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最終章 阿国、跳ぶ
(四)迫りくる丹波
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また、風がひゅるると吹き抜ける。
さわさわとその枝がゆれた。
古木はみょうに白っぽい。まるで腰の曲がった老婆のようにみえる。伸びた枝は垂れて沼をなでている。そして小舟もなでていた。
才蔵は小躍りしながら古木の岸辺にきた。
「小舟。これで沼に逃げられる」
ひざを叩いて笑った。
古ぼけた小舟で、むしろが被せられてある。むしろから櫂がはみ出ていた。
「いっそ、漕いでくか」
さっそくと、古木につないである綱をはずそうと小舟に背を向ける。
そのとき。
がばっと、むしろが跳ね飛んだ。
ひょうと、影が踊る。高々とふりかぶる鎌が切り裂きにくる。すんでで、冷やりとなった才蔵はわざと地べたに転がった。
鎌は空ぶる、避けたか、されどつづいて足蹴にされ沼へと転げる。そこへ玉を放たれた。どおんと爆発するや、ざぶりと水しぶき。辺りは、もうもうと紫の煙におおわれ、沼は白く泡立った。
くぐもった笑いがある。
「あざむくなら、欲するものよ」
ざんばら髪に、白粉のつらが笑っている。その氷の目玉に歪む口元は、もはや百地丹波そのひとであった。
なにか沈むような、ぼこぼことした泡はやがて消えた。
ふんと笑うと丹波は鎌で綱を切り小舟に乗る。やおら櫂を握ると、ぎいぎいと漕ぎはじめた。その櫂や舟の底板には、なにやら呪文が書きなぐられていた。
小舟はゆるりと岸を離れた。
ほどなく、沼がいきなり泡立ってくる。そして、辺りは薄く霧に包まれた。青白き人魂が二つ、三つ。死人があちらこちらで漂う。水面からも、にょきりと白き手が伸びてくる。ただなにやら、もがいていた。
「うっとおしい。さすがに呪い文字ゆえ掴めまい。そのうち御馳走を喰わせてやる。さすれば、この世があの世となる。おまえらの世となる」
死人はうめき、泣き、叫ぶ。小舟はその死人どもをまとって泡立つ沼を進む。そして護摩壇へ、鈴々のもとへと進む。
とても、この世のものではなかった。
ざぷり、ざぷり。
泡立つ沼を突き切り、いよいよやってきた。
すると小舟はそのまま沼のふちに突っ込み、がりがりと乗り上げた。ひらっと丹波は跳ねて地に降り立つ。にたと笑うと、おもむろに櫂をぐわんと小舟の横っ腹に叩きつけた。べきりと櫂はへし折れて舟板もみしりと割れた。
「舟で逃げよ。さすれば、沈める手間がはぶけよう」
ごおっと護摩壇の炎がうねるも、鈴々はそのまま祈りつづけた。
「おびえぬか。いかにも巫女よ」
じわりじわりと寄る。そして、塩の結界でひたととどまった。
「面倒な。地に呪いの文字をなぞり結界を消してもよいが、それより鎌を鎖鎌とするか。それで鎌を投げて突き立てれば、あとは鎖を手繰ればよい」
暗い笑いがあった。
「では、巫女をぶちろう」
それでも、なお、鈴々はひるまない。小さくつぶやいた。
「やられるものか。あたしも、才蔵も」
その、とたんに、ざぶりと水しぶきが上がった。
その身は、とんと小舟を踏み台に跳ねると軽々と空に舞う。はっとなる丹波。そのつらめがけ、これでもかと手裏剣を放った。
ぎんぎんと火花散る。鎌で叩きに叩くも、たまらず丹波は護摩壇から離れた。
地に、才蔵が立った。
ぶるっとしずくを払う。背にした護摩壇の炎も鈴々の祈りも、勢いづいてきた。
「そうか、沼に逃れたあと舟底にしがみついておったか。気配はどうやら、死人のわめきにまぎれたな」
ひゅるりと風が吹く。
