意を介してくれたらしく、深々とお辞儀をしながら「よろしくお願いします」と言ってくれた。
――さぁ、治療を始めましょう
夕食の会場には町長以外にもたくさんの人がいて、拍手で迎えられた。
商店街組合長のマッシュさん、牧場組合長のフェルトさん、観光協会会長のパウルさんなどなど…私は入れ代わり立ち代わり、挨拶していった。
きっと「町の主要な人たちに紹介しておきましょう」というフリーダ町長の粋な計らいなのだろう。
私としても挨拶回りを省略できるのは有難い。
ここでもう一度自分の設定を確認しておこう。うっかりボロを出さないように…。
名前はユメ。この異世界で苗字を持っているのは貴族など一部の人達だけなので、前世の「立花」という苗字は封印している。
年齢は16歳と神様は言っていた。一応この国では成人の年齢。誕生日は…前世の私が5月27日生まれだから、それにあわせておこう。
そして最も大事なことだけれど、異世界転生者であることはどんな影響があるか分からないので秘密。だから過去の記憶は喪失しているということにしている。
オルデンブルク伯爵家で「神の落とし子かも?」と言われたけれど、私自身が「はいそうです」というわけにもいかないので、なんとなくはぐらかしている。
…よし、大丈夫。
「ユメさんはこちらに永住されるのかしら?」
そう訊ねてきたのは、ホテル組合長のマリーさん。やや恰幅の良い姿で、女将さんという言葉が似合いそうな女性だ。ミューレンの町は辺境の地だけれど、夏の避暑地として人気なので、ホテルやコテージが6件あるらしい。
「そのつもりです、マリーさん。」
「助かるわぁ。私、腰痛の持病があってね、酷いときは歩けなくなるのよ。」
「それはお辛いですね。今は大丈夫なんですか?」
「そうね、今は平気。痛みが出だしたら、診療所に行かせてもらうわね。」
「はい。痛みがひどくなる前にお越しくださいね。」
「ユメ先生の得意分野は何ですか?」
え?ちょっと、先生!?
いや、確かに前世でもお医者さんの事を先生と言ったりするけれど…
「あの…アメリさん、先生というのはちょっと恥ずかしいのですが。」
この人はアメリさん。農業組合長で、女性だけれどとてもがっしりした体つきをしている。
「あら、失礼。ではユメさんでいいのかしら?」
「はい。あ、それで治療の得意分野でしたね。」
得意分野を前もって説明できるのは有難い。
「私が得意としているのは、切り傷や擦り傷、骨折、打撲などの治療、それと病原菌などの感染症や中毒症の治療です。回復系の魔法は一切使えませんので、治療後の回復は患者さん任せになってしまいます。」
「そうだ、皆さん。」
私は出席している皆の方に向かって口を開いた。
「なぁに?ユメさん。」
フリーダ町長がにこやかに返事をする。
「あの、私は医者ですが回復系魔法が使えない、能力が偏った魔法使いなんです。もしよろしければ、そのことを喧伝していただけると、有難いんですが…。」
私は申し訳なさそうに皆に言った。
「それは構わないのだけれど、最初からそんな噂を立ててしまっていいの?」
フリーダ町長が少し戸惑ったように返した。
「はい。私としては出来ないことを隠しておきたくはありません。せっかく診療所に来られたのにがっかりさせてしまうことのほうが辛いです。」
「わかったわ。でも、いずれ習得出来たりするものではないの?」
私はこれに返事をしてよいものか迷った。でも、ここは隠し事をせずに話そう、そう思って切り出す。
「すみません、使えないというのは使い物にならない、ということなんです。私、魔力値が制御不能なほど高くて、回復魔法を使ったら患者さんを殺してしまいかねないほどなんです。」
――シーン
さすがに、皆ドン引きしちゃうよね。
数秒の沈黙ののち、商店街組合長のマッシュさんが
「はっはっは!さっすがアレクサンドラ先生のお弟子さんだ!素晴らしい!ということは骨折でも打撲でも一瞬で完治してしまえるということですかな?」
「は、はい…」
おおおー、というどよめきが起こる。
マッシュさんは私の方を向いてニコっと笑ってくれた。ややオーバーアクションで話されたなと思ったが、きっと場の空気を和ませるためだったのだろう。
