若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする

真矢すみれ

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 さて、作る物は、病み上がりでも問題なく食べられそうで身体も温まる鍋と決めた。必要な物は全て持ってきてもらえるように頼んだし、後は到着を待つだけだ。
 寝入ってしまった響子さんをうっとり眺めながら、この先のことを考える。

 ひとまず今日は胃袋をつかむ作戦でいこう。
 響子さんは普段から多忙で過労気味のようだし、身体に優しい栄養満点の手料理を食べさせるところからスタートでどうだろう? 後は追々、掃除や洗濯なんかの家事にも手を出していきたい。普段は僕だって自分ではやらない。でも、ヘルパーさんを使ったんじゃ意味がない。そんなの、響子さんだって簡単に雇えるんだから。
 そうじゃなくて、僕が自分で手を動かすことに意味がある。そうすれば、きっと、結婚した後の生活をイメージしやすいんじゃないかな?

 僕は君の邪魔をしない。
 ただ、君の隣で一緒に人生を歩いて行きたい、それだけだ。




 三十分ほど後、お手伝いさんが用意した食材や鍋、食器類を一山、真鍋さんが運んできてくれた。
 電話をもらい、響子さんを起こさないように、そっと部屋を出て取りに行く。

「お待たせしました。これで足りているか確認お願いします」

「すみません。お休みの日に」

「いえいえ、全然平気ですよ。大切な用事ですもんね?」

 真鍋さんはニコニコ笑いながら、トランクに詰め込まれた荷物を一つずつ説明してくれる。

「完璧です。ありがとうございました」

 そう言うと、

「足りない物はないですか? なんか他にも欲しかったら買い出してきますよ」

 と聞かれる。

「大丈夫です。お鍋なので、これだけあれば問題ないかと」

「じゃあ、玄関先まで一緒に運びますね」

「良いんですか?」

「もちろん」

 僕が土鍋とガスコンロ。真鍋さんが食材と食器の入った袋。
 祖父の時代から運転手さんとして働いてくれている真鍋さんは、若々しいけど、もう六十を超えている。重い物は僕が持つ。

「若園様の具合はいかがですか?」

「熱はほぼ下がって、朝ご飯を食べた後、また寝てます。疲れているんでしょうね、ぐっすりですよ」

「お医者様は激務ですからね」

「本当に。祖父も忙しく世界中を飛び回ってましたが、それより父の方がずっと忙しそうでしたもんね」

「旦那様は長く現場に立たれてましたからね」

 部屋の前に着くと、真鍋さんがドアを開けてくれた。

「ちょっと待ってくださいね」

 そう言って、先に中に入って玄関先に土鍋とコンロの入った箱を置く。

「本当に朝からありがとうございました」

 真鍋さんから荷物を受け取り、お礼を言うと、真鍋さんはグッと手を握り持ち上げてみせる。

「社長、ファイトです」

「ありがとう。頑張ります」

 同じように僕も拳を握り持ち上げて見せた。



 なるべく物音を立てないように、土鍋をガスコンロに置き、まな板を出して調理をスタートさせる。まだ、十時過ぎだ。慌てなくても大丈夫。
 そんなわけで、昆布だしを取るところから始める。胃袋をつかむのなら、だしは大事だろう。と言うか、僕自身が化学調味料が苦手なので、だしは外せない。

 うちは母が専業主婦でお手伝いさんもいる。元々祖父がかなりの美食家だったのもあって、昔から手の込んだ料理が出されていた。つまり、僕は口が肥えていた。
 そして、いざ一人暮らしとなった時、最初、かなり困った。
 毎日外食では飽きるし明らかにカロリーオーバー。だからといって、買ってきた惣菜は美味しくないし、気に入った店でも続けば飽きるし、何より店の物は味が濃かった。仕方なく、健康維持のためもあり自然と自炊をするようになった。
 最初はヘタクソだった料理も、美味しくないものは食べたくなくて工夫している内に、気がついたら、それなりに腕も上がっていた。

 今日は誰でも作れそうな鍋料理だけど、これから、響子さんには色んなものを食べさせたい。和食は一通り作れるし、洋食もそれなりに作れる。何より、レシピがあって食べたことがあればほとんどのものは作れると思う。
 僕ができる男だというのを響子さんに見せていかなきゃいけない。
 キーワードは仕事ではなく、料理と家事。仕事面では響子さんは紛れもないプロフェッショナルだから、幾ら僕が一部上場企業の社長なんてものをやっていたとしても、多分、専門知識や専門技術ではまったく叶わない。そこで、勝負しようとも思わない。

