12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

17.退院と不安2

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「叶太」

 夜中、ベッドに寝っ転がって雑誌を読んでいるとドアがノックされて、開いた隙間から兄貴が顔を出した。

「ん? なに?」

「いや。……今日、例のおまえが助けたって女の子とその親、来たんだって?」

「……ああ。らしいね?」

 オレも帰宅後、お袋から、手土産にもらったというお菓子の詰め合わせとやらを見せられた。

「あれ? おまえ、家にいなかったの?」

「ん。ハルんとこにいた」

「え? 夕飯時に来たんだろ?」

「オレ、ハルんちで、ハルと食べてきたから」

「……退院の日くらい、家で食えよ」

「それを言うなら、兄貴だって、かわいい弟の退院の日くらい家にいろよ」

 兄貴も今日は、用事とやらで夕飯は外食。オレの言葉に兄貴は頭をかいた。

「いや、オレもつきあいってもんが……」

 苦笑する兄貴。こりゃ、彼女とデートだな。
 そうでもなきゃ、「かわいい弟」で、絶対に突っ込みが来るはずだ。

「たまには、いいじゃん? お袋だって、親父と水入らずで」

 軽く言うと、兄貴がオレに冷たい視線を向けた。

「おまえな、親に心配かけて、その言いぐさはないぞ?」

 兄貴、説教モード?
 ……でも、まあ、そうだよな。笑い事じゃなかったんだよな、最初は、きっと。
 兄貴が病室に飛び込んできた時の、切迫した声が脳裏に浮かぶ。

「……ごめん」

 すぐには帰れない遠方で、息子の事故を知らされたオレの両親。いくらCTの結果、異常がないって言われたって、意識がないって言われたら……。そりゃ、相当、驚いただろうし心配したよな?

「でもさ、今回の事故では、ハルが一番ダメージ受けてるから」

 オレの言葉に、兄貴は、

「……あ、そっか」

 と、虚を突かれたような顔をした。

「ハルちゃんだけ、意識がないおまえに会ってるんだよな」

「そう」

「だけど、元気そうじゃなかった?」

 ……兄貴は、泣きじゃくるハルを見てないから。
 泣きじゃくるハルどころか、オレに抱きしめられて、赤い顔してたハルしか見てないから。
 間が悪く、兄貴がオレを心配して病室に飛び込んできた瞬間、ハルは、意識が戻ったオレに抱きしめられていた。困ったような恥ずかしそうな顔をしたハルは、確かに、いつものハルと変わらないように見えたに違いない。

 だけど、あの日から、ハルは不安定だ。
 事故の後も翌日の日曜日も、ハルはオレから離れようとしなかった。土日、ハルが起きてる時は、ほとんどずっと手をつないでいた気がする。
 今日、教室で会った時はやけに冷静だったから、あれは一時的なものだったのかと思ったら、二人きりになってからは、一転して涙腺緩みまくりだし。
 きっと、あれは不安な気持ちの裏返し……。

 今日も、ハルがあんまりぴったりくっついてくるから、最初は単純に、オレ、嬉しかった。だけど、夕飯時、家に帰ろうとした辺りになって、それは、やっぱり不安から来てるんだって分かっちゃって……。
 ハルの目にはすぐに涙が浮かぶし、不安だから、すぐ側にいるのに、オレの存在を確かめるようにオレの手を探すんだって、分かっちゃって……。

「ハル、オレ、大丈夫だよ?」

 オレが安心させようと、そう言っても、

「……ん。分かってるよ?」

 ハルは、ただ静かにほほ笑みを返す。

 最初、夕飯はもちろん家に帰って食べるつもりだった。だけど、相変わらず、おばさんもおじさんも帰りは遅くて、ハルは一人。給仕は沙代さんがするから、実際は一人ではないし会話もある。だけど、お手伝いの沙代さんはハルと共に食事をとることはない。
 だから、やっぱり実質、ハルは一人でいるようなもんだし、夕飯だって一人で食べるのとあまり変わらない。
 ハルは、それに対して文句一つ言ったことはなかった。ハルの兄さんが、大学に合格して家を出ることが決まった時も、「おめでとう」と嬉しそうに笑っていた。

 今日もハルは笑顔を見せてくれた。
 こんな時ですら、ハルは、「帰らないで」とは言わなかったけど、だけど、

「また明日ね」

 そう言うハルの目が、潤んでいるのに気づいてしまったから……。

「ハルちゃん、そんなにショック受けてるの?」

 兄貴の言葉に、オレは珍しく慎重に言葉を選ぶ。

「……情緒不安定って、言うのかな」

「情緒不安定って、……どんな風に?」

「すぐ、泣く」

「ハルちゃんが?」

 兄貴のみならず、お袋や親父にとっても、多分、ハルのイメージは『笑顔』だろう。ハルは体調が悪い時すら、努めて、笑顔を見せようとする。
 多分、ハルとオレの家族から見たら、どんな時も笑顔を絶やさない、いつもニコニコ笑ってる優しい子、ハルはそんなイメージだ。
 兄貴は、まじまじとオレの顔を見た。

「それが本当なら……そりゃ、重傷だな」

「だろ?」

「大丈夫なの?」

「……多分」

「多分って、何だよ」

「いや、なんかオレ、泊まってこようかと思ったくらいだったんだけどね、」

「そりゃ、ダメでしょ。いくら何でも」

 兄貴の苦笑いに、オレも苦笑いで応じた。

「分かってるよ。だから、帰ってきたじゃん。おばさんが戻るの待ってさ」

「あ、そういうこと」

 誰にも何も言わないハル。
 ハルがあんまり、いつも笑ってるから、おばさんもおじさんも、ハルが寂しい思いをしてるなんて、思ってもいないんじゃないかな?
 オレにできるのは、側にいるくらいだけど、それだけでも、誰もいないより、ずっといいだろ?

 いつだってハルの側にいて、ハルがオレを求める時には、抱きしめてやりたい。
 何より、今回は、そんな不安定な精神状態にさせたのがオレなんだから。そう思うと、もう正直、いても立ってもいられないくらいで……。

「ってか、兄貴、何か用だったんじゃないの?」

「ん? ああ! そうそう。例のおまえが助けたっていう女の子の話」

 兄貴が、ぽんと手を打った。

「何かあった?」

「お袋が、やけに積極的なお嬢さんね……なんて言うから、」

「は?」

「おまえの学校とか、年とか……は、まあともかく、趣味とか、部活は何かとか、あれこれ聞きまくってたらしいぜ?」

「……なんだそりゃ」

 オレが眉をひそめると、兄貴は真顔で言った。

「一番聞きたかったのは、彼女がいるかどうか、だろうね」

「はあ?」

 いるに決まってるだろ?
 日曜日、見舞いに来てくれた時だって、ハルは片時も離れず、オレの隣にいたんだから。……ハル、爆睡してたけど。

「はっきりは聞かなかったらしいけどな」

「何なの、一体」

「そりゃ、おまえに惚れたんだろ?」

「……は?」

「命の恩人だし?」

「大げさな」

「いや、状況聞いてたら本気で命の恩人だろ? おまえがいなかったら、その子のとこに直撃だったみたいじゃん?」

「まあ、そうかもね。でも、命に別状があるかなんて分からないじゃん」

「そりゃそうだけどさ。あやうく事故に遭いかけて、身を挺して助けてくれたのは年の近い男の子で、しかも、結構カッコよくて、病院に見舞いに行ったら特別室で、家にお詫びに行ったら豪邸で……」

 と、兄貴が皮肉な笑いを浮かべた。

「……って、超打算的じゃん」

 うんざりして、思わずため息。

「おまえのこと、王子様みたいに見えるんじゃない?」

「オレが、そんなキャラかよ」

「まあ、お袋も、どうかと思ったみたいで、息子には許嫁がいますからとか、言ってやったってよ」

 えっ!? 許嫁!? マジッ!?
 許嫁っていったら、ハルしかいないよな!?
 お袋っ! ありがとう!!

 にまにま笑ってると、兄貴が笑った。

「おいおい。ただの口実だろ?」

 兄貴の呆れ顔に、浮かれた気持ちが急激にしぼんだ。

「……まあ、そうだよな」

 つまんないこと、突っ込むなよ、兄貴。
 いいんだよ。オレがハルしか見てないこと、どうせ、みんな知ってんだからさ。
 不機嫌に口をとがらせたオレを見て、兄貴は苦笑い。それから、真顔で一言。

「一応、気をつけろよ?」

「何を?」

「家も名前も割れてるから」

「……はあ? 何があるって言うの?」

「いや、熱烈アプローチが始まるかもよ?」

 オレをからかうように、にやにや笑う兄貴。

「カンベンしてよ。オレさ、そういう面倒なの、正直うっとうしいとしか思えない。ハルのことだけで頭いっぱい。も、ハルのこと以外考えられないし」

 オレの言葉に、兄貴は吹き出した。

「そうだな。おまえが誰かに誘惑されるなんて、考えるだけ無駄だな」

「そう。オレ、ハル一筋だから」

 兄貴はまた面白そうに笑った。
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