でんじゃらすでございます

打ち出の小槌

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第二章 おだぶつの秀麿

(三)応宝寺の坊主ども

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「なるほど。銭を渡せばあとは算段せよか。どうやら宿も飯も捜さねばならぬ」
「大瓦房。町は手ぐすね引いておりましたな」
「ここで虎の子を使い果たすやからもおるとか。まったくなにをしておるやら」
応宝寺のものは呆れ顔で、石段を下りゆくものどもを見送る。
ひとりのものが首をひねった。
「もらうものはもらった。それで、ぶちりはごめんと逃げるものはおらぬのか」
「ふふっ。それを寺に知らさば、この巾着を一つ、捕らえたものは二つ、むしろそのようなものはおらぬかと、町のものはいうておった」
ほおっとため息が洩れた。
「つまり、町の衆も宝明寺とつるむや」
春竹がぽつりという。
「しかり」
大瓦はふっと笑う。
と、そこへあのっと、鈴々が声をかけた。
「おや、なにか。薬種でも足りませぬか」
「い、いえ。つれのものが、なにかよさげな宿をみつけてくる。しばしお待ちあれと」
春竹は目をぱちくり。
さっきまでいた小僧がいない。
「はて、いつのまに」
「どうした。豊春の親方がどうかしたか」
ここでみなが大笑いした。豊春が赤くなってうつむく。
「才蔵めっ」
鈴々も赤くなった。
あの船の甲板のことがちらりと過る。あれから、才蔵と豊春はひと悶着あった
そう、あのとき、どやどやと応宝寺のものが甲板に上がってくる。副頭の弓月ゆみづきという古参の坊主が茹でた蛸のようになった。
「こりゃあっ。なにをどんどんしておる。おのが役目はなんとした」
あっ、あのうと大汗の豊春はしどろもどろ。
才蔵は不敵にも腕を組む。
「おいらが稽古をつけてる」
目が丸くなる弓月。
「まさか、小僧にたぶらかされたか。それとも、相撲に戻りたいのか、このあほう。おのがやることが半端で、なにを成せようぞ」
豊春は返す言葉もない。
「それでもいうなら降りよ。海を泳ぎてどこへなりともゆけっ」
辺りはどよめいた。
たまたま、付いてきた鈴々は居たたまれなくなった。
「お、おまちください」
すっと才蔵へ寄った。
「こ、このものはあたしのつれのもの。無類の相撲好きゆえ、関取りのような方をみて舞い上がったのでしょう。どうかお許しを」
咄嗟の方便に鈴々は冷や汗がたらたら。
「ちょいと」才蔵を小突く。「こんなとこで、このひと追い出されたらどうするの。銭ももらえず困るだけでしょ。どうせならぶちりで名をあげて、お相撲じゃない」
これには、才蔵もぐうの音も出ない。
「とんだお調子もので、すぐにはやし立てる。ゆえに引けなかったのでしょう」
鈴々は才蔵の頭を掴み、共に下げた。
ちらり春竹をみやる。
春竹はこほんと咳をひとつ。
「豊春房。やるなら鎧の手入れののちになさい」
おいっと弓月。
「まて、そもそも相撲はな」
「弓月房。稽古はわけがあるのです」
春竹は柔らかな笑み。豊春はきょとんとしている。
「さて、いつまでも遅れをとるわけにはいかぬ。ましてぶちりを前に少しでもみなの役に立ちたいと。そうであろう豊春」
「あっ、はい」
つられて豊春はうなずく。
「なるほど小僧さまに煽られたやも。けれど、それに乗ったは足手まといになりたくないという切なる心。ここでひとつ踏みだせば豊春は力となります」
「ふう~む」
ここまで黙していた大瓦がにやりと笑う。
「ならば、試そう」
さっと、もろ肌を脱ぐや両手を広げた。
「こいっ」
ごくりと豊春は生唾を呑む。
「はっ」
じりっと構える。
とたん甲板を蹴る音とともにぶちかまし。それを大瓦は受けた。がっぷりよっつ。双方びくともしない。
やおら大瓦の顔が憤怒になる。
ぐいと体をひねったかとみるや上手投げ、ごろりと豊春は転がった。
「あっちゃあ」
才蔵は悔しい。うなだれる豊春。春竹が寄ろうとしたとき、大瓦の声が飛んだ。
「役目はこなせ。なれど空いた間は、はげめ」
はっと豊春が顔を上げる。
「おい、そこの親方。稽古をみるなら、もっと強くしてみせろ」
大きく大瓦は笑った。
鈴々はほっと胸をなでおろす。これで二人とも応宝寺の小者となった。
「ったく、ばかたれ狐っ」
その、才蔵が戻ってきた。
その大袈裟な身振り手振りで、町の外れに、よさそうなのがあるという。
「どれ、子狐に化かされてやるか」
弓月のいやみな笑いと共にぞろぞろと応宝寺のものは石段を下りていった。