 必要なければ料理などしないけど、響子さんのためなら幾らでも頑張れる。そんな自分を、ちょっとすごいなと思った。
 いや、すごいのは、僕をそんな気持ちにさせる響子さんか。


 十二時を過ぎても、響子さんは目を覚まさなかった。
 すやすやと気持ちよさそうに寝ていたので起こさなかったけど、多分、適当なところで起こして食事を食べてもらってから、もう一度寝た方が良い。
 テーブルを拭いてから、カセットコンロをセットし、とんすいとお箸をを並べる。
 それから鍋に火を入れ、沸騰したところで準備していた野菜を煮込みに入る。

 準備ができたら声をかけようと思っていたら、鍋がぐつぐつと音を立て良い匂いを立て始めた頃、響子さんが目を開けた。
 最初、とても不思議そうな顔をしていた。

「目、覚めました?」

 声をかけると、パチッと目が合う。
 寝ぼけ眼が、本当にものすごく可愛い。
 出会ったばかりで、こんな顔を見せてもらって本当に良いのか? ダメと言われても見せてもらうけど。

「……牧村さん?」

「はい。何でしょう?」

「……匂いが」

「ああ、食べやすいかなと思ってお鍋にしたんですが、大丈夫でした? もしかして、苦手でした?」

 鍋が苦手な人も少ないと思うけど、もし苦手だったら大失敗。
 そうしたら、急遽、鍋焼きうどんか何かにリメイクしよう。

「いえ。……好きです」

「それは良かった。今、一時過ぎです。少し遅めの昼ご飯。いかがですか?」

「食べます」

 響子さんは、今度もまた素直に食べると言ってくれる。そんな姿がたまらなく可愛い。
 でも、今朝や昨日とは違って、今度は僕が作った手料理。今更だけど、変な物が入ってないか心配にはならないのだろうか? 信頼してもらえてると喜んでも大丈夫?
 まあ、寝込んでる女性の家に上がり込んでる段階で、そんなところを警戒しても仕方ないよな。もし僕がおかしな人間だったら、既に大変なことになっている。

「すぐ用意しますね」

 ガスコンロから、テーブルのカセットコンロに土鍋を移動させていると、響子さんがとても不思議そうな顔でカセットココンロや土鍋を見ていた。

「すみません。響子さんの側を離れがたくて、実は鍋と材料は家から持ってきてもらいました」

 きっと、気になってるのはここだろうと自己申告。

「え? これ、牧村さんちの鍋ですか?」

「はい。古いもので申し訳ないです」

 傷んではいないけど、それなりに使い込まれた鍋。
 ……やっぱり、新しい物を買ってきてもらった方が良かったかな?

「いえ全然問題ないです」

 だけど、響子さんはまったく気にするそぶりを見せなかった。
 そして、今度はカセットコンロやとんすいを指さした。

「もしかして、これも?」

「はい。あれこれ一式」

 そう言いながら土鍋の蓋を開けると、響子さんの顔がふわーっと笑顔になった。

「美味しそう」

「響子さん、病み上がりなので、味に癖のない水炊きにしておきました」

「水炊き……懐かしい」

「良かった。寄せ鍋と悩んだんです。味付けはポン酢で大丈夫ですか?」

「はい」

 他愛ない会話を楽しみながら、鍋の具をとんすいに取り分ける。
 嬉しそうな様子からして、どうやら今日の具材に好き嫌いはなさそうなので、遠慮なく全ての具材を彩りよくバランス良くつけていく。