ああ、この町の人たちはなんていい人ばかりなのだろうか。
その後も終始和やかな雰囲気でホームパーティーは続いた。
翌日、目を覚まして診療所開業の準備をしていると、坂道を登ってくる小柄な男性が目に入った。
朝の散歩かとも思ったが、男性はまっすぐに私の方を目指してきた。
「おはようございます。貴方がユメさんですかのぉ?」
「おはようございます。はい、私がユメです。あの、診療所はまだ開業準備中なのですが…」
男性の身長は私の半分くらい。とても背が低いが、体躯はがっしりとしている。
立派な髭を蓄えているし、語尾からしておじいちゃんかと思ったのだが、声は若々しかった。いったいいくつの人なのだろう。
「申し遅れましたわい。私の名前はベンと申します。ドワーフ族の鍛冶師でして…商店街組合長のマッシュの旦那に頼まれてこちらに来やした。」
ああ、そうだ…思い出した。昨日のホームパーティーでお開きになる間際に、私はマッシュさんに「診療所の看板を造ってくれる方を紹介してほしい」とお願いしていたんだった。
「それはそれは、朝早くからありがとうございます。」
早速ベンさんと看板のデザインについて話し合ったが、私自身はそういうことにとんと疎いので、ほぼ全部ベンさんにお任せすることになった。
「それで納期はいつごろになりますか?」
看板がなくても診療所は始められるのだが、あるにこしたことはない。
「そうじゃなぁ。昼まで待ってくれるかのぅ?」
「えええー!!そんなに早く作れるものなのですか!?」
この時の私は知らなかったのだが、ドワーフ族は鍛冶師を生業とする人が多い部族で、魔法と組み合わせてあっという間に金属を加工するのだ。
ただ「同じものを大量に生産する」ことや「複雑な意匠をこらす」ことは長年の経験や高い魔力値を要するらしい。
店の看板は、他の商店街のお店の看板に倣ったシンプルなデザインなので、工房に戻ればすぐに作れるというわけだった。
ちなみにベンさんは貴族の邸宅に飾るような、精緻な加工や美術品のようなデザインはできないものの、鍛冶師としての技術は高い方らしい。
「ユメさーん、いるかーい?」
約束通り昼過ぎに、ベンさんが看板をも持ってきてくれた。
「はいはーい。」
取り付け作業のためだろうか、ベンさんのほかに梯子や工具を抱えた徒弟さんっぽい人もいる。
「ベンさん、ありがとうございます…って!その手!どうしちゃったんですか!?」
ベンさんは左手を包帯でぐるぐる巻きにしていた。私の記憶では朝は包帯はしていなかったはずだ。
「いやぁ、お恥ずかしい。うっかり火の粉を被っただけですわ。」
「親方ぁ、あれはちょっとなんて量じゃないですよ!」
徒弟さんが口をはさむ。
「やかましいわ!これくらいはなぁ、鍛冶職人を目指す者にゃぁ日常茶飯事、勲章みたいなもんよ!」
「でも腫れちゃって金槌も持てないじゃないですか。やせ我慢はダメっすよ!」
わー…ベンさん、職人気質だぁ…。
ここは親方さんには申し訳ないけれども、徒弟さんの方が正論だ。
医者としても見過ごすことはできない。
でもこの手の職人気質の人は、単に治そう治そうと言っても「唾をつけていれば治る」とかなんとか言って、言うことを聴いてもらえないのは前世の経験で知っている。
そこで私は一計を案じた。
「ベンさん、よろしかったら私の診療所の最初の患者さんになっていただけませんか?私、初めての開業に不安で、ベンさんが協力していただけると嬉しいのですが…」
と、この手の人には、こちらの弱みを見せて協力をお願いするのが効果的。
案の定、ベンさんは「仕方ねぇなぁ。ユメさんがそこまで言うなら…」とブツブツ言いながらも治療を受けてくれることになった。
私はベンさんに気付かれないよう、目配せで徒弟さんに合図を送った。
徒弟さんも意を介してくれたらしく、深々とお辞儀をしながら「よろしくお願いします」と言ってくれた。
――さぁ、治療を始めましょう
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
154
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる