12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

13.再会2

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 身体が大きい方ったって所詮は小学三年生。まだチビだったオレには、あの頃、ハルのためにできることなんて、ほとんどなかったんだ。
 せいぜい、ハルのランドセルを運ぶくらいで、具合が悪くなった時にも背中をさするとか、先生を呼ぶとか、そんなくらい。
 それが、とてももどかしくて、オレは早く大人になりたくて仕方なかった。
 ただ、大人になっただけじゃダメだってのは、もう分かっていて、だから、大人になった時、何ができるようになっていたらハルのためになるのか、ずっと考えていた。

「一緒にいるオレが医者だったら、安心だろ?」

 裕也さんは、笑顔で答えてくれた。

 出会った年、高校生だった裕也さんは、その頃にはもう医学生だった。
 裕也さんは、瑞希ちゃんより三つ年上。親同士が親友で、家が近所の幼なじみ。
 最初はただ仲の良い幼なじみだったのが、気がついたら二人はつきあっていた。
 ハルの見舞いに来て、瑞希ちゃんに初めて会ったのは小学一年生の時。瑞希ちゃんは、とてもキレイで優しいお姉さんだった。

 大部屋の子どもたちは、仲良く楽しそうに遊んでいるのに、ハルは入院中、いつも一人。
 そんなハルが、瑞希ちゃんと仲良くなったのをきっかけに他の子たちとも話すようになった。
 ハルにとって、瑞希ちゃんは特別な存在だった。

 瑞希ちゃんの病気も生まれつきの心臓病だったから、自分と境遇が重なって感じられて、オレはよく裕也さんに色んなことを聞いていた。
 その頃、既にオレの年齢の倍は生きていた裕也さん。だけど、オレが聞くことに、いつも真面目に答えてくれた。
 心臓の病気ではあったけど、瑞希ちゃんの病気は、ハルより、ずっと状態がよかった。子どもの頃に受けた手術が上手くいき、小学生の頃は運動制限すらなかったらしい。けど、中学に入り、急激に悪化して入院。
 その後は、元の状態にまでは戻せず、色々と運動制限がついたけど、それでも投薬治療でうまくコントロールできていた。

 学年も学校も違う、裕也さんと瑞希ちゃんだったから、裕也さんは医者を選んだのかも知れない。
 確かに、何かあった時に専門知識がある方が良いには違いない。
 具合が悪くなった時だって、急を要するモノなのか、様子を見ていい程度なのか、場所が心臓だけに判断を誤ると大変なことになる。
 裕也さんの考えはもっともだと思った。それに、裕也さんは抜群に頭がよかったから、医者というのはムリしなくても手が届く職業だったんだ。

 だけど、ハルの家は総合病院を経営していて、母さんもじいちゃんも医者という環境。アドバイスはいくらでももらえるし、疑問にだって、いつでも答えてもらえる。
 オレは子どもながら、自分が医者になる必要はないと思った。

 それに正直、子どもながら、こうも考えた。
 休みがちなハルより勉強ができないオレが、医者なんてあり得ないよな?

 何より、具合が悪くて学校を休んでいても、入院していても、まるでハルの側にいられない、いつも忙しくしてるハルの母さんを見てると、医者になるのが良いとはとても思えなかった。
 だって、オレはとにかくハルの側にいたいんだから。
 だけど、それじゃあ何を目指そうかと考えても、その時のオレには何も思い浮かばなかった。

 ……そして、オレは今でも、どうするのが一番いいのか迷っている。


   ◇   ◇   ◇


「ん? どうした?」

 急に黙り込んだオレを、裕也さんが不思議そうに見る。

「……や、オレ、これから、どうしようかなって迷ってて」

 気がついたら、高校二年生。そろそろ真面目に、進路も考えなくてはいけない。
 大学まではいい。だけど本来は、その先を考えて学部も決めるべきで……。
 でも、オレはハルと一緒にいたいから、職業のために学部を選ぶのは、絶対にイヤで……。

「迷う?」

「そう。……どうやって、ずっとハルの側にいようかと」

 裕也さんは笑った。

「隣の家に住んでいて、同い年で同じ学校に通っていて、病院は家から五分でいつでも来られる。十分だろ?」

「……足りない」

 いや。本当は、今は足りている。
 ギリギリセーフで足りている。
 でも、この足りている状態から、少しでもハルとの時間を減らしたくないんだ。
 本当なら、もっと一緒にいたいんだ。
 だけど、それがムリなのは分かっている。
 未来を考えた時、この時間を減らさずにいるために、オレは何かをしないといけない気がしているんだ。

「贅沢だな」

 裕也さんはまた笑った。

「そうかな?」

「贅沢だよ」

 裕也さんの静かな笑顔。
 引き寄せられるようにハルの寝顔に目をやった。
 きっと、どれだけ一緒にいても足りないと思う。それは、紛れもない本心だった。
 だけど、オレの望みが贅沢だってことも、分かるんだ。
 ……隣の家に住んでいて、同じ学校で、同じ学年で、同じクラス。
 毎日、朝から夕方までハルと過ごせる自分が、申し訳なく感じられて、オレは何も言うことができなかった。

「陽菜ちゃん、少し診ようか」

「え? 裕也さん、できるの?」

「おいおい。まがりなりにも医者だよ。診察できなくてどうする?」

 コツンと頭を叩かれ、肩をすくめて、ごめんと謝る。
 ベッドの上で昏々と眠るハルの胸に、聴診器をじっくり場所を変えて、何度も当てて、それから脈を診て、裕也さんは難しい顔をした。
 ハルはやっぱり、まるで目を覚まさない。
 ハルの服を戻し終えると、裕也さんはオレに向き直った。

「叶太」

「なに?」

「陽菜ちゃん、相当調子悪いぞ」

「……うん」

「昨日、今日でどうこうってより、カルテ……昨日の検査結果とか見ても、あんまり良くない」

「……うん」

 新学期早々の事件発覚以来、ハルは元気がなかった。
 ただ落ち込んでただけじゃなくて、体調も良くないのは感じていた。

「ムリさせるな」

「はい」

「心労かけるな」

「……はい」

 ごめん、ハル。オレのせいだよな。
 ただでさえ調子悪そうだったのに、そこに来て、この交通事故騒ぎだ。

「後、……まず、おまえが、絶対に元気でいろよ?」

 裕也さんは、オレの頭をガシガシとなでた。
 その指が、昨日つくった巨大たんこぶに触れたものだから……。

「おわっ。イ、イタッ、……そこ、痛いって!」

「お、悪い悪い」

 あんまり悪いって思っていない顔で、裕也さんは笑いながら手を離した。



 ハルは相変わらず眠っている。
 裕也さんに手伝ってもらって、ムリヤリ起こして薬だけは飲ませたけど、多分、薬を飲んだことすら覚えていないだろう。とても目が覚めていると言えるような状態じゃなかった。
 オレの様子を見に来た看護師さんが、昏々と眠るハルを見て気を利かせて、

「点滴打ってもらえるように、先生に頼んでこようか?」

 と言ってくれたけど、さすがに断った。
 必要なら、おばさんでも、じいちゃんでも呼べばいい。
 ここで寝て少しでも楽になるなら、好きなだけ寝かせてやればいいんだ。



 ハルをベッドで寝かせて、ソファで兄貴が届けてくれた雑誌を読んでいると、斎藤が見舞いに来てくれた。

「あれ? なんで?」

 私服でベッドに寝てるハルを見て、斎藤は不思議そうな顔をした。

「いや、そこのイスで寝ちゃったから、ベッドに寝かせた」

「……いいの?」

「いいんじゃない?」

「適当だな」

 斎藤は苦笑した。
 どうせ明日には退院だと思って、特に知らせていなかった。……と言うか、志穂にメールを送った後、寝オチしたから斎藤には連絡していなかったわけだけど、志穂が知らせたらしい。
 一緒に行こうって誘われたんだけどさ、と斎藤が言うから、

「午前中は用事あった?」

 って聞くと、

「いや。だって、デートの邪魔しちゃ悪いだろ?」

 と返された。

「なに、気つかってんの」

「……広瀬、寺本のこととなると大雑把だな」

「え!? そんなことないだろ!?」

「いや、まだ付き合い始めて数ヶ月だし、少しは気つかえよ」

「……先輩と志穂って、本当に付き合ってるんだよな?」

「……まあ、あんまり甘~い雰囲気、ないよな」

 と斎藤も笑った。

「そうだ。斎藤にもお願い」

「ん? オレ、にも?」

「志穂にも頼んだんだけど、オレ、明日、学校行けないから、ハルのことお願いね?」

「……何を?」

「志穂には、一ヶ谷退治を頼んだんだけど、」

「……それは、オレにはムリ」

「だよな?」

 オレたちは顔を見合わせて笑った。
 去年、散々、斎藤には「オレには恋愛関係の相談はするな」って言われた。それでも、オレとハルの恋の成就のために、斎藤は随分手を貸してくれた。

「ハルがさ、もし具合悪くなったりしたら、保健室に連れてくとか……」

「ああ。力仕事?」

 斎藤が笑った。

「オレが愛しのハルちゃんに触れてもいいなら喜んで」

「……うっわ。おまえも言うようになったね」

 斎藤がクックッと笑いを噛み殺す。

「冗談、冗談。……了解。もしもの時は、オレがやるよ」

「悪い」

「いや。でも、牧村、明日、学校来られるの?」

 と斎藤は、相変わらず眠り続ける、ハルの方を見た。

「どうだろ? ハルは普段も割と土日は家で寝て過ごしてるから……」

「あれ? そうなの?」

「ああ」

「じゃ、さ、デートっていつしてるの?」

「……おまえも、そういうの、興味出てきた?」

「一般的な恋愛じゃなくて、おまえに対する純粋な興味だよ」

「え? オレ!? ……いや、残念ながら、オレはハル一筋で、いくら斎藤だからって男は……」

 オレがおどけて言うと、斎藤はでかい身体を乗り出してきて、ゴンッとオレの頭を叩いた。

「あ、バカ! 何すんだよ」

「おまえ、そういう冗談、いい加減やめろよ」

「……オレ、頭打って入院してんだぞ」

 叩かれたのは額の上辺りで、たんこぶの場所には程遠い。別に痛くも何ともなかったけど、冗談半分、恨めしそうにオレがそう言うと、
 斎藤はハッと我に返り、慌てふためいて、

「そうだった! 悪い!! ごめん!」

 と、「大丈夫か?」、「先生呼ぶか?」と大騒ぎしたものだから、逆にオレが、

「……ごめん、からかって。ぜんぜん、平気デス」

 と謝る羽目になった。
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