空には星が二つ三つ。
やがてとっぷりと日が暮れる。
なれど町はこれからとばかりに赤い灯りがさらに増え、酔うたものどものが、そこかしこで騒いでおり、女の高笑いがあった。
「やれやれ、あほうどものばか笑いがここまで届く」
大瓦は苦笑い。
「ふふ、それにしてもよくこんな処があったもの」
春竹がそっと濁酒を大瓦と弓月つぐ。
「えい、化かされた」
弓月はぼやいた。
みつけたのは、恐ろしく古びて小汚い宿であった。戸はがたつき、壁は穴でぼこぼこ、おまけに、小さいせんべい布団では腰からはみ出る。
宿の主は才蔵が糸瓜へちま茄子なすと呼ぶ、くせのありそうな爺さまと婆さま。汁をこさへて飯を焚いてくれたはいいが、給仕に碗の洗いや棚へ戻すのはやってくれという。
それは、鈴々と才蔵に豊春を加えてやらせたが、いざ寝るとなって、ぞろぞろと蚤やら南京虫には手を焼いた。まかせろと、才蔵がなにやら花火玉に火をつけ、煙でいぶそうとするも、その煙に咽に咽て、虫より先にひとが宿を飛び出た。
ようように煙がおさまり虫もいなくなり、やっとみな床に入り、あとはしばし三人で酒を酌み交わしている。
「それでも、唐の悪酔いからは離れられました」
「うむ。あれはようない。この成りで銭も辛い宿じゃが、それでも町におるよりよい」
弓月もうなずく。
「ぶちりにさわる」
大瓦はしかめっつら。まさしくと、春竹は眉をひそめた。
「お祓いというならもっと身を清めてこそ。これでは、わざわざ汚れてしくじりにいくようなものです」
しかりと、弓月はくいと酒を呑む。
「そも、他のものどもはなにか。さもしいやつらに盗賊まがいのものども。かとみるや、てんで、ぐずで怖じけたもの。さらには、なにをやるのかも知らぬ呆けたやから。あたかも、おのれらが厄ではないか」
大瓦は酒をぐびり。
「まさに。ふっ、そういえば我らも寺では、厄介なものよの」
「な、なにを。我らは、あくまで節操もなく強きものに媚びるやからに道を説いただけ。それゆえ、ものいえるよう武にはげんでおるのではありませぬか」
弓月も酒をあおる。
「ともあれ、こたびは、これを機に存分に我らを知らしめましょう」
「加えて、縁寺である宝明寺からの借銭をこれで肩代わりすれば、上も聞く耳をもつようになろうか」
「踏ん張りどころ」
弓月の言葉に二人はうなずく。
「どれ、明日は山へひと修行と参るか」
「はい大瓦房」
「おっ、どうやら豊春の庭木へのてっぽうの音も止んだの」
「では、我らも明日へ備えますか」
春竹が椀に濁酒を満してゆく。三人ともぐびと呑みほした。
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