「はい、どうぞ」

「……あ、鶏肉だ」

「はい。悩んだんですが、今日はサッパリと鶏肉にしました。何か好きな具はありますか?」

 次の機会の参考までに聞いてみると、響子さんは、

「つみれ」

 と迷うことなく即答した。

「良いですね! 魚は無理ですが、鶏肉で良ければ今作りますよ」

 幸い、つみれくらいならすぐに作れる。
 鶏肉は少し余分に用意してあるし、何なら、鍋に入れようと切っておいてある分も使ってしまえば良い。

「え、本当に?」

 響子さんは、まさか今食べられるとは思っていなかったという顔で目を丸くした。
 うん。これは、鍋に入れる予定だったものも使ってしまえ、だな。

「まだ肉が残っているので、ちゃちゃっと作ってきますね。それ食べながら待っててください」

 嬉しそうに、こくこくうなずく笑顔がまぶしい。
 思わず笑いかけて、そのままキッチンに戻り、急いで調理に入る。生姜とネギををみじん切りにして、次に鶏肉を包丁で細かく叩いて、塩、こしょう、片栗粉。全部を一つのボウルに入れて手でこねる。
 手にまとわりつく肉の冷たい感触に、そう言えば、料理をするのは久しぶりだったなと今更ながらに思い出す。
 今までは自分一人で淡々と作っていたけど、今日は怖いくらいに料理が楽しい。

 僕の方をチラチラ見ている響子さん。その感嘆が混ざったいかにも待ち遠しいという視線を受けて、全身に喜びがわき上がる。

「冷めないうちに食べてくださいね。もうできますから」

「はい」

 そう言うと、響子さんはお鍋の具にポン酢を垂らした。
 今度は僕が、白菜を口に運ぶ響子さんの方をチラチラと見る。いかにも、美味しいという感じでとろけそうな表情を見せる響子さんに、身もだえするくらいの喜びを感じる。
 ネギ。それから、豆腐。そして、

「あつっ」

 と顔をしかめて、慌てて水を飲む響子さん。
 ダメだ。可愛すぎる。これは餌付けしたくなる。

「お口に合いましたか?」

 手を洗って、できあがったつみれの種を持って響子さんの元へと向かう。

「ムチャクチャ美味しいです」

 もしかして、今日一番の笑顔かも知れない。
 食べ物の威力、すごすぎじゃなかろうか?

「それは良かったです。つみれもすぐ煮ますね。その前に二杯目はいかがですか?」

「お願いします」

 どれも美味しそうに食べてくれていたので、先ほど同様にバランス良く全ての具材を盛り付ける。

「手際、良いですね」

「そうですか?」

 響子さんにとんすいを渡したら、ガスコンロの火を強めて、スプーンですくったつみれを落とし入れる。
 最初の一つを落としたところで、響子さんが、

「やります」

 と手を伸ばしてきた。

「良いんですか?」

「むしろやりたいです」

 響子さんは真顔で言う。そっか、つみれ好きだって言ってたもんな。

「じゃあ、お願いします」

 と、ボウルとスプーンを渡すと、響子さんは楽しそうにつみれを落とし始めた。

「あ、牧村さんも食べてください。私、その間に、つみれ煮ておくんで!」

 私が野菜をとんすいに移して食べ始めると、響子さんは

「はい、どうぞ」

 と早速火の通った、つみれを僕の器に入れてくれた。
 うわっ、なにこれ、ダメだ、まるっきり夫婦だろ!?
 喜びでどうかなりそうだと思いつつ、ここでおかしな言動を取って全てを台なしにしないように、全身全霊で理性を呼び戻した。



 食後、響子さんはふわぁっと何度か小さなあくびをした。

「疲れましたね。寝てて良いですよ? 後片付けはしておくので」

 そう言うと、一瞬悩んだ様子を見せつつ、

「じゃあ……お願いします。何から何まで、すみません」

 と響子さんは早々にベッドに上がった。
 こういう時、過度に遠慮したりしないで、サクッと甘えてくれるのも本当に可愛い。
 というか、何やってても可愛い、愛しい、嬉しいとしか思えない。
 これまで過去に付き合ってきた女性から、淡泊と言われていたのが嘘のようだ。

「おやすみなさい」

 そう言いながら、そっと響子さんの布団を引き上げる。
 もう自分で寝たり起きたりできる今、そこまでは必要ないだろうと思う。てか、実際、ちゃんと布団はかぶっていた。
 でも、そういう問題じゃない。何か世話を焼きたくて仕方ないんだから、しょうがないじゃないか。