まなじりをかっとあげて、才蔵がにらみつける。冷ややかなつらの丹波は歪む笑いを浮かべる。ここに、二人は真面に向かいあった。
さわさわとその枝がゆれた。
古木はみょうに白っぽい。まるで腰の曲がった老婆のようにみえる。伸びた枝は垂れて沼をなでている。そして小舟もなでていた。
才蔵は小躍りしながら古木の岸辺にきた。
「小舟。これで沼に逃げられる」
ひざを叩いて笑った。
古ぼけた小舟で、むしろが被せられてある。むしろから櫂がはみ出ていた。
「いっそ、漕いでくか」
さっそくと、古木につないである綱をはずそうと小舟に背を向ける。
そのとき。
がばっと、むしろが跳ね飛んだ。
ひょうと、影が踊る。高々とふりかぶる鎌が切り裂きにくる。すんでで、冷やりとなった才蔵はわざと地べたに転がった。
鎌は空ぶる、避けたか、されどつづいて足蹴にされ沼へと転げる。そこへ玉を放たれた。どおんと爆発するや、ざぶりと水しぶき。辺りは、もうもうと紫の煙におおわれ、沼は白く泡立った。
くぐもった笑いがある。
「あざむくなら、欲するものよ」
ざんばら髪に、白粉のつらが笑っている。その氷の目玉に歪む口元は、もはや百地丹波そのひとであった。
なにか沈むような、ぼこぼことした泡はやがて消えた。
ふんと笑うと丹波は鎌で綱を切り小舟に乗る。やおら櫂を握ると、ぎいぎいと漕ぎはじめた。その櫂や舟の底板には、なにやら呪文が書きなぐられていた。
小舟はゆるりと岸を離れた。
ほどなく、沼がいきなり泡立ってくる。そして、辺りは薄く霧に包まれた。青白き人魂が二つ、三つ。死人があちらこちらで漂う。水面からも、にょきりと白き手が伸びてくる。ただなにやら、もがいていた。
「うっとおしい。さすがに呪い文字ゆえ掴めまい。そのうち御馳走を喰わせてやる。さすれば、この世があの世となる。おまえらの世となる」
死人はうめき、泣き、叫ぶ。小舟はその死人どもをまとって泡立つ沼を進む。そして護摩壇へ、鈴々のもとへと進む。
とても、この世のものではなかった。
ざぷり、ざぷり。
泡立つ沼を突き切り、いよいよやってきた。
すると小舟はそのまま沼のふちに突っ込み、がりがりと乗り上げた。ひらっと丹波は跳ねて地に降り立つ。にたと笑うと、おもむろに櫂をぐわんと小舟の横っ腹に叩きつけた。べきりと櫂はへし折れて舟板もみしりと割れた。
「舟で逃げよ。さすれば、沈める手間がはぶけよう」
ごおっと護摩壇の炎がうねるも、鈴々はそのまま祈りつづけた。
「おびえぬか。いかにも巫女よ」
じわりじわりと寄る。そして、塩の結界でひたととどまった。
「面倒な。地に呪いの文字をなぞり結界を消してもよいが、それより鎌を鎖鎌とするか。それで鎌を投げて突き立てれば、あとは鎖を手繰ればよい」
暗い笑いがあった。
「では、巫女をぶちろう」
それでも、なお、鈴々はひるまない。小さくつぶやいた。
「やられるものか。あたしも、才蔵も」
その、とたんに、ざぶりと水しぶきが上がった。
その身は、とんと小舟を踏み台に跳ねると軽々と空に舞う。はっとなる丹波。そのつらめがけ、これでもかと手裏剣を放った。
ぎんぎんと火花散る。鎌で叩きに叩くも、たまらず丹波は護摩壇から離れた。
地に、才蔵が立った。
ぶるっとしずくを払う。背にした護摩壇の炎も鈴々の祈りも、勢いづいてきた。
「そうか、沼に逃れたあと舟底にしがみついておったか。気配はどうやら、死人のわめきにまぎれたな」
ひゅるりと風が吹く。
まなじりをかっとあげて、才蔵がにらみつける。冷ややかなつらの丹波は歪む笑いを浮かべる。ここに、二人は真面に向かいあった。
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