12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

31.本当の言葉4

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「ワガママ言ってもいいのよ?」

「そんなにいい子でいなくて、いいのよ?」

「そんなにストイックに自分を律する必要はないと思うんだけど」

 ママの言葉が頭をめぐる。

 思ったことをすぐには口にしないクセはある。
 ゆっくりと考えてからしか、言葉にしない。でも、だからと言って、自分がストイックだなんて思わない。
 いい子のつもりもない。何かを我慢したり、ムリしたりしているつもりもない。
 だから、これと言って、思いつくようなワガママなんてない。
 多分、わたしは現状に充分満足している。

 だけど……そう……。
 だけど、もしも願っても良いのなら……。

 ただ、穏やかに暮らしたい。
 誰にも邪魔されず、ただ、静かに、心穏やかに暮らしたい。

 もしも、願っても良いのなら……、

 隣にはカナがいて、
 手を伸ばしたら触れられて、
 カナって呼んだら、わたしの方を見てくれてて、
 わたしのこと、ハルって嬉しそうに呼んでくれて、
 いつも、カナがわたしの隣で笑っている、
 そんな穏やかで暖かい、ひたすらに静かで優しい時を過ごしたい。

 わたしを好きな人だとか、カナを好きな人だとかが現れて、わたしの心をかき乱したり、わたしたちの仲を引き裂こうとしたり、そんなことが起こらない、静かで穏やかな時間が……。

 わたしの持ち時間は、きっとそう長くはない。
 だから、寄り道したり、わき見をしたりする時間はいらない。
 もしかしたら、他の誰かの人生にだったら香り豊かなスパイスになるのかもしれない。
 だけど、そんな時間は欲しくない。

 もしも、そんなワガママが通るのなら、カナには、わたしだけを見ていて欲しい。
 わたしも、ただカナだけを見ていたい。

 わたしは、後、何年生きられるのだろう?

 自分は長生きできないのだと、幼い頃から、何となく察していた。
 中学生になった年、初めて、余命宣告を受けていたことを聞いた。
 教えてくれたのは、おじいちゃんだった。
 生まれてすぐの手術。

「小さな身体で、本当に頑張ったんだぞ」

 失敗していたら、命はなかった。
 おじいちゃんは愛しげに、わたしの頭をなでた。

 一歳まで、三歳まで、十歳まで。どれも、乗り越えてきたから、おじいちゃんは教えてくれた。
 ムリをしないで、身体をいたわって、毎日を大切に過ごすようにと。

 十歳の誕生日、おばあちゃんが密かに涙ぐんでいたのを見た。
 二分の一成人式の年だから、そんなものかと思っていた。
 そうじゃなかったんだ。そうか、あれは、そういう涙だったんだと、おじいちゃんの言葉から、ようやく理解した。

 中学一年の冬に、大きな発作を起こして倒れて、生死の境をさまよった。
 きっと、大きく伸びたはずのわたしの寿命は、あれでまた期限を切られたに違いない……。

 後、何年、生きられるのだろう?
 おじいちゃんに聞いてみようか、院長室に行って聞いてみようかって、そう思ったけど、結局、聞いたからと言って、それが本当になるとは限らない。

 一歳までと言われた。
 三歳までと言われた。
 十歳までと言われた。
 でも、わたしは、二歳になったし、四歳になったし、十一歳になった。

 人が、人の寿命を正確に把握することなんて、きっと本当は不可能だ。
 もっと先まで生きられるはずだった瑞希ちゃんは、十七歳で天国へと旅立った。
 裕也くんとの未来は、ある日突然断ち切られた。

 瑞希ちゃんは、裕也くんに二つの言葉を残した。



 忘れていいよ。

 幸せになって。



 そうして、わたしにもお別れの言葉をくれた。



 大好きだったよ、陽菜ちゃん。



 瑞希ちゃんの氷のような冷たい手の感触が思い出される。
 裕也くんへの言葉を言う前の、遠くを見るような目を、言った後のホッとしたような表情を思い出す。
 それから、まだ元気だった頃の瑞希ちゃんの笑顔が、朗らかな笑い声が、脳裏に浮かんでは消えていった。



