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第18話 赤提灯 そこはリーマン戦士の憩いの場
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俺と田中さんは屋台でおでんをつついていた。
以前の、一緒に飲みましょう。という約束を果たしたのだ。
乾杯!
ビールで祝杯を上げると、田中さん、上機嫌に語り出した。
「転生して今日で六日目か。どう、こっちの生活には慣れた?」
「ええ、異世界っていっても、あっちの世界と余り変わらない感じですから」
「そうだよね、みんな、最初は驚くんだ。想像してた世界と余りにも違うから。剣と魔法の物語? みんな、異世界っていうと、あの印象引きずっちゃうから」
「ええ、俺も最初はそうでした。まあ、今でも違和感てんこ盛りですけど」
「でも現世と余り変わらないから、みんな、この世界の生活に馴染むことができるんだ。俺も転生して二年になるけど、こうして弓使いの資格をとって、現世に残した妻子に仕送りできるようになったし」
田中さん、ビールを飲もうとしてコップを握った手を止めた。
きっと妻子のことを思い出したんだ。
「あの、奥さんやお嬢さん、お元気ですか?」
「あっ、ああ、元気だよ。まあ、俺なしでもどうにかやっているようだけど。ちょっと寂しい気もするね」
田中さん、家族への想いを断ち切るように、そこでビールの一気飲み。
やっぱ寂しいんだろうなあ。
田中さんも、こっちの世界では独り身だし。
俺は空のジョッキにビールを注いで励ました。
「まあ、元気出してくださいよ」
田中さんに笑顔が戻った。
よかった。この人、泣き上戸だから。銀行で最初に出会ったとき、素面なのに泣きが入ってたもんね。
田中さんが大根の煮付けを食べながら尋ねた。
「どう、うちの職場、働きやすいでしょ?」
「ええ、まあ」
俺は言葉を濁した。
バイトは今日で辞めるつもりだったからだ。
職場環境がどうこういう問題ではない。
駆除する相手が強すぎるのだ。
キノコや女王バチを相手にしていたら、命がいくつあっても足りない。
俺は一週間以内に確実に死ぬ。
資格なしには過酷な職業なのだ。
ただ田中さんには言い出しにくかった。
「弓使いの資格持ってると、ああいう職場では優遇してもらえるから」
あっちの世界でも、こっちの世界でも、就職で物を言うのは、やはり資格らしい。
俺だって、田中さんの資格のおかげで命拾いしてるし。
そういゃ、田中さん、年収一千万って言ってたけど、害虫駆除の仕事って、そんなに実入りがいいのかな?
「いや、あれはね、アルバイトも含めて、てことなんだ。まあ、本業で四百万、バイトで六百万だけど」
「バイトの方が多いんですか? その、バイトの件、会社は許可してるんですか?」
「うん、職種によって、それぞれの領域が決まっているからね」
「--?」
「つまり都市部だと害虫駆除会社が、それ以外だと勇者さんや剣士さんが、それぞれ分担して魔生物を駆除しているんだ」
「なるほど」
「まあ、人間と共存するような魔生物は、そう強くはないからね。逆に人間がほとんど住まない領域、例えば荒野だとか暗い森とか、そんな場所には駆除業者の手には負えない強い魔生物が存在するから」
「そこで勇者さんの出番というわけですね」
「その通り。駆除業者と勇者さんは仕事がかち合わないようになってるんだ」
「弓使いって、主にどんな魔生物狩るんです?」
「まあ、個人としては空飛ぶ魔物、例えば有翼人とか吸血コウモリとか化けガラスとか、そんなものを休日に依頼を受けて狩ってるんだけど、まあ、それでも一年間やってると、年収数百万くらいにはなるんだよ」
俺、もう、その金額をショボいなんて言えなかった。
特に今日一日、共に汗水流した田中さんの前では。
田中さんが三本目のビールを注文した。
それを俺の空のコップに注ぐと、
「君は女神様から、どんな資格をいただいたの?」
「俺ですか」
まさか資格なしとは言いにくい。
どうせ仕事は辞めるんだ。
ここは大きく言ってやれ!
「じ、実は勇者なんですよね」
「えっ、なんだって? よく聞こえなかったけど」
「勇者やってるんです!」
「勇者! それは凄い! 君、現世ではかなり高い社会的地位にいたんだねえ。二十歳ってことは大学生? じゃあ、東大とか京大とか、あるいは早慶……」
そこで会話はポツリと途切れた。
ああ、やっちまった。
必殺、コミ障ビーム発射しちゃったよ。
デビルビームより強力で、魔将軍ザンニンですら瞬殺する恐怖の必殺技。
最早、四本目のビールが注文されることはなかった。
「あの、もう、俺、帰りますから」
「ああ、そう、じゃあ、また明日」
別れ際、俺は気になっていたことを尋ねた。
「あの、その後、娘さんとは通話できました?」
「う~ん、まあ、相変わらずだけどね」
「俺、考えたんですよ。あなたと娘さん、二人だけの秘密ってありません?」
「……二人だけの秘密?」
「ええ、奥さんも知らないような。それをうまく伝えられれば、娘さんも、あなたの存在を信じてくれるかも」
「なるほど、でも二人だけの秘密となると」
田中さん、首を捻って考え込むと、
「そうだ、あれだ! あれなら、きっと娘も信じてくれるはずだ!」
田中さん、両手で俺の手を強く握り締めると、
「ありがとう! 俺、やってみるよ!」
酔っているにも拘わらず、確かな足取りで帰ってゆく田中さんの後ろ姿を、俺は赤ら顔で見送った。
以前の、一緒に飲みましょう。という約束を果たしたのだ。
乾杯!
