若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする

真矢すみれ

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7.

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 朝起きたら熱が下がっていた。
 頭痛もない。
 そして、今日も呼び鈴で起こされ、現在目の前には牧村さんがいた。

「えーと、お仕事は?」

 と聞くと

「今日は土曜日ですよ」

 と微笑まれた。
 そうか。確かに今日はスーツではない。ラフな私服も似合っていた。

「熱、下がりましたね。良かった」

 そう言って自然な様子でおでこに手を当てられる。何回目だろう? 何度やられてもやたらと懐かしく、妙にあたたかな想いが胸を照らす。

「どんな具合か分からなかったので、一応お粥と後食べれたらと思ってサンドイッチやおにぎりなども買って来ました。果物、ゼリー、ヨーグルト、それから追加のスポーツドリンクも」

「……それは、ありがとうございます」

 申し訳ない、そこまでしなくても、とは思うが、大分楽にはなったがまだまだダルさが残っている。
 鼻声だし風邪なのは間違いない。でも、風邪以前に過労なんだろうと思う。まあ、普通に考えてもブラックな職場だよね。

「どうぞ」

 と渡されて、ありがたく受け取りつつ、このまま帰すのが申し訳なくなる。だからと言って、お茶を出すとかそう言う関係でもない。と思っていると笑顔で言われる。

「上がっても良いですか? まだしんどそうですよね? お粥とかインスタントですが用意しますよ」

 その言葉に思わず「お願いします」と答えていた。



 今日はベッドではなく小さな座卓でお粥を食べた。
 昨日とは違い、今日はカレー皿だった。

「こうするとリゾットぽいですね」

 確かに。
 時刻は午前八時半。ふと気になって聞いてみる。

「牧村さんは?」

「実はまだです。余ったものをもらおうかなと思って」

「じゃあ、ぜひ一緒に食べてください」

「いいんですか?」

「もちろん。大体、全部牧村さんが持ってきてくれたものですよ」

 そう言うと、

「ありがとうございます」

 とお礼を言われた。
 いやいや、それじゃあアベコベでしょ。
 昨日の一目惚れ発言と言い、どう考えても普通じゃない。
 あ、そうか。

「結婚詐欺だ!」

 ふと思い付いて、ポンと手を打つ。

「え?」

 と、言う牧村さんの声を聞き、自分が頭の中だけじゃなく口に出していたことに気づく。
 ちょっと待て、今私なんて言った?
 ……結婚詐欺!?

「わ、あ、ごめんなさい!」

 いくらなんでもど直球過ぎだ。
 もし仮にそうだとしても助けてもらったのは本当だし、現在進行形でお世話になっている人に言う言葉じゃない。まだ、なんの詐欺も働かれていないわけだし、私は結婚詐欺に引っかかるタイプでもないし。
 でも、焦る私を横目に、牧村さんはなぜかクスッと楽しげに笑った。

「すみません。いえ、大丈夫ですよ。確かに怪しいですよね」

「……はい」

 そんなことはないと言う場面だったかも知れない。けど、だって、やっぱり怪しいし。

「とにかく、食べてしまいましょうか。冷めると味が落ちるので」

 そう言われて、誤魔化された?と思いつつ、お粥を食べに戻った。
 結婚したいとも思っていないしパートナーも求めていない私には、本当の彼が何であっても、私にとってはただの親切な人なのだから、と。



