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13年目のやさしい願い
16.退院と不安1
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「特に異常もないし、今日、退院していいわよ」
「よっしゃ!」
オレがグッと拳を握ると、ハルの母さん……オレの主治医の先生はクスッと笑った。
「念のため、二、三週後に診せに来てね」
「え? なんで?」
「出血があるといけないから」
「今、ないのに?」
「遅発性の出血……頭を打って、一ヶ月とか経ってから症状が出る事があるからね」
「へえ」
とオレが軽く答えると、おばさんはオレじゃなく、オレのお袋の方を見た。
「絶対とは言えないけどね、まず問題ないから大丈夫。それに遅発性の出血は、症状が出てからの処置でも間に合うくらいだから」
……医者だ。
おばさんの白衣は見慣れていたし、医者だってのは、もちろん知っていた。けど、実際に自分が診察してもらうのと、白衣着てるのを見るだけとはぜんぜん違う。
「おばさん、医者だったんだね~」
思わず言うと、おばさんは不思議そうにオレの顔を見た。
「何を今さら?」
「いや、診察してもらったの始めてだったからさ」
横から見てるのと、自分が診察してもらうのとでは大違い……と続けようとしたら、お袋がたしなめるように、「叶太」とオレの名を呼んだ。看護師さんも面白そうにオレを見ていた。
「大丈夫。患者さんとも普通に、おしゃべりすることあるし」
笑いながら、おばさんがお袋に言った。
「そう?」
「ま、でも、叶太くんと、何もここで雑談することはないわよね」
そう言うと、おばさんはオレの方に視線を戻した。
「おしゃべりは家でしましょうか?」
「……おばさん。オレ、しょっちゅう行ってるけど、おばさんに会えることってほとんどないんだけど」
放課後にもハルに会いに行くし土日にも結構お邪魔するけど、おばさんを見かけることはほとんどない。
「そう? 叶太くん、陽菜しか見てないから、わたしの存在が目に入ってないだけじゃない?」
ニヤニヤ笑いながら言われて、オレはため息を吐く。
いくら何でも、そんなはずなはいだろ?
どうしてか、オレの親父もハルの母さんも、オレをからかうのが好きらしい。
「……まあ、ハルしか目に入ってないのは、確かかもね」
諦めて、ため息交じりにそう言うと、おばさんと看護師さんは吹き出し、お袋は「もう」と小さくため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
そうして、月曜日の午前中、オレの初の入院生活は、無事終了した。
二日ぶりの自宅だったけど、二日ばかり家を空けたからって、別に懐かしくも何ともない。
だけど、あの日、オレが放り出してきた自転車と荷物なんかが、ちゃんと家に戻っているのを確認して、ちょっとホッとした。
帰宅後、ハルには早速メールで、無事退院したよと送ったけど、返事は返って来なかった。
ハルはメールが好きじゃない。だから、自分からメールを打ってくることは、ほとんどない。でも、いつもなら返事くらいは返してくれる。
もしかして具合でも悪い?
土日も忙しかったし、体調悪そうだったし……。
心配になって、志穂と斎藤にメールしたら、二人からハルは普通に元気だと返ってきた。でも、その「普通に元気」が分からない。
ハルは、オレが止めなきゃ割と限界までムリをする。
……迎え、行くか。
三時前、家を出ようと一階に降たところで、お袋に呼び止められた。
「あら、なんで制服なんて着てるの?」
「学校行ってくる」
「え? もう、授業終わりの時間よね? って言うか、今日、お休みするって連絡してあるわよ?」
「ハル、迎えに行ってくる」
「……陽菜ちゃん、車でしょう?」
お袋が怪訝そうな顔をして、オレを見た。
大丈夫だよ。頭打って、おかしくなった訳じゃないって。
……ま、そんなこと心配してないだろうけど。
「ハルんち行って、車に乗せてもらってくから」
お袋は呆れたように、オレを見た。
「やーね。たった一日休んだだけで。陽菜ちゃんが帰ってくるの、待てないの?」
隣の家だ。お袋が言うのも、ある意味もっとも。だけど、
「待てないから、行くんだろ」
と、オレが言うと、お袋は「もう」とクスクス笑った。
「ホント、あなたは感情表現がストレートね。晃太とは大違い」
「違うかな?」
兄貴の方が、オレなんかよりずっと深い付き合いしてそうだし、ストレートに感情表現してそうだけど。
「ぜんぜん違うわよ」
「ふーん。そうかな?」
靴を履きながら、兄貴が彼女の腰を抱き親しげに歩いているところを思い浮かべる。さすがに、あれは、オレ、できないよな。
大学四年の兄貴。今の彼女は何人目だったっけ? 親父が催促するからって、兄貴、律儀に家に連れてくるんだもんな。
「……じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。陽菜ちゃんによろしくね」
お袋は面白そうに笑いながら、玄関を飛び出すオレに手を振った。
「え? 叶太?」
ホームルームが終わって、いち早く教室をから出て来たヤツが驚いた顔でオレを見た。
「なに、おまえ、休みじゃなかったの?」
後ろから、「おい、止まるなよ」と声をかけてくるヤツも、オレを見て、目を丸くする。
次の瞬間、そいつが、ニヤニヤ笑って、教室を振り返って声を上げた。
「ハルちゃん、お迎え!!」
「え? わたし?」
戸惑ったような、ハルの声が聞こえた。
「あー。コッソリ来たのに」
ハルを呼んだヤツに言うと、ニヤニヤ笑われた。
「教室に来た時点で、そりゃムリだろ。……ってか、もう大丈夫なの? 入院してたって聞いたけど」
「大丈夫、大丈夫」
答えながら中に入り、ハルの方を見ると目が合った。
ハルの顔を見ると、思わず、頬が緩む。
「ハル!」
足早にハルの席に向かう。
ハルが不思議そうにオレを見た。
「迎えって、カナ? ……なんで?」
……って言うか、ハル、オレ以外の誰を想像したの?
「なんでって、ハルを迎えに来ちゃダメ?」
「……わざわざ? 学校、お休みしたのに?」
だけど、オレの気持ちをよそにハルは無邪気に言った。
「家で待ってればいいのに」
オレはハルの顔を見られて、こんなに嬉しいのに。
「……しょうがないじゃん。少しでも早く、会いたかったんだから」
「……ん」
オレがハルの鞄に手を伸ばすと、ハルの表情がまた曇った。
ああ、これか。
と、オレはハルの頭に、そっと手を置いた。
「ハルの迎えの車に乗ってきた。だから、帰りも一緒」
「そっか」
ハルは、少しだけホッとしたように笑った。
ハルは多分、オレが教室から裏口までハルの荷物を運ぶためだけに、わざわざ学校に来たんじゃないかと心配してたんだ。だから、少なくとも廊下だけじゃなく、車でも一緒だと聞いてホッとしたと思う。
けど、仮にそうだとしても、自分にべた惚れの彼氏なんだから、ふんぞり返って「ご苦労」くらい言ってもいいと思うんだけど……。
あり得ないな。……そんなハル、想像もつかない。
オレが含み笑いをすると、ハルは不思議そうに、
「どうしたの?」
と言った。
オレを見上げる黒目がちな大きな目。
長いまつげ。抜けるように白い肌。赤い唇。ふわふわ柔らかい髪の毛。
「カナ?」
ダメだ、可愛すぎる。我慢できない。
思わず抱きしめると、教室中に、冷やかしのヤジが飛び交った。
腕の中のハルが、オレの腕から逃れようともがきながら、
「……恥ずかしいから、こういうのやめてって、言ってるのに」
と、困ったように、つぶやいた。
ゆっくりと、二人並んで廊下を歩く。
事故の前の金曜日までは、二人の間に流れていたのは妙に重苦しい空気。
今は以前のように、つないだ手のひらからは、暖かい思いが流れている気がする。
不幸中の幸いだった。
ハルを散々心配させたけど、たんこぶ一つでハルとの仲が元に戻ったのは、本当にラッキーだった。
「そうだ、ハル。オレ、何かあったかって心配したんだぞ。ハル、メールの返事くれないんだもんな」
「え? したよ?」
「え? ホント?」
オレはスマホを取り出して、改めて新着確認をした。
けど、やっぱり届いていない。
「ほら」
と見せると、ハルは立ち止まった。
自分の携帯を取り出し開いて、「あっ」と小さい声を上げた。
「ごめんね。送れてなかった」
上から覗き込むと、メールの画面に、未送信のオレへのメールが表示されていた。
『よかった! おめでとう☆』
何とも短い、ハルのメール。
スクロールの必要がないどころか、一瞬で読めるし……。
「貸して」
と、オレはハルの手から携帯を取ると、ポチッと送信ボタンを押した。
「え? もう読んだのに?」
ハルが不思議そうな顔で、首を傾げた。
……やっぱり消すつもりだったんだよな。
「寂しいからちょうだい。返事くれなかったの、ハルだけだぞ」
拗ねたように言うと、
「……ご、ごめんね」
と、ハルは申し訳なさそうに身体を小さくした。
手をつないで歩き、車の後部座席に並んで座る。
学校帰り、同じ車で下校するのなんて、十二年と一ヶ月、同じ学校に通って始めてだった。
「不思議だな」
「うん。変な感じだね」
付き合いの長さ故か、そんな単語で十分に気持ちは通じる。
並んで車の後部座席に乗ることは、もちろんある。でも、いつもは私服。今日は二人とも制服。
それが、妙にこそばゆい。
「大丈夫だった?」
ハルがオレの目を見てそう聞きながら、つないだ手にキュッと力を入れた。
「ん? 病院? 大丈夫。じゃなきゃ、退院できないよ?」
「そうだよね」
安心したように笑うハル。
「あ。二、三週間後に再診だって」
オレが付け加えると、ハルの顔が強ばった。
「え?」
「もう一回、CT撮って、出血とかないか確認するんだって」
「出血……って、脳のだよね?」
表情が一気に曇り、目が潤み始めた。
「ハル!? 大丈夫だって! 念のための検査なんだから! 後から、出血が見つかるケースがあって……って!」
もう、すっかり安定したと思っていたハルの気持ちは、まだ、ぜんぜん安定していないみたいで、オレを見つめる大きな目からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「どうした? なんか土曜日から、ハル、ものすごく泣き虫だぞ?」
「……だ、だってっ」
「ハル、オレの顔、見て? 元気そうだろ? 普通に笑ってるだろ? 頭痛がなきゃ、明日から学校も行っていいって」
「頭痛?」
「頭が痛かったり気持ち悪かったりしたら、絶対休めって言われた」
「痛くない?」
「ああ。……たんこぶは、まだ痛いけどね」
オレが後頭部を指さしながら笑うと、ハルはまだ不安そうな表情を浮かべながらも、ようやく涙を止めてくれた。
「よっしゃ!」
オレがグッと拳を握ると、ハルの母さん……オレの主治医の先生はクスッと笑った。
「念のため、二、三週後に診せに来てね」
「え? なんで?」
「出血があるといけないから」
「今、ないのに?」
「遅発性の出血……頭を打って、一ヶ月とか経ってから症状が出る事があるからね」
「へえ」
とオレが軽く答えると、おばさんはオレじゃなく、オレのお袋の方を見た。
「絶対とは言えないけどね、まず問題ないから大丈夫。それに遅発性の出血は、症状が出てからの処置でも間に合うくらいだから」
……医者だ。
おばさんの白衣は見慣れていたし、医者だってのは、もちろん知っていた。けど、実際に自分が診察してもらうのと、白衣着てるのを見るだけとはぜんぜん違う。
「おばさん、医者だったんだね~」
思わず言うと、おばさんは不思議そうにオレの顔を見た。
「何を今さら?」
「いや、診察してもらったの始めてだったからさ」
横から見てるのと、自分が診察してもらうのとでは大違い……と続けようとしたら、お袋がたしなめるように、「叶太」とオレの名を呼んだ。看護師さんも面白そうにオレを見ていた。
「大丈夫。患者さんとも普通に、おしゃべりすることあるし」
笑いながら、おばさんがお袋に言った。
「そう?」
「ま、でも、叶太くんと、何もここで雑談することはないわよね」
そう言うと、おばさんはオレの方に視線を戻した。
「おしゃべりは家でしましょうか?」
「……おばさん。オレ、しょっちゅう行ってるけど、おばさんに会えることってほとんどないんだけど」
放課後にもハルに会いに行くし土日にも結構お邪魔するけど、おばさんを見かけることはほとんどない。
「そう? 叶太くん、陽菜しか見てないから、わたしの存在が目に入ってないだけじゃない?」
ニヤニヤ笑いながら言われて、オレはため息を吐く。
いくら何でも、そんなはずなはいだろ?
どうしてか、オレの親父もハルの母さんも、オレをからかうのが好きらしい。
「……まあ、ハルしか目に入ってないのは、確かかもね」
諦めて、ため息交じりにそう言うと、おばさんと看護師さんは吹き出し、お袋は「もう」と小さくため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
そうして、月曜日の午前中、オレの初の入院生活は、無事終了した。
二日ぶりの自宅だったけど、二日ばかり家を空けたからって、別に懐かしくも何ともない。
だけど、あの日、オレが放り出してきた自転車と荷物なんかが、ちゃんと家に戻っているのを確認して、ちょっとホッとした。
帰宅後、ハルには早速メールで、無事退院したよと送ったけど、返事は返って来なかった。
ハルはメールが好きじゃない。だから、自分からメールを打ってくることは、ほとんどない。でも、いつもなら返事くらいは返してくれる。
もしかして具合でも悪い?
土日も忙しかったし、体調悪そうだったし……。
心配になって、志穂と斎藤にメールしたら、二人からハルは普通に元気だと返ってきた。でも、その「普通に元気」が分からない。
ハルは、オレが止めなきゃ割と限界までムリをする。
……迎え、行くか。
三時前、家を出ようと一階に降たところで、お袋に呼び止められた。
「あら、なんで制服なんて着てるの?」
「学校行ってくる」
「え? もう、授業終わりの時間よね? って言うか、今日、お休みするって連絡してあるわよ?」
「ハル、迎えに行ってくる」
「……陽菜ちゃん、車でしょう?」
お袋が怪訝そうな顔をして、オレを見た。
大丈夫だよ。頭打って、おかしくなった訳じゃないって。
……ま、そんなこと心配してないだろうけど。
「ハルんち行って、車に乗せてもらってくから」
お袋は呆れたように、オレを見た。
「やーね。たった一日休んだだけで。陽菜ちゃんが帰ってくるの、待てないの?」
隣の家だ。お袋が言うのも、ある意味もっとも。だけど、
「待てないから、行くんだろ」
と、オレが言うと、お袋は「もう」とクスクス笑った。
「ホント、あなたは感情表現がストレートね。晃太とは大違い」
「違うかな?」
兄貴の方が、オレなんかよりずっと深い付き合いしてそうだし、ストレートに感情表現してそうだけど。
「ぜんぜん違うわよ」
「ふーん。そうかな?」
靴を履きながら、兄貴が彼女の腰を抱き親しげに歩いているところを思い浮かべる。さすがに、あれは、オレ、できないよな。
大学四年の兄貴。今の彼女は何人目だったっけ? 親父が催促するからって、兄貴、律儀に家に連れてくるんだもんな。
「……じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。陽菜ちゃんによろしくね」
お袋は面白そうに笑いながら、玄関を飛び出すオレに手を振った。
「え? 叶太?」
ホームルームが終わって、いち早く教室をから出て来たヤツが驚いた顔でオレを見た。
「なに、おまえ、休みじゃなかったの?」
後ろから、「おい、止まるなよ」と声をかけてくるヤツも、オレを見て、目を丸くする。
次の瞬間、そいつが、ニヤニヤ笑って、教室を振り返って声を上げた。
「ハルちゃん、お迎え!!」
「え? わたし?」
戸惑ったような、ハルの声が聞こえた。
「あー。コッソリ来たのに」
ハルを呼んだヤツに言うと、ニヤニヤ笑われた。
「教室に来た時点で、そりゃムリだろ。……ってか、もう大丈夫なの? 入院してたって聞いたけど」
「大丈夫、大丈夫」
答えながら中に入り、ハルの方を見ると目が合った。
ハルの顔を見ると、思わず、頬が緩む。
「ハル!」
足早にハルの席に向かう。
ハルが不思議そうにオレを見た。
「迎えって、カナ? ……なんで?」
……って言うか、ハル、オレ以外の誰を想像したの?
「なんでって、ハルを迎えに来ちゃダメ?」
「……わざわざ? 学校、お休みしたのに?」
だけど、オレの気持ちをよそにハルは無邪気に言った。
「家で待ってればいいのに」
オレはハルの顔を見られて、こんなに嬉しいのに。
「……しょうがないじゃん。少しでも早く、会いたかったんだから」
「……ん」
オレがハルの鞄に手を伸ばすと、ハルの表情がまた曇った。
ああ、これか。
と、オレはハルの頭に、そっと手を置いた。
「ハルの迎えの車に乗ってきた。だから、帰りも一緒」
「そっか」
ハルは、少しだけホッとしたように笑った。
ハルは多分、オレが教室から裏口までハルの荷物を運ぶためだけに、わざわざ学校に来たんじゃないかと心配してたんだ。だから、少なくとも廊下だけじゃなく、車でも一緒だと聞いてホッとしたと思う。
けど、仮にそうだとしても、自分にべた惚れの彼氏なんだから、ふんぞり返って「ご苦労」くらい言ってもいいと思うんだけど……。
あり得ないな。……そんなハル、想像もつかない。
オレが含み笑いをすると、ハルは不思議そうに、
「どうしたの?」
と言った。
オレを見上げる黒目がちな大きな目。
長いまつげ。抜けるように白い肌。赤い唇。ふわふわ柔らかい髪の毛。
「カナ?」
ダメだ、可愛すぎる。我慢できない。
思わず抱きしめると、教室中に、冷やかしのヤジが飛び交った。
腕の中のハルが、オレの腕から逃れようともがきながら、
「……恥ずかしいから、こういうのやめてって、言ってるのに」
と、困ったように、つぶやいた。
ゆっくりと、二人並んで廊下を歩く。
事故の前の金曜日までは、二人の間に流れていたのは妙に重苦しい空気。
今は以前のように、つないだ手のひらからは、暖かい思いが流れている気がする。
不幸中の幸いだった。
ハルを散々心配させたけど、たんこぶ一つでハルとの仲が元に戻ったのは、本当にラッキーだった。
「そうだ、ハル。オレ、何かあったかって心配したんだぞ。ハル、メールの返事くれないんだもんな」
「え? したよ?」
「え? ホント?」
オレはスマホを取り出して、改めて新着確認をした。
けど、やっぱり届いていない。
「ほら」
と見せると、ハルは立ち止まった。
自分の携帯を取り出し開いて、「あっ」と小さい声を上げた。
「ごめんね。送れてなかった」
上から覗き込むと、メールの画面に、未送信のオレへのメールが表示されていた。
『よかった! おめでとう☆』
何とも短い、ハルのメール。
スクロールの必要がないどころか、一瞬で読めるし……。
「貸して」
と、オレはハルの手から携帯を取ると、ポチッと送信ボタンを押した。
「え? もう読んだのに?」
ハルが不思議そうな顔で、首を傾げた。
……やっぱり消すつもりだったんだよな。
「寂しいからちょうだい。返事くれなかったの、ハルだけだぞ」
拗ねたように言うと、
「……ご、ごめんね」
と、ハルは申し訳なさそうに身体を小さくした。
手をつないで歩き、車の後部座席に並んで座る。
学校帰り、同じ車で下校するのなんて、十二年と一ヶ月、同じ学校に通って始めてだった。
「不思議だな」
「うん。変な感じだね」
付き合いの長さ故か、そんな単語で十分に気持ちは通じる。
並んで車の後部座席に乗ることは、もちろんある。でも、いつもは私服。今日は二人とも制服。
それが、妙にこそばゆい。
「大丈夫だった?」
ハルがオレの目を見てそう聞きながら、つないだ手にキュッと力を入れた。
「ん? 病院? 大丈夫。じゃなきゃ、退院できないよ?」
「そうだよね」
安心したように笑うハル。
「あ。二、三週間後に再診だって」
オレが付け加えると、ハルの顔が強ばった。
「え?」
「もう一回、CT撮って、出血とかないか確認するんだって」
「出血……って、脳のだよね?」
表情が一気に曇り、目が潤み始めた。
「ハル!? 大丈夫だって! 念のための検査なんだから! 後から、出血が見つかるケースがあって……って!」
もう、すっかり安定したと思っていたハルの気持ちは、まだ、ぜんぜん安定していないみたいで、オレを見つめる大きな目からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「どうした? なんか土曜日から、ハル、ものすごく泣き虫だぞ?」
「……だ、だってっ」
「ハル、オレの顔、見て? 元気そうだろ? 普通に笑ってるだろ? 頭痛がなきゃ、明日から学校も行っていいって」
「頭痛?」
「頭が痛かったり気持ち悪かったりしたら、絶対休めって言われた」
「痛くない?」
「ああ。……たんこぶは、まだ痛いけどね」
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