43 / 86
第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編
2-5.手繰り寄せる必然の朝
しおりを挟む
「君にはぜひ、この子を真の意味で人間にしてもらいたいのだよ」
そんな風に口火を切った魔法使いは、少女の身体を指差し微笑んだ。その笑顔はひどく穏やかで、奇妙なほど優しげ見えた。真意を測りきれず眉根を寄せたキールに、オーリオールは静かに言葉を続ける。
「見ての通り、この子は正確な意味で言うなら……そう、人間ではない。身体的な意味はもとより、精神的な面に関しても。だからこそ、私はこの子が生きていくために……人であることを望んでいる」
「言っている意味がわからない……お前の言う『この子』が完全な人でないことは僕にも理解できる。けれど、この子を真の意味で人間にしてくれって? さすがに話が飛躍しすぎているよ……いくら魔法が万能の側面を持つからといって、命というものの根源的なあり方に干渉すれば……無事では済まない」
そもそも魔法使いであるなら、それが事実上不可能であることは理解しているはずだ。暗にそう含めると、オーリオールは力なく肩をすくめた。幼い両手をそっと握りしめる様は、帰る道をなくした迷子のようにさえ見える。それほどまでに頼りない表情のまま、魔法使いは言う。
「そう、だからこそ私はここにいるのだ。魔法使いの掟を破ったがために……」
「……まさか」
薄々感じていた答えを裏付けされて、キールはふらつきながら頭を押さえた。何という事をしでかしたのだ。呻きとともに言葉を吐き出した若者に、老い声で魔法使いは告げる。
「生命の理《ことわり》——世界の定める禁忌に触れ、私は《肉体を失った》。それだけなら死に逝く事も出来ただろう。しかし世界は、それを許さなかった。……質問の答えにもなっているかな」
「つまり……お前は禁忌を侵したことで世界から抹消され、その代償によって《魂だけがその子の中に宿っている》……そう言うことなのか」
「さすがフラメウの子。理解が早くて助かるよ。君の言う通り、私は魂だけの存在。この子の中に宿ることでしか存在することのできない……亡霊なのだよ。だからもう魔法も満足に使えず、次に理に触れれば……魂の根源さえ打ち砕かれ、存在を抹消されることだろう」
恐るべきことだった。キールはあまりの暴挙に頭を抱えるしかない。魔法使いでありながら、そんな事を意識的に行う者がいるとは。青年がいかに年若いといっても、それがいかにでたらめか理解できる。
この世界には認識できない因果律《ルール》が存在し、その内側であらゆる命は循環している。それを人は運命と呼ぶが——魔法使いはそのルールを読み解き理解することができた。
それが魔法の真髄であり、そのルールこそ魔法使いの掟といってもいい。にもかかわらず、ルールを知りながらわざわざそれを破壊するような輩が存在することは——世界への反逆でしかないというのに。
「むしろ、その状態で存在していることが僕には理解不能だよ。いったいどんな裏技を使ったんだ」
「私はフラメウのようにあらゆる魔法に精通しているわけではない。だがね、ただ一つだけどんな魔法使いにも真似できない強みがあってね。……精神魔法、そう言えば君には理解できるだろう?」
「……! 精神の檻を破壊することによって起こる、魂の分離と肉体からの解放……⁉︎ まさか、お前は……いや、貴方は……」
キールは青ざめ、目の前の少女の姿を見つめる。突然全てが繋がったかのように、あらゆることが明瞭になっていく。魔法使い同士は、基本的に誰にも干渉しない。その例外が師弟関係であり、それはあらゆる関係性を超えるほどに強い繋がりをもつ。
血よりも濃く、呪いよりも深い。故にキールは理解できてしまった。己をフラメウの子と呼ぶ、この魔法使いが自分にとってどういう意味を持つか——
「愛しき孫弟子よ。至らぬ我が子に代わり謝罪しよう。そして、頼む……どうか、この子を人間にして欲しい。それが……私がこの世に遺したただ一つの心残りであるが為に」
それだけを告げ、オーリオールはゆっくりとまぶたを下ろす。緩やかに少女の体から力が失われ、キールはそっとその身体を受け止める。温かな身体、静かな寝息。魔法使いが深くに潜ったのを理解し、青年は長いため息を吐き出した。
「どうしろっていうんだよ……もう」
この願いを無視することは容易い。それにきっと、オーリオール自身、叶うことを信じているわけではいのだ。キールなどよりも偉大であったはずの魔法使いですら叶えることができなかった願い。それが師はもとより、兄弟子にすら敵わない出来損ないが叶えられるはずもないのに。
「まったく、みんなして勝手なんだから」
「……うー……おしさまー……?」
唐突に、少女が身じろぎした。ふるふると頭を振りながら、ゴシゴシと目をこする。そうして顔を上げたその子は、キールを見つめて不思議そうな顔をした。
「あれぇ……お兄ちゃんだれ……? お師さまはどこ……?」
——ひとつだけ、私から贈らせてもらおう。その子の……失われた想いを。
その声は、キールにしか聞こえない。頭の中に響いた声に呼応して、手の中に白い花が咲く。大輪のソフィラもまた、キールにしか見えない。それでも今はただ、起こせる限りの奇跡を願う。
「おはよう。……僕はキール。君のお師匠さまの孫弟子だよ。よければ……君の名前を教えてくれないか」
奇跡とは本来、積み重なった想いの上に咲く花のようなもの。願い願われ、叶えようとした先にしか存在しない。そう、信じるからこそ、信じればこそ——
「なまえ……名前。お名前は『ノヴァ』だよ! よろしくね、キールおにいちゃん!」
