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番外編1 初デート
1.出発
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七月。
気温が上がりすぎると、暑さに弱いわたしは途端に動けなくなる。けど、今はまだそこまでは暑くなくて程よい気候。
晴れてカナとつきあうことになって、二週間。学校で、毎日、いろんな人から声をかけられていたのも、大分落ち着いた。
とは言っても、恥ずかしくて困ったような顔をしていたら、わたしではなく質問はカナの方に行くようになっただけかも知れないのだけど。
今日は土曜日。外は快晴。
窓を開けると気持ちの良い風が舞い込んできた。カーテンが揺れるのに合わせて、光も揺れる。窓の外に見える木々の緑が心地いい。
カナとのことですっかり落ちた体重も、少しずつ戻ってきた。合わせて、すっかり落ちた体力も。徐々にだけど。
おかげで、今日も七時には気持ちよく目を覚ますことができた。
お気に入りのワンピースに着替えて、髪の毛をとかす。
洗面所に寄って、顔を洗う。
今日はやりたいことがある。
鏡の中の自分が思いの外元気そうで、わたしは嬉しくなってしまった。
「おはよう、ママ」
ダイニングに行くと、ママが新聞から目を上げ、驚いたようにわたしを見た。
「おはよう。珍しいわね」
休みの日、わたしは平日の疲れから寝て過ごすことが多い。特に、五月以降はそんな感じだった。
ママにもすっかり心配をかけてしまった。
「お嬢さま、お食事はどうされますか?」
お手伝いの沙代さんが、にこにこ笑顔でキッチンから顔を出す。
「スープがいいな」
「じゃあ、具だくさんのスープとパン、フルーツを用意しましょうね」
「少しにしてね」
「はいはい。大丈夫ですよ。食べられないほど、つけたりしませんからね」
沙代さんは嬉しそうに笑う。
二週間前まで、毎日ろくに食事がとれていなかったわたしに、一番最初に気づいて、一番長く心配してくれたのは、多分、沙代さん。謝ったら、何も言わずに抱きしめてくれた。
わたしが生まれる前から家にいる、家族と同じくらい大切な人。
言えないけど、もう1人のお手伝いさんとは全然違う存在。
「ねえ、ママ」
「ん? なあに?」
「今日、出かけてきてもいい?」
ママはわたしの言葉に、目を見開いた。
それくらい、休日に出かけるなんて珍しいこと。
「叶太かなたくんの家に……とは違うわよね」
「うん」
もちろん、カナの家に遊びに行くくらいなら、わざわざ許可を取ったりしない。
「図書館?」
「ううん」
ごくごくたまに足を運ぶのは市立図書館。
でも、図書館に行くのだって、別にママに行っていいかなんて聞いたりしない。
「あのね、T市のデパートでハンドクラフト展をしているの」
「……うん」
ママの視線が宙をさまよった。
きっと、ママはハンドクラフトの意味が理解できずにいる。
頭は良いけど、お料理やお裁縫はさっぱりのママ。
クスリと笑うと、ママは肩をすくめた。
ハンドクラフトでイメージはできなくても、わたしの趣味が手芸だと知っているママは、何となくは想像が付くみたい。
「それで、見に行きたいの」
「いいわよ。車、空いてるから使いなさい」
「え? 電車で行くのよ」
ママの動きが一瞬止まった。
「電車!?」
「だって、会場、駅前のデパートだもの」
ママが困ったように、わたしの目を見た。
「誰と?」
「え? 一人でよ」
ママは、わたしの顔をまじまじと見つめた。
……ママ、それは失礼よ。
いくら、普段一人で出かけたりしないからって。わたし、もう高校生なんだし。
だけど、わたしの気持ちを知ってか知らずか、ママはパンと両手を合わせてニッコリほほえんだ。
「叶太くんを誘いなさい」
「え? なんで?」
カナは、もちろんハンドクラフトなんて興味がない。
多分、読書と同じくらい興味がないと思う。
「何でもいいから、叶太くんを連れて行きなさい」
連れて行きなさいって、ママ、まるでカナのこと、モノみたいに……。
「陽菜、あなた、電車なんて乗ったことないでしょう?」
わたしは頷いた。
だからこそ電車に乗ってみようと思ったんだもの。
「揺れるし、どこでも降りれるって訳じゃないし、具合が悪くなったら大変よ」
基本的には何でも自由にさせてくれるママだけど、電車はダメらしい。
ママが言いたいことは分かるけど……。
「でもね、ママ、」
続けようとすると、沙代さんが口を挟んできた。
「奥さま、そろそろお時間じゃないですか? 昨夜、今日は早く行くと言ってらっしゃいませんでした?」
「いけない! ホント、もう出なきゃ!」
ママは急いで新聞を閉じ、残ったコーヒーを一気に飲みほした。
「とにかく、叶太くんと行きなさいね! 大丈夫、行き先はどこでも喜んでついてくるから!」
ついてくるから……って。ママったら。
わたしが何の返事もできずにいる内に、ママは勢いよく立ち上がる。
「じゃあ、いってきます」
ドアに向かう前、思い出したように、ママはわたしのところに来て、わたしの頭をギュッと抱きしめた。それから、すごい勢いでダイニングを飛びだしていった。
「いってらっしゃい」
わたしの声、ママに届いたかしら?
