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第二部「あなたに贈るシフソフィラ」編
19:ただ、名前を呼んで
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全てが終わり、あらゆるものは闇に堕ちて。
だから耳に届いた言葉も感情も、彼の心には残らない。
「これは……まさか、生きているのか?」
「いいえ宰相……確かに俺が殺しました。ですが、満月の夜に再び息を吹き返したのです。どう言った理由からかはわかりませんが……もしかすると、魔剣がイクスの創ったものだからか……」
「いや、推測したところで無意味だ。とにかく今はやるべきことが多すぎる。……済まないが、ヴァールハイト。引き続きこの件の経過観察を頼む。下手にこのことが広まれば、暴動が起きかねん。もし、目覚めることがあれば……その時は」
「わかっています。その時は俺にお任せください」
——————
————
——
「本当に、眠っているだけみたいですわね」
「ええ、そうね……声をかけたら、目を覚ましそう」
「……二人とも、このことはくれぐれも口外しないでくれ。もし広まりでもしたら、落ち着きかけた国が再び混乱しかねない。本当なら、誰も近づけるべきではないのだと理解して欲しい」
「わかっているわ、お兄さま。だけど……私たちも関わりがないとは言えないもの。何か出来たのではないか……そう思ってしまうのは、思い上がりかしらね」
「わたくしは別に……ただ、気に入らないだけですわ。勝手に壊したくせに、勝手にいなくなって……さっさと目覚めて責任を取ってもらいたいものです。それでなくとも、今はどんな力も必要なのですから」
「……済まない……マリアベル」
「よしてくださいな。あなたが決めたのなら、わたくしは何も言いません。あなたにそんな風に言われてしまったら、私は一生負け続けているようなものではないですか」
「……マリアベル……ありがとう」
——————
————
——
「そろそろ、限界だろう」
「……処遇が、決まったのですか」
「決まった、と言うか、決めたと言うべきかな。どのみち、ここにこうして置き続けることは難しい。だから、場所を移そうと思う」
「……その場所は」
「カーディスとラッセンの国境近くの辺境伯領だ。その地を治めているのは、我が家の縁戚でな。どうしてもと懇願したら、快く引き受けてくれた」
「その顔で言われれば、否とは言えないでしょうに……しかし、まさか誰もつけずに送るわけでは」
「とりあえず、監視のために誰かはつけるつもりだ。だが、事が重大であるからな……下手な人選をするわけもいかず、未だに迷っている」
「……ならば、俺が行きます」
「本気か。……そんなことをしても、お前には何の見返りもないのだぞ」
「理解しています。けれど……俺も、このまま英雄としてここに居続けるのは……苦しい」
「……ヴァールハイト」
「すみません……すみません。だけど俺は、俺はただ……」
「いや、私こそ済まなかった。宰相などとは言っても、結局は友人たちすら救ってやれない。本当に……済まない。お前たちを、守ってやることすら出来なかった」
「……宰相……」
「宰相が命じる。ヴィルヘルム・シュタイツェン=ヴァールハイト……魔法使いとともに行くが良い」
——————
————
——
時が流れたのか、そもそも何も変わっていなかったのか。
遠ざかった意識の中で、彼はその音を聞いていた。不規則に耳を掠めるざわめき——大きな音ではなく、そして不愉快なものでもない。閉ざされた静寂の中で、その音だけが響いていた。
もしこの暗闇が終わる事があるなら、その時は何を言うべきなのだろう。
彼は取り留めもなく考えた。そもそも何故、ここにいるのかも覚えていない。けれど、ざわめきがこだまするこの場には、確かに温かなものが残っている。
そこにあるものに向かって、そっと手を差し伸べた。午後にまどろむ陽だまりのような、心地よい温度。穏やかな優しさに包まれて、彼はそっとまぶたを開いた——
「——おはよう。久しぶり、それとも初めましてかな。なあ、お前の名前を教えてくれないか」
「イクス」
だから耳に届いた言葉も感情も、彼の心には残らない。
「これは……まさか、生きているのか?」
「いいえ宰相……確かに俺が殺しました。ですが、満月の夜に再び息を吹き返したのです。どう言った理由からかはわかりませんが……もしかすると、魔剣がイクスの創ったものだからか……」
「いや、推測したところで無意味だ。とにかく今はやるべきことが多すぎる。……済まないが、ヴァールハイト。引き続きこの件の経過観察を頼む。下手にこのことが広まれば、暴動が起きかねん。もし、目覚めることがあれば……その時は」
「わかっています。その時は俺にお任せください」
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「本当に、眠っているだけみたいですわね」
「ええ、そうね……声をかけたら、目を覚ましそう」
「……二人とも、このことはくれぐれも口外しないでくれ。もし広まりでもしたら、落ち着きかけた国が再び混乱しかねない。本当なら、誰も近づけるべきではないのだと理解して欲しい」
「わかっているわ、お兄さま。だけど……私たちも関わりがないとは言えないもの。何か出来たのではないか……そう思ってしまうのは、思い上がりかしらね」
「わたくしは別に……ただ、気に入らないだけですわ。勝手に壊したくせに、勝手にいなくなって……さっさと目覚めて責任を取ってもらいたいものです。それでなくとも、今はどんな力も必要なのですから」
「……済まない……マリアベル」
「よしてくださいな。あなたが決めたのなら、わたくしは何も言いません。あなたにそんな風に言われてしまったら、私は一生負け続けているようなものではないですか」
「……マリアベル……ありがとう」
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「そろそろ、限界だろう」
「……処遇が、決まったのですか」
「決まった、と言うか、決めたと言うべきかな。どのみち、ここにこうして置き続けることは難しい。だから、場所を移そうと思う」
「……その場所は」
「カーディスとラッセンの国境近くの辺境伯領だ。その地を治めているのは、我が家の縁戚でな。どうしてもと懇願したら、快く引き受けてくれた」
「その顔で言われれば、否とは言えないでしょうに……しかし、まさか誰もつけずに送るわけでは」
「とりあえず、監視のために誰かはつけるつもりだ。だが、事が重大であるからな……下手な人選をするわけもいかず、未だに迷っている」
「……ならば、俺が行きます」
「本気か。……そんなことをしても、お前には何の見返りもないのだぞ」
「理解しています。けれど……俺も、このまま英雄としてここに居続けるのは……苦しい」
「……ヴァールハイト」
「すみません……すみません。だけど俺は、俺はただ……」
「いや、私こそ済まなかった。宰相などとは言っても、結局は友人たちすら救ってやれない。本当に……済まない。お前たちを、守ってやることすら出来なかった」
「……宰相……」
「宰相が命じる。ヴィルヘルム・シュタイツェン=ヴァールハイト……魔法使いとともに行くが良い」
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時が流れたのか、そもそも何も変わっていなかったのか。
遠ざかった意識の中で、彼はその音を聞いていた。不規則に耳を掠めるざわめき——大きな音ではなく、そして不愉快なものでもない。閉ざされた静寂の中で、その音だけが響いていた。
もしこの暗闇が終わる事があるなら、その時は何を言うべきなのだろう。
彼は取り留めもなく考えた。そもそも何故、ここにいるのかも覚えていない。けれど、ざわめきがこだまするこの場には、確かに温かなものが残っている。
そこにあるものに向かって、そっと手を差し伸べた。午後にまどろむ陽だまりのような、心地よい温度。穏やかな優しさに包まれて、彼はそっとまぶたを開いた——
「——おはよう。久しぶり、それとも初めましてかな。なあ、お前の名前を教えてくれないか」
「イクス」
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