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第2章 恐怖の残渣

第39話 傍にいてくれるだけで

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 報告! 報告!
 矢継ぎ早にファントム・デーモンの目撃情報が入る。

 エルフの皆さんと、こん睡状態のレオンさんを連れてアドルフさんの領主邸に移動し、事情を説明して無事な人間とエルフを領主邸に集め、屋敷全体に防御結界を張る。…ここまでは私の思惑通りに事が運んだ。
 もちろん、エルフと人間が衝突しそうになる場面もあった。だけど私が『始祖の守り』を見せるとエルフ達は素直に従ってくれたし、その姿を見た人間たちは「この女、何者だ?実はヤバい奴なんじゃないか?」と勝手に畏怖いふして、エルフ達と同じように素直に従ってくれた。

 そのあと、人間とエルフの中から魔力眼を使える人を斥候として集落に配置してファントム・デーモンの警戒にあたらせる。
 そして今その斥候から、ファントム・デーモンが集落に現れたという目撃情報が相次いで入ってきているのだ。

「とりあえず、皆さんはここから動かないでください。この防御結界の中にいれば、絶対に安全ですから。残りの斥候さんたちも、一度ここに避難するように伝えてください。」
 うーん、なぜかこれまでの流れ?で、私があれこれ指揮をすることになってしまった。まぁ、いいのだけれど…。
「それではアドルフさん、長老さん、打ち合わせを始めましょう。」
 と言って領主邸の執務室に入る。
 執務室の中央には会議用の机とソファが置かれていて、机の上にはこの集落の見取り図が置かれていた。
 最新のファントム・デーモン目撃報告が朱色のバツ印で記入されていく。
 この進路だと、遠からずこの領主邸に到達するだろう。エルフの集落で襲われた時と同じように。

「守るだけなら、ユメ殿の防御結界がある。しかし…」
「対抗手段ですよね?」
 皆、一様に頭を抱え込む。切り札である聖なる魔法『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』を使えるレオンさんがこん睡状態だからだ。
 でも待って?もしかしたらこの魔法、私も使えるかもしれない。
 能力値最大カンズトのためか、私は「言葉にすること」「イメージすること」の二つが組み合わさると正確な呪文を知らなくても魔法が発動するのだ。
 うーん、やっぱりダメかな。この魔法、一体全体どうイメージしたらいいものかさっぱりわからない。イメージができないと魔法は発動しないのよね。ほんと、能力値最大カンストって言っても、万能じゃないわ…。

 あれ?そういえば、レオンさんと長老さんがこの魔法について話してなかったっけ?
「長老さん、ご存知の範囲で『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』について教えていただけませんか?どのような魔法かがわかれば、私…使えるかもしれません。」
 いや、この魔法はそんな一朝一夕で習得できるものでは…と長老は首を横に振った。だけど私の真剣さに気圧されて説明をしてくれた。

 『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』はまず、物理的なものには一切ダメージを与えない。次に、生者の霊体であれば、それにもダメージは与えない。
 つまり、死者の霊体にのみ効果があり、ダメージというよりはむしろその霊体を消滅させる魔法なのだそうだ。

 主な用途はアンデッド系モンスターへの攻撃。アンデッド系モンスターというのは、怒りや恨み、憎しみといった感情を抱いたまま死んだ人の霊体がアンデッド系モンスターになる骸骨などの「受け皿」に入り込んじゃって生まれたもの。ん?死んでるんだけれど生まれた…でいいのかな?

 もちろん怒りや恨み、憎しみを抱いて死んだ人の霊体が必ずアンデッド系モンスターになるわけじゃない。ほとんどの場合は、霊体が霧散するから。
 そしてこのアンデッド系モンスターの一番厄介なところは、このモンスターに殺されてしまうと高確率で殺された人もアンデッド系モンスターになってしまうところだ。
 過去にはこのアンデッド系モンスター生成の連鎖で小さな村が壊滅したこともあったらしい。
 そこで国中の魔法使いが対策を考え、研究に研究を重ねた結果、生み出されたのが『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』の魔法。
 霊体を消滅させる魔法だが、生者・死者問わず霊体を消滅させてしまうと、アンデッド系モンスターのみならず、周囲の生きている人まで巻き込む大量殺戮魔法になりかねない。そこでセーフティ機能として、死者の霊体にのみ効果があるように改良されている。

 なぜ、この魔法がファントム・デーモンへの切り札になるのかというと、ファントム・デーモン独特の構造が関係している。
 ファントム・デーモンは、デーモン・コアの力によって霊体を身にまとっている。でも生者の霊体は肉体を離れても元の人の肉体に戻ろうとする性質があるのだそうだ。
 では、なぜファントム・デーモンがバラバラにならないのかというと、それは刈り取った霊体を糸から布を編む織物のように組み上げていっているからだ。
 複雑に幾重にも絡み合っている霊体、ここに『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』の魔法を唱えると、死者の霊体のみが消し飛ぶ。結果、布地のほつれた糸を引っ張った時のように編み上げられた霊体はバラバラになり、生者の霊体は元の肉体に戻る。最後に残ったデーモン・コアを破壊し討伐完了、というわけ。
 長老の説明のおかげで魔法のイメージができた。魔法のイメージさえできれば私は魔法を使うことができる。

――でもこれって?

「すみません、アドルフ様。どこか小部屋はありますか?」
 私の横にいるメアリーがおずおずと手を挙げながら尋ねる。
「ああ、それならこの奥に部屋が。今はだれも使っていないから自由に使ってもらって構わないよ。」
 アドルフが部屋の奥のドアを指さす。
「ありがとうございます。行きましょう、ユメ。」
 私はメアリーに強引に手を引かれながら執務室を後にした。

「ちょ、ちょっと、どうしたの?メアリー?」
 でもメアリーはうつむいたまま、私と目を合わせてくれない。
「・・・からね。」
「え?なに?ごめん、聴こえなかった。」
「ユメ、魔法を使うことを躊躇ためらっちゃダメ、だからね!?」
 今度は目じりに涙を浮かべながら私の目をまっすぐに見つめてくる。

「メアリー、あなた…。」
「今の話を聴けば、私にだってわかる。ファントム・デーモンを倒すには『ハイリグベアディグン神聖なる葬送』の魔法を使わないといけないこと、この魔法は死者の霊体を消し去ること、魔法を使えば死んじゃったパパとママの霊体も消えること、霊体が消えるということはパパとママの蘇生はできないってこと、そうでしょ!?」
 本当に聡い子。私も思い当たった結論に同じようにたどり着き、しかも私が魔法を使うことに躊躇ためらいを感じていることも見透かされていたのだ。

「でもメアリー、編み込まれた霊体を解いていくという方法もあるんじゃないかしら?」
 メアリーのパパとママの霊体、救えるものなら救いたい。
 でもメアリーは首を横に振った。
「私だって魔力眼が使えるのよ?最初はわからなかったけれど、あのファントム・デーモンの身体がいかに複雑で細かく霊体を編み込んでいるのかが見えたわ。ファントム・デーモンの攻撃をかわしながら霊体を解いていく…そんな精密作業なんてできっこない。下手をしたら他の人たちの、生きている人の霊体も傷つけちゃうよ。」

「うん、でもメアリーはそれでいいの?まだ生きているとはいえ、あなたを虐待してきた人間とエルフの霊体でしょ?私は、その人たちに心からの同情ができないわ。」
 私だって良心はあるのだから、誰かが傷ついたり死んでしまうことに抵抗がないわけじゃない。でもメアリーに酷いことをした報いだ、と言えなくもない。これって、身びいき過ぎるのかなぁ…。

「ユメ、捕らわれた霊体の中にはレオンさんの霊体もあるんだよ?それに全員が全員、私をいじめてたわけじゃないと思う。おじいちゃんみたいな人だっていたはずだよ?」
 それは…確かにそうだ。
「それにね、ユメ…。自分の望みをかなえるために誰かを犠牲にする生き方なんてしたくないの。それって私を虐めてた人たちのような生き方を私もするってことでしょう?」
 私は自分の浅慮さを心から恥じた。と同時に、メアリーの心の持ちように感心してしまった。
 だって15歳だよ?子供だよ?
 わがままを言ってもいいのに。
 それがこんな…。
 
「メアリー、わかったわ。ありがとう。」
 そう言って私は彼女をぎゅっと抱きしめた。
 ああ、なんていい子なんだろう。なのにどうして…彼女の幸せをこの手で奪わなければいけないんだろう。
 辛い、辛すぎる…。
 能力値最大カンストの魔法使い?ほんと私って無力…。
 そんな私の心はお見透しなのか、ぎゅっとされたままのメアリーは優しく私に語りかけた。
「ユメ、私は不幸な時もあったけれど、今は不幸じゃない。だってユメがいるもん。ユメ、ううん、ママ。」

――ママがそばにいてくれるだけで私、本当に幸せなんだよ?
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