 食後、入れてもらった甘いミルクティーを一口飲み心を落ち着かせてから、私は深々と頭を下げた。

「……大変失礼いたしました」

 座卓の上には牧村さんの名刺、運転免許証、社員証が並ぶ。加えて、私のノートパソコンには大手新聞社による牧村商事の社長インタビュー記事が表示されていた。

「僕が調べてお見せしても不信感は拭えないでしょうし、良かったら検索かけてみてください」

 と笑顔で言われて出て来た記事はいくつもあった。そこに表示された写真はどれも目の前にいる牧村さんのものだった。

「ホント、助けてもらっておいて大変な失礼を……」

「いえいえ、自分で言うのもなんだけど本当に怪しいと思うんで。疑いが晴れて良かったです」

 ……仏か?
 笑顔が眩し過ぎて怖いくらいだ。

「で、ですね。疑いが晴れたところで、突然ですが……」

 と牧村さんは私の目をじっと見つめた。
 この人は日本人にしては珍しいくらい視線を合わせてくる。私は平気だけど、耐えられずに目を逸らす人もいるだろうに。

「結婚を前提に付き合ってください」

「……は?」

「すみません。あの、指輪とか何もまだ用意できてないんですが、若園先生が……響子さんが魅力的過ぎて、のんびりしている間に誰かに取られたらと思ったら、今すぐ言わなきゃ、と」

「……いや、私が魅力的? 目、大丈夫ですか?」

 百歩譲ってフォーマルな格好で学会後の食事会に出た時とか、白衣で診察中とかならまだ分かる。あるかも知れないと思う。けど、昨日からこの人に見せているのは、髪ボサボサ服よれよれ、何なら顔色もどうかしてそうなコンディション最低な自分だ。
 これのどこを取ったら『魅力的』と言う言葉が出てくる?

「大丈夫です。視力は両目とも1.5です!」

「……それは良かったデス」

 顔が超絶好みだった? いやー、そこまでの顔じゃないだろう。むしろ顔面偏差値なら彼の方が高いくらいだし、彼の周りには幾らでももっと綺麗な女性がいそうな気がする。

「あの、ですね。本当に一目惚れなんです。インスピレーションって言うんですか? 昨日、出合頭にぶつかって、私を見上げた若園先生と目が合った瞬間に、この人だ!と」

 ……目、合ったっけ?
 確か、勢いよく上向いた瞬間、立ちくらみに襲われた気がする。
 そうか。牧村さん的には目が合ったんだ。ふーん。

「いきなり結婚が無理なら、まずはお付き合いだけでも!」

 食い気味に言われて、

「お友だちからじゃないんですね」

 と答えると、

「そこは譲れません」

 とやけにキッパリ返された。

「……ダメですか?」

 伺うように顔を覗き込まれる。
 嫌いじゃない。空気感も顔も悪くない。というか、すごく良い。そう一緒にいて疲れないのが特に良い。

「えっとですね、私、全く恋愛向きじゃないですよ」

「大丈夫です!」

「仕事のが大切だし、夜勤あるし呼び出しあるし、料理も掃除もいわゆる家事はそもそもやる気もないし」

 片付けが面倒くさいからってモノは最低限。だから、部屋は散らからない。人間らしい生活はしたいので週一で掃除機くらいはかける。
 食事はコンビニ、インスタント食品、たまにファミレスとか適当に。家で作ると片付けも生ゴミの始末も面倒だから作らない。家に最低限の食器や調理道具があるが、それは大学に入った時に母が用意してくれたからだ。学生時代はお金もなかったので少しは自炊もした。亡くなった母が買ってくれたものだったから、使わなくなってからも置いてあっただけの代物だ。

「てかむしろ、私は嫁に行きたいんじゃなくて嫁が欲しいんですよね」

 帰って来たらあったかいご飯が出てきてお風呂が沸いてるとか最高だ。掃除もゴミ出しもしなくて良くて……。うっとりする。
 って、今時、そんな専業主婦持てる男性なんてほとんどいないだろうし、女性の社会進出だとかいわれているのに、こんな話ししたら顰蹙もんだ。
 なのに、牧村さんは私の話をニコニコ聞いている。

「最低限の家事なら私もできますし、美味しい食事や綺麗な部屋が必要ならヘルパーさんを頼めば問題なしです」

 当たり前のように言われて、妙に納得。

「……ああ、なるほど」

 そうか。お金ってそう使うんだ。
 ヘルパーさんっていくらなんだろう? こんな小さな部屋でも来てくれるかな?

