12年目の恋物語

真矢すみれ

文字の大きさ
42 / 151
13年目のやさしい願い

8.意識不明1

しおりを挟む
 最近、眠れない。

 おじさまに、カナと同じクラスにするよう頼まないでってお願いした後も、やっぱり不安だったのかな? 眠れない日が続いた。
 カナにバレて、カナとケンカした後も、うまく寝付けない日があった。
 カナに怒鳴られたこと、やっぱり、ショックだった。

 そして、パパがやったことに気がついてからは……。
 寝付けないし、眠りも浅くなっているし、食欲も落ちている。

 だからかな。今日の検査の結果は散々だった。
 土曜日。二週間に一度の診察の日。
 先生は真顔でわたしに告げた。

「陽菜ちゃん、今日は帰してあげるけどね。これ以上、悪くなったら入院させるよ」

 半分は脅しだと分かったけど、続く言葉に、赤ちゃんの頃から診てくれている先生には、全部お見通しなのかもしれないって思った。

「眠れないなら睡眠導入剤出しておくから。後、食べられないなら点滴してもらいなさい。お母さんに伝えておくから」

「……はい」

「それと、少しでも調子が悪かったら、学校は休まなきゃダメだよ。分かってると思うけど、ムリは禁物。しばらくは土日も出かけたりしないで、ゆっくり身体を休めて」

 土日外出禁止令まで発令。
 しばらくっていつまでだろう? 次の検診日、二週間後までかな?
 言わなきゃバレないってものでもない。
 うちの場合、先生から直通で、この病院で働いているママのところに情報が流れちゃうから。

「……はい」

 カナ、デートに誘ってくれたよね。
 最近、どうもカナとの間がギクシャクしている。だからか、

「今度、休みの日にどっか遊びに行こう!」

 って、誘ってくれた。

「ハル、どこ行きたい?」

 って、嬉しそうにガイドブックを持ってきてくれた。
 ごめんね、カナ。……診察がない日も、しばらく、どこにも行けそうもないよ。
 そんなことを考えながら、絵本と折り紙の入った手提げ袋を持つと、

「小児病棟も、子どもたちは喜ぶだろうけど控えめにね」

 と、先生が言った。
 小児科の病室で、子どもたちに絵本を読む。一緒に折り紙を折る。工作をしたり手芸を教えたりする。なんてことはない。ただ一緒に遊ぶんだ。
 もう何年も前からの、わたしの楽しみ。
 でも、それもダメなんだ。

「……はい」

 わたしの表情が硬くなったのを感じてか、先生はふうっと息を吐いて、仕方ないなと苦笑いした。

「薬は後で届けるようにするから、薬局寄らずに行っておいで。その分だけ、ゆっくりできるだろ?」

 と、子どもの頃と同じに、わたしの頭をくしゃっとなでて、にこっと笑ってくれた。
 それから、付け足すように言った。

「来週、また診せにおいで。その前に具合が悪くなるようだったら、すぐに来ること。いいね?」

 調子が良ければ、検診は月に一回。少しでも良くないと二週間に一回。自宅療養や入院手前だと週に一回。

「……はい」

 告げられた内容に、心が少し重くなった。



 ハル。



 入院病棟へ向かって歩いている時、呼ばれた気がして振り返った。

「カナ?」

 空耳?
 カナ、今日は迎えに来てくれると言っていたから、早く着いたのかなと思ったのだけど、視界のどこにもカナはいなかった。

 そのまま、ぼんやりとカナのことを想う。
 カナ。ごめんね。最近、ぜんぜん、うまく笑えない。

 カナが気にしていること、分かってる。
 いつまでも、終わったことをウジウジ考えたくはない。
 だけど、忘れられない。

 来年、もう一度、クラス替えがある。その時も、カナはわたしと同じクラスを望むのだろうか? 来年は、おじさまに頼むのだろうか? それとも、パパに?
 今さら、言ってもムダだと分かってる。だから、もう、カナには何も言っていない。
 だけど、忘れたわけではない。
 そこまで、こだわるようなことじゃない。どうでも良いことだって、分かってるはずなのに、どうして、割り切ることができないんだろう?



「陽菜ちゃん!」

「陽菜ちゃんだー!」

「絵本読んで~!」

「折り紙しようよ!」

 大部屋に入ると、子どもたちが一斉に集まってきた。
 動けない子はベッドの上で笑顔を見せてくれる。動ける子たちは、抱きついてくる。隣の部屋の子を呼びに行く子どももいる。ここは小さい子中心の大部屋。
 お見舞いに来ているお母さんもいたので、ぺこりと頭を下げる。

「こんにちは」

「こんにちは。いつもありがとう」

 まだ若いお母さん、嬉しそうに小さな女の子の頭をなでた。

「この子も、陽菜ちゃんが来るの、すごく楽しみにしていたのよ」

 その子の頭には、部屋の中なのにニット帽。抗がん剤治療で、髪の毛が抜けてしまったんだ。まだ、七歳なのに。女の子なのに。
 ……元気になりますように。

「今日の絵本、何!?」

「何だと思う?」

 わたしの手提げ袋を覗き込むのは、点滴を付けて歩く男の子。
 新しく見る顔もいる。それでも、春休み中は検診日以外も来ていたから、大体知っている顔ぶれ。
 新しい子も、わたしのこと、聞いていたのかな? もじもじしながらも、笑いかけると笑顔を返してくれた。

 ベッドから動けない子の周りに、自然と子どもたちが集まる。わたしが、そちらの方に絵本を向けるのを知っているから。
 今日は、ベッドから降りられない子は一人だ。
 交通事故で足と肋骨を骨折して、まだ自由には動けない男の子。この前に来たときよりは、随分顔が明るい。
 よかったね。

「最初はね……」

 と、大きな絵本を取り出すと、

「あ! 妖怪ひとつ目くんだ!」

 と、この話を知っている子が声を上げた。
 わたしはニッコリ微笑んで、スウッと息を吸ってから読み始める。

「むかーしむかし、ほんの少し昔、こーんな変わった妖怪がいました」

 いつも何となくザワザワした空気の漂う病室に、わたしの本を読む声だけが響く。
 でも、それはほんの一瞬の静寂で、子どもたちは物語に夢中なだけで、お話が大きく動くと、吹き出すし、笑うし、手を叩いて喜んでくれる。

「うそーーっ」

「何で、そんなこと、するんだよ!」

「さーて、何ででしょう?」

 わたしはニッコリ笑って、じらすように、ゆっくりとページをめくる。
 待ちきれないよ、とキラキラ輝く子どもたちの瞳。
 ほっこり心が暖まる。

 世の中には、悲しい絵本も考えさせられる絵本も、たくさんある。
 そんなお話もわたしは、好きだった。自分では、そんな絵本も読んだし、悲しい物語も好きだ。思う存分涙を流すと、心が不思議とスッキリとするんだ。
 だけど、わたしがここで読むのは楽しい絵本、幸せな気持ちになれる絵本。

 現実世界は楽しいことばかりじゃない。そんなこと、わざわざ絵本から教えてもらわなくても、きっと、この子たちは知っている。
 ここは完全看護だから、よほどのことがないと夜には家族は帰ってしまう。ツライ治療がある子もいる。数ヶ月に渡る長い病院暮らしをする子もいる。退院して、また戻ってくる子も……。突然、同室にいた子がいなくなる……、長くいるとそういう恐怖も味わう。

 だから、楽しくて明るい絵本。
 絵本を読んでもらう間くらい忘れたっていいじゃない? ツライ現実なんて……。

「……と言うわけで、三人は末永く、幸せに暮らしました」

 最後の言葉を読み終えて、パタンと絵本を閉じると、子どもたちの小さな手による、可愛らしい拍手が病室に響いた。



「陽菜」

 二冊読み終わったところで、病室の入り口の方から、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
 見ると、そこにはママが立っていた。

 ……え? なんで?

 白衣を身に着け、ポケットには聴診器、胸にはネームプレート。完全にお医者さんスタイルのママに、手招きされて立ち上がる。
 ママのところに向かおうとすると、思い直したように、ママがわたしの方にやってきた。そうして、ママはわたしが持っていた絵本をそっと袋に戻すと、袋をそのまま手に持った。

「……ママ?」

「ちょっと、一緒に来て」

「え? なぁに?」

 戸惑うわたしへの返事は後回しにして、ママは病室の子どもたちに言った。

「ごめんね。お姉ちゃん、急用だから今日はここまでね」

 え? 急用って?
 何が起こっているのか分からず、呆然としている間に、ママに軽く背中を押されて病室の外に連れ出された。
 いつもは、終わりにしようとしても、

「もっと遊んで」

「帰っちゃやだ」

 って、わたしにしがみついて、なかなか帰らせてくれない子どもたちだけど、白衣を着たママ……お医者さまの言葉には逆らわなかった。
 絵本を二冊読んだだけで、他には何もできなかったけど、子どもたちは、

「陽菜ちゃん、バイバイ!」

「陽菜ちゃん、また来てね!」

 と、手を振ってくれた。
 子どもたちの声に、かろうじて振り返り小さく手を振った。
 もしかして、先生は言わなかったけど、検査の結果がとてつもなく悪かったんだろうかとも思ったけど、そんな雰囲気でもない。

「ママ? お仕事は?」

 横を歩く、わたしより十センチほど背の高いママの顔を見上げた。

「大丈夫。仕事中だから」

 ママは真顔で言った。
 ……仕事中? なのに何が大丈夫?
 ママはそれ以上は何も言わず、そのまま少し歩くと、わたしをナースステーションの側のベンチに座らせた。

 それで分かった。
 ……イヤな話だ。きっと、とてつもなくイヤな話が始まるんだ。
 わたしが倒れるんじゃないかって、ママが心配するような、尋常ではない話が……。

「陽菜、落ち着いて聞いてね」

 ママが話し始める前から、鼓動が早くなる。

 おじいちゃんか、おばあちゃんに何かあった?
 ……もしかして、パパ?
 まさか、お兄ちゃん?
 ドクン、ドクンと、心臓が脈打つ音が聞こえる気がした。

「叶太くんがね、」

 ……え? カナ?

 思いもかけない名前を耳にして、周りに聞こえていたあらゆる音が遠くなった。
 だって、今から話すのは悪いニュースなんでしょう?

 ……なんで、カナが?

 心臓の拍動が、一気に強くなった。
 ぞくりと、嫌な感触が背中に走った。

「少し前に、交通事故で救急に運ばれてきて」

 カナ!
 思わず立ち上がろうとしたら、ママに肩を押さえられ、もう一度、座らされた。

「意識がないから、」

 その言葉を聞いた瞬間、全身から血の気が引き、目の前が真っ暗になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。

さくしゃ
恋愛
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。 「甘酒って甘くないんだ!」 ピュアで、 「さ、さお…ふしゅうう」 私の名前を呼ぼうとして呼べなくて。 だけど、 「し、しゅ…ふしゅうう」 それは私も同じで。 不器用な2人による優しい恋愛物語。 果たして私たちは 「さ…ふしゅぅぅ」 下の名前で呼び合えるのでしょうか?

処理中です...