 ねえ、瑞希ちゃん、わたしは今でも大好きだよ。



 気がついたら、涙があふれ出て、頬を伝っていた。

 わたしも、カナを縛りたいなんて思っていない。
 もし、わたしが死んだら、少しの間泣いて、そして元気になって、カナの好きな道を歩いて欲しいと思ってる。

 でも……、そう。
 もしも、願っても良いのなら……。

 もしも、願って良いのなら、生きている間は、カナといたい。
 カナと、穏やかで優しい時を過ごしたい。

 そして、もしも、ワガママを言って良いのなら、最期の時は、カナに側にいて欲しい。
 最期の言葉は、カナに直接伝えたい。

 その時に、何を想うかは分からない。
 どんな言葉を残してあげられるのか、分からない。
 だけど、最期の最期まで、カナと一緒にいたい。

 ……もしも、願っても良いのなら。

 きっと、悲しませてしまうと思うのだけど。
 それでも、もしも、願っても良いのなら……。


   ◇   ◇   ◇


 その翌々日、わたしは退院した。
 久々の外の空気はとても澄んでいて、空調の効いた病院の空気とはまったく違っていて、頬をなでる風が本当に気持ちよかった。
 家に着いて、少しお庭を散歩したいと言ったら、迎えに来てくれたおばあちゃんにまた明日にしなさいって止められた。仕方ないから部屋の窓を開けて、時折舞い込む春の風を楽しんだ。

 夕方にはカナが来てくれた。
 今まで以上にカナが愛しくて、カナと一緒にいるだけで、自然と笑みがこぼれる。
 カナの声が聞きたくて、

「何か話して」

 って、何回も言った。
 カナは不思議そうな顔をしながらも、わたしが休んでいる間の学校での出来事をたくさん話してくれた。



 金曜日には一週間ぶりに学校にも行けた。
 平日は部活が忙しいしーちゃんが、お見舞いに行けなくてごめんねって謝ってくれて、しーちゃんもやっぱり土日に来ようとしてくれたことが分かって、かえって申し訳なくて仕方なかった。

「陽菜、どうしたの?」

「ん?」

「何か、すごく……幸せ、そう?」

 しーちゃんに問われて、どこからか暖かい気持ちがわき上がってきた。
 嬉しくて、思わずふわぁっと笑顔になる。
 しーちゃんが不思議そうな顔をした。

「何かいいことあった?」

 なんて説明すれば良いのか分からなくて、小首を傾げると、しーちゃんは、

「ま、いっか」

 と笑いながら、お弁当の卵焼きを口に入れた。



 退院した日には、カナに一ヶ谷くんから聞いた話を伝えた。
 夜には、お兄ちゃんにも電話をした。
 二人ともが、揃って、「信用できない」って言ったけど、それでも、「だけどね、」と続けたわたしの言葉を二人とも、最後にはやっぱり受け入れてくれて、いわゆる報復はしないって約束をしてくれた。

「でも、本当は少しくらい懲らしめてあげるのも、本人のためだよ」

 と、お兄ちゃんは諭すように言った。
 好き放題やって、無罪放免というのが本人のためにならないというのも、きっと本当。
 もしかしたら、お兄ちゃんは何かはするのかも知れない。
 これ以上は止められない。
 わたしが「ほんの少しだけよ?」と言うと、お兄ちゃんは笑った。



 一ヶ谷くんは、もう来ない。
 わたしは、今日もカナと一緒に裏口から教室までの廊下を歩く。
 並んで、手をつないでゆっくりと歩く。

「カナ」

「ん? どうした?」

 返ってくる優しい声とカナの笑顔。
 それが幸せで、本当に幸せで、思わず笑顔がこぼれ落ちる。

「……ん? ハル?」

 カナの言葉に答えず、そっと自分の腕をカナの腕に絡めた。
 カナが嬉しそうに笑った。



 また、穏やかな日常が戻って来た。
 わたしが願ったような、穏やかで暖かい、ひたすらに優しい時間が。
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