銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第45話 再会

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 ウォーケンはロードバックとソコロフを伴って夜の歓楽街へ繰り出した。さすがに首都星の歓楽街だけあって、どこも大勢の人波で埋まっていた。

「さあ、今夜はお目付け役がいないからな。大いに飲もうぜ」

 ロードバックは威勢がいい。ヴォルフやブレンデル、古参の参謀がいないので、無礼講で騒げるのが嬉しくてたまらないのだ。

「どこの店にしようかな」

 ロードバックが人波を縫って店を探していると、

「作戦本部の関係者がよく利用している店があるとか」

 ソコロフは密かに知人から情報を仕入れていたのだ。
 三人の行った先は”人魚姫”という名のクラブだった。薄暗い店内には制服姿の軍人が大勢見受けられた。三人がソファーに座ると、さっそく数名のホステスが側に付いた。

「あら、こちらの方、将官じゃない」

 ウォーケンについたホステスが囁いた。作戦本部ご用達の店だけあって、ホステスも襟章に見分け方を知っている。

「素敵な方ね。どこかでお見かけしたような」
「もしかして、あのウォーケン閣下じゃない?」
「そうよ、わたしも雑誌で見たわ」
「間違いないわ。連邦軍の英雄さんよ」

 ホステスの間から嬌声が上がった。

「あの、サインお願いします?」
「トリュフォード海戦の話、聞かせてちょうだい!」
「今日はうんとサービスするわ」

 店中のホステスが他の客から離れて一斉にウォーケンを取り囲んだ。
 
 こりゃ、敵の包囲を突破するより難しいぞ。

 ウォーケンは差し出された色紙に慣れない手つきでサインすると、

「二人はそこで楽しんでくれ」

 ロードバックとソコロフを残して一人カウンターへ向かった。
 
「クレプシー産のウイスキーをストレートで」

 こんな場所に来てまで英雄なんで騒がれるのは沢山だ。

 ウォーケンは勢いに任せてグラスを煽った。

「お久し振りね、少将閣下」

 いつしか傍らに女性の姿があった。この店のホステスだ。

 お久し振りだって? この店は初めてだぞ。ウォーケンは戸惑いを覚えた。
 
「忘れたの? あなたの方から交際を申し込んだくせに」
「交際?」
「やはり忘れたのね? でも仕方ないわ。もう十年以上も前のことだから」

 ウォーケンが女性に交際を申し込んだのはただ一度だけ。かつての女性の面影が目の前の彼女と二重写しにダブった。

「君か、エヴァ・アイリントン」
「やっと思い出してくれた」

 エヴァが嬉しそうに微笑んだ。
 ウォーケンの人生にまとい付く中学時代の失敗談。薔薇の花束をフイにした一度だけの失恋話。
 シェリー酒の甘酸っぱい匂いがツンと鼻を突いた。

「あなた、出世したわね。昔は政治家になると言ってたけど」
「君の方こそ見違えるように美しくなった」
「見違えるように? 昔のわたしは美しくなかったってこと?」
「いや、昔からだ」

 ウォーケンが気まずそうにグラスを煽った。
 突然、彼女が笑い出した。

「相変わらずお世辞が下手ね。ミスターパーフェクトさん」
「そんな、お世辞なんかじゃない」
 
 エヴァがグラスに指をかけた。

「そんなときはねえ、昔の君は可愛かった。そう言っておけばいいのよ」
「わかった。覚えておく」

 とは言ったものの、ウォーケンはその手のお世辞を上手く使いこなす自信がなかった。
 エヴァの瞳が遠くへ流れた。

「変わらないわね、あなた。中学時代から生真面目で融通が利かなくて」
「意外だな、君がホステスなんて」
「人生は思い通りにいかないものよ」

 エヴァは素っ気なく呟いた。

 ウォーケンは中学時代の三年間を生徒会長として過ごしたが、そのとき書記を務めていたのが彼女だった。成績が優秀で性格の真面目な娘だった。そんなところにウォーケンは惹かれたのだが。

「教えてくれないか? あのときなぜ俺の申し出を断ったのか」
「ああいうことは人の見ていない所でするものよ。例えば校舎の屋上とか、校庭の片隅とか」
「そういうものかな?」
「あなたには一つだけ欠けているものがあるわ」
「何かな?」
「デリカシーよ」
「……」

 ウォーケンは返す言葉を知らなかった。その手の指摘は今までにも少なからず受けてきたが、彼女に言われると、今までの様に笑って受け流す気にはなれなかった。
 エヴァが呆れて呟いた。

「朝っぱらから、それもみんなの見ている前で告白されてもハイOKよ、なんて素直に返事できないわよ」
「なるほど、時と場所を選ばなかったのが敗因というわけか」
「恋愛も戦略と同じよ。綿密に作戦を立てなきゃ」
「こればかりは苦手でね。作戦の立てようがない」
「同盟を攻略する方が、女性を攻略するより楽ってわけ?」
「そういうことになるな」
「ほんと、不器用な人なんだから!」

 エヴァは本気で怒っているようだった。連邦国民が抱く英雄という虚像と余りにもかけ離れたその実像は、在りし日の彼と少しも違和感がなかった。そこに苛立ちを感じるのは、彼にまだ好意を抱いているせいか。もっともウォーケン自身はなぜ怒られたのか皆目見当がつかなかったが。

「ご結婚は?」
「いや、まだ……」
「じゃあ、恋人は?」
「生憎、忙しくて」

 その直截な物言いが、エバの小さな笑いを誘った。

「中学時代はモテたのにね」
「そうかな」
「あなたは全女生徒の憧れの的だったのよ」

 今度はウォーケンが苦笑する番だった。

「からかっているんじゃないんだろうな?」
「本当の話よ」
「君にも憧れてほしかったな」

 彼にしては気の利いた言葉だとエヴァは思った。そこに真実を感じ取ったからこそ、彼女は真剣に向き合ったのかもしれない。

「わたしも憧れていたわ。交際を断った後でもね」
「だったら後からでもいい返事を聞かせてほしかった」
「あなたの目は未来しか見ていなかった。誰もが初めから失恋することを知っていた」
「俺の方から交際を申し込んだはずだが」
「長続きしなかったでしょうね。たとえわたし以外の女性と付き合っても」

 ウォーケンの経歴に女性との関係を書き込む余地はない。政治家という大志が常に彼自身を律していたのだ。

「残念な気もするわ。あのとき交際をOKしていたら、今頃は少将閣下の奥さんになっていたかも」
「軍人と結婚して寡婦になった人は多い」
「軍人と結婚しちゃいけないってわけ?」
「そういうわけではないが」
「人はいつ死ぬかわからないわ。別に軍人じゃなくてもね」
「戦時に於いて軍人は死ぬ確率の高い職業だ」
「わたしの両親はね、わたしが高校生のとき事故死したの」

 ウォーケンにとってそれは観想しがたい死の形だった。戦禍とは無縁の日常の中にも死は常に存在する。
 エヴァはシェリー酒のグラスを指で弾いた。バーテンがウイスキーを注ぐと、氷が澄明な音を立てて崩れた。

「ねえ、覚えてる? 中学時代の遠足のこと」
「いや、残念ながら」
「そのときわたしは崖にハンカチを落としたの。ハンカチは途中で木の枝に引っかかった。あなたは崖の斜面を伝いながらハンカチを拾ってきてくれた。自分が崖から転落するかもしれない危険を冒して」

 惚れた女のためならハンカチ一枚に命を賭ける男。

 後日、彼のことを快く思わない一部の生徒が校内にそんな中傷を流布させた。が、彼は意に介さなかった。

「そんなことあったかな?」
「あら、忘れたの?」
「残念ながら」

 ウォーケンはグラスを重ねていた。少し酔いが回ったのかもしれない。

「嬉しかった。本当に」
「俺も命知らずだな」
「わたし、後悔してたのよ」
「なにを?」
「素直にお礼が言えなかったこと」

 ウォーケンの差し出したハンカチをエヴァはひったくるように奪い取った。

 余計な事しないでよ!

 周囲の友達から冷やかさられるのが嫌だった。みんなエヴァがウォーケンから告白されたことを知っていた。ウォーケンは肩を竦めて立ち去った。エヴァの心に気まずい想いだけが残った。

「あなたと再会できてよかった」
「どうして?」
「こうしてお礼ができるから」

 エヴァは腰を浮かせてウォーケンの唇を奪った。

 とんでもない奇襲攻撃だ。

 ロードバックやソコロフ、他の客に目撃されなかったのは幸いだった。

「女神のキスよ。幸運を」

 エヴァが薄明りの中で微笑んだ。二人はグラスを重ね合わせた。
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