 僕のそんな気持ちをよそに、響子さんはもう目をつむっていて、おやすみなのか何なのか、もそもそと言葉にならない言葉を言いながら、すーっと眠りの世界の住人となった。


   ◇   ◇   ◇


「夕飯、何が食べたいですか?」

 夕方、目を覚ました響子さんにそう聞くと、

「お鍋」

 と言う。そんなに気に入ってくれたのか、とちょっとおかしくなる。

「同じ物はなんですから、お昼の残りで〆うどんと行きましょうか?」

 と聞くと、

「それにします!」

 と食い気味に返事が来た。

 昼の鍋にうどんを入れただけでは、料理上手をまったくアピールできないだろうと、具材を足して、味付けも変えて、卵とじうどんにした。
 作ってから、ふと、もしかして本当に鍋の後すぐに食べるような〆うどんのが良かった?と思ったけど、今更だ。
 心配したけど、昼と同じように土鍋ごとカセットコンロに移すと、響子さんはパアッと目を輝かせた。

「美味しそう!」

 そして、一口食べると、

「美味しい!」

 とまた目が輝く。
 ……ただのうどんに、そこまで喜んでもらえて、嬉しいけどちょっと微妙な気分?
 響子さん、もっとちゃんとしたもの食べさせるので、待っててくださいね。



「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「いえ、全然お粗末じゃないです! ものすごく美味しかったです」

 そう言えば、昼にも同じことを言われたなと思わず笑顔がこぼれ落ちてしまう。
 こんなに喜んでもらえると、逆に申し訳なくなるけど、嬉しいには変わりない。

「それは良かったです」

 使い終わった食器を片付けながら、

「本当はこの後に雑炊もしたいところですが」

 と言うと、響子さんはまた、

「雑炊!」

 と、ほぼ汁だけになった鍋を見ながらうっとり声を上げた。
 そして、次の瞬間、残念そうな顔になる。

「でも、お腹いっぱいです」

「ですよね」

 と言うか、だから食器を片付け中だ。
 で、ここからが次につながる大事な話。

「明日の朝、雑炊作りに来ましょうか?」

「……え?」

 響子さんは一度、喜びの表情を見せかけてから、また残念そうな顔になる。

「いえ、明日は仕事なんで」

 明日は日曜日だ。
 でも、大学病院なら日曜日にも当然入院患者がいる。シフトが入れば当然勤務日ということもあるだろう。
 
「出勤は何時ですか?」

「家を出るのは八時前くらいです」

「作りに来ましょうか?」

「え?」

「いえ、私は休日なので、こちらまで来るのはまったく問題ないですよ?」

 そう。まったく問題ない。むしろ、来させて欲しい。
 響子さん、ここはうなずくところです!

「さすがに、そんな訳には――」

「大丈夫ですよ。七時で良いですか?」

「いえでも」

「うーん。今日作っちゃうと美味しくないだろうしなぁ。ご飯炊いておくので、明日の朝、ご自分で作ります?」

 きっと、自分ではやらないだろうな、と思いつつ聞いてみる。
 響子さん、それでも一瞬は考えるような顔をする。そして、すぐにいかにも「食べたかったなぁ」というような恨めしそうな顔で土鍋を見た。

「やっぱり来ますよ。どうせ暇してるんです。ご遠慮なく」

 というか、忙しくても時間作って来ます!
 いえ、本当に明日は何も用事ないですし、まったく問題なしです!

「いえ、そんな」

 と遠慮しつつ、やはり目は土鍋に釘付けの響子さん。

「食べたくないですか? お鍋の残りで〆雑炊」

 にこりと笑うと、少し困ったような顔をした後、響子さんは、

「……食べたいです」

 と答えてくれた。
 その小首を傾げて僕を見るの、無理です! ダメだよ、響子さん。可愛すぎて、抱きしめたくなるから!
 という気持ちを理性で抑えつけて、僕は顔に包み込むような大人の笑顔を貼り付けた。



「それじゃあ、また明日。今日は早く寝てくださいね。病み上がりですし、無理は禁物ですよ?」

 帰り際、玄関先まで出てきてくれた響子さんに念を押す。
 朝食の後、昼食の後にしっかり寝たおかげか、多分今は平熱だと思う。でも、食べている以外はほぼ寝てばかりいるって、やっぱり万全の体調には程遠いのだと思う。

「はい。幾らでも寝られそうなんで、お風呂入ったらもう寝ます。後、明日、すみません。えーっと、楽しみにしてます」

 最後、なんと響子さんは、明日の朝、僕が来るのを楽しみだと行ってくれた!
 あまりの嬉しさに躍り上がりたくなったけど、やっぱり理性で笑顔を見せるにとどめた。
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