銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第24話 忍耐

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「彼らにはまだ早いのでは?」

 訓練の内容が急速に複雑化するのに伴い、幕僚や教官から反対意見が続出した。彼らにいずれもが事故の発生を予見していたが、ウォーケンは飽くまで計画続行に拘った。だが周囲の不安は早くも一週間後に的中することとなる。
 敵艦隊を包囲する想定の下、仮想敵に対して前面と両翼から三つの部隊が接近した。各艦が連携を密にしなければ敵を取り逃がす恐れがある。タイミングを慎重に図ることが要求される艦隊運動だが、右翼部隊が進撃速度を誤って仮想敵と直交するというミスを冒した。二つの部隊は大混乱に陥り、各艦が冷や汗ものの回避運動を続ける中、とうと衝突事故が発生した。巡洋艦アトランタの舷側に戦艦バーラマの艦首が突き刺さり、破孔を生じたアタランタ側の水兵三名が隔壁内で死亡した。

「やはり彼らには早かったのです」

 ヴォルフの口調はいつになく厳しかった。
 彼も訓練の緩和を進言した一人だった。
 
「起こってしまったものは仕方がない。訓練に事故はつきものだ。死亡した兵士には気の毒だが……」

 ブレンデルは訓練のレベルを現状のまま維持することを暗に示唆した。
 対立する二つの意見を巡って、幕僚たちの間で激しい議論が繰り広げられた。

「今後も事故は頻発するだろう。死傷者の山を築くことになる」
「だが実戦レベルの訓練を課さなければ、彼らは戦場で使い物にならなくなる」

 白熱した論議が百出する中、ソコロフが怒声と共に机を叩いた。
 
「訓練期間の延期だ! たった二か月で実戦訓練を消化するなんて不可能だ」
「いや、訓練期間の延長はない。すべて当初の予定通りとする」

 ウォーケンの無機質な呟きは、その場にいた全員の視線を蝟集させた。少なからぬ者が彼に批判の眼差しを向けていたが、反駁する者は皆無だった。ウォーケンの不動の意思を感じ取ったのだ。

「士官候補生には夕食後も課業をおこない、更に専門知識に精通してもらう」

 ウォーケンの押し殺した呟きを、幕僚たちは背筋を正す思いで承服したが、その命令を聞いたグローク人士官候補生たちは、さすがに驚きを隠せなかった。
 
「冗談じゃないぜ! こっちは昼間の猛訓練でくたくたなんだ。その後にいったい何を勉強しようっていうんだ?」

 スレイヤーの意見に同調する者は多かった。彼らは心身ともに疲れ切って一日を終えるのだ。今では睡眠が唯一の楽しみという者も少なくない。壮年者の間では過労死という言葉が冗談抜きで語られる。連邦一の訓練量という謳い文句は決して誇張ではない。

「だがやるしかないだろ? 俺たちゃ今のままじゃ使い物にならないんだ。実戦で今日のような醜態を晒してみろ。人類兵士の笑い者された挙句、みんな揃ってあの世行だ」

 ダフマンはウォーケンの苦衷が痛いほど理解できた。
 人類と対等な関係を築くには、人類以上の訓練量が必要なことを。人類を凌駕する功績を残してこそ、グローク人は人類から同朋として認められるということを。彼の常軌を逸した情熱は、真にグローク人の解放を願っているからこそ生まれるのだ。

「司令官は俺たちのために大統領とかけあって十五ぺスタの給料を保証してくれたんだ。他の司令官ならそこまでしてくれたとは思えない。俺はあの司令官の命令なら喜んで拝命するよ」

 トムソンの言葉は周囲の者にあの一瞬を想起させた。司令官が自らの手で給与受領書を引き裂いた、あの一瞬を……。

「仕方ねえか。俺もあの司令官は嫌いじゃねえからよ。せいぜい期待に応えてやるとするか……」

 スレイヤーが折れると、他のグローク人士官候補生も笑顔を見せて追従した。
 こうしてグローク人の士官候補生には新たなる試練が課されることとなった。夕食後、休憩を挟んで行われる課業は正に睡魔との闘いだった。少しでもウトウトしようものなら、教官の叱咤と共に横っ面を張り飛ばされる。グレイなどは訓練よりもきついと弱音を吐いたが、それでも講義の内容をパソコンに記録することを怠らなかった。専門過程を履修したものは、卒団後尉官への道が開かれる。階級は個人の成績により様々だが、それでも人類士官に比べれば異例の出世といえた。講義と訓練が並行して行われることで、士官候補生の技能は瞬く間に向上した。その影響は他の下士官や兵卒に及び、百戦錬磨の幕僚たちも目を見張る進捗振りを示した。

「これならいけます! どこへ出しても立派に戦えます!」

 ソコロフは前言をあっさりと撤回した。
 
 虐げられた者のしたたかさを見た思いがします。

 ウォーケンも家族に当てた手紙にそういう一行を書き記している。
 一月後、艦政本部は約束通り新たに五百隻の艦艇を送ってきた。これは訓練時間の倍増を意味したが、グローク人兵士は愚痴一つ零さずに黙々と命令に付き従った。

 地獄へ行こうか、五四戦隊へ行こうか。どうせ行く先ゃ同じこと。

 いつしか部隊内ではこんな謳い文句が流行した。彼らの苦労を忍ばせるエピソードだが、それが真実と思えるほどに彼らは猛訓練に耐え抜いた。ウォーケンは間もなく自分の理想とする艦隊が誕生するのを確信した。

「残る問題は指揮官クラスの人材をどう補うかです。できれば艦長クラスの者は人類士官を当てたいのですが」

 ヴォルフの提示した問題は幕僚たちの頭痛の種でもあった。いくらグローク人が兵士として優れた資質を備えているとはいえ、海兵団を卒団したばかりのものを艦長にするのは憚られた。戦場で臨機応変に戦うには知識以上に経験がものを言う。多くの指揮官が不測の事態に直面して独自の判断を求められる。頭の中の教科書を捲っても解答は記載されていないのだ。だが第五四戦隊に所属する人類士官千七百名余り。最終的にみても千八百人を超える人材が配属されるとは思えなかった。このままでは約二百名余りのグローク人艦長が誕生する計算になる。

「どうします? 作戦本部に人材の派遣を要請しますか?」

 ヴォルフがこの問題をウォーケンに提示すると、

「人材不足の世の中だ。作戦本部とてない袖は振れないさ」
「ではやはりグローク人を艦長に?」
「優秀な人材はどんどん取り立てるのが我が艦隊の方針だ。作戦本部には特例として認めてもらう。教官たちの立場を顧慮すれば、グローク人をひと足跳びに佐官にするわけにはいかないが」

 本来なら艦長は佐官が当たることになっている。ろくに戦闘経験のない尉官の者に、艦長という要職を任せてもよいものか? 幕僚の中には根強く反対する者もいたが、人類士官が揃うのを待っていたのでは出撃が大幅に遅れることになる。それでは彼らを短期間で育成した意味がない。一日も早く戦場へ……。ウォーケンとグローク人は共に同じ座標を目指していた。              
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