12年目の恋物語

真矢すみれ

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12年目の恋物語

12.斎藤の驚愕、叶太・志穂との密談 再び

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 日曜日。

「……………」

 オレは、広瀬の家というお屋敷の前で、あんぐり口を開けていた。やっぱ、御曹司じゃん。と、思わず突っ込みたくなる、どでかい屋敷。車が四、五台は入りそうなガレージ。高さ二メートルはありそうな、長々と続く塀。その向こうに、茶色いタイル張りの、バカでかい屋敷。
 そして、ふと思い出して隣を見る。これまた、由緒正しそうな純和風の屋敷を発見。つい野次馬根性も手伝って、表札を確認しに行ってしまった。牧村。……やっぱり。こっちの家には、蔵がいくつも見え隠れしている。どんだけ金持ちだ。
 気を取り直して、広瀬家の方に戻ろうと振り返ると、ちょうど家の前に停まったベンツから、寺本が降りるところだった。……コイツもか。
 朗らかに手を振る寺本に、手を振り返しながら、オレは思わず、ため息を吐いていた。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは、エプロンをした庶民的なお母さん……とは、まったく違っていて、化粧も髪型も完璧、高そうなヒラヒラした服を着た、見るからにセレブな女性。
 奥の階段から、広瀬が駆け下りるのが見えた。

「おう! 入れよ!」

 不覚にも、いつもと変わらない広瀬の明るい顔を見て、妙にホッとした。

「お邪魔します」

 先に、寺本が玄関を上がり、如才なく、手土産らしき紙袋を渡す。……そんなもん、持ってねーし! 休みに友だちんちに行くのに、手土産っているもん!?
 一歩遅れて、玄関を上がり、思わず、広瀬の肩に手を置き、

「悪い! オレ、手土産とか、気が付かなくて……」

 と言うと、広瀬はカラカラっと笑った。

「そんなん、男は用意しないだろ~」

 ホントか? セレブ家庭でも、ホント~に、それでいいんか!? 疑いは残しつつも、広瀬が明るく言った「そんなこと、気にすんなよ~」という言葉を信じることにした。何にしても、持って来てないものは持って来てない。今さら、じたばたしても、どうにもならないんだから。
 広瀬の部屋に上がっても、やっぱり驚愕。オレの部屋の三倍はあるぞ、おい。てか、オレんちのLDKより広い気がする……。

「座れよ」

 と言われた視線の先には、ローテーブルと床置き型の大きなソファタイプのビーズクッションが五つ。こんな普通の家のリビングにありそうなもんが、子ども部屋にあるって、何なの。……いや、既に子ども部屋って概念じゃ語れないか。

「さすが、叶太くんち、大きいね~」

「そう?」

 ……いや、そうだって。

「広くて羨ましい」

 寺本が、本気で羨ましそうではなく軽いノリで言う。その言い方から、きっと、コイツの家も十分な広さがあるんだろうと思う。幼稚園や小学生の頃から、エスカレーター式の私立に通うヤツらは、やっぱり違う。また、ため息。今朝から何回目だ!?

「どうしたの?」

 寺本が聞いてくる。

「……いや、世界が違うなぁと思って」

 別に羨ましいとかは思わない。それは、ホント。オレは物欲はそんなにない方だから。ただ、あまりに違うから、何というか、違い過ぎていてギャップが……。

「え? うちは庶民だよ」

 と寺本が言う。

「……なに言ってんだよ。ベンツに送られてくるお嬢様が」

 ヤバッ! 嫌みか、オレ!? 言ってから慌てたけど、寺本はまったく気にならないらしく、ケラケラ笑った。

「車はベンツだけどさ~。送ってくれたのは、たまたま、こっちに用事がある……って言って、ただ娘とドライブしたかっただけのお父さんだし」

 いや、車がベンツな段階で十分じゃね?

