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真相編
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早速……というには、いささか時間が経ちすぎていたが。僕たちは如月 琴音を呼び出し、人払いをした応接間で向かい合っていた。
「それで……犯人はわかりましたか? 刑事さん」
うっすらと笑い、少女めいた仕草で小首を傾げる様子は、挑戦的とも困惑しているだけとも受け取れる。しかしながら、僕たちも遊びでやっているわけではないのだ。ソファの後ろに立つ暮月が苛立つのを感じながら、僕はあくまでも冷静に口火を切る。
「もう、終わりにしませんか……琴音さん。我々には、全て分かっているのです」
全て、という単語に、琴音はわずかだが眉を痙攣させた。それでも沈黙を守る彼女の目を、僕は真正面からじっと見つめる。切れ長で意思の強そうな瞳が、ひととき僕を見つめ返し——ふっと、呆れたような笑みを浮かべた。
「全て、とは……何についてのことかしら。まさか、私が犯人だと分かったなんて、言いはしませんよね……」
「残念ながら、我々は……琴音さん、あなたが犯人だという結論に達しました。あなた自身の証言によって、午前7時以前に足跡がないことは証明されています。ならば、離れに行ったのは琴音さん一人……もう、これ以上は言わずともわかりますよね」
畳み掛けるように告げると、琴音は静かにため息をついた。何かを諦めたような微笑みに、彼女はついに観念したのだろうか。
緊張に満ちた沈黙が、応接間に流れる。身を乗り出してくる暮月を止めることもなく、僕自身も固唾を呑んで最後の言葉を待っていたのだが——
「違いますよ」
彼女の口から漏れたのは、予想外の言葉だった。僕と暮月がぽかんとしていると、琴音はやはり薄い笑みを浮かべたまま、緩やかに首を横に振って見せる。その表情には、偽りというものを拒絶する固い意志が秘められているようだ。
追求しようと僕が口を開くより先に、琴音はすっとこちらに指先を突きつけてくる。すでに笑みはなく、鋭いナイフにも似た眼差しだけが、彼女の感情を明瞭に語っていた。
「殺人なんて、私していません。どんな理由があっても……父を殺すことだけはありませんでした。憎らしい人でしたが、生きていなければ間違いを正すこともできないんです。だから、私は犯人ではありません」
「で、ですがあなたの証言では……!」
「ええ。だから、無実だなんて言いませんよ。偽証罪に犯人隠匿……その罪に問われるなら、甘んじて受けましょう。ですが、誰があの人を殺したかは言いません。私が黙っている限り犯人にたどり着けないというのなら……別に構わないのですから」
※
「どういうことなんだ……?」
琴音が連行されていくのを見送ってなお、僕たちは後味の悪さを感じていた。
車の前に立って、僕は雪見荘を見上げる。犯人が捕まったはずなのに、この後味の悪さはなんなのだろう。理由は分かっている。琴音は自らを犯人でないと断言したからだ。
「どうする? このまま帰ってもいいが……お前、何か気になっていそうだな?」
「そうだね……もし、琴音の証言が偽りだったのだとしたら……そもそもの前提が崩れることになる」
もう一度、状況を整理してみよう。
僕が告げると、暮月は黙って再び、捜査資料を取り出した——
まず、琴音の証言が嘘だった場合、どういう風に状況が変わるだろう。
問題となっているのは午前7時の時点。特に気になるものがなかったという証言が嘘だった場合……すでに、その時点で足跡が存在した、ということにならないだろうか?
「確かに、足跡について証言できるのは琴音だけだ。だとすれば、こっちの証言も怪しいということにならないか?」
午前5時の時点で、琴音は裏庭を確認したのだという。その時に雪が降り積もっていた……それ自体も嘘だったとしたら?
「午前5時の時点で、足跡があった……いや、もしくは、琴音は犯人を見たのかもしれない。その前提でいくと、気になる証言があったよな」
正樹の証言に、どこかで扉が大きな音をたてて閉まった、というのがある。それが午前5時のことだったと仮定すればどうなるだろう。
そうなると、正樹と岡本が厨房で会ったのは必然的に午前5時となり、奈帆が午前5時に厨房で誰にも会わなかった、という証言が疑わしくなってくる。
「だとすると、奈帆はどこで何をしていた? ってことになるが。……いや待てよ。確かあの女、妙なこと言ってなかったか。犯行現場の状況で……」
奈帆は、犯行現場についてこう言っていた。血溜まりができるほど刺したり出来ない、と。彼女は何故、そんなことを知っているのだろうか。現場の状況について、誰かに聞いたのか?
「それに、あの奈帆は凶器についても明言していたな。果物ナイフ……なんでそんなこと知ってるんだ? まるで、現場を見てきたみたいに……」
そこまで考えて、僕は奈帆が口にした言葉を思い出した。
あなたが犯人ですか? そう尋ねた時、彼女はこう言った——
『そうです。……そう言ったら、あなたは信じるのですか?』
※
僕と暮月が奈帆の部屋に踏み込んだ時、全てが手遅れだったと悟った。
部屋には、誰の姿もなかった。ただ、テーブルの上に一通の手紙が残されているのみ。
宛名は警察の方々へ——僕は震えを隠しきれずに、手紙の封を切った。
——もし、この手紙を読んでいるということは、私が犯人だと気づかれたのでしょうね。
そう、私が犯人です。私があの男を殺しました。私は、あの男に様々な嫌がらせを受けていました。それは目に見えるものから、口に出せないものまで——お姉さまは、私を庇って下さったのです。
午前5時、私は雪を踏みしめながら離れへ向かいました。そして……あの男を殺しました。震えながら屋敷の部屋に戻って、自分のしたことに怯えながらも眠りました。
朝になり、お姉さまがあの男の死体を発見したことを知りました。しかし不思議なことに、私を責める人間はいませんでした。それは当然のこと……お姉さまが、またしても私を庇ってくださったのです。
午前5時に私の姿を見ていたお姉さまは、朝になって私の足跡の上を慎重に辿り、死体を発見したのち、また私の足跡を辿って戻ってきたのです。それが、足跡が一往復分しかなかった理由です。
そして、警察に通報し……あとはあなた方も知っての通りです。お姉さまは、私が逃げる時間を作ってくださいました。
私は、捕まるつもりはありません。あの男のために捕まるくらいなら、自らを葬ることを選ぶでしょう。
さようなら、警察の方々。おそらく、もう2度とお会いすることはないでしょう——
「暮月っ!」
僕が叫ぶより早く、暮月は部屋から駆け出していった。一杯食わされた……などと言ってる場合でもない。僕も手紙を手に、部屋から走り出した。
——これが、雪の館で起こった事件の顛末。
あなたは僕たちと同じ間違いを犯さずに、犯人にたどり着くことができただろうか?
「雪の館」——了
「それで……犯人はわかりましたか? 刑事さん」
うっすらと笑い、少女めいた仕草で小首を傾げる様子は、挑戦的とも困惑しているだけとも受け取れる。しかしながら、僕たちも遊びでやっているわけではないのだ。ソファの後ろに立つ暮月が苛立つのを感じながら、僕はあくまでも冷静に口火を切る。
「もう、終わりにしませんか……琴音さん。我々には、全て分かっているのです」
全て、という単語に、琴音はわずかだが眉を痙攣させた。それでも沈黙を守る彼女の目を、僕は真正面からじっと見つめる。切れ長で意思の強そうな瞳が、ひととき僕を見つめ返し——ふっと、呆れたような笑みを浮かべた。
「全て、とは……何についてのことかしら。まさか、私が犯人だと分かったなんて、言いはしませんよね……」
「残念ながら、我々は……琴音さん、あなたが犯人だという結論に達しました。あなた自身の証言によって、午前7時以前に足跡がないことは証明されています。ならば、離れに行ったのは琴音さん一人……もう、これ以上は言わずともわかりますよね」
畳み掛けるように告げると、琴音は静かにため息をついた。何かを諦めたような微笑みに、彼女はついに観念したのだろうか。
緊張に満ちた沈黙が、応接間に流れる。身を乗り出してくる暮月を止めることもなく、僕自身も固唾を呑んで最後の言葉を待っていたのだが——
「違いますよ」
彼女の口から漏れたのは、予想外の言葉だった。僕と暮月がぽかんとしていると、琴音はやはり薄い笑みを浮かべたまま、緩やかに首を横に振って見せる。その表情には、偽りというものを拒絶する固い意志が秘められているようだ。
追求しようと僕が口を開くより先に、琴音はすっとこちらに指先を突きつけてくる。すでに笑みはなく、鋭いナイフにも似た眼差しだけが、彼女の感情を明瞭に語っていた。
「殺人なんて、私していません。どんな理由があっても……父を殺すことだけはありませんでした。憎らしい人でしたが、生きていなければ間違いを正すこともできないんです。だから、私は犯人ではありません」
「で、ですがあなたの証言では……!」
「ええ。だから、無実だなんて言いませんよ。偽証罪に犯人隠匿……その罪に問われるなら、甘んじて受けましょう。ですが、誰があの人を殺したかは言いません。私が黙っている限り犯人にたどり着けないというのなら……別に構わないのですから」
※
「どういうことなんだ……?」
琴音が連行されていくのを見送ってなお、僕たちは後味の悪さを感じていた。
車の前に立って、僕は雪見荘を見上げる。犯人が捕まったはずなのに、この後味の悪さはなんなのだろう。理由は分かっている。琴音は自らを犯人でないと断言したからだ。
「どうする? このまま帰ってもいいが……お前、何か気になっていそうだな?」
「そうだね……もし、琴音の証言が偽りだったのだとしたら……そもそもの前提が崩れることになる」
もう一度、状況を整理してみよう。
僕が告げると、暮月は黙って再び、捜査資料を取り出した——
まず、琴音の証言が嘘だった場合、どういう風に状況が変わるだろう。
問題となっているのは午前7時の時点。特に気になるものがなかったという証言が嘘だった場合……すでに、その時点で足跡が存在した、ということにならないだろうか?
