12年目の恋物語

真矢すみれ

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12年目の恋物語

15.叶太の怒り

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 体育の時間。久しぶりに体育館で、バスケをやった。ドリブルの音が心地よく耳に響く。ボールが指に吸い付くような感覚が気持ち良い。

「おまえ、うまいな」

 斎藤が、驚いたような顔でオレを見た。言われて、思わず胸を張る。

「昔、少しやってたからな」

 自慢じゃないが、スポーツは全般的に得意だ。勉強の方は全般的に不得意だけど。

「バスケ、好きだよな? なんで、バスケ部、入らなかったの?」

「え? ハルと一緒にいたいから」

 即答すると、斎藤はまた何とも言えない微妙な表情でオレを見た。だけど以前とは違い、その後、斎藤はニヤリと笑った。

「そうだったな。おまえはそういうヤツだよな」

「やっと分かったか!」

「……調子、乗りすぎ」

 斎藤はオレの頭をポンと叩いた。
 身体をたっぷり動かして、心身ともにスッキリ。渡り廊下から見える空は青く澄んでいて、何となくだけど、何もかもがうまく行くような、そんな気までした。
 教室に戻って急いで着替える。

 ハルは朝から見るからに具合が悪そうで、なんで休まなかったんだろう……と思うくらいで、四時間目の体育が始まる前に、保健室に行くというので連れて行った。まだ戻って来ていないから、保健室まで、弁当と水筒と薬を届けなくてはいけない。きっと、ハルはまた食欲がないだろうから、何か少しでも食べさせたら、薬を飲ませて、それから、もう一寝入りさせて……。調子が悪そうだったら、家に電話して、早退させて……。

「斎藤、悪い、オレ、ハルんとこ行ってくる」

「保健室?」

「ああ。薬届けなきゃ。少しでも休ませてやりたいし」

「牧村、顔色悪かったもんな」

 斎藤に話しながら、手早くハルの鞄をあさる。
 志穂はもう弁当を開いている。すごい勢い。……もう少し、おしとやかに食べろよな。そんなことを思いながら、オレは教室を出た。



 保健室のドアをノックして、

「こんにちは~」

 と中に入ると、先生が「あら」と声を上げた。

「牧村さん……よね?」

「はい」

 まだ入学して数ヶ月なのに、先生がそう言うくらい、オレはしょっちゅうハルを連れてここに来ていた。ハルを送ってきて、様子を見に来て、迎えに来て。
 そのハルを探して、保健室を見回すが、姿が見えない。

「……あれ? ハルは?」

 ベッドのカーテンはすべて開いていて、誰も寝ていない。

「少し前に女の子が来て、一緒に帰ったわよ」

「……女の子?」

「体操服着てたけど」

「うちのクラスかな? 四時間目、体育だったから」

「ごめんね。見かけない顔だったから、名前までは……」

 志穂は教室にいた。いつもハルと一緒に弁当を食べてる女子二人も、志穂と一緒だった。後、誰がいる? ハルを送り迎えするのがオレの仕事だと知らないヤツは、クラスにはいないはずだ。わざわざ、ハルを迎えに来る女の子?

「先生、それ、どんな子だったか分かる?」

 先生は、にっこり笑って教えてくれた。

「背はちょっと高め、ショートヘア。運動部じゃないかな、引き締まったいい身体してたわよ」

 ショートヘアの女子。身長は百六十五センチくらい? 運動部。

「先生、そいつ、日焼けしてた?」

「特別、日焼けしてるってことは、なかったわよ」

 うちのクラスの女子じゃない。……多分。

「ありがとう!」

 何となく、本当に何となくだけど、嫌な予感がして、オレは教室に駆け戻った。

 教室に戻ると、一番に志穂の姿を探した。……いない。志穂がいつも弁当を食べてる女子二人はいるけど、そこにハルの姿はなかった。

「なあ、ハル、来なかった?」

「ううん。保健室じゃないの?」

「いや、帰ったって言われて……」

「ここには、来てないよ」

「ありがと!」

 そう言って、オレは斎藤の元に向かった。オレがいないからか、バスケ部の男子と、弁当食べながらしゃべっているところだった。

「斎藤! ハル、戻って来た!?」

 息を切らせてオレが言うと、斎藤は首を振った。

「いや、来てないんじゃないか? ……保健室じゃなかったのか?」

 斎藤は答えながら、教室を見回した。

「いなかった」

「いない?」

「なんか、運動部系の女子と一緒に帰ったって……」

「へえ。……誰?」

「分からない」

 ハルが友だちと話してるんなら、別にいい。ただ、あんなに調子が悪そうなハルが、教室にも戻らず寄り道しているのが気になった。それに、保健の先生が言っていた容姿の女子。ハルが仲良くしてる子に、そんな子、いたか?

「斎藤、悪い、付き合って」

「ん?」

「……なんか、嫌な予感がして」

 そう、あくまで予感。ただ、オレは、この第六感のようなものを大事にしていて。こういう感覚は、割と当たっていて……。

「おう。行くか」

 斎藤は弁当のふたを閉じると、スッと立ち上がりオレの肩に手をかけた。
 自分の教室を出ると、オレはそのまま隣の教室を覗いた。

「え? どこ行くの?」

「ハルを連れ出した女子、体操服だったらしい」

「ああ。体育、合同だから」

「そう」

 オレは、隣のクラスをグルリと見回す。
 ダメだ。分からない。

「ショートカットで運動部の女子って、誰か知ってる?」

「え?」

「ハルを連れ出したの、運動部のショートカットの女子だって。身長は少し高い。そうだな、ハルが百五十八だから、比べたんだとしたら、百六十五センチくらい?」

「……分かるかよ」

 見当たらない。ダメだ、クラスも違うし、分からない。

「よう、叶太。どした? 誰か探してんの?」

 どうしようかと思っていると、中等部で一緒だったヤツが声をかけてきた。

「俊、ちょうど良かった! 運動部でショートカットの女子って、誰かいない?」

「は?」

「運動部でショートカットの女子。身長は普通より高め。……あ。日焼けはあんまりしてない」

「……なんのこと?」

 その時、斎藤がオレの肩をポンポンと叩いた。

「広瀬」

「ん?」

「あれ」

 斎藤の視線の先を見ると、田尻が歩いていた。みんなが着替え終わっている中、体操服を着て、右手に購買部で買ってきたらしいパンの入った袋を持っていた。

「田尻!」

 気がつくと、オレは駆けだしていた。

「叶太くん」

 田尻はのんきに笑顔で手を振ってくれた。

「なあ。ハル、知らない?」

 その瞬間、田尻の表情が固まった。

「牧村さん?」

「ああ。牧村陽菜」

 知らないはずはないと分かっていて、フルネームで言った。オレの勘は告げていた、コイツだ、と。コイツがハルと一緒にいたんだ、と。
 隣のクラスの女子。身長は百六十四~五センチ。しっかり鍛えられて引き締まった身体。ショートカットで、日焼けしていない、普通に健康的な肌色。そして、未だ体操服のままで廊下を歩いているのが、何よりの証拠。きっとコイツだ。

「ハルは、どこ?」

「……え? 叶太くん?」

 田尻が一瞬、怯んだような顔をした。
 ダメだ。胸騒ぎがするんだ。一刻も早くハルのところに行きたいんだ。
 それなら、コイツを怒らせちゃ、ダメだ。まだ、何があったのかなんて分からないんだから。ただ、おしゃべりしただけかも知れない。用事があって、話していただけかもしれないんだから。

「ハルがどこにいるか、教えてくれる?」

 オレは努めて笑顔で田尻に笑いかけた。

「あの……」

「会ってたんだよな?」

 優しく、優しく、オレは笑顔をつくる。

「……う、うん」

 ビンゴ!!

「ハルは、どこにいるのかな?」

「え、っと」

「渡さないといけないものがあって、探してるんだ。な、斎藤」

 そう言って、斎藤を振り返った。何となく斎藤に振った。本当に何となく、そうした方がいい気がして。

「そうなの?」

「ああ」

 田尻はどうしようかなと首を傾げた。
 教えろよ。教えたからって、おまえに何か悪いことがあるわけじゃ、ないだろ!?
 オレはまた笑顔をつくる。

「教えてくれたら、オレ、探しに行くから、さ」

 ようやく、田尻は口を開いた。

「保健室の手前のガラス戸から出たところの、校舎裏」

「中等部に続く雑木林の?」

「うん。でも、まだいるか分からないよ?」

「ああ。大丈夫。ありがとう!」

 オレはそのまま駆けだした。斎藤がオレのすぐ後ろについてくる。階段は二段飛ばしで駆け下りる。
 途中で先生にすれ違って、「こら! 廊下を走るな!」って言われたけど、オレは、

「すみません!!」

 って叫んで、そのまま通り過ぎた。反省文くらい、後で何百枚でも書いてやる。怒られたってかまわない。この嫌な予感がオレの思い違いなら、その方が百倍いい!!
 息が切れる。オレたちの教室から、保健室はけっこう遠いんだ。
 重いドアを開けて、校舎から飛び出して、

「ハル!」

 って呼んで、ぐるりと辺りを見回すと、探すまでもなくハルがそこにいた。
 校舎の壁のすぐ横で、うつ伏せに、倒れていた。

「ハル!!!」

 全身に鳥肌が立った。すぐに駆け寄りたかったのに、一瞬、足がすくんだ。

「広瀬!」

 斎藤の声でようやく我に返って、オレはハルの元に駆け寄った。

「ハルッ!!」

 ……良かった。
 ハルの背が苦しそうに揺れていた。
 うまく呼吸ができていない。顔色は青白いを通り越して、土気色で……。なのに、良かった、と思っていた。
 ……生きてた。間に合った!!

「斎藤! 救急車! 呼んで!!」

「え?」

「保健室、すぐそこだから! 先生に言って」

「分かった!!」

 斎藤が駆け出した。

「ハル! ハル!」

 ハルの肩に手をかける。

「ハル!」

 ハルの手から、ポロリと携帯が落ちた。その画面に自分の名前を見つけて、オレは気がついたら叫んでいた。

「ハル!! なんで電話しないんだよ!!」

 意識のないハルに向かって、叫んでいた。

「なんでもっと早くに、呼ばなかったんだよ!! ハル!!」

 だけど、ハルの返事はなくて。ハルの意識はまるで戻らなくて。オレは本当に間に合ったのか、分からなくなって……。
 息はある。心臓も動いてる。
 だから、きっと大丈夫だと、大丈夫に違いないと、オレは祈るような思いで、意識のないハルの手を握った。
 保健の先生がやってきて、担任がかけつけて、だけど、誰も見守る以外の何もできなくて。それから、遠くに救急車のサイレンが聞こえて、担任が誘導に走った。
  オレは慌てて、ハルのじいちゃんに電話をした。

「じいちゃん? オレ、叶太」

「おう。カナくん。どうした? こんな時間に」

「驚かないで。ハルが倒れて、今、救急車呼んだ。そっちに運んでもらうから、待機してて」

「分かった!」

「意識はない。呼吸はかなり苦しそう。でも、心臓は動いてる」

「ああ。ありがとう!」

 隣で聞いていた斎藤が、「誰?」と聞いてくる。

「ハルのじいちゃん。ハルんちも病院なんだ」

「運ぶ……って」

「牧村総合病院。知ってる?」

「知ってる、って!? 知ってるに決まってるだろ!」

「はは。でかいもんな」

 血の気のない冷たいハルの手を握りながら、斎藤の存在をどれほどありがたいと思ったか。

「院長だからさ、外来もないじゃん。病院にいたら、飛んできてくれるから……」

「そっか。心強いな」

「ハルのお母さんも医者なんだけど、そっちは、多分忙しいから……」

 そんなことを説明しながら、ようやくオレは心の平静を保っていた。心の中では、ひたすら、「ハル、頑張れ。ハル、頑張れ」と、唱えていた。
 半ばムリヤリ、救急車にはオレが同乗した。生徒が同乗って普通はさせないんだろうけど、行き先はハルの家の病院だったし、オレはハルの幼なじみで、ハルのことを一番よく分かるのはオレで、それは先生もよく知っていたから許してくれた。先生は、救急車の後をついて、車で病院に来ると言っていた。
 救急隊員が大声で呼んでも、救急車の中でも、ハルの意識は戻らなくて……。
 酸素濃度は低くて、酸素マスクを付けられて、さりげなく取り出されたAEDが、ハルの容態の重さを物語っていて……。



「陽菜!」

 病院に着くと、ハルの母さんとじいちゃんが待っていた。
 救急隊員からの引継ぎ。ハルは心電図やら点滴やら酸素マスクやら、いろいろ付けられて、オレは一通りの話を聞かれた後、外に出された。
 保健の先生がもう来ていて、オレは見かけた処置の様子を伝えた。

「大変だったわね」

 先生がいたわるように言ってくれた。
 だけど……

「大変なのは、ハルだから」

「……そうね」

 オレには何もできない。こんな時、オレにはなんの力もない。無力な自分がイヤになる。
 なんで防げなかったんだろう? どうして、こんなことになってしまったんだろう?
 入学した時には、ハルは今よりずっと元気だった。楽しそうで、仲の良い志穂と同じクラスになれたと喜んでいた。毎日、ニコニコ笑っていたのに……。
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