「うちはしがない町医者だよ」

「って、医者か! 十分、金持ちじゃん」

 寺本が、うーんと言うように、首を傾げた。

「大病院ならともかく、うちなんか小さなクリニックだし、そんな儲からないんだよ。小さな会社の社長さんちのがリッチじゃないかなぁ?」

 そんなもんか? と思っていると、寺本はパンッと手を叩いて、にっこり笑った。

「ま、そんなん、どうでもいいじゃん? 親は親。別に、わたしが働いてもらったお金じゃないし。ねえ?」

 その言葉に、広瀬も頷く。

「小遣い、山ほどもらってる訳でもないし、家がちょっとでかいくらいで、おまえもオレも何も変わらないって」

 そうかぁ? だって、この前、オレ、夕飯をおごってもらったばっかだぞ? と思っていると、広瀬は、素早くオレの心を読んで言い訳した。

「だから、あれは、家に遊びに来た友だちにご馳走するのと同じなんだって。……だいたい、オレ、小遣い5千円だぞ」

「……あ、オレも」

「な? 同じだろ? スマホ代とかは別で払ってくれてるけど」

「あ、それも同じ」

「な?」

 と、本題にはなかなか入れないでだべっていると、ドアがノックされ、広瀬のお母さんとお手伝いさん(!)がお茶を持って入ってきた。……いや、やっぱ、違うだろ? 出された高級感漂うケーキと、いかにも高そうなティーカップ。
 だけど、引き気味なオレを見る広瀬の顔が、なんとなく寂しそうに見えたから、オレはこだわるのは止めることにした。
 慣れた手つきで優雅にお茶を注ぎ、ケーキを並べながら、

「お二人とも、同じクラスなのでしょう?」

 と、広瀬のお母さん。

「はい」

 寺本とオレの声が重なる。

「陽菜ちゃんも一緒よね?」

 笑顔で聞かれて、オレは一瞬ドキッとしたのに、寺本は平気で、

「はい! 仲良しです」

 と、にっこり笑って答えていた。いや、別に何も後ろめたいことはないんだけど……。

「陽菜ちゃんも一緒に遊びに来られたら、いいのだけど」

 と言いながら、お母さんの上品な笑顔が曇った。

「え!? ハル、どうかした?」

 素早く反応する広瀬。

「調子が悪いんですって」

 お母さんは、ティーカップを配る手を止めた。

「昨日、クッキーが美味しく焼けたから届けに行ったのだけど、寝ているからって会えなかったわ。響子さん、心配してたけど大丈夫かしら?」

 響子さん?

「あ、響子さんって、ハルの母さん」

 広瀬が、オレと寺本のために注釈を入れてくれた。

「それで? どんな具合なの?」

「あら、あなた、知らないの?」

 と聞き返され、広瀬は苦虫をかみつぶしたような顔になった。オレたちはその表情の理由を知っているけど、お母さんは知らないらしい。

「後でお見舞いに行ってらっしゃいな」

「……あ、うん」

 歯切れの悪い広瀬。それを見て、お母さんは首を傾げた。きっと、いつもの広瀬の反応じゃないんだろう。

「食欲がないみたいだけど、ゼリーなら喉ごしもいいし、食べられるんじゃないかしら? 陽菜ちゃんが好きな果物で作っておいてあげるわ」

 そう笑顔で言うと、広瀬のお母さんは、優雅に会釈して部屋を出て行った。
 少しして、お母さんの出て行ったドアに目を向けたままの寺本が、

「……ホント、家族ぐるみのお付き合いなのね」

 と感心したように、ホウッと息を吐いた。
 お母さんが出て行った後、広瀬は無言で、固い表情を崩そうとしなかった。
 相当、イライラしてるな。広瀬の険しい顔を見て、そう思っていると、

「くそーーーーー!!」

 広瀬が突然うめきながら、頭をガシガシ両手でかきむしりだした。

「おい、広瀬!?」

 オレの呼びかけには答えず、今度はバンッとテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がる。

「ちょっと、叶太くん! こぼれちゃうじゃない!」

 と寺本は、ティーカップの受け皿に溢れた紅茶の方を気にしている。……気にするの、そっちか?
 広瀬は答えず、そのまま広い部屋の奥、窓のところへとズカズカ歩いて行ってしまった。窓の外を見る背中が怒っている気がした。何に怒ってる? たぶん、自分自身に。
 小声で、

「もしかして、牧村んち?」

 と言って、広瀬の背を指さし寺本を見るが、寺本も首を傾げた。
 オレたちは顔を見合わせて、同時に立ち上がると広瀬の元に向かった。広瀬の肩越しに外を見ると、確かに、さっきの純和風の屋敷が見えた。二階から見ると広さが際立つ。錦鯉が泳いでそうなでかい池。築山の向こうには茶室。離れもらしき建物。燈籠にししおどし。絶対に植木屋さんが手入れしてるだろって感じの、枝振りの良い松の木。完全な、日本庭園。外からも見えた蔵は三つ。……広すぎだろっ!
 だけど、その立派さ加減への驚きが冷めて、冷静に広瀬を見ると、広瀬が見ているのは別の家だった。
 純和風の屋敷の裏に立つ、これまた立派な白い石造りの洋館。一本裏の道に面したその家を、広瀬は、微動だにせず凝視していた。
 ……あれ?

「なあ」

 思わず、広瀬の醸し出す青い炎のようなオーラのことを忘れて、広瀬の肩を叩いていた。

「牧村の家って、あれじゃないの?」

 と、オレは純和風の屋敷を指さした。

「ん?」

 広瀬はオレの指先の屋敷を見ると、「ああ」と何気なく言った。

「あっちはハルのじいちゃんち。ハルの家はこっちだよ」

 広瀬が指さしたのは白い洋館。よくよく見たら、まるで趣の違う二軒の家の間には塀らしき物は見当たらなかった。木やら何やらで、さりげなく区切ってある。……ここの敷地だけで、分譲住宅十軒や二十軒はいけるな。……まあ、さ。別に、いいけど、さ。
 ここまで違うと、別の意味で吹っ切れる。
 そうして、オレはどうでもいいようなことを考えた。確かに、牧村のイメージなら白い洋館だよな。自分が、この場にそぐわない、どうでもいいことを考えているって分かっていて、思わず笑った。それから、また少し冷静になった。
 ……てか、もしかしてエスカレーターで上がってきてるヤツら、みんな、こんな家に住んでんの!? さすがにそんな訳ないだろ? そう思いながら、オレはクラスメイトたちの顔を思い浮かべた。
 広瀬は怖い顔をして牧村の家を見ていて、オレは当初の目的をスッカリ忘れて、「オレ、入る学校、間違えたか!?」とか思っていた。
 そんな中、寺本だけは冷静に状況を見ていたらしい。

「あのさ、取りあえず、ケーキ食べない?」

 明るいその声に、オレは目を丸くし、広瀬はプッと吹き出した。

「……悪い」

 広瀬が振り返って、ようやくオレたちを見た。

「オレのために来てもらってたのに」

 寺本が白い歯を見せて、にっこり笑った。

「陽菜のためだから、気にしない」

「……ありがとう」

 食べながら、ようやく落ち着いたらしい広瀬がポツリと言った。

「……オレ、どうすればいい?」

 もちろん、オレに答えられる訳がない。当然、寺本にも答えられないと思っていた。だけど、寺本は「うーん」と腕を組むと、広瀬に聞き返した。

「叶太くんは、どうしたいの?」

 広瀬は下を向いて、動かず、そして、すぐには答えなかった。
 十秒、二十秒と時間が経ち、一分、二分と時間が経ち、もう、何も言わないのかと思った頃、広瀬はポツリと言った。

「ハルに幸せになって欲しい」

 オレは何も言えなかった。
 寺本も何も言わなかった。

「オレが、幸せなハルの隣にいたかったけど……」

 広瀬はテーブルの上にあった拳をギュッと握りしめた。

「オレが、ハルを幸せにしたかったけど……」

 また、長い沈黙の時が流れる。

「もし、ハルの幸せがオレの隣にないなら、それでもいい」

 広瀬は肘をついて両手の指を組み、それを額に押し当てた。

「ハルが笑っていてくれるなら、他のヤツの隣でも、いい」

 また長い沈黙が流れた。

 おい、待てよ。
 好きなんだろ?

 まだ知り合ったばかりのオレに、あれだけ、熱く語ってたじゃないか!? 毎日、毎日、いかに牧村を好きなのか、話してたじゃないか!? 女の子を好きになるなんて、考えられないって言ってたオレに、生返事しかしないオレに、役立たずのオレに、毎日、毎日、諦めずに、相談してたじゃないか!!

 本当に、それで良いのか!?
 そんな簡単に諦められるのか!?

「広瀬っ!!」

 気がついたら、オレは立ち上がっていた。

「なんで、そんな簡単に諦めるようなこと、言うんだよ!!」

 寺本が驚いたようにオレを見た。

「やせ我慢なんか、やめろよ!!」

 広瀬は顔を伏せたまま、何も答えない。

「まだ、告白だってしてないんだろ!?」

 寺本もオレの言葉にハッとしたように目を見開いた。

「言ってみなきゃ、分からないだろ!?」

「そ、そうだよ。叶太くん。陽菜だって、きっと……」

「諦めるのは、ちゃんとフラれてからでいいじゃないか!」

 広瀬が顔を伏せたまま、ポツリと言った。

「どうやって? ろくに口も聞いてもらえないのに……」

 それに反論する前に広瀬が続けた。

「それより、オレは、ハルの身体が心配で」

 その言葉に、オレたちは何も言えなくなった。

「オレの存在が、ハルを苦しめるくらいだったら……」

「だけど!!」

 広瀬がようやく顔を上げた。そして、今にも泣き出すんじゃないかと言うような、辛そうな表情で言った。

「ハルの身体、多分、おまえらが思ってるより、ずっと悪いんだ」

「……え?」

 寺本が、その言葉に驚いたような声を上げた。

「ハル、な。生まれたとき、一年、生きられないって言われたんだって」

 重苦しい沈黙が流れる。

「一歳になったとき、よく頑張ったけど、三年はムリだって言われて」

 ぽつりぽつりと、広瀬が語る。

「三歳になったとき、十歳までって言われて」

 語られる言葉の重さに耐えかねたように、寺本が口を挟んだ。

「なんで、叶太くんが、そんなこと知ってるのよ!」

 確かに。幾ら、家が隣で、十数年来の幼なじみだからって……。

「ん? 大人ってさ、口軽いんだよな」

 広瀬が寂しそうに言った。

「さすがに親は言わないよ」

 広瀬はオレを見て、困ったような表情を見せた。

「でもさ、オレんちも、ハルんちも、お手伝いさんいるじゃん? 仲良くてさ、で、口、軽いんだよな」

 広瀬はそのまま、握りしめた自分の拳に目を落とした。

「そりゃ、あの人たちだって、親の前じゃ言わないよ? だけど、子どものオレが側にいても、結構、平気で話すんだよ。ハルがまた熱出したとか、そんなん可愛いもんだけど。また発作起こして、あ……危ないらしい、とか、……そんな話も」

 広瀬が両手で頭を抱え込んだ。

「で、でも! もう、陽菜、十五歳じゃん!」

 たまりかねたように寺本が叫んで、広瀬が頭を抱え込んだまま、それに答えた。

「十歳のとき、もう大丈夫かも知れないって言われて、だけど、中一の冬、十二歳のとき、また倒れて……」

 寺本が、あ、と小さな声を上げた。

「……それ、覚えてる」

「おまえ、知らないだろ? あのときだって、ホント、心臓、何回も止まって、」

 広瀬はそれ以上何も言わなかった。
 後は言葉にならなかった。
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