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最終章 阿国、跳ぶ
(五)布石
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きゃあっと鈴々の悲鳴。
まるで焼かれる痛み、さらに、びりびりと痺れてくる。ぐあっと才蔵はうめいた。
はあ、はあと臭い息がかかった。
「もはや、これまで」
ぐいと押し込むのを、才蔵はさせまいと鎌の峰を左手で掴む。
「蛇め」
「おまえなら、きっと跳ねおる。その踏み切りに牙をまいたら、まんまとたじろぎおった。もう、あがけまい。くたばれ」
やっ、やめてと鈴々が泣き叫ぶ。
おつむがくらくらする。震えがひどくなる。息も荒くなった。ただ、丹波もはあ、はあと息が戻らない。と、才蔵ははたとなった。
「そうとも、ひでりはものぐさ。太刀なんかまっぴら。それが、おろちなんて大技やったらひいこらなるわな」
「なにを、いうておる」
丹波はいぶかしむ。
「おまえに、ひでりが、ついてけないの。だから、息がはあ、はあ」
才蔵がへらっと笑う。
「あの蔵でひとつ玉を拾った」
後ろで右手が早や、火縄で玉に火をつけた。
「うそをぬかせ」
「なら、味わうか」
丹波は息の乱れがおさまらない。
「そらっ、紫の煙、たっぷりめしあがれ」
ぽいっと、空へ玉を投げる。わっと丹波は口を押え飛び退いた。どおっと爆発する。
「なにっ、白煙」
その白煙を裂いて、才蔵が抜いた鎌を手に飛び込んでいった。
「こんどこそっ」
やあっと斬りつける。
首元をねらった。けれど、右腕に阻まれる。ざっくりと腕に鎌がくい込み、ごきっと刃が折れた。弾みで才蔵は転がった。
「まだ、まだなのか」
立とうとするも、よろけて倒れた。たまらず鈴々が駆け寄る。むんずと、刃を抜いた丹波は腕から滴る血と紫の毒をぬぐうも、ふらついた。
「引き裂いて、血で洗うか。いや、あれも毒がまわっておる。どこぞ、水はないか」
鬼の形相で丹波はきょろりと辺りを見やる。ふと、御堂へと足を向けた。まだ倒れたままの才蔵は、鈴々が後ろから抱き起した。
「しっかりっ」
あたふたと血や毒をぬぐい、鈴屋の薬草をたっぷりとすり込む。それでも、顔色はどんどん青白くなってゆく。
「才蔵」
涙がこぼれた。その才蔵が、ふっと笑った。
「布石を打ってある」
「えっ」
なにがあるのやら。どうということもなく、丹波は御堂へと歩いてゆく。その先には、ちょうど厠の手水鉢があった。
「あっ、いけない。あの鉢には、まだ水がある」
阻むつもりか、立ちかけた鈴々。才蔵がまったをかけた。
「あれで、ぶちれる」
鈴々は目を丸くする。
「どういうこと」
「姉さんのように、ちゃっかり取り換えた。あれは水じゃない」
声を上げそうになった。
「白露」
「林にゆくかもしれなかった。けれど、水を求めて毒が廻るへまは避けたか」
迷わず丹波は、鉢へと向かってる。
「王手となる。鈴々」
「でも」
才蔵はこんなにも痛々しい。
「まったく。けれど、鎌をくらったおかげで、布石につながった」
二人は、固唾を呑む。さわさわと風が吹き抜けた。どこかで、またぎゃっと黒鳥の鳴き声がする。沼は、ぼこぼこと泡を吹いた。
いま、丹波は鉢までやってきた。ぐいと腕をまくる。そして洗おうとして、ふとためらう。
「もしや、あざむかれまいか」
まるで焼かれる痛み、さらに、びりびりと痺れてくる。ぐあっと才蔵はうめいた。
はあ、はあと臭い息がかかった。
「もはや、これまで」
ぐいと押し込むのを、才蔵はさせまいと鎌の峰を左手で掴む。
「蛇め」
「おまえなら、きっと跳ねおる。その踏み切りに牙をまいたら、まんまとたじろぎおった。もう、あがけまい。くたばれ」
やっ、やめてと鈴々が泣き叫ぶ。
おつむがくらくらする。震えがひどくなる。息も荒くなった。ただ、丹波もはあ、はあと息が戻らない。と、才蔵ははたとなった。
「そうとも、ひでりはものぐさ。太刀なんかまっぴら。それが、おろちなんて大技やったらひいこらなるわな」
「なにを、いうておる」
丹波はいぶかしむ。
「おまえに、ひでりが、ついてけないの。だから、息がはあ、はあ」
才蔵がへらっと笑う。
「あの蔵でひとつ玉を拾った」
後ろで右手が早や、火縄で玉に火をつけた。
「うそをぬかせ」
「なら、味わうか」
丹波は息の乱れがおさまらない。
「そらっ、紫の煙、たっぷりめしあがれ」
ぽいっと、空へ玉を投げる。わっと丹波は口を押え飛び退いた。どおっと爆発する。
「なにっ、白煙」
その白煙を裂いて、才蔵が抜いた鎌を手に飛び込んでいった。
「こんどこそっ」
やあっと斬りつける。
首元をねらった。けれど、右腕に阻まれる。ざっくりと腕に鎌がくい込み、ごきっと刃が折れた。弾みで才蔵は転がった。
「まだ、まだなのか」
立とうとするも、よろけて倒れた。たまらず鈴々が駆け寄る。むんずと、刃を抜いた丹波は腕から滴る血と紫の毒をぬぐうも、ふらついた。
「引き裂いて、血で洗うか。いや、あれも毒がまわっておる。どこぞ、水はないか」
鬼の形相で丹波はきょろりと辺りを見やる。ふと、御堂へと足を向けた。まだ倒れたままの才蔵は、鈴々が後ろから抱き起した。
「しっかりっ」
あたふたと血や毒をぬぐい、鈴屋の薬草をたっぷりとすり込む。それでも、顔色はどんどん青白くなってゆく。
「才蔵」
涙がこぼれた。その才蔵が、ふっと笑った。
「布石を打ってある」
「えっ」
なにがあるのやら。どうということもなく、丹波は御堂へと歩いてゆく。その先には、ちょうど厠の手水鉢があった。
「あっ、いけない。あの鉢には、まだ水がある」
阻むつもりか、立ちかけた鈴々。才蔵がまったをかけた。
「あれで、ぶちれる」
鈴々は目を丸くする。
「どういうこと」
「姉さんのように、ちゃっかり取り換えた。あれは水じゃない」
声を上げそうになった。
「白露」
「林にゆくかもしれなかった。けれど、水を求めて毒が廻るへまは避けたか」
迷わず丹波は、鉢へと向かってる。
「王手となる。鈴々」
「でも」
才蔵はこんなにも痛々しい。
「まったく。けれど、鎌をくらったおかげで、布石につながった」
二人は、固唾を呑む。さわさわと風が吹き抜けた。どこかで、またぎゃっと黒鳥の鳴き声がする。沼は、ぼこぼこと泡を吹いた。
いま、丹波は鉢までやってきた。ぐいと腕をまくる。そして洗おうとして、ふとためらう。
「もしや、あざむかれまいか」
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