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12年目の恋物語
13.志穂の奮闘
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わたしに、何ができるんだろう?
日曜日の会合の後、歩きながら、電車に乗りながら、ずっと考えていた。
陽菜と叶太くんのために、わたしは何ができるんだろう?
わたしは陽菜と叶太くんが大好きだ。特に、陽菜が大好きだ。あの子の優しさが大好きだ。暖かい笑顔が大好きだ。
あの子の優しさは、決して表面的なものではなくて……。それは、誰もが持っているようなものではなくて……。
◇ ◇ ◇
わたしは、昔、陽菜に助けられた。
中等部に上がって数ヶ月が経った頃だった。
ある日、学校に行くと、昨日まで仲が良かった子たちが、誰も口をきいてくれなくなっていた。
自慢じゃないけど友だちは多い方だった。どちらかと言えば、人の中心にいる方が多かった。
なんで!? 最初は冗談かと思った。仲の良かった子に、なんでって聞いてみた。だけど、誰も何も教えてくれなかった。教えてくれるどころか、目を伏せ口もきいてもらえなかった。
ただ何となく、わたしは、その頃、グループのボスだった仕切りたがり屋の子を怒らせてしまったんだろうと察した。
なんで!? たった、それだけで!? あんなことくらいで!? 昨日まで、仲良くおしゃべりしてたじゃん!! ……だけど、そんな思いは届かず、わたしは孤立した。
もう、グループはしっかりでき上がっていて、誰も、クラスのボスに君臨しようとしていたその子に逆らおうとはしなかった。誰もが波風を立てないよう、息を殺して、自分に火の粉が飛ばないように、口を閉ざした。
陽菜を除いて。
陽菜は、別に誰かに逆らったわけでも、わたしを助けてあげようとか、そんな気負いがあったわけではないと思う。
陽菜は穏やかで優しい。でも、実は淡々としていて、正義感を振りかざすようなタイプでは、決してない。
陽菜はどのグループにも入っていなかった。いつも、叶太くんと一緒にいて、女の子といることはほとんどなかった。それは小学生の頃からで、どんなにからかわれても、叶太くんは陽菜から離れなかったし、陽菜はいつも叶太くんの隣で楽しそうに笑っていた。
どのグループにも入っていなかったけど、陽菜はいつも誰とでもちゃんと仲良く付き合っていた。
わたしがクラスの女子、誰とも話さなくなった頃、陽菜は体調を崩して学校を休んでいた。過去、友だちだった子たちが、わたしと口をきかなくなって一週間と少したった頃、ようやく陽菜は登校してきた。そして、その翌日、教室移動のタイミングで、
「しーちゃん、一緒に行こう」
と声をかけてきた。とても懐かしい愛称で。初等部の一、二年、陽菜と同じクラスだった。低学年の頃は、みんなからそう呼ばれていた。
わたしが教室で誰とも話せなかったのは、結果的にはたった一週間と数日だったかも知れない。だけど、それはいつ果てるとも知れない拷問のような時間で、終わってみれば一週間と少しでも、あの時のわたしには永遠にも思えた。
何より、陽菜がいなければ、わたしの苦しみは、きっと一週間では終わらなかった。
陽菜はごく自然に「しーちゃん」と、バスケ部でずっと一緒だった叶太くんは、「志穂」って呼んでくれて、わたしは教室の中に居場所ができた。学校に行きたくないという胃のきしむような重い気持ちから救われた。あの、自分の居場所がどこにもないという、やるせない、苦しくてたまらない気持ちから、解放された。
その頃、陽菜の隣にはいつも叶太くんがいて、だけど、わたしも自然と一緒にいられる穏やかな空気が流れていて、叶太くんもわたしがいるのが当然のように接してくれて……。陽菜が休みの日は、叶太くんが、まるで陽菜の代わりのように、わたしと一緒にいてくれた。話すのはバスケのことか、陽菜の話ばかりだったけど。
三人での毎日は一ヶ月くらい続いた。
一ヶ月経ったら、今度は、別の子がターゲットにされて、グループから追い出されてきた。陽菜は、ごくごく普通に、何の気負いもなく、その子にも声をかけた。更に、三人目の生け贄も追い出されて、わたしたちは五人になった。女子四人と叶太くん。だけど、不思議ととても居心地が良かった。
クラスのボスは、結局、追い出したわたしたちが、何もこたえていないことに気づいて、男子たちが、自分のことを「ボス猿」と呼んでいるのに気づいて、手のひらを返したように、甘い声で、わたしたちに声をかけてきた。
後から追い出された二人は、早々に元のグループに戻り、わたしにも声をかけてきた。もう大丈夫だよ、と。
あんなに嫌な目に遭わされたというのに、わたしには、元の場所に戻りたいという気持ちがあって……。ドラマの話して、オシャレの話して、彼氏欲しいねなんて話して、バカみたいに騒いだり、休みには一緒にショッピング行ったり、学校帰りにコッソリ寄り道したりして……そんな時間が、ガヤガヤしたにぎやかさが懐かしくて。
だけど、陽菜たちと過ごす穏やかにゆったりと流れる時間も名残惜しくて。何より、助けてもらったのに、陽菜を置き去りにするような後ろめたさがあって……。
悩んでいたら、陽菜が背中を押してくれた。
「ほら、呼んでるよ、しーちゃん。行っておいでよ」
最初の日に声をかけてくれたのと同じ、優しい笑顔で、陽菜はわたしの背中をポンと押してくれた。
そうして、わたしは元のグループに戻った。
◇ ◇ ◇
あれから、三年。
わたしは陽菜が大好きだ。叶太くんも大好きだ。二人の間に流れる穏やかな、暖かい空気が大好きだ。今でも、あの時と変わらず大好きだ。
あの二人が別れる必要なんて、どこにある? 大体、今更、実は付き合ってませんでしたなんて、どんな冗談!? 確かに、陽菜はいつだって叶太くんのことを
「腐れ縁の幼なじみ」
と言っていた。確かに幼なじみだし、確かにずっと離れることなく同じクラスの腐れ縁。だから、陽菜の言葉に他の意味があるなんて考えたこともなかった。
初等部の三、四年の頃には、もう二人は学校中の公認カップルだった。だから今更、「彼氏」なんて言われなくても、「彼氏」なんだと思っていた。叶太くんは本人が言っていた通り、全身で陽菜を好きだって言っていたし。
陽菜はどうだったんだろう? あまりに穏やかで、人の悪口なんて言ったこともないような子。まるで天使のような……。
そう思った途端、脳裏に、叶太くんの言葉があふれ出した。
「ハルの身体、たぶん、おまえらが思ってるより、ずっと悪いんだ」
「ハル、な。生まれたとき、一年、生きられないって言われたんだって」
「一歳になったとき、よく頑張ったけど、三年はムリだって言われて」
「十歳のとき、もう大丈夫かも知れないって言われて、だけど、中一の冬、十二歳のとき、また倒れて……」
「おまえ、知らないだろ? あのときだって、ホント、心臓、何回も止まって、」
やめてよ!! 縁起でもない話、やめてよ!!
わたしは奥歯を噛みしめた。
叶太くんは陽菜に心労をかけたくないって、陽菜を諦めようとしている。だけど、やっぱりわたしには信じられなかった。陽菜が他の人を好きだなんて、あり得ない。絶対にあり得ない。
「陽菜、……どうして欲しい?」
空を見上げてつぶやいてみた。
「なんで、こんなことに、なっちゃったんだろうね?」
天使でなんて、なくていい。いつも笑ってなくて、いい。泣いたっていい。怒ったって、愚痴言ったって、誰かを悪く言ったっていい。
ねえ、陽菜。どうして欲しいか教えてよ。
わたし、陽菜のためなら、なんでも、やってあげられるよ? それが、もし、本当に、もし、だけど、もし、叶太くんじゃない、別の人を好きになったんだったとしても、わたし、ちゃんと応援できるよ。そんなことはないって、心の底から信じているけど……。
……あ。
忘れてた。
「羽鳥先輩」
陽菜と仲が良い図書委員の先輩。
いい人だと思う。クールそうに見えるのに、笑うと優しい感じになって、文句なしに頭よくて。だけど、わたしには遠い存在。
本当のところ、笑顔の裏で何を考えているのか分からない人。頭がよすぎて、何考えてるのか、見えない人。
悪い人じゃないと思う。だって、あの陽菜が仲良くしてるんだよ? 悪い人だとは思えない。思いたくない。だけど、体育会系の、思ったことがつい口に出るようなわたしには理解しがたい存在。
どこか、優しい笑顔には裏があるように思えて仕方がなかった。
彼が陽菜の何なのか、どんなに考えても答えは出なかった。
足を動かせ、行動しろ!! わたしは自分に言った。
会って話そう。
直接話すしかもうない。
幸い、わたしは羽鳥先輩とは面識があるんだから。春に、くじ引きで負けて、図書委員になって、本当によかったと、心から思った。あの時は運が悪いって思ったけど、ぜんぜんだ!! 最高に運が良かった、わたし!! こんなつながりでもなきゃ、二年トップの成績で、次の生徒会長じゃないかって噂されてる羽鳥先輩となんて、絶対、接点がないもの。
◇ ◇ ◇
月曜日。
梅雨時なのに今日も晴れていた。
もしかしたら休みかもしれないと思っていた陽菜は、登校していた。だけど、顔色がよくない……ような気がする。叶太くんからあんな話を聞いたから、そんな気がするの? そう一瞬思ったけど、そんなことはない。明らかに体調が悪そうに見える。
「おはよう、陽菜!」
「……あ。おはよう、しーちゃん」
笑顔に生気がない。思わず、陽菜のイスの横にしゃがんで陽菜の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
と陽菜は、いつものように優しい笑顔を浮かべて、うなずく。けど、ぜんぜん大丈夫に見えない。
週末、寝込んでいたと聞いたから、そう見えるの? もしかして、これまでも穏やかな笑顔の裏には、何かが隠れていた? ……分からない。
体育の時間、陽菜は保健室に寝に行った。一瞬抵抗したけど、結局、叶太くんに連れられて。その暗い表情が体調が悪いせいなのか、叶太くんといるからなのか分からなかった。
結局、体育が四時間目だったからか、陽菜はお昼には帰ってこなかった。叶太くんが陽菜の荷物からお弁当を取り出して、保健室に向かうのが見えた。
ちょうどいいとばかりに、わたしは、大急ぎでお弁当をかき込む。
「ちょっと、出かけてくる!」
どこ行くのと聞く間も与えず、わたしは教室を飛び出すと、足早に階下の二年の教室へと向かった。羽鳥先輩に会うために。
思い立ったが吉日だ。会えなかったら伝言を頼もう。最悪、先輩の入っている部活を聞き出して、そこに押しかければ会えるだろう。それでもダメなら、明日の朝、靴箱か教室で待ち伏せをして……。
けど、気負った割には実にあっさりと先輩は捕まった。わたしが着いた時、羽鳥先輩はちょうど教室から出てきたところだった。
「あれ? 寺本さん。誰に用? 呼ぼうか?」
先輩は、メガネの向こうの切れ長の目に親切そうな笑顔を浮かべ、出てきたばかりの教室に顔を向けた。
「あ、いえ」
教室の出入り口。早々に食べ終わった人たちが外に出て、出遅れたのか、今頃、パンを手に持った人たちが中に入る。何人もの上級生。やっぱり、一年とは雰囲気が違う。大人っぽい。
なんて、言おう?
迷ったのは一瞬だった。
「あの! 羽鳥先輩に用事です!」
先輩の目をまっすぐ見上げて言う。先輩は軽く首を傾げ、通りがかった男子の先輩が、「お? 告白?」とからかうように言い、教室の中からは女子の先輩たちの視線が飛んできた。だけど、先輩は動揺一つせずに、
「そういうのじゃ、ないよね」
と笑った。
それから、数秒の間の後、先輩は、
「ハルちゃんのことかな?」
優しい微笑を浮かべて、そう言った。
え? ハルちゃんって、呼んでるんだ。
牧村さん、じゃ、ないんだ。
思いがけない、親しさを見せつけられて、思いもかけない冷たい風に吹きさらされたような気がした。
それから、羽鳥先輩は廊下の突き当たりを指さした。その向こうには非常階段。
「向こうで話そうか」
非常ドアを開けると、強い風が吹き抜けた。
先輩の後に着いて外に出ながら、わたしの頭の中では、先輩の「ハルちゃん」という声がこだましていた。
ハルちゃんて呼んでるんだ。ハルちゃん、って。たったそれだけのことなのに、わたしはかなり動揺していた。クラスの男子でもそう呼ぶ子はいる。特に、初等部、中等部で一緒だったりしたら、それは割と当たり前で。だけど……。
「で、どういう話かな?」
羽鳥先輩の目が、あんまり優しくって。「ハルちゃん」って、呼んだときの声が、あんまり優しくって。いつもの、何を考えてるのか分からないって思ってた先輩とは、ぜんぜん違っていて。
羽鳥先輩も、陽菜のことを好きなんだって、その気持ちが、分かっちゃって。
「寺本さん? 昼休み、終わっちゃうよ」
先輩は、固まるわたしを腕時計を見るフリをしてうながす。そんなに、すぐに時間は過ぎない。分かっていて、さり気なくかけられるプレッシャー。見た目は穏やかな笑顔だけど、心から笑っていない。「ハルちゃん」と、陽菜の名を呼んだときとは、まるで別人。
多分、先輩が優しい目をするのは、陽菜にだけだ。そんな気がした。
叶太くん、ごめん。ダメかも知れない。わたしじゃ、ダメかも知れない。
随分、長い沈黙の後、わたしは意を決して声を上げた。とにかく行動あるのみだって、自分を奮い立たせて。先輩の目を真っ直ぐ見て、言った。
「あの、……陽菜が、すごく悩んでるみたいで」
先輩の顔が、その瞬間、少し辛そうにゆがんだ。
「ああ」
先輩もやっぱり知ってるんだ。陽菜が何かに苦しんでること。
「わたしたち、陽菜が何に悩んでいるのか分からなくて。それで……」
言いよどむと、先輩が後を継いでくれた。
「ボクに聞きに来たわけだ?」
「はい」
先輩は、非常階段の手すりにもたれて腕を組んだ。難しい表情。笑顔より、きっとこっちが本当の羽鳥先輩。そんな思いと、陽菜には、きっとこんな顔は見せないんだろうな、そんな思いが、同時に浮かび上がってきた。
「何が知りたいの?」
「何を知ってるんですか!?」
考える間もないくらいすぐに聞き返すと、先輩は、あははと楽しそうに笑った。
「キミは、素直だねぇ」
その笑顔は、穏やかでも優等生的でも優しそうでもないけど、やけに魅力的だった。
「それを、もしボクが知っているとして、教えたら何かいいことがあるのかな?」
言葉だけ聞いたら、とても打算的なイヤな言葉。でも、なぜか打算的には聞こえなかった。きっと、羽鳥先輩はただ普通に疑問に思っているのだと感じた。
「陽菜が、元気になる……かも知れない、です」
思っていた答えと違うのか、先輩は目を見開いた。
「なるほど」
先輩の目が少し穏やかになって、そうして、からかうような、どこかバカにした空気がなくなった。
「陽菜、この週末も寝込んでたみたいで、最近、お弁当もほとんど食べてないし」
先輩の表情が陰る。
「ずいぶん、痩せたよね」
「はい。……わたし、心配で」
「ボクも心配していたよ」
その言葉にウソはなかった。確かに、お昼休みは短い。だから、聞いてみることにした。
「羽鳥先輩!!」
「なに?」
「陽菜の相手が羽鳥先輩って、本当ですか!?」
先輩の表情が一瞬スッと消え、それからいきなり爆笑した。
「あはははは!!」
え? 違うの? どこのツボに入ったのか、先輩の爆笑はなかなか収まらない。
「……先輩、ちょっと笑いすぎです」
「はははっ、……いや、でも、」
「わたしの質問、そんな笑えましたか?」
真顔で聞くと、先輩はようやく笑うのをやめてくれた。
「いや。悪いね。……光栄だよ」
「……光栄、ですか」
「そうだね。そんな風に思ってもらえて、嬉しいよ」
「喜んでいるようには、ぜんぜん見えないんですけど」
「そう?」
先輩はまた面白そうに笑った。
「質問の答え、まだもらってません」
そう言うと、先輩もようやく真顔になった。
「ボクじゃ、ないよ」
ボクじゃ、ない。……ボクじゃ、ない? 羽鳥先輩じゃ、ない。
ええええ~~~!!? じゃ、誰よ!! 羽鳥先輩以外に、誰がいるって言うの!? 思わず頭を抱える。 これ以上、ヒントなんてないのに!!
疲れたような陽菜の笑顔が脳裏に浮かぶ。
保健室に行ってくるって言った時の青白い顔が思い浮かぶ。
すっかり細くなった手首。ほとんど残ったまま、フタをされるお弁当。
「ハルの身体、たぶん、おまえらが思ってるより、ずっと悪いんだ」
叶太くんの声が聞こえた気がした。
ダメなのに!! 何とかしなくちゃ、ダメ、なのに!!
「あのときだって、ホント、心臓、何回も止まって、」
もたもたしてる時間なんて、ないかも知れないのに!!
ただでさえ体力がない陽菜が、食べられなくて、あんなに痩せちゃって……。いつまでも、こんなことしていたら……。
なんで、わたしには、こんなに力がないんだろう。
悔しくて、悔しくて……、うつむいて、奥歯を噛みしめていたら、ぽつりぽつりと、雨が降り出した。雨だと思ったのに、空は青いままで。それは、雨ではなくて。わたしがこぼした涙だった。
涙がぽとりぽとりと、コンクリート張りの地面に落ちる。自分が作る水玉模様を目にしながら、わたしは少しずつ冷静になっていった。
次に何をすればいいだろう?
後、何を考えればいいだろう?
わたしに、何ができるだろう?
泣いてる場合じゃ、ない。そんなヒマがあったら、さっさと行動しろ、志穂!! そう考えていると、羽鳥先輩が、ふうっとため息を吐いた。
「悪い。からかい過ぎた」
…………え? 顔を上げて、先輩を見ると、
「ハルちゃんは、良い友だちがいるね」
そう言って、羽鳥先輩は今までで一番、ステキな笑顔を見せてくれた。もともと、止まりかけていた涙は、その笑顔を見た瞬間、完全に止まった。先輩の笑顔にはそれだけの力があった。
スゴい人。この人を敵に回しちゃダメだ。失礼ながら、本能的にそんなことを考えてしまった。
「キミが真剣なのは分かった」
「あ。……ありがうございます!」
お礼を言うところなのか分からないまま、わたしは反射的にお礼を言っていた。そんなわたしを面白そうに見て、先輩は優しく笑った。
「ボクでよければ、力を貸すよ」
ウソ!
「ありがとうございます!」
今度こそ、力いっぱい声を張り上げて、それからわたしはガバッと、きっちり九十度まで頭を下げた。先輩はまた笑った。笑うところじゃないと思うんだけど。
「寺本さんは体育会系だね。そう言うの、本当は苦手なんだけどね」
さっきとは違って苦笑する先輩。
「あ! すみません!」
「いや。いいんじゃない?」
それから、先輩は腕時計に目を落とした。
「もうすぐ予鈴だね。続きは、放課後でも良いかな?」
「はい!」
「待たないよ。授業が終わったら飛んできて」
そう言うと、先輩は歩き出し、わたしはどうやって部活を休もうかという算段をしはじめた。
日曜日の会合の後、歩きながら、電車に乗りながら、ずっと考えていた。
陽菜と叶太くんのために、わたしは何ができるんだろう?
わたしは陽菜と叶太くんが大好きだ。特に、陽菜が大好きだ。あの子の優しさが大好きだ。暖かい笑顔が大好きだ。
あの子の優しさは、決して表面的なものではなくて……。それは、誰もが持っているようなものではなくて……。
◇ ◇ ◇
わたしは、昔、陽菜に助けられた。
中等部に上がって数ヶ月が経った頃だった。
ある日、学校に行くと、昨日まで仲が良かった子たちが、誰も口をきいてくれなくなっていた。
自慢じゃないけど友だちは多い方だった。どちらかと言えば、人の中心にいる方が多かった。
なんで!? 最初は冗談かと思った。仲の良かった子に、なんでって聞いてみた。だけど、誰も何も教えてくれなかった。教えてくれるどころか、目を伏せ口もきいてもらえなかった。
ただ何となく、わたしは、その頃、グループのボスだった仕切りたがり屋の子を怒らせてしまったんだろうと察した。
なんで!? たった、それだけで!? あんなことくらいで!? 昨日まで、仲良くおしゃべりしてたじゃん!! ……だけど、そんな思いは届かず、わたしは孤立した。
もう、グループはしっかりでき上がっていて、誰も、クラスのボスに君臨しようとしていたその子に逆らおうとはしなかった。誰もが波風を立てないよう、息を殺して、自分に火の粉が飛ばないように、口を閉ざした。
陽菜を除いて。
陽菜は、別に誰かに逆らったわけでも、わたしを助けてあげようとか、そんな気負いがあったわけではないと思う。
陽菜は穏やかで優しい。でも、実は淡々としていて、正義感を振りかざすようなタイプでは、決してない。
陽菜はどのグループにも入っていなかった。いつも、叶太くんと一緒にいて、女の子といることはほとんどなかった。それは小学生の頃からで、どんなにからかわれても、叶太くんは陽菜から離れなかったし、陽菜はいつも叶太くんの隣で楽しそうに笑っていた。
どのグループにも入っていなかったけど、陽菜はいつも誰とでもちゃんと仲良く付き合っていた。
わたしがクラスの女子、誰とも話さなくなった頃、陽菜は体調を崩して学校を休んでいた。過去、友だちだった子たちが、わたしと口をきかなくなって一週間と少したった頃、ようやく陽菜は登校してきた。そして、その翌日、教室移動のタイミングで、
「しーちゃん、一緒に行こう」
と声をかけてきた。とても懐かしい愛称で。初等部の一、二年、陽菜と同じクラスだった。低学年の頃は、みんなからそう呼ばれていた。
わたしが教室で誰とも話せなかったのは、結果的にはたった一週間と数日だったかも知れない。だけど、それはいつ果てるとも知れない拷問のような時間で、終わってみれば一週間と少しでも、あの時のわたしには永遠にも思えた。
何より、陽菜がいなければ、わたしの苦しみは、きっと一週間では終わらなかった。
陽菜はごく自然に「しーちゃん」と、バスケ部でずっと一緒だった叶太くんは、「志穂」って呼んでくれて、わたしは教室の中に居場所ができた。学校に行きたくないという胃のきしむような重い気持ちから救われた。あの、自分の居場所がどこにもないという、やるせない、苦しくてたまらない気持ちから、解放された。
その頃、陽菜の隣にはいつも叶太くんがいて、だけど、わたしも自然と一緒にいられる穏やかな空気が流れていて、叶太くんもわたしがいるのが当然のように接してくれて……。陽菜が休みの日は、叶太くんが、まるで陽菜の代わりのように、わたしと一緒にいてくれた。話すのはバスケのことか、陽菜の話ばかりだったけど。
三人での毎日は一ヶ月くらい続いた。
一ヶ月経ったら、今度は、別の子がターゲットにされて、グループから追い出されてきた。陽菜は、ごくごく普通に、何の気負いもなく、その子にも声をかけた。更に、三人目の生け贄も追い出されて、わたしたちは五人になった。女子四人と叶太くん。だけど、不思議ととても居心地が良かった。
クラスのボスは、結局、追い出したわたしたちが、何もこたえていないことに気づいて、男子たちが、自分のことを「ボス猿」と呼んでいるのに気づいて、手のひらを返したように、甘い声で、わたしたちに声をかけてきた。
後から追い出された二人は、早々に元のグループに戻り、わたしにも声をかけてきた。もう大丈夫だよ、と。
あんなに嫌な目に遭わされたというのに、わたしには、元の場所に戻りたいという気持ちがあって……。ドラマの話して、オシャレの話して、彼氏欲しいねなんて話して、バカみたいに騒いだり、休みには一緒にショッピング行ったり、学校帰りにコッソリ寄り道したりして……そんな時間が、ガヤガヤしたにぎやかさが懐かしくて。
だけど、陽菜たちと過ごす穏やかにゆったりと流れる時間も名残惜しくて。何より、助けてもらったのに、陽菜を置き去りにするような後ろめたさがあって……。
悩んでいたら、陽菜が背中を押してくれた。
「ほら、呼んでるよ、しーちゃん。行っておいでよ」
最初の日に声をかけてくれたのと同じ、優しい笑顔で、陽菜はわたしの背中をポンと押してくれた。
そうして、わたしは元のグループに戻った。
◇ ◇ ◇
あれから、三年。
わたしは陽菜が大好きだ。叶太くんも大好きだ。二人の間に流れる穏やかな、暖かい空気が大好きだ。今でも、あの時と変わらず大好きだ。
あの二人が別れる必要なんて、どこにある? 大体、今更、実は付き合ってませんでしたなんて、どんな冗談!? 確かに、陽菜はいつだって叶太くんのことを
「腐れ縁の幼なじみ」
と言っていた。確かに幼なじみだし、確かにずっと離れることなく同じクラスの腐れ縁。だから、陽菜の言葉に他の意味があるなんて考えたこともなかった。
初等部の三、四年の頃には、もう二人は学校中の公認カップルだった。だから今更、「彼氏」なんて言われなくても、「彼氏」なんだと思っていた。叶太くんは本人が言っていた通り、全身で陽菜を好きだって言っていたし。
陽菜はどうだったんだろう? あまりに穏やかで、人の悪口なんて言ったこともないような子。まるで天使のような……。
そう思った途端、脳裏に、叶太くんの言葉があふれ出した。
「ハルの身体、たぶん、おまえらが思ってるより、ずっと悪いんだ」
「ハル、な。生まれたとき、一年、生きられないって言われたんだって」
「一歳になったとき、よく頑張ったけど、三年はムリだって言われて」
「十歳のとき、もう大丈夫かも知れないって言われて、だけど、中一の冬、十二歳のとき、また倒れて……」
「おまえ、知らないだろ? あのときだって、ホント、心臓、何回も止まって、」
やめてよ!! 縁起でもない話、やめてよ!!
わたしは奥歯を噛みしめた。
叶太くんは陽菜に心労をかけたくないって、陽菜を諦めようとしている。だけど、やっぱりわたしには信じられなかった。陽菜が他の人を好きだなんて、あり得ない。絶対にあり得ない。
「陽菜、……どうして欲しい?」
空を見上げてつぶやいてみた。
「なんで、こんなことに、なっちゃったんだろうね?」
天使でなんて、なくていい。いつも笑ってなくて、いい。泣いたっていい。怒ったって、愚痴言ったって、誰かを悪く言ったっていい。
ねえ、陽菜。どうして欲しいか教えてよ。
わたし、陽菜のためなら、なんでも、やってあげられるよ? それが、もし、本当に、もし、だけど、もし、叶太くんじゃない、別の人を好きになったんだったとしても、わたし、ちゃんと応援できるよ。そんなことはないって、心の底から信じているけど……。
……あ。
忘れてた。
「羽鳥先輩」
陽菜と仲が良い図書委員の先輩。
いい人だと思う。クールそうに見えるのに、笑うと優しい感じになって、文句なしに頭よくて。だけど、わたしには遠い存在。
本当のところ、笑顔の裏で何を考えているのか分からない人。頭がよすぎて、何考えてるのか、見えない人。
悪い人じゃないと思う。だって、あの陽菜が仲良くしてるんだよ? 悪い人だとは思えない。思いたくない。だけど、体育会系の、思ったことがつい口に出るようなわたしには理解しがたい存在。
どこか、優しい笑顔には裏があるように思えて仕方がなかった。
彼が陽菜の何なのか、どんなに考えても答えは出なかった。
足を動かせ、行動しろ!! わたしは自分に言った。
会って話そう。
直接話すしかもうない。
幸い、わたしは羽鳥先輩とは面識があるんだから。春に、くじ引きで負けて、図書委員になって、本当によかったと、心から思った。あの時は運が悪いって思ったけど、ぜんぜんだ!! 最高に運が良かった、わたし!! こんなつながりでもなきゃ、二年トップの成績で、次の生徒会長じゃないかって噂されてる羽鳥先輩となんて、絶対、接点がないもの。
◇ ◇ ◇
月曜日。
梅雨時なのに今日も晴れていた。
もしかしたら休みかもしれないと思っていた陽菜は、登校していた。だけど、顔色がよくない……ような気がする。叶太くんからあんな話を聞いたから、そんな気がするの? そう一瞬思ったけど、そんなことはない。明らかに体調が悪そうに見える。
「おはよう、陽菜!」
「……あ。おはよう、しーちゃん」
笑顔に生気がない。思わず、陽菜のイスの横にしゃがんで陽菜の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
と陽菜は、いつものように優しい笑顔を浮かべて、うなずく。けど、ぜんぜん大丈夫に見えない。
週末、寝込んでいたと聞いたから、そう見えるの? もしかして、これまでも穏やかな笑顔の裏には、何かが隠れていた? ……分からない。
体育の時間、陽菜は保健室に寝に行った。一瞬抵抗したけど、結局、叶太くんに連れられて。その暗い表情が体調が悪いせいなのか、叶太くんといるからなのか分からなかった。
結局、体育が四時間目だったからか、陽菜はお昼には帰ってこなかった。叶太くんが陽菜の荷物からお弁当を取り出して、保健室に向かうのが見えた。
ちょうどいいとばかりに、わたしは、大急ぎでお弁当をかき込む。
「ちょっと、出かけてくる!」
どこ行くのと聞く間も与えず、わたしは教室を飛び出すと、足早に階下の二年の教室へと向かった。羽鳥先輩に会うために。
思い立ったが吉日だ。会えなかったら伝言を頼もう。最悪、先輩の入っている部活を聞き出して、そこに押しかければ会えるだろう。それでもダメなら、明日の朝、靴箱か教室で待ち伏せをして……。
けど、気負った割には実にあっさりと先輩は捕まった。わたしが着いた時、羽鳥先輩はちょうど教室から出てきたところだった。
「あれ? 寺本さん。誰に用? 呼ぼうか?」
先輩は、メガネの向こうの切れ長の目に親切そうな笑顔を浮かべ、出てきたばかりの教室に顔を向けた。
「あ、いえ」
教室の出入り口。早々に食べ終わった人たちが外に出て、出遅れたのか、今頃、パンを手に持った人たちが中に入る。何人もの上級生。やっぱり、一年とは雰囲気が違う。大人っぽい。
なんて、言おう?
迷ったのは一瞬だった。
「あの! 羽鳥先輩に用事です!」
先輩の目をまっすぐ見上げて言う。先輩は軽く首を傾げ、通りがかった男子の先輩が、「お? 告白?」とからかうように言い、教室の中からは女子の先輩たちの視線が飛んできた。だけど、先輩は動揺一つせずに、
「そういうのじゃ、ないよね」
と笑った。
それから、数秒の間の後、先輩は、
「ハルちゃんのことかな?」
優しい微笑を浮かべて、そう言った。
え? ハルちゃんって、呼んでるんだ。
牧村さん、じゃ、ないんだ。
思いがけない、親しさを見せつけられて、思いもかけない冷たい風に吹きさらされたような気がした。
それから、羽鳥先輩は廊下の突き当たりを指さした。その向こうには非常階段。
「向こうで話そうか」
非常ドアを開けると、強い風が吹き抜けた。
先輩の後に着いて外に出ながら、わたしの頭の中では、先輩の「ハルちゃん」という声がこだましていた。
ハルちゃんて呼んでるんだ。ハルちゃん、って。たったそれだけのことなのに、わたしはかなり動揺していた。クラスの男子でもそう呼ぶ子はいる。特に、初等部、中等部で一緒だったりしたら、それは割と当たり前で。だけど……。
「で、どういう話かな?」
羽鳥先輩の目が、あんまり優しくって。「ハルちゃん」って、呼んだときの声が、あんまり優しくって。いつもの、何を考えてるのか分からないって思ってた先輩とは、ぜんぜん違っていて。
羽鳥先輩も、陽菜のことを好きなんだって、その気持ちが、分かっちゃって。
「寺本さん? 昼休み、終わっちゃうよ」
先輩は、固まるわたしを腕時計を見るフリをしてうながす。そんなに、すぐに時間は過ぎない。分かっていて、さり気なくかけられるプレッシャー。見た目は穏やかな笑顔だけど、心から笑っていない。「ハルちゃん」と、陽菜の名を呼んだときとは、まるで別人。
多分、先輩が優しい目をするのは、陽菜にだけだ。そんな気がした。
叶太くん、ごめん。ダメかも知れない。わたしじゃ、ダメかも知れない。
随分、長い沈黙の後、わたしは意を決して声を上げた。とにかく行動あるのみだって、自分を奮い立たせて。先輩の目を真っ直ぐ見て、言った。
「あの、……陽菜が、すごく悩んでるみたいで」
先輩の顔が、その瞬間、少し辛そうにゆがんだ。
「ああ」
先輩もやっぱり知ってるんだ。陽菜が何かに苦しんでること。
「わたしたち、陽菜が何に悩んでいるのか分からなくて。それで……」
言いよどむと、先輩が後を継いでくれた。
「ボクに聞きに来たわけだ?」
「はい」
先輩は、非常階段の手すりにもたれて腕を組んだ。難しい表情。笑顔より、きっとこっちが本当の羽鳥先輩。そんな思いと、陽菜には、きっとこんな顔は見せないんだろうな、そんな思いが、同時に浮かび上がってきた。
「何が知りたいの?」
「何を知ってるんですか!?」
考える間もないくらいすぐに聞き返すと、先輩は、あははと楽しそうに笑った。
「キミは、素直だねぇ」
その笑顔は、穏やかでも優等生的でも優しそうでもないけど、やけに魅力的だった。
「それを、もしボクが知っているとして、教えたら何かいいことがあるのかな?」
言葉だけ聞いたら、とても打算的なイヤな言葉。でも、なぜか打算的には聞こえなかった。きっと、羽鳥先輩はただ普通に疑問に思っているのだと感じた。
「陽菜が、元気になる……かも知れない、です」
思っていた答えと違うのか、先輩は目を見開いた。
「なるほど」
先輩の目が少し穏やかになって、そうして、からかうような、どこかバカにした空気がなくなった。
「陽菜、この週末も寝込んでたみたいで、最近、お弁当もほとんど食べてないし」
先輩の表情が陰る。
「ずいぶん、痩せたよね」
「はい。……わたし、心配で」
「ボクも心配していたよ」
その言葉にウソはなかった。確かに、お昼休みは短い。だから、聞いてみることにした。
「羽鳥先輩!!」
「なに?」
「陽菜の相手が羽鳥先輩って、本当ですか!?」
先輩の表情が一瞬スッと消え、それからいきなり爆笑した。
「あはははは!!」
え? 違うの? どこのツボに入ったのか、先輩の爆笑はなかなか収まらない。
「……先輩、ちょっと笑いすぎです」
「はははっ、……いや、でも、」
「わたしの質問、そんな笑えましたか?」
真顔で聞くと、先輩はようやく笑うのをやめてくれた。
「いや。悪いね。……光栄だよ」
「……光栄、ですか」
「そうだね。そんな風に思ってもらえて、嬉しいよ」
「喜んでいるようには、ぜんぜん見えないんですけど」
「そう?」
先輩はまた面白そうに笑った。
「質問の答え、まだもらってません」
そう言うと、先輩もようやく真顔になった。
「ボクじゃ、ないよ」
ボクじゃ、ない。……ボクじゃ、ない? 羽鳥先輩じゃ、ない。
ええええ~~~!!? じゃ、誰よ!! 羽鳥先輩以外に、誰がいるって言うの!? 思わず頭を抱える。 これ以上、ヒントなんてないのに!!
疲れたような陽菜の笑顔が脳裏に浮かぶ。
保健室に行ってくるって言った時の青白い顔が思い浮かぶ。
すっかり細くなった手首。ほとんど残ったまま、フタをされるお弁当。
「ハルの身体、たぶん、おまえらが思ってるより、ずっと悪いんだ」
叶太くんの声が聞こえた気がした。
ダメなのに!! 何とかしなくちゃ、ダメ、なのに!!
「あのときだって、ホント、心臓、何回も止まって、」
もたもたしてる時間なんて、ないかも知れないのに!!
ただでさえ体力がない陽菜が、食べられなくて、あんなに痩せちゃって……。いつまでも、こんなことしていたら……。
なんで、わたしには、こんなに力がないんだろう。
悔しくて、悔しくて……、うつむいて、奥歯を噛みしめていたら、ぽつりぽつりと、雨が降り出した。雨だと思ったのに、空は青いままで。それは、雨ではなくて。わたしがこぼした涙だった。
涙がぽとりぽとりと、コンクリート張りの地面に落ちる。自分が作る水玉模様を目にしながら、わたしは少しずつ冷静になっていった。
次に何をすればいいだろう?
後、何を考えればいいだろう?
わたしに、何ができるだろう?
泣いてる場合じゃ、ない。そんなヒマがあったら、さっさと行動しろ、志穂!! そう考えていると、羽鳥先輩が、ふうっとため息を吐いた。
「悪い。からかい過ぎた」
…………え? 顔を上げて、先輩を見ると、
「ハルちゃんは、良い友だちがいるね」
そう言って、羽鳥先輩は今までで一番、ステキな笑顔を見せてくれた。もともと、止まりかけていた涙は、その笑顔を見た瞬間、完全に止まった。先輩の笑顔にはそれだけの力があった。
スゴい人。この人を敵に回しちゃダメだ。失礼ながら、本能的にそんなことを考えてしまった。
「キミが真剣なのは分かった」
「あ。……ありがうございます!」
お礼を言うところなのか分からないまま、わたしは反射的にお礼を言っていた。そんなわたしを面白そうに見て、先輩は優しく笑った。
「ボクでよければ、力を貸すよ」
ウソ!
「ありがとうございます!」
今度こそ、力いっぱい声を張り上げて、それからわたしはガバッと、きっちり九十度まで頭を下げた。先輩はまた笑った。笑うところじゃないと思うんだけど。
「寺本さんは体育会系だね。そう言うの、本当は苦手なんだけどね」
さっきとは違って苦笑する先輩。
「あ! すみません!」
「いや。いいんじゃない?」
それから、先輩は腕時計に目を落とした。
「もうすぐ予鈴だね。続きは、放課後でも良いかな?」
「はい!」
「待たないよ。授業が終わったら飛んできて」
そう言うと、先輩は歩き出し、わたしはどうやって部活を休もうかという算段をしはじめた。
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