12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

22.失恋2

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「……で、これ、どうすれば?」

「斎藤くん、ありがとう。ちょっと待ってね」

 ハルが斎藤に礼を言いながら、オレの腕を引いた。

「ん? どうした?」

「カナ、あの子、誰?」

「あ。この前の交通事故で助けたヤツ」

「……そっか。だから聞き覚えがあったんだ」

「え? 何に?」

「声」

 ハルは、それからオレの目をじっと見た。

「あのね、あの子、カナに話があるんだって」

 それにオレが答える前に、篠塚が大声を上げた。

「ちょっと! あんた、何言ってんのよ!」

 両手首を斎藤に捕まれたまま、憎々しげにハルを見る篠塚。

 だけど、ハルはそれをムシしてオレに言った。

「カナ、あの子の話、聞いてあげて」

 そう言うと、ハルは斎藤に目を向けた。

「連れて行けば良い?」

「……うん」

 ハルは少し迷ってから、そう答えた。
 何をやっても逃げられないと、ようやく観念したらしい篠塚は、

「自分で歩けるから、離してっ!」

 と斎藤をにらみつけ、片手を離させてベッドサイドまで歩いてきた。だけど、そこまで。
 ハルは話があるから聞いてあげてと言ったけど、篠塚は何も言わない。
 どうしたものかと思っていると、ハルが静かに口を開いた。

「自分で言えないの?」

「……っるさいなぁ!!」

 甲高い声が不快な空気を醸し出す。
 顔は割とキレイな部類だろう。が、目元に、口元に、顔つきに、性格の悪さが見て取れるような女だった。

「じゃあ、わたしが代わりに言うね?」

 ハルは自分をにらみ続ける篠塚の表情など気にせず、至って冷静にそう言うと、オレを真っ直ぐに見上げた。

「あの子、カナのことが好きみたい。それで、わたしたちに別れて欲しいんだって」

 ……やっぱり。
 そんなことじゃないかと思った。
 ハルに横恋慕中の一ヶ谷。オレに熱烈アプローチの可能性がある篠塚。
 この二人が一緒に、寝込んでいるハルを急襲したのは、なぜか? 弱ってるハルに、オレと別れろと言うためしか考えられない。

 去年、田尻の時は、公認カップルと言われながらも、実はハルとオレはまだ付き合っていなかった。だから、ハルは一人で抱え込み、オレを突き放そうとした。
 けど、今、ハルはオレを呼んでくれた。

 オレとハルとはつきあっている。
 だけど、篠塚の望みがオレとつきあうことなら、ハルにオレと別れるように言うってのは変な話だ。なぜって、ハルと別れたオレが、コイツとつきあうかどうかなんて、ハルには関係ない話だから。

 篠塚は、一段と厳しい表情でハルをにらみつけた。
 ってか、そんな顔見せたら、仮に百年の恋だったとしても冷めるだろ?

「ねえ、篠塚さん」

 オレは仕方なく、篠塚に話しかけた。

「あんた、一体、オレのどこが好きなの?」

「え? だって、命がけで助けてもらったしぃ」

 オレを見ると、急にこびるような笑顔を見せる篠塚。
 逆に幻滅。こんなヤツを助けるために、オレ、ハルをあんなに悲しませたの?

「あのさ、命なんてかけてないし、大体、オレの目測では、オレはちゃんと暴走車から逃げられる予定だったの。ただ、予想外に車が変な風にハンドルを切って、避けきれなかっただけ」

「で、でも! 助けてもらったのは本当だし」

「オレ、もしそこにいたのが、じいさんでも、ばあさんでも、おじさんでも、おばさんでも、小さい子どもでも、同じことしたよ?」

「そ、そんな優しい叶太くんが……」

「好きとか、気軽に言わないでね」

 篠塚が言葉を飲み込んだ。

「ねえ、あんたが好きなのって、オレの何?」

「え?」

 篠塚の顔に動揺が浮かぶ。
 ……正直者。
 堪えきれず、口の端から笑いがもれる。

「もし助けてくれたのが、冴えない中年の独身男でも、あんた、好きって言う?」

「え?」

「だって、命がけで助けてくれたんだぜ?」

「そ、……そりゃ、そうだけど……」

 その場しのぎでも、冴えない中年男でも良いって言えないんだ。底が浅すぎる。
 オレはわざとらしく、ため息を吐いた。

「じゃ、さ、オレの家が金持ちだから?」

「そ、そんな!」

「じゃ、オレの身長? それとも顔? それとも金持ち学校に通ってるってとこ?」

 身長は百八十を越えているし、身体はしっかり鍛えてある。顔の造作なんて気にしたこともないけど、標準レベルは超えているらしい。
 通ってるのは、県下有数の名門私立。
 兄貴に聞いた話から考えると、他校に入り込んでまでオレに近づく理由はそんなところだろう。

「……な、何を」

「だって、そういうの見て、目を輝かせてたんだろ?」

「そんなこと!!」

「……見てりゃ、分かるんだよ」

 見たのはオレじゃないけどね。
 一部始終を離れたところから眺めていた志穂が、「サイテー」とつぶやいた。

「悪いけど、オレ、あんたとは友だちもムリ。二度と、オレの前に顔出さないでくれる?」

「叶太くん!」

「名前で呼ぶのもやめてくれる? オレさ、あんたに名前を呼ばれるような仲じゃないよ」

 コイツは危険だ。
 ほんの数分話しただけの仲でしかないのに、どこからか制服まで調達して、他校に忍び込んで、ハルのところまでやって来た。中途半端に放置したら、きっと恐ろしいことになる。
 オレのキツイ視線を受けて、篠塚が唇を噛んだ。

「オレに、あんたを助けたことを後悔させないで」

 その言葉で、篠塚の表情が一変した。
 笑顔や媚びの仮面はすっかり剥がれて、とうとう、オレの顔までも憎々しげににらみつけてきた。そして、大きく腕を振り上げて、未だ律儀に続いていた斎藤の呪縛を解くと、

「サイッテー!! あんたなんて、二度と顔も見たくないわ!!」

 篠塚は、吐き捨てるように、オレに言った。
 それから、まるで湯気が立っているかのような怒りを全身にみなぎらせて、きびすを返すと、大きな足音を立てて出入り口へ向かい、乱暴に保健室のドアを押し開け、そのまま外に出ていった。
 こちらを振り返りもしなかった。
 跳ね返ったドアが、大きな音を立て、ハルが小さく肩をすくめた。志穂も斎藤も、篠塚が出ていった後の出入り口を呆然と見ていた。

 一気に静かになった保健室。
 残るもう一人の問題児が、どさくさに紛れて部屋を出ようとしていた。

「じゃあ、オレもこれで……」

「待って! 行かないで!」

 今度も、止めたのはハルだった。
 その言葉に、志穂が保健室のドアの前に立ち、斎藤も一ヶ谷の方に一歩踏み出した。

「一ヶ谷くん」

 ハルの声に一ヶ谷は小さくため息を吐いて、ようやくハルの方に目を向けた。

「こっち、来て?」

 ハルが小首を傾げて、そう言うと、一ヶ谷は素直にハルの元へと向かった。

「……陽菜ちゃん。……ごめん」

「ううん。一ヶ谷くんを責めようと思って呼んだんじゃないの」

 うつむいていた一ヶ谷が、その言葉に顔を上げた。
 けど、ハル、オレははっきり言って、どうしてこんなことをしたのか尋問したいぞ!

「わたし、やっぱり、自分がちゃんと言わないといけないんだって思って……」

 ハルが一ヶ谷の目を覗き込むように見た。

「わたしのこと、好きになってくれてありがとう」

 ハルは静かに礼を言って、一ヶ谷の返事を待たずに続く言葉を口にした。

「でもね、もう、おしまいにして欲しい」

「陽菜ちゃん!?」

「何があっても、わたしが一ヶ谷くんの気持ちに答えることはないから」

「でも!」

「ないの」

 ハルはきっぱりと言い切った。

「わたし、カナとの時間を大切にしたいの。本当に好きなの。だから、邪魔しないで欲しい」

 ハル!!

 つきあい始めてから、もうすぐ一年。
 ハルがこんなにもはっきり、誰かにオレへの想いを伝えてくれたのは初めてだった。
 嬉しくて、愛しくて、思わず抱きしめたくなったけど、さすがに今はダメだろうと自制した。

「……陽菜ちゃん、オレ」

 一ヶ谷が何かを言おうとして、ハルを見つめた。

「これだけは、伝えさせて。オレ、さ、」

 その瞬間、ハルが苦しそうに顔をゆがめた。

「……ごめん、一ヶ谷くん」

 ハルは目をつむり、きゅっと身体を小さくして口元に手を当てた。
 ハル!?

「……も、少し、話したかったけど。……ちょ…と、ムリそう」

「ハル!」

 オレの声を合図に、成り行きを見守っていた志穂と斎藤も駆け寄ってきた。
 ハルは、慌てて身体を支えたオレに、苦しそうにしがみついてきた。
 ハルの呼吸はひどく荒く、顔色もひどく悪くて、その手は氷のように冷たかった。

 何やってんだよ!
 瞬時に、オレの頭の中を後悔が渦巻きはじめた。
 ハル、朝から具合が悪かったのに! オレが駆けつけたときだって、肩で息をしていたし、顔色は悪かったし……!
 起きて誰かと話しているような状態じゃなかったんだ。

 だけど、目の前に一ヶ谷とか篠塚とかを見つけて、そっちに気が行っていた。
 オレの想像は最悪のシナリオで、去年みたいにハルが倒れてるとか、意識がないとか、そういうものだったんだ。だから、ハルが想像したよりずっと元気そうだったから、すっかり気が抜けて……。

 オレのバカ!!
 オレが一緒にいて、ここまでムリさせるなんて、あり得ないだろっ!!

「ハル!? 大丈夫か?」

 ハルの背をさすりながら顔を覗き込んだけど、ハルは苦しそうに固く目を閉じていて、オレの方を見ることはなかった。
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