ビールで祝杯を上げると、田中さん、上機嫌に語り出した。
「転生して今日で六日目か。どう、こっちの生活には慣れた?」
「ええ、異世界っていっても、あっちの世界と余り変わらない感じですから」
「そうだよね、みんな、最初は驚くんだ。想像してた世界と余りにも違うから。剣と魔法の物語? みんな、異世界っていうと、あの印象引きずっちゃうから」
「ええ、俺も最初はそうでした。まあ、今でも違和感てんこ盛りですけど」
「でも現世と余り変わらないから、みんな、この世界の生活に馴染むことができるんだ。俺も転生して二年になるけど、こうして弓使いの資格をとって、現世に残した妻子に仕送りできるようになったし」
田中さん、ビールを飲もうとしてコップを握った手を止めた。
きっと妻子のことを思い出したんだ。
「あの、奥さんやお嬢さん、お元気ですか?」
「あっ、ああ、元気だよ。まあ、俺なしでもどうにかやっているようだけど。ちょっと寂しい気もするね」
田中さん、家族への想いを断ち切るように、そこでビールの一気飲み。
やっぱ寂しいんだろうなあ。
田中さんも、こっちの世界では独り身だし。
俺は空のジョッキにビールを注いで励ました。
「まあ、元気出してくださいよ」
田中さんに笑顔が戻った。
よかった。この人、泣き上戸だから。銀行で最初に出会ったとき、素面なのに泣きが入ってたもんね。
田中さんが大根の煮付けを食べながら尋ねた。
「どう、うちの職場、働きやすいでしょ?」
「ええ、まあ」
俺は言葉を濁した。
バイトは今日で辞めるつもりだったからだ。
職場環境がどうこういう問題ではない。
駆除する相手が強すぎるのだ。
キノコや女王バチを相手にしていたら、命がいくつあっても足りない。
俺は一週間以内に確実に死ぬ。
資格なしには過酷な職業なのだ。
ただ田中さんには言い出しにくかった。
「弓使いの資格持ってると、ああいう職場では優遇してもらえるから」
あっちの世界でも、こっちの世界でも、就職で物を言うのは、やはり資格らしい。
俺だって、田中さんの資格のおかげで命拾いしてるし。
そういゃ、田中さん、年収一千万って言ってたけど、害虫駆除の仕事って、そんなに実入りがいいのかな?
「いや、あれはね、アルバイトも含めて、てことなんだ。まあ、本業で四百万、バイトで六百万だけど」
「バイトの方が多いんですか? その、バイトの件、会社は許可してるんですか?」
「うん、職種によって、それぞれの領域が決まっているからね」
「--?」
「つまり都市部だと害虫駆除会社が、それ以外だと勇者さんや剣士さんが、それぞれ分担して魔生物を駆除しているんだ」
「なるほど」
「まあ、人間と共存するような魔生物は、そう強くはないからね。逆に人間がほとんど住まない領域、例えば荒野だとか暗い森とか、そんな場所には駆除業者の手には負えない強い魔生物が存在するから」
「そこで勇者さんの出番というわけですね」
「その通り。駆除業者と勇者さんは仕事がかち合わないようになってるんだ」
「弓使いって、主にどんな魔生物狩るんです?」
「まあ、個人としては空飛ぶ魔物、例えば有翼人とか吸血コウモリとか化けガラスとか、そんなものを休日に依頼を受けて狩ってるんだけど、まあ、それでも一年間やってると、年収数百万くらいにはなるんだよ」
俺、もう、その金額をショボいなんて言えなかった。
特に今日一日、共に汗水流した田中さんの前では。
田中さんが三本目のビールを注文した。
それを俺の空のコップに注ぐと、
「君は女神様から、どんな資格をいただいたの?」
「俺ですか」
まさか資格なしとは言いにくい。
どうせ仕事は辞めるんだ。
ここは大きく言ってやれ!
「じ、実は勇者なんですよね」
「えっ、なんだって? よく聞こえなかったけど」
「勇者やってるんです!」
「勇者! それは凄い! 君、現世ではかなり高い社会的地位にいたんだねえ。二十歳ってことは大学生? じゃあ、東大とか京大とか、あるいは早慶……」
そこで会話はポツリと途切れた。
ああ、やっちまった。
必殺、コミ障ビーム発射しちゃったよ。
デビルビームより強力で、魔将軍ザンニンですら瞬殺する恐怖の必殺技。
最早、四本目のビールが注文されることはなかった。
「あの、もう、俺、帰りますから」
「ああ、そう、じゃあ、また明日」
別れ際、俺は気になっていたことを尋ねた。
「あの、その後、娘さんとは通話できました?」
「う~ん、まあ、相変わらずだけどね」
「俺、考えたんですよ。あなたと娘さん、二人だけの秘密ってありません?」
「……二人だけの秘密?」
「ええ、奥さんも知らないような。それをうまく伝えられれば、娘さんも、あなたの存在を信じてくれるかも」
「なるほど、でも二人だけの秘密となると」
田中さん、首を捻って考え込むと、
「そうだ、あれだ! あれなら、きっと娘も信じてくれるはずだ!」
田中さん、両手で俺の手を強く握り締めると、
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