「響子さん?」

「あ、すみません」

「……ヘルパーさんじゃなくて、僕と付き合いましょう?」

「えー」

 それとこれとは別問題だ。せっかく楽するための良い情報を教えてもらったんだから、使いたいじゃないか。

「一ヶ月! まずは一ヶ月お試しで付き合ってください」

「……一ヶ月?」

「はい。僕はあなたの仕事の邪魔は決してしません。父が医者だって言ったでしょう? それがどれほど大切な仕事か理解しています。後、家事も掃除もなんなら僕がしますから」

「え、ホントに?」

 うわ、ダメだ。ここ、流されるところじゃないから。
 けど、思わず顔がゆるんでしまう。
 牧村さんはニコリと嬉しそうに笑い、私の弱点を攻めてくる。

「昨日も今日も出来合いのお粥なんか持ってきちゃいましたが、実は僕、料理もできるんですよ」

「本当に?」

「海外では一人暮らしでしたし、自分で作ってました。家事全般もあちらでは男性がするのは普通ですし」

「へえー」

 そうなんだ。いいなぁ。
 過去付き合った相手の「手料理食べたいな」と言うセリフを思い出す。仕方なく作った料理も、配膳すら手伝わずに座って出てくるのを待つだけとか、じゃあ片付けくらいするのかと思いきや、もちろんしなかった。
 世の中そんな奴ばかりじゃないと思いたいが、家事能力を求められるのも「せっかく美人なんだから、もっとオシャレしなよ」とか女を求められるのもウンザリだ。

「良かったら、今日の昼と夜に手料理食べません?」

「え?」

「多分ですが、響子さん、栄養不良ですよね。少し元気の出るものを食べた方が良いと思います」

「……いえ、忙しくてちょっと丸一日ほど何も食べてなかっただけで、普段はちゃんと食べてるんですよ」

「丸一日!?」

 と言われて、責められる。と思ったのに、

「お疲れ様でした。大変だったんですね」

 と労われた。
 不覚にも、その言葉が心に染みる。

「あ、そうだ薬。飲まなくて大丈夫ですか?」

 とまたおでこに手を当てられる。

「微熱がまだあるかな? また上がると辛いので、もう一度飲んでおくと良いかも。いや、でも下がっているといえば下がっているから普通の風邪薬のが良いのかな?」

 昨日買ってきてくれた袋から、何種類かの薬が取り出される。
 優しい人だなと思う。
 良い人なんだろうな、とも。
 並べられた中から一つ総合感冒薬を取り上げた。

「ありがとうございます。これにします」

 渡された水でゴクリと流し込む。寝るのが一番だと思うけど、ないよりマシだろう。ていうか、今日中になんとしても治して明日は仕事しなきゃだし。
 明日は日曜日。外来がない分ゆっくりできる予定だ。……ゆっくりできると良いなぁ。
 なぜかやけに眠い。薬が効くには早すぎるけど、多分、そういうことじゃなくて本当に疲れているのだろう。

「……えっと、すみません。ちょっと寝ても良いですか?」

 言いながら、もうベッドに上がってしまう。

「もちろん。すみませんでした、長話をしてしまって」

 しまったという顔が、やけに可愛かった。
 六歳も年上の人に可愛いとか、ないか。ああ、でもそうだ。犬っぽいんだ。
 そして、可愛いとか感じたいもう一つの理由に思い当たる。自分の呼称が途中で『私』から『僕』に変わったんだ。それから、私の呼び方がいつの間にか『若園先生』から『響子さん』に変わっていた。

「おやすみなさい」

 目を閉じると、懐かしいその言葉が降ってきた。それから、頭を撫でられて、布団を首元まで上げられる。
 両親と暮らしていた頃を思い出して目頭が熱くなる。
 おやすみなさい、と応じられたのか、頭の中だけで言ったのかは覚えていない。ただ、寝入り際、トントンとリズムよく胸元からお腹の辺りを叩いてもらいながら、気がつくと私はまた眠りに落ちていた。
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