気温が上がりすぎると、暑さに弱いわたしは途端に動けなくなる。けど、今はまだそこまでは暑くなくて程よい気候。
晴れてカナとつきあうことになって、二週間。学校で、毎日、いろんな人から声をかけられていたのも、大分落ち着いた。
とは言っても、恥ずかしくて困ったような顔をしていたら、わたしではなく質問はカナの方に行くようになっただけかも知れないのだけど。
今日は土曜日。外は快晴。
窓を開けると気持ちの良い風が舞い込んできた。カーテンが揺れるのに合わせて、光も揺れる。窓の外に見える木々の緑が心地いい。
カナとのことですっかり落ちた体重も、少しずつ戻ってきた。合わせて、すっかり落ちた体力も。徐々にだけど。
おかげで、今日も七時には気持ちよく目を覚ますことができた。
お気に入りのワンピースに着替えて、髪の毛をとかす。
洗面所に寄って、顔を洗う。
今日はやりたいことがある。
鏡の中の自分が思いの外元気そうで、わたしは嬉しくなってしまった。
「おはよう、ママ」
ダイニングに行くと、ママが新聞から目を上げ、驚いたようにわたしを見た。
「おはよう。珍しいわね」
休みの日、わたしは平日の疲れから寝て過ごすことが多い。特に、五月以降はそんな感じだった。
ママにもすっかり心配をかけてしまった。
「お嬢さま、お食事はどうされますか?」
お手伝いの沙代さんが、にこにこ笑顔でキッチンから顔を出す。
「スープがいいな」
「じゃあ、具だくさんのスープとパン、フルーツを用意しましょうね」
「少しにしてね」
「はいはい。大丈夫ですよ。食べられないほど、つけたりしませんからね」
沙代さんは嬉しそうに笑う。
二週間前まで、毎日ろくに食事がとれていなかったわたしに、一番最初に気づいて、一番長く心配してくれたのは、多分、沙代さん。謝ったら、何も言わずに抱きしめてくれた。
わたしが生まれる前から家にいる、家族と同じくらい大切な人。
言えないけど、もう1人のお手伝いさんとは全然違う存在。
「ねえ、ママ」
「ん? なあに?」
「今日、出かけてきてもいい?」
ママはわたしの言葉に、目を見開いた。
それくらい、休日に出かけるなんて珍しいこと。
「叶太かなたくんの家に……とは違うわよね」
「うん」
もちろん、カナの家に遊びに行くくらいなら、わざわざ許可を取ったりしない。
「図書館?」
「ううん」
ごくごくたまに足を運ぶのは市立図書館。
でも、図書館に行くのだって、別にママに行っていいかなんて聞いたりしない。
「あのね、T市のデパートでハンドクラフト展をしているの」
「……うん」
ママの視線が宙をさまよった。
きっと、ママはハンドクラフトの意味が理解できずにいる。
頭は良いけど、お料理やお裁縫はさっぱりのママ。
クスリと笑うと、ママは肩をすくめた。
ハンドクラフトでイメージはできなくても、わたしの趣味が手芸だと知っているママは、何となくは想像が付くみたい。
「それで、見に行きたいの」
「いいわよ。車、空いてるから使いなさい」
「え? 電車で行くのよ」
ママの動きが一瞬止まった。
「電車!?」
「だって、会場、駅前のデパートだもの」
ママが困ったように、わたしの目を見た。
「誰と?」
「え? 一人でよ」
ママは、わたしの顔をまじまじと見つめた。
……ママ、それは失礼よ。
いくら、普段一人で出かけたりしないからって。わたし、もう高校生なんだし。
だけど、わたしの気持ちを知ってか知らずか、ママはパンと両手を合わせてニッコリほほえんだ。
「叶太くんを誘いなさい」
「え? なんで?」
カナは、もちろんハンドクラフトなんて興味がない。
多分、読書と同じくらい興味がないと思う。
「何でもいいから、叶太くんを連れて行きなさい」
連れて行きなさいって、ママ、まるでカナのこと、モノみたいに……。
「陽菜、あなた、電車なんて乗ったことないでしょう?」
わたしは頷いた。
だからこそ電車に乗ってみようと思ったんだもの。
「揺れるし、どこでも降りれるって訳じゃないし、具合が悪くなったら大変よ」
基本的には何でも自由にさせてくれるママだけど、電車はダメらしい。
ママが言いたいことは分かるけど……。
「でもね、ママ、」
続けようとすると、沙代さんが口を挟んできた。
「奥さま、そろそろお時間じゃないですか? 昨夜、今日は早く行くと言ってらっしゃいませんでした?」
「いけない! ホント、もう出なきゃ!」
ママは急いで新聞を閉じ、残ったコーヒーを一気に飲みほした。
「とにかく、叶太くんと行きなさいね! 大丈夫、行き先はどこでも喜んでついてくるから!」
ついてくるから……って。ママったら。
わたしが何の返事もできずにいる内に、ママは勢いよく立ち上がる。
「じゃあ、いってきます」
ドアに向かう前、思い出したように、ママはわたしのところに来て、わたしの頭をギュッと抱きしめた。それから、すごい勢いでダイニングを飛びだしていった。
「いってらっしゃい」
わたしの声、ママに届いたかしら?
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