「確かに、足跡について証言できるのは琴音だけだ。だとすれば、こっちの証言も怪しいということにならないか?」
午前5時の時点で、琴音は裏庭を確認したのだという。その時に雪が降り積もっていた……それ自体も嘘だったとしたら?
「午前5時の時点で、足跡があった……いや、もしくは、琴音は犯人を見たのかもしれない。その前提でいくと、気になる証言があったよな」
正樹の証言に、どこかで扉が大きな音をたてて閉まった、というのがある。それが午前5時のことだったと仮定すればどうなるだろう。
そうなると、正樹と岡本が厨房で会ったのは必然的に午前5時となり、奈帆が午前5時に厨房で誰にも会わなかった、という証言が疑わしくなってくる。
「だとすると、奈帆はどこで何をしていた? ってことになるが。……いや待てよ。確かあの女、妙なこと言ってなかったか。犯行現場の状況で……」
奈帆は、犯行現場についてこう言っていた。血溜まりができるほど刺したり出来ない、と。彼女は何故、そんなことを知っているのだろうか。現場の状況について、誰かに聞いたのか?
「それに、あの奈帆は凶器についても明言していたな。果物ナイフ……なんでそんなこと知ってるんだ? まるで、現場を見てきたみたいに……」
そこまで考えて、僕は奈帆が口にした言葉を思い出した。
あなたが犯人ですか? そう尋ねた時、彼女はこう言った——
『そうです。……そう言ったら、あなたは信じるのですか?』
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僕と暮月が奈帆の部屋に踏み込んだ時、全てが手遅れだったと悟った。
部屋には、誰の姿もなかった。ただ、テーブルの上に一通の手紙が残されているのみ。
宛名は警察の方々へ——僕は震えを隠しきれずに、手紙の封を切った。
——もし、この手紙を読んでいるということは、私が犯人だと気づかれたのでしょうね。
そう、私が犯人です。私があの男を殺しました。私は、あの男に様々な嫌がらせを受けていました。それは目に見えるものから、口に出せないものまで——お姉さまは、私を庇って下さったのです。
午前5時、私は雪を踏みしめながら離れへ向かいました。そして……あの男を殺しました。震えながら屋敷の部屋に戻って、自分のしたことに怯えながらも眠りました。
朝になり、お姉さまがあの男の死体を発見したことを知りました。しかし不思議なことに、私を責める人間はいませんでした。それは当然のこと……お姉さまが、またしても私を庇ってくださったのです。
午前5時に私の姿を見ていたお姉さまは、朝になって私の足跡の上を慎重に辿り、死体を発見したのち、また私の足跡を辿って戻ってきたのです。それが、足跡が一往復分しかなかった理由です。
そして、警察に通報し……あとはあなた方も知っての通りです。お姉さまは、私が逃げる時間を作ってくださいました。
私は、捕まるつもりはありません。あの男のために捕まるくらいなら、自らを葬ることを選ぶでしょう。
さようなら、警察の方々。おそらく、もう2度とお会いすることはないでしょう——
「暮月っ!」
僕が叫ぶより早く、暮月は部屋から駆け出していった。一杯食わされた……などと言ってる場合でもない。僕も手紙を手に、部屋から走り出した。
——これが、雪の館で起こった事件の顛末。
あなたは僕たちと同じ間違いを犯さずに、犯人にたどり着くことができただろうか?
「雪の館」——了
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