奇跡は、信じたものの上にしか降り注がない。だからそれは運命ではなく、信じ続ける心が手繰り寄せた、必然なのだ——。
そんな風に口火を切った魔法使いは、少女の身体を指差し微笑んだ。その笑顔はひどく穏やかで、奇妙なほど優しげ見えた。真意を測りきれず眉根を寄せたキールに、オーリオールは静かに言葉を続ける。
「見ての通り、この子は正確な意味で言うなら……そう、人間ではない。身体的な意味はもとより、精神的な面に関しても。だからこそ、私はこの子が生きていくために……人であることを望んでいる」
「言っている意味がわからない……お前の言う『この子』が完全な人でないことは僕にも理解できる。けれど、この子を真の意味で人間にしてくれって? さすがに話が飛躍しすぎているよ……いくら魔法が万能の側面を持つからといって、命というものの根源的なあり方に干渉すれば……無事では済まない」
そもそも魔法使いであるなら、それが事実上不可能であることは理解しているはずだ。暗にそう含めると、オーリオールは力なく肩をすくめた。幼い両手をそっと握りしめる様は、帰る道をなくした迷子のようにさえ見える。それほどまでに頼りない表情のまま、魔法使いは言う。
「そう、だからこそ私はここにいるのだ。魔法使いの掟を破ったがために……」
「……まさか」
薄々感じていた答えを裏付けされて、キールはふらつきながら頭を押さえた。何という事をしでかしたのだ。呻きとともに言葉を吐き出した若者に、老い声で魔法使いは告げる。
「生命の理《ことわり》——世界の定める禁忌に触れ、私は《肉体を失った》。それだけなら死に逝く事も出来ただろう。しかし世界は、それを許さなかった。……質問の答えにもなっているかな」
「つまり……お前は禁忌を侵したことで世界から抹消され、その代償によって《魂だけがその子の中に宿っている》……そう言うことなのか」
「さすがフラメウの子。理解が早くて助かるよ。君の言う通り、私は魂だけの存在。この子の中に宿ることでしか存在することのできない……亡霊なのだよ。だからもう魔法も満足に使えず、次に理に触れれば……魂の根源さえ打ち砕かれ、存在を抹消されることだろう」
恐るべきことだった。キールはあまりの暴挙に頭を抱えるしかない。魔法使いでありながら、そんな事を意識的に行う者がいるとは。青年がいかに年若いといっても、それがいかにでたらめか理解できる。
この世界には認識できない因果律《ルール》が存在し、その内側であらゆる命は循環している。それを人は運命と呼ぶが——魔法使いはそのルールを読み解き理解することができた。
それが魔法の真髄であり、そのルールこそ魔法使いの掟といってもいい。にもかかわらず、ルールを知りながらわざわざそれを破壊するような輩が存在することは——世界への反逆でしかないというのに。
「むしろ、その状態で存在していることが僕には理解不能だよ。いったいどんな裏技を使ったんだ」
「私はフラメウのようにあらゆる魔法に精通しているわけではない。だがね、ただ一つだけどんな魔法使いにも真似できない強みがあってね。……精神魔法、そう言えば君には理解できるだろう?」
「……! 精神の檻を破壊することによって起こる、魂の分離と肉体からの解放……⁉︎ まさか、お前は……いや、貴方は……」
キールは青ざめ、目の前の少女の姿を見つめる。突然全てが繋がったかのように、あらゆることが明瞭になっていく。魔法使い同士は、基本的に誰にも干渉しない。その例外が師弟関係であり、それはあらゆる関係性を超えるほどに強い繋がりをもつ。
血よりも濃く、呪いよりも深い。故にキールは理解できてしまった。己をフラメウの子と呼ぶ、この魔法使いが自分にとってどういう意味を持つか——
「愛しき孫弟子よ。至らぬ我が子に代わり謝罪しよう。そして、頼む……どうか、この子を人間にして欲しい。それが……私がこの世に遺したただ一つの心残りであるが為に」
それだけを告げ、オーリオールはゆっくりとまぶたを下ろす。緩やかに少女の体から力が失われ、キールはそっとその身体を受け止める。温かな身体、静かな寝息。魔法使いが深くに潜ったのを理解し、青年は長いため息を吐き出した。
「どうしろっていうんだよ……もう」
この願いを無視することは容易い。それにきっと、オーリオール自身、叶うことを信じているわけではいのだ。キールなどよりも偉大であったはずの魔法使いですら叶えることができなかった願い。それが師はもとより、兄弟子にすら敵わない出来損ないが叶えられるはずもないのに。
「まったく、みんなして勝手なんだから」
「……うー……おしさまー……?」
唐突に、少女が身じろぎした。ふるふると頭を振りながら、ゴシゴシと目をこする。そうして顔を上げたその子は、キールを見つめて不思議そうな顔をした。
「あれぇ……お兄ちゃんだれ……? お師さまはどこ……?」
——ひとつだけ、私から贈らせてもらおう。その子の……失われた想いを。
その声は、キールにしか聞こえない。頭の中に響いた声に呼応して、手の中に白い花が咲く。大輪のソフィラもまた、キールにしか見えない。それでも今はただ、起こせる限りの奇跡を願う。
「おはよう。……僕はキール。君のお師匠さまの孫弟子だよ。よければ……君の名前を教えてくれないか」
奇跡とは本来、積み重なった想いの上に咲く花のようなもの。願い願われ、叶えようとした先にしか存在しない。そう、信じるからこそ、信じればこそ——
「なまえ……名前。お名前は『ノヴァ』だよ! よろしくね、キールおにいちゃん!」
奇跡は、信じたものの上にしか降り注がない。だからそれは運命ではなく、信じ続ける心が手繰り寄せた、必然なのだ——。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる