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12年目の恋物語
17.叶太の奮闘1
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病院に運ばれたハルは、当然だけどそのまま入院となった。オレはハルの側にいたかったけど、入院先がICUだったので付き添うこともできなかった。
ただ、ハルのじいちゃんが、特別にと家族でもないのにコッソリと中に入れてくれたので、ほんの五分ほどだけどハルに会うことができた。たくさんの点滴に心電図、呼吸器……医療機器に囲まれて、ハルは昏々と眠り続ける。
意識はまだ、戻らない。
ハルの冷たい手を握る。ピクリとも動かなかった。
「ハル」
耳元で、そっと呼びかけてみる。
「ハル、起きろよ」
それから、ハルの髪をそっとなでた。ハルの頬にはまるで血の気が感じられない。手はこんなに冷たい。なのに、ハルの髪はいつもと同じに柔らかくて、ふわふわだった。
両手でハルの手を包み込み、はあっと息をかけて暖める。ハルが凍えてる気がして。
「叶太くん」
呼ばれて振り返ると、白衣を着たハルの母さんがいた。
「出ようか?」
「……もう少し」
もう出るようにって言われると思ったのに、ダメ元でそう言うと、おばさんは、
「じゃあ、少しだけ、ここで話そうか」
と言って、薄く笑った。
「ねえ、叶太くん、陽菜はいったい何に悩んでいたの?」
おばさんが言った。オレの方が聞きたいよ。そう思ったけど、そうは言えない。
「……すみません。オレにも分からなくて」
「……そう」
おばさんはささやくように言った。オレもツライけど、おばさんだってツライに違いない。
「じゃあ、今日は、何があったの?」
発見した時にハルがどんな状態だったのかは伝えた。だけど、ハルがなぜ倒れたのかは言っていない。多分、田尻との間に何かあった。それは確か。逆に言うと、それしか確かなことはない。
オレにも分からないことだらけだ。
「ごめん、おばさん。オレにも分からないんだ」
そんなことしか言えない自分が情けなかった。
「そう」
数秒の間の後、おばさんはオレの肩をポンと叩いた。
「叶太くん、今日はもう帰りなさい」
「このまま、ここにいちゃ、ダメ?」
ハルの手を握りしめたままに言うと、
「親としてはいさせてあげたいし、いて欲しいけどね。ICUだから」
ここに入れてもらって、ハルに会わせてもらっただけでも十分だと思わなくてはいけない。そうは分かっても手が離せない。
「叶太くん」
再度、言われて、ようやく立ち上がった。
「ハル、また来るよ。それまでに目を覚ましていて」
ハルの耳元でそうささやき、オレはおばさんに連れられてICUを出た。
◇ ◇ ◇
それから二日後、ハルの意識が戻ったと連絡をもらって、オレは放課後、病院に飛んで行った。牧村総合病院は、オレとハルの家から自転車で五分程度の距離。学校帰りに家を通り越して、制服のままで病院に向かった。
「ハル!!」
ハルが使うのはいつも特別室だから、いつもの部屋の表札を確認してオレは飛び込んだ。
意識が戻って良かった! 大事に至らなくて本当に良かった!! ハル!! ハル、本当に良かったな!!
そんな浮かれた気分で、オレはハルの病室に飛び込んだ。
けど、ハルはオレを見ると、
「……イ、ヤ!!」
怯えるように顔をゆがめた。
……え?
オレは最初、その言葉の意味が分からなかった。
まさか、ハルに怯えられるとは思ってもいなかったから、オレは、ハルに何かあったのかと思って、慌ててハルの側に駆け寄って、
「ハル!?」
慌ててハルの腕を取ろうとしたら、
「ヤダッ! ヤッ!」
ハルが泣きながら、オレを避けようと身体をひねった。
「イヤだッ!! 来ないで!!」
……来ないで?
まだ、酸素マスクも取れていなくて、心電図もついたままで、もちろん点滴もしているハル。ただ、意識が戻って、病室がICUから一般病棟になっただけで、ハルはまだまだ病人で、オレを避けようと全身で激しく動いて、叫んだハルの心臓は怪しい動きをして、心電図計からの警告音が鳴り響いた。
「ハ、ハル!! 暴れないで!」
息も荒く、肩が激しく上下して、
「ヤ……ダ、イ、ヤ!」
泣き叫ぶ、ハルの呼吸はひどく苦しそうで、
「どうかしましたか!?」
看護師さんが部屋に駆け込んできて、オレは部屋を出された。
◇ ◇ ◇
「ハルに会えない……」
ハルが入院して一週間。
一般病棟に移った日に、オレのせいでハルの容態がおかしくなった。そんなことが二日続いて、オレは、お見舞いに行っても病室に入れてもらえなくなった。
オレが行くとハルがパニックを起こす。泣いて、オレから逃げようと暴れて興奮して、呼吸困難を起こして……。
「なんでだよ」
オレのぼやきを聞いた志穂が、親切にも教えてくれる。
「陽菜、大分、良くなってきたよ」
それはオレの台詞だろう? そう言いたい。だけど言えない。なんでおまえなんだよ、とも言えない。ハルが志穂に会えて喜んでるなら、オレはそれを喜ばなきゃいけない。……とは思えども、理性と感情は別モンだ。
「ずりーよ、志穂」
オレは机に突っ伏して、ため息を吐いた。
「なんで、おまえは会ってもらえるんだよ」
じとーっとオレが志穂を見上げると、志穂は気の毒そうに言った。
「……会ってもらえないの、叶太くんだけじゃない?」
「ひでー。おまえ、ホント、情け容赦ないな……」
八つ当たりだ。そう分かっていても、ため息まじりに愚痴らずにはいられなかった。
「そんな可哀想な叶太くんに、羽鳥先輩から伝言あるんだけど」
「んあ? ……羽鳥先輩から、伝言?」
「そう。聞く?」
羽鳥先輩。ハルと仲がいい二年のクールなイケメン。学年トップの成績を誇り、笑顔が優しい……嫌みな人物。考えたくもないけど、もしかしたら、ハルが好きなヤツ。
「……言えよ」
意を決して言うと、志穂はにっこり笑った。
「ハルちゃんとの仲を取り持ってやろうか?」
……は?
「もう一回、聞きたい?」
思わず頷く。
「ハルちゃんとの仲を取り持ってやろうか?」
オレは突っ伏していた身体を起こし、志穂をマジマジと見る。
「……いくら、わたしを見たって、羽鳥先輩にはならないよ?」
「バカ。当たり前だ」
「どうする?」
どうする、って言うか。
「なんで、羽鳥先輩が、そんな伝言よこすんだよ!?」
「陽菜のとこ、毎日お見舞い行ってるから」
「志穂、原因と結果が、つながんねーよ」
ハルんとこに、毎日お見舞いに行って話をしたら、どうして、オレとハルの仲を取り持つって話になるんだ? ……わけわかんねーだろ。それとも、オレがバカだから分かんないだけ!?
「そっか。叶太くんには、難しすぎる質問だったって、伝えておくよ」
志穂が、じゃ、と立ち去ろうとするのを見て、オレは反射的に志穂の腕を掴んでいた。
「ま、待て待て待て待て待て!!」
「ん?」
「オレが、お願いしますって言わなかったら、どうなるの?」
「……そんなん、わたしが知ってるわけないじゃん」
あ、そうですか。
「でも、もしかしたら、羽鳥先輩に陽菜、取られちゃうかもね」
「はあ!? 志穂、おまえ、どっちの味方だよ!」
志穂は呆れたようにオレを見た。
「陽菜の味方に決まってるでしょ? バカなこと聞かないでよね」
「……失礼しました」
「じゃ、ねー」
志穂が手を振って立ち去ろうとするのを、オレはまた手を引いて止めた。そうして、苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「……お願いします」
どんな取り持ちだか知らないが、お願いしないリスクの方が高い気がしてならない。だから、頼むことにした。
「ん?」
「よろしくお願いします!! って、羽鳥先輩に伝えて」
「ああ!」
志穂はにっこりと笑うと、「了解!」と 警官のように、ビシッと敬礼した。
◇ ◇ ◇
そうして、今、オレの前には羽鳥先輩が座っている。
例によって、和食処 和なごみ。
志穂は部活。オレは羽鳥先輩の前で一人座りながら、居心地の悪い思いをしていた。
「さて、広瀬くんに、やって欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
さわやかに言われるけど、素直に受け取れない。だって、この人、言うなれば、オレのライバルだろ?
「それ、やらなかったら、どうなるんですか?」
そう言うと、先輩はマジマジとオレを見返してきた。そうして、呆れたように、
「真剣味が足りないな」
と言うと、スッと立ち上がった。
え!?
「は、羽鳥先輩!? 待ってください!」
そう言えば、志穂は羽鳥先輩の言うことを聞くようにって、散々、言っていた。
瞬間、その時のことが脳裏に浮かぶ。
「分かってる? 叶太くん、ちゃんと聞いてよ?」
「はいはい」
ああああ! 「はいはい」、じゃないだろ、オレ!!
「す、すみませんでした! なんでも聞きます! なんでもやります!! 生意気言って、申し訳ありませんでした!!!」
オレは反射的に立ち上がって、ガバッと頭を下げた。
「正直言ってね、ボクだって乗り気じゃないし、やりたくてやってるわけじゃない」
そりゃ、そうだ。「ボクにもつけいる隙があるってことかな?」の羽鳥先輩なんだから。
「はい」
九十度に頭を下げたまま、返事をする。
「ボクがハルちゃんをもらったって、いいんだよ」
「せ、先輩!!」
慌てて顔を上げると、先輩に言われた。
「キミには隙がありすぎだ。それは魅力でもあり短所でもある」
説教モード!? 先輩は、座りなさいとばかりにイスを指さし、自分も座った。
「広瀬くん、キミは知ってるかな? チャンスの神様には前髪しかないんだよ。やらなきゃどうなるとか、やったらどうなるとか、のんびり考えている間にチャンスは逃げていくぞ」
チャンスの神様。どこかで聞いたことがある。親父だったか、ハルの父さんだったか……。そんな大人が話すようなことが、一つ上の先輩の口から出てくることが、不思議だった。
この人には、とても勝てない。逆らっちゃダメだ、味方になってくれるというのなら、すがりついてでも助けてもらった方がいい。……多分。
とにかく、オレ、もう、今のままはイヤなんだ。ハルに会えないのも、泣かれるのも、イヤなんだ。怯えられるなんて、もってのほかで、それを何とかする手段を羽鳥先輩が持っているのなら、オレは死に物狂いで教えてもらうべきで……。
ハルに会いたい。
ハルの声を聞きたい。
ハルの笑顔が見たい。
「申し訳ありませんでした」
オレはもう一度、頭を下げた。次に顔を上げると、先輩は笑って「よし」と、小さくうなずいてくれた。
「あの、……で、オレ、何をすればいいんでしょう?」
多分、オレは相当、情けない顔をして先輩を見た。だけど、先輩はいたって冷静に答える。
「キミには、手紙を書いてもらう」
手紙?
「誰に?」
思いがけない単語に、オレは思わず聞き返して先輩に苦笑された。
「この流れで、ハルちゃん以外の誰に書くの?」
確かに。オレは頭をかく。
「一言でいうなら、ラブレターだな」
「は?」
ラブレター? ラブレターッ!! オレからハルへの、ラブレターッ!? 思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえた。自分の顔が真っ赤になったのが分かる。
「いえ、書きたくないってわけじゃ、ないんです!!」
言い訳するオレを、先輩は面白そうに見た。遊ばれてる? ……いや、オレが勝手に一人であたふたしてるだけか。
にしても、ラブレター!! オレが、ラブレターかよ!!
「メールじゃ、ダメなんですか?」
「ハルちゃんに、メールなんかで気持ちが伝わると思ってるの?」
気持ちが伝わるか? 会って言葉を尽くしても伝わらなかった。なのに、メール? ムリだ。伝わるわけがない。
大体、ハルはメールとかあまり好きじゃない。そう言いはしないけど、好んでは使わない。送ったら、返事はくれるけど、自分からはめったに送ってこない。
……なんで、そんなにハルのこと、詳しいんだよ。
「じゃあ、これ」
と、先輩は可愛らしいレターセットを取り出した。更に、また一つ、また一つと……。ピンク。水色。若草色。花柄。水玉。
「って! 先輩! いくつ持ってんですか!?」
「ん? 見れば分かるだろ?」
結局、十冊ほど数えたところで、ようやく品切れ。
「どうぞ」
「え? オレが、これで書くんですか!?」
同じ便せんでも、もっと普通の、男が使ってもいいのだって、あるだろ!?
「書かないの?」
厳しい声じゃないけど、笑顔の後ろの威圧感がすごい。
「いえ。……じゃあ、これで」
オレは、かろうじて許容範囲、水色の空をモチーフにしたレターセットに手を伸ばした。
「じゃあ、明日までに書いてくること」
「……はい」
「放課後、ここでいいかな?」
「え?」
「添削するから」
「添削っ!?」
先輩の動きが止まる。
「あの……よろしく、お願いします」
オレは慌てて頭を下げた。先輩は満足そうにうなずき、それから、スッと立ち上がった。
「じゃ、明日」
「あ。先輩! レターセット、忘れてます!」
指さすと、先輩は面白そうに笑った。
「一冊じゃ、足りないだろ?」
……どんだけ、書かせる気だ!!
「そうだな。最低、十枚くらいは欲しいかな?」
十枚っ!!
「……十枚以上ですね。了解しました」
大きめの字で書けば、なんとか……。できるか!? オレ、作文は、ハッキリ言って、苦手だぞ!?
「あたりまえだけど、字の大きさは適切にね。小学生じゃないんだから」
……ですよね。
先輩はポケットから五百円玉を出すと、テーブルに置いた。
「じゃ、明日」
「え! ここ、出しますから! ってか、この代金も」
とレターセットを指す。一冊なら、そんな値の張るものでもないけど、何しろ十冊!!
「気にすることはない。……そうだな、コーヒー代のかわりに取っておいて」
つり合わないから! 慌てて値段を見ると、一冊がコーヒー代くらいする。とオレがあたふたしている間に、先輩は、五百円玉を取り上げ、ポケットに入れると、そのまま、
「じゃ、明日。楽しみにしてるよ」
と軽く手を挙げ、出て行ってしまった。
ただ、ハルのじいちゃんが、特別にと家族でもないのにコッソリと中に入れてくれたので、ほんの五分ほどだけどハルに会うことができた。たくさんの点滴に心電図、呼吸器……医療機器に囲まれて、ハルは昏々と眠り続ける。
意識はまだ、戻らない。
ハルの冷たい手を握る。ピクリとも動かなかった。
「ハル」
耳元で、そっと呼びかけてみる。
「ハル、起きろよ」
それから、ハルの髪をそっとなでた。ハルの頬にはまるで血の気が感じられない。手はこんなに冷たい。なのに、ハルの髪はいつもと同じに柔らかくて、ふわふわだった。
両手でハルの手を包み込み、はあっと息をかけて暖める。ハルが凍えてる気がして。
「叶太くん」
呼ばれて振り返ると、白衣を着たハルの母さんがいた。
「出ようか?」
「……もう少し」
もう出るようにって言われると思ったのに、ダメ元でそう言うと、おばさんは、
「じゃあ、少しだけ、ここで話そうか」
と言って、薄く笑った。
「ねえ、叶太くん、陽菜はいったい何に悩んでいたの?」
おばさんが言った。オレの方が聞きたいよ。そう思ったけど、そうは言えない。
「……すみません。オレにも分からなくて」
「……そう」
おばさんはささやくように言った。オレもツライけど、おばさんだってツライに違いない。
「じゃあ、今日は、何があったの?」
発見した時にハルがどんな状態だったのかは伝えた。だけど、ハルがなぜ倒れたのかは言っていない。多分、田尻との間に何かあった。それは確か。逆に言うと、それしか確かなことはない。
オレにも分からないことだらけだ。
「ごめん、おばさん。オレにも分からないんだ」
そんなことしか言えない自分が情けなかった。
「そう」
数秒の間の後、おばさんはオレの肩をポンと叩いた。
「叶太くん、今日はもう帰りなさい」
「このまま、ここにいちゃ、ダメ?」
ハルの手を握りしめたままに言うと、
「親としてはいさせてあげたいし、いて欲しいけどね。ICUだから」
ここに入れてもらって、ハルに会わせてもらっただけでも十分だと思わなくてはいけない。そうは分かっても手が離せない。
「叶太くん」
再度、言われて、ようやく立ち上がった。
「ハル、また来るよ。それまでに目を覚ましていて」
ハルの耳元でそうささやき、オレはおばさんに連れられてICUを出た。
◇ ◇ ◇
それから二日後、ハルの意識が戻ったと連絡をもらって、オレは放課後、病院に飛んで行った。牧村総合病院は、オレとハルの家から自転車で五分程度の距離。学校帰りに家を通り越して、制服のままで病院に向かった。
「ハル!!」
ハルが使うのはいつも特別室だから、いつもの部屋の表札を確認してオレは飛び込んだ。
意識が戻って良かった! 大事に至らなくて本当に良かった!! ハル!! ハル、本当に良かったな!!
そんな浮かれた気分で、オレはハルの病室に飛び込んだ。
けど、ハルはオレを見ると、
「……イ、ヤ!!」
怯えるように顔をゆがめた。
……え?
オレは最初、その言葉の意味が分からなかった。
まさか、ハルに怯えられるとは思ってもいなかったから、オレは、ハルに何かあったのかと思って、慌ててハルの側に駆け寄って、
「ハル!?」
慌ててハルの腕を取ろうとしたら、
「ヤダッ! ヤッ!」
ハルが泣きながら、オレを避けようと身体をひねった。
「イヤだッ!! 来ないで!!」
……来ないで?
まだ、酸素マスクも取れていなくて、心電図もついたままで、もちろん点滴もしているハル。ただ、意識が戻って、病室がICUから一般病棟になっただけで、ハルはまだまだ病人で、オレを避けようと全身で激しく動いて、叫んだハルの心臓は怪しい動きをして、心電図計からの警告音が鳴り響いた。
「ハ、ハル!! 暴れないで!」
息も荒く、肩が激しく上下して、
「ヤ……ダ、イ、ヤ!」
泣き叫ぶ、ハルの呼吸はひどく苦しそうで、
「どうかしましたか!?」
看護師さんが部屋に駆け込んできて、オレは部屋を出された。
◇ ◇ ◇
「ハルに会えない……」
ハルが入院して一週間。
一般病棟に移った日に、オレのせいでハルの容態がおかしくなった。そんなことが二日続いて、オレは、お見舞いに行っても病室に入れてもらえなくなった。
オレが行くとハルがパニックを起こす。泣いて、オレから逃げようと暴れて興奮して、呼吸困難を起こして……。
「なんでだよ」
オレのぼやきを聞いた志穂が、親切にも教えてくれる。
「陽菜、大分、良くなってきたよ」
それはオレの台詞だろう? そう言いたい。だけど言えない。なんでおまえなんだよ、とも言えない。ハルが志穂に会えて喜んでるなら、オレはそれを喜ばなきゃいけない。……とは思えども、理性と感情は別モンだ。
「ずりーよ、志穂」
オレは机に突っ伏して、ため息を吐いた。
「なんで、おまえは会ってもらえるんだよ」
じとーっとオレが志穂を見上げると、志穂は気の毒そうに言った。
「……会ってもらえないの、叶太くんだけじゃない?」
「ひでー。おまえ、ホント、情け容赦ないな……」
八つ当たりだ。そう分かっていても、ため息まじりに愚痴らずにはいられなかった。
「そんな可哀想な叶太くんに、羽鳥先輩から伝言あるんだけど」
「んあ? ……羽鳥先輩から、伝言?」
「そう。聞く?」
羽鳥先輩。ハルと仲がいい二年のクールなイケメン。学年トップの成績を誇り、笑顔が優しい……嫌みな人物。考えたくもないけど、もしかしたら、ハルが好きなヤツ。
「……言えよ」
意を決して言うと、志穂はにっこり笑った。
「ハルちゃんとの仲を取り持ってやろうか?」
……は?
「もう一回、聞きたい?」
思わず頷く。
「ハルちゃんとの仲を取り持ってやろうか?」
オレは突っ伏していた身体を起こし、志穂をマジマジと見る。
「……いくら、わたしを見たって、羽鳥先輩にはならないよ?」
「バカ。当たり前だ」
「どうする?」
どうする、って言うか。
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志穂が、じゃ、と立ち去ろうとするのを見て、オレは反射的に志穂の腕を掴んでいた。
「ま、待て待て待て待て待て!!」
「ん?」
「オレが、お願いしますって言わなかったら、どうなるの?」
「……そんなん、わたしが知ってるわけないじゃん」
あ、そうですか。
「でも、もしかしたら、羽鳥先輩に陽菜、取られちゃうかもね」
「はあ!? 志穂、おまえ、どっちの味方だよ!」
志穂は呆れたようにオレを見た。
「陽菜の味方に決まってるでしょ? バカなこと聞かないでよね」
「……失礼しました」
「じゃ、ねー」
志穂が手を振って立ち去ろうとするのを、オレはまた手を引いて止めた。そうして、苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「……お願いします」
どんな取り持ちだか知らないが、お願いしないリスクの方が高い気がしてならない。だから、頼むことにした。
「ん?」
「よろしくお願いします!! って、羽鳥先輩に伝えて」
「ああ!」
志穂はにっこりと笑うと、「了解!」と 警官のように、ビシッと敬礼した。
◇ ◇ ◇
そうして、今、オレの前には羽鳥先輩が座っている。
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志穂は部活。オレは羽鳥先輩の前で一人座りながら、居心地の悪い思いをしていた。
「さて、広瀬くんに、やって欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
さわやかに言われるけど、素直に受け取れない。だって、この人、言うなれば、オレのライバルだろ?
「それ、やらなかったら、どうなるんですか?」
そう言うと、先輩はマジマジとオレを見返してきた。そうして、呆れたように、
「真剣味が足りないな」
と言うと、スッと立ち上がった。
え!?
「は、羽鳥先輩!? 待ってください!」
そう言えば、志穂は羽鳥先輩の言うことを聞くようにって、散々、言っていた。
瞬間、その時のことが脳裏に浮かぶ。
「分かってる? 叶太くん、ちゃんと聞いてよ?」
「はいはい」
ああああ! 「はいはい」、じゃないだろ、オレ!!
「す、すみませんでした! なんでも聞きます! なんでもやります!! 生意気言って、申し訳ありませんでした!!!」
オレは反射的に立ち上がって、ガバッと頭を下げた。
「正直言ってね、ボクだって乗り気じゃないし、やりたくてやってるわけじゃない」
そりゃ、そうだ。「ボクにもつけいる隙があるってことかな?」の羽鳥先輩なんだから。
「はい」
九十度に頭を下げたまま、返事をする。
「ボクがハルちゃんをもらったって、いいんだよ」
「せ、先輩!!」
慌てて顔を上げると、先輩に言われた。
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説教モード!? 先輩は、座りなさいとばかりにイスを指さし、自分も座った。
「広瀬くん、キミは知ってるかな? チャンスの神様には前髪しかないんだよ。やらなきゃどうなるとか、やったらどうなるとか、のんびり考えている間にチャンスは逃げていくぞ」
チャンスの神様。どこかで聞いたことがある。親父だったか、ハルの父さんだったか……。そんな大人が話すようなことが、一つ上の先輩の口から出てくることが、不思議だった。
この人には、とても勝てない。逆らっちゃダメだ、味方になってくれるというのなら、すがりついてでも助けてもらった方がいい。……多分。
とにかく、オレ、もう、今のままはイヤなんだ。ハルに会えないのも、泣かれるのも、イヤなんだ。怯えられるなんて、もってのほかで、それを何とかする手段を羽鳥先輩が持っているのなら、オレは死に物狂いで教えてもらうべきで……。
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ハルの声を聞きたい。
ハルの笑顔が見たい。
「申し訳ありませんでした」
オレはもう一度、頭を下げた。次に顔を上げると、先輩は笑って「よし」と、小さくうなずいてくれた。
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「誰に?」
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「この流れで、ハルちゃん以外の誰に書くの?」
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「は?」
ラブレター? ラブレターッ!! オレからハルへの、ラブレターッ!? 思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえた。自分の顔が真っ赤になったのが分かる。
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にしても、ラブレター!! オレが、ラブレターかよ!!
「メールじゃ、ダメなんですか?」
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気持ちが伝わるか? 会って言葉を尽くしても伝わらなかった。なのに、メール? ムリだ。伝わるわけがない。
大体、ハルはメールとかあまり好きじゃない。そう言いはしないけど、好んでは使わない。送ったら、返事はくれるけど、自分からはめったに送ってこない。
……なんで、そんなにハルのこと、詳しいんだよ。
「じゃあ、これ」
と、先輩は可愛らしいレターセットを取り出した。更に、また一つ、また一つと……。ピンク。水色。若草色。花柄。水玉。
「って! 先輩! いくつ持ってんですか!?」
「ん? 見れば分かるだろ?」
結局、十冊ほど数えたところで、ようやく品切れ。
「どうぞ」
「え? オレが、これで書くんですか!?」
同じ便せんでも、もっと普通の、男が使ってもいいのだって、あるだろ!?
「書かないの?」
厳しい声じゃないけど、笑顔の後ろの威圧感がすごい。
「いえ。……じゃあ、これで」
オレは、かろうじて許容範囲、水色の空をモチーフにしたレターセットに手を伸ばした。
「じゃあ、明日までに書いてくること」
「……はい」
「放課後、ここでいいかな?」
「え?」
「添削するから」
「添削っ!?」
先輩の動きが止まる。
「あの……よろしく、お願いします」
オレは慌てて頭を下げた。先輩は満足そうにうなずき、それから、スッと立ち上がった。
「じゃ、明日」
「あ。先輩! レターセット、忘れてます!」
指さすと、先輩は面白そうに笑った。
「一冊じゃ、足りないだろ?」
……どんだけ、書かせる気だ!!
「そうだな。最低、十枚くらいは欲しいかな?」
十枚っ!!
「……十枚以上ですね。了解しました」
大きめの字で書けば、なんとか……。できるか!? オレ、作文は、ハッキリ言って、苦手だぞ!?
「あたりまえだけど、字の大きさは適切にね。小学生じゃないんだから」
……ですよね。
先輩はポケットから五百円玉を出すと、テーブルに置いた。
「じゃ、明日」
「え! ここ、出しますから! ってか、この代金も」
とレターセットを指す。一冊なら、そんな値の張るものでもないけど、何しろ十冊!!
「気にすることはない。……そうだな、コーヒー代のかわりに取っておいて」
つり合わないから! 慌てて値段を見ると、一冊がコーヒー代くらいする。とオレがあたふたしている間に、先輩は、五百円玉を取り上げ、ポケットに入れると、そのまま、
「じゃ、明日。楽しみにしてるよ」
と軽く手を挙げ、出て行ってしまった。
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結